上遠野浩平の「世界」
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“この場所に関わる者の、生命と同等の価値のあるものを盗む”それがなければ生きていく意味がないようなもの――生命と同等の価値のあるもの――“キャビネッセンス” それを「盗まれた」者は死んでしまうのだという。 “ペイパーカット”と呼ばれる怪盗――殺し屋は、そのキャビネッセンスを専門に盗む。 「でも、そんなものが明確にあるものかな。人間はすぐに心変わりするものだぜ」ある者は言う。“キャビネッセンス”――そんなものは、果たして存在するのだろうか、と。 「そうなんだ、そこなんだ――」と、ペイパーカットは言う。 しかし――、 「それがない人間はこの世に存在しない」と断言している。「自分で“これがそうだ”と簡単に言えるようなものだったら、それこそ適当な辻褄合わせの産物で、生命ほどの価値はないんじゃないのか?」そして、「自分で“これがそうだ”と気付いてしまった瞬間、キャビネッセンスはその性質を失って、生命は別のものに変化してしまう――人は決して己を掴えることができない。」ペイパーカットは「研究」している。 何を?――「人間」、を。 「――あんたは、何をしているんだ?」そう問われて、 「人間を知りたい」ペイパーカットは答える。 「生命というものが持つ意味がなんなのか――それを知りたいと思っている――だが、私の前にある手掛かりはあまりにも少ない」 『ソウルドロップ』シリーズ第2弾。 離婚問題を仲介しにメモワール興信所の早見壬敦が山奥にある良家、杜名賀家を訪れるところから物語は始まる。 「いや、土地は二の次です――いつだって、どこだって最大の問題は、そこにいる人間ですから」離婚問題の調査をしている間に、早見は20年前の杜名賀家長女の死に疑問を抱き始める――そのきっかけとなったのが彼の能力“レイズィ・ボイス”。「過去にあったことや、その人がずっと抱えている悩みの元だったり」を、無意識的に聞き取る力である。 また、早見は杜名賀家でペイパーカットの予告状を発見し――その段階では、それが何かはわからないのだが――ペイパーカットの関連と今後の展開が暗示される。 予告状の報告を受け、伊佐と千条、そして東澱奈緒瀬が到着。 そこで「早見は家を出て行った東澱家の次男」であることが明かされる。 一方、ソガという名の“殺し屋”が「誰か」を殺すために杜名賀家に接近。 伊佐の警察官時代の後輩であり、キャリアの神代警視、 東澱家を敵視する杜名賀家の面々などが複雑にそれぞれの思惑を交錯させていく。 ペイパーカットの目的は何なのか――今回のターゲットは誰なのか? 殺し屋が狙うのは誰か? 早見が追う20年前の杜名賀家長女の死の真相とは? 伊佐と千条、奈緒瀬はペイパーカットを捕まえることができるのか? 能力者や殺し屋、お馴染みロボット探偵らが大暴れ、やがてバラバラだった各自のベクトルは事件の収束へと向っていく。 一読しての感想は、 面白い……のか? と疑問系であった。 確かに、ジワジワと世界観にハマリつつある。 千条カッコいい!!(あの空気の読めなさとか) だし、 奈緒瀬から伊佐に矢印が!? と気になってしまう出来事も少なくない。 東澱一族の関係図も見え始め、ペイパーカットの目的も何となくわかってきた。 しかし、キャラクターや世界観を追うだけにしては冗長で退屈でもある。 ある種の「シリーズもの」には、「面白いか面白くないかをとりあえず保留して、何となく続きが気になって惰性で読んでしまう」という「何となく」な無言の力があるように思う。 あるいは、それを「ハマった」と呼ぶのかもしれないけれど、「面白いんだけど退屈」という、何だか不思議な気持ちで読んでいた。 “とりあえず”次を読んでみようと思わせる、消極的な中毒性である。 きっと、漫画やアニメならばしっくりくるのだろう。 小説で読むには少々「まだるっこい」ように感じられた。 ウィキペディアに「独特の調子のあとがきでも有名」とあるが、本当に独特。 「あとがき」というと乙一が浮かんでくるが、上遠野浩平のものは、それとはまったく毛色が違う。 考えをそのままリアルタイムで「垂れ流した」感じ。 掴み所がなさすぎる. 「救いが必要なのは、はたして謎と真理のどちらなのか――しかしながらこういった答えはそれこそフィクション作品の上では作家は決してはっきりさせませんので、ええそりゃもう。絶対に。どんなにハンパであろうとも、です。それこそそいつは現実の話ですから。以上」「あとがき」のある小説を読むのは至福である。 |
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