あぁ、徒然なるままに

ちょっと偏った趣味と、独断と偏見をつらつらと〜♪

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さぁ、年の瀬も迫って参りました♪

気が付けば仕事納めも過ぎ、
張っていた気が緩み、体調を崩す今日この頃。
皆様、いかがお過ごしでしょうか。
・・・体調崩すんだ。(苦笑)

今年はこの時期まで引っ張ってしまいました。

そう。
職場でほぼ毎日会っているにも関わらず、
互いの生きている証をやり取りする「生存確認証明書」
そう、「年賀状」です。

正直、うんざりしている方も多いかと思います。
私もその一人ですが。

一昔前なら、実家の分も含めて500枚以上を印刷しておりまして、
管理も印刷も自前、原稿も複数用意したりと大変でしたが。

最近は私個人分だけにせよ、

「職場の社交辞令はもうイヤだ!」

と、とうとう生存確認証明書ファイナルに踏み切りました。

だってですよ。
屁理屈に聞こえるかも知れませんけれど。

平賀源内の考えた、日本最初のキャッチコピー「土用の丑の日」、
製菓会社のカモ「バレンタインデー」、
本来クリスチャンですら余り関係ないはずの「クリスマス(聖誕祭)」等々、
あってもなくても生きて行くのに全く関係ない「単なるイベント」なので、
色々な意味で余力の無い私は、サクサクと
対外的な「イベント」そのものを削ることにしました。

だって、「金」と「時間」と「労力」のムダですもの。
職場でハッキリ宣言しました。(本当)
個人情報もダダ漏れですし。(爆)

一昔前の私ならば、デザインに凝ったり写真に凝ったりと、
色々と趣向を凝らしておりましたが、
今はそんな時間がありません。
仕事から帰って早々、家事と育児が待っています。
自分の時間は、寝る前の僅かな時間だけですよ。

毎日顔合わせているのに。
毎日挨拶しているのに。
何でまた、睡眠時間を、生命力を削ってまで
わざわざ生存証明書を書いて出す必要があるのでしょう?

明治時代に、時の郵便局員が、
葉書の需要を増やすために考えたアイデアってだけなので、
それに利用されていることに気付かず、
単なる慣習、社交辞令なのに、
世間では公式な礼儀として捉えられていること自体が
私には不自然に思えてならないのです。

デロリアンがあったら、この郵便局員の脇の下を
ちねってきてあげたくなります。(意味不明)
(Googleより拝借)
じゃあ、明治維新前は、皆失礼な連中だけだったとでも?

コミュニケーション手段が、ここまで変わって来ている現代、
悪しき慣習に縛られる必要は全く無いと思います。
62円の葉書であっさり切れてしまう安い縁なら、
元々無くたって良いんじゃないかとも思いますが。

本当のご縁なら、そんな葉書に縛られずとも
長くお付き合いが続くでしょうに。

それこそ社交辞令で届く職場の年賀状なんて、
読まれずに積まれて終わりだった年もありましたし、
配達のアルバイトが仕事を放棄して捨てたと思われる年賀状の束が、
春に溶けた雪山の中から出てきたのを
実際に目撃したこともあります。

年賀状が届こうが届くまいが、世間は回るんです。

出したい人にだけ出せば良いのが、年賀状じゃないですかね。
義務でも、義理でもなく。

そうなると、私が年賀状を出す相手は、本当に限られて来ます。
親族以外は、3〜4枚・・・

友達は、少ないくらいが、丁度良い。(笑)


皆様、良いお年をお迎え下さい。
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