小説家、本谷有希子
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「エリ、こいつの名前『絶対』にする」
本谷有希子の処女作品集。小説デビュー作となった表題作『江利子と絶対』を含め、『生垣の女』、『暗狩』と三本の短篇が収められている。 表題の中に「絶対」という言葉があるが、むしろ本作に通底するのは、「相対」の意識だ。例えば、『江利子と絶対』に出てくる江利子は、「誰からも相手にされないと思って、そういうことを考えたり悩んだり何とかしなきゃって頑張るのが全部めんどくさくなって、家から出るのがもう嫌になって」引き篭もっている。ある日、電車事故のニュースを見て、「前向きに生きる」と誓うのだが、それだって「引き篭もりというハンデを背負いながらポジティブに生きていく。引き篭もってるのにポジティブ。いいとか悪いとかじゃなくて、なんか、こう、新しいでしょ? いじけてないところが人生を大事にしてる感じでしょ?」という意味でしかない。 家に引き篭もりながら、自分だけの「絶対」の世界で安住する江利子だが、やがて彼女は同居する姉につれられ「二ヶ月ぶりになる、散歩とゴミ捨て以外の外出」に出かける。 それまで隔絶していた「社会」に足を踏み入れ――自分にとって「嫌なもの」を見せつけられ――「絶対」は崩壊していく。 自分を中心にしていた「絶対」世界は崩れ、自分は誰かとの関係性の中で生きているのだと自己を「相対」化し、「客観視」するのである。 本書が描くのは、「自分(たち)だけの世界」における「絶対」が、人との関係性の中で「相対」化されゆく様だ。「42年間彼が孤独に耐え続けられたのは「強かったから」みたいなことでも何でもなく、ただ単に孤独じゃない状況を「知らなかった」ってだけで(略)」
『生垣の女』では、42年間を一人ぼっちで生きてきた男が、ひょんなことからアパートの隣人のストーカー女に目をつけられてしまう。これまたその女性も「とんでもない」感じのキャラクターなのだが、彼女との「とんでもない」やり取りを通して、彼はそこに「孤独の闇の中」から這い出るような感覚を抱くようになる。 ここにも、それまでの男の「絶対」的世界観が崩されていく様が描かれている。 そして、その世界が崩れることで、今度は「絶対だった世界」は「新しい世界」と「相対」化されるのである。 『暗狩』においても同様。 「学校一凶暴な波多野君が僕や吉見君にとってどれほど驚異的ないじめっ子であったとしても、所詮は何の力もないただの子供でしかないのだ。大人には勝てない。」
「子供の世界」におけるカーストは、彼らにとっては「絶対」であるが、しかし、そこに「大人」が加われば、例えガキ大将であろうと一人の「子供」でしかない。このように、本書では「絶対」の崩壊と「新しい世界」の構築が描かれているのだと思う。 そして読者は、一度崩された「絶対」は、いい意味でも悪い意味でももう「元通り」にはならないのだと気付かされるのである。 「肥大した自意識」をテーマに、「絶対」の世界で生きる人間を描き続ける本谷の、まさに「原点」とも呼べる作品群である。 もちろん、それまでにも多くの舞台脚本を書いてきた作家ではあるが、こと小説に限って言えば「処女作にはその作家のすべてが詰まっている」ともいえるかもしれない。 読んでいて、いや〜な気持ちになるのだが、ラストで妙に切なくなってしまうのはなぜなのだろう。 好きじゃないのに嫌いになれない、しかも読まされてしまうという不思議な魅力を持った小説を描く作家である。 舞台『遭難、』も面白かったし、近いうちに芥川賞を受賞するのではないかと期待している。 |
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