モグラのあくび

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『本など読むな、バカになる』
村上春樹の中央公論社での担当だった安原氏が書いた書評本の題名である。
本書の中で、氏は『ねじまき鳥クロニクル』を痛烈に批判している。
あるいは、題名となった言葉は村上春樹へ向けた言葉なのかもしれない。
(詳しくはhttp://homepage3.nifty.com/-saika/haruki/h-neji.html

その安原氏と村上春樹に関する事件を、私たちは『文藝春秋』によって知った。
村上春樹の直筆原稿が、インターネットや古書店で売られているという。
本人が寄稿し、その事実が明らかになった。

「安原顕氏が癌を患い、闘病の末になくなって三年になる。亡くなって少ししたころ、この人について、というかこの人と僕との関わりについて、まとまった文章にしておいた方がいいのではないかと思った」
寄稿文は、このように始まっている。

しかし、いざ書こうと思うと筆が進まず、「結局何も書かないまま」いた。
だから、「もし今回『あること』が起こらなかったら、安原氏についてたぶん一行の文章も書いていなかったはずだ」という。
「あること」――、
生原稿流出を聞くまでは。

安原氏は、村上春樹が作家になる前(あるいは、なった後も少々の期間)千駄ヶ谷でやっていた「ピーターキャット」というジャズバーの常連だった。
寄稿文では、まず2人の出会いが語られる。
中央公論社に勤めていた安原氏が担当となって、初の短編『中国行きのスロウ・ボート』や、当時まったく日本で知られていなかったレイモンド・カーヴァーの翻訳などを文芸誌に掲載した。

「編集者としての安原さんについて今でもありがたく思っているのは、彼が『海』や『マリ・クレール』の編集者であったころに、僕の翻訳をどんどん掲載してくれたことだ」

しかし、「ある日(いつのことだったろう?)安原さんは突然手のひらを返したように、僕に関するすべてを圧倒的なまでに口汚く罵倒し始めた」。
ネットで軽く調べてみても、冒頭の言葉のように、やはり「村上春樹批判」を繰り返していたようである。

そして、前述のとおり安原氏は、三年前に癌で亡くなられた。
それから、「原稿流出」が明らかになった。

「インターネットのヤフー・オークションにかけられたり、あるいは古書店の店頭で売られたりしている。たとえば僕が『海』に掲載したフィッツジェラルドの翻訳『氷の宮殿』(73枚)は100万を超すとんでもない値段で、古書店で実際に売られていた。どれも僕がかつて、雑誌編集者としての安原さんに直接手渡した原稿ばかりである」

村上春樹氏が手書きからワープロに替えたのは『ダンスダンスダンス』(1988年)からだそうで、それまでは、万年筆でコリコリと400字詰め原稿用紙に手書きしていた。

「中には雑誌掲載のみで本のかたちにしていないものもある。本にしたくないので、そのまま『握りつぶした』原稿である。そういうものが商品として市場に出回るのは、作家にとって容認できることではない」

私が調べた限り、少なくとも『ピンボール後日譚』という作品が『海』の1980年9月特別号に掲載されながら、「握りつぶされている」。
参考(http://www.diana.dti.ne.jp/~soboro/siryou/siryou.html
これの原稿も、もしかしたら流出しているのかもしれない。

「生原稿の所有権は基本的に作家にある」と村上春樹は語る。
また、黒井千次・日本文芸家協会理事長も「手書きの原稿の所有権は著者にあり、本人の無断で流出しているのは問題だ。協会としても問題視してきたが、今後も真剣に取り組んでいく」とコメントを出している。

もしも、本当に安原氏が売りに出していたのだとしたら、とても許されることではない。
しかし、寄稿文の文章を読んでいると、人生に対する安原氏の寂寥や焦慮というものが感じられる。
彼が「このようなことをしたことにも、少なからず理由があるのだろう」、と。
それは、少し諦め似も似ている。
村上春樹は今回の出来事に対して、怒っているわけではない。
悲しんでいるのである。

鎌倉文学館で、夏目漱石の原稿を見たとき、なんともいえない感覚に包まれたのを覚えている。
作家が、コリコリと、長い時間をかけて、決してコピー&ペーストなど出来ず、校正と推敲を重ねながら書き込んだ原稿用紙には、どこか「魂」が込められていたように思う。
あるいは、そういった感想は感傷的に過ぎるのかもしれないが、ワープロに書いたものと、手書きで書いたもの、どちらも内容は同じだとしても、そこに込められているものには、なにか違いがあるような気がする。
いや、きっと、「違いがあって欲しい」と私は思っているのだ。

原稿流出など、二度と起きてはいけない事件である。
しかし、データ化した原稿が、メールによってワンクリックで届けられる時代。
原稿流出を肯定するわけでは「断じてない」が、この事件は逆説的に生原稿絶滅の危機と、それによる一抹の寂寞をも浮き上がらせたのではないだろうか。
期せずして、先日『野生時代青春文学賞』を受賞したのは、携帯電話によって書かれた作品(木堂椎『りはめより100倍恐ろしい』)だった。

「拝啓・村上春樹さま」書庫の記事一覧

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トラックバックありがとうございました。おかげで事件の経緯・背景などがぼんやりと見えてきました。カフカの遺作、あるいはサリンジャーの金庫の中の傑作、ヘミングウェイのアタッシュケースと共に失われた傑作は読んでみたいし、私が編集者なら「流出」させてしまいますが、今回は売ったようで残念です。

2006/3/12(日) 午後 1:46 [ rrr*x9*8 ]

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コメントありがとうございます。サリンジャーの倉庫の中(笑)気になりますね。原稿が流出するのは作家の死後であるイメージが強いので、編集者の死後であり作家の存命中だった今回の事件は特殊なのかなぁ、などと思ったりもします

2006/3/12(日) 午後 2:55 [ typhooon_number23 ]

もうブログが更新されなくなって久しいので、書いた方はここを見捨られたのか、他に興味の対象が出来て放置されているのでしょう。

私も当時この新聞記事を読んでちょっと混乱しました。

名物編集者の心には作家になりたくてどうしてもなれなかった悔しさがこびり付いていた。それはかわいがっていた新人作家が時代の寵児となった途端その新人への憎しみに変わった。
なんだか小説のモティーフになりそうなそれらしい話です。と「当時の私」はそう思いました。

でもそうではないと今は思っています。
何故なら、この私が下記のように

〉しかし、「ある日(いつのことだったろう?)安原さんは突然手のひらを返したように、僕に関するすべてを圧倒的なまでに口汚く罵倒し始めた」。
ネットで軽く調べてみても、冒頭の言葉のように、やはり「村上春樹批判」を繰り返していたようである。

いつも「愛しているわ」と新潮社へメールしていた私が手のひらを返したのはそんな小説のモティーフみたいな簡単に説明できるものではないです。
何故私は「愛している」なんて見も知らぬ作家に向かって言ったと思いますか?

2017/7/25(火) 午前 1:04 [ milafill ]

あちらが、全く他の誰にもマネの出来ない方法で、小説やなにかに私に思い当たらせ気を引く文言を織り込んでいたからで、
といったらまるで私が精神病患者に思われてしまいますが、

「村上さんのところ」メールで私に分かるような方法で今までメールやり取りした未知の人や頻々と掲示板やり取りしていた、これこれのIDは僕だったと書かれていたら、誰だって天にも昇るような驚きを感じるはずです。
私は言われたことを信じました。しかし、それ以降何も連絡して来ない。あれは嘘だったのかと思うと他のブロガーたちがさり気なくフォローしてきてもしかしてと期待させられる。その繰り返しでした。

作家の過去の作品には多かれ少なかれその異性関係が投影しているものです。
読めば読むほどそれら厭わしい過去にがんじがらめにされて苦しくなりました。
私もまた安原のように村上春樹に対して掌を返したのはそれでです。過去の女性関係を継続させつつ私にちょっかいを出してきたのかと思うと今では憎しみを覚えるようになったのです。

2017/7/25(火) 午前 1:05 [ milafill ]

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