モグラのあくび

シンプルでシャープに。そんな感じに

拝啓・村上春樹さま

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「今、僕は語ろうと思う。」


夏が来ると、この本を無性に読みたくなる。
物語が「そろそろ、いいんじゃないかな?」と囁きかけてくるかのような趣すら感じる。

初めて読んだのは、大学2年生の夏だった。
友人に「村上春樹とミスチルを知らないなんて、人生の8割を損してるようなもんだぞ」と紹介されたのを覚えている。
「8割っすか?」と、私は目を丸くした。ほとんど、すべてじゃないか!!、と。
そして、本屋で黄色い背表紙に出合い、私の人生の8割を村上春樹は埋め尽くした――しかも、その表現はそこまで大げさなものではない。と思う。
夏の訪れとともに、私は一冊、惜しげもなくこの本の新刊を買うことにしている。

そんなわけで、今年も私の本棚には6冊目の『風の歌を聴け』が並べられることになった(そのうちの一冊は全集だけれども)。
この世の中には、読んでも読んでも尽きないほどの物語があるというのに、同じ作品ばかりをある種の神聖な儀式かのように読み続けるという行為は、なかなかに贅沢なものであるように思う。


「ハートフィールドが良い文章についてこんな風に書いている。
『文章をかくという作業は、とりもなおさず自分と自分をとりまく事物との距離を確認することである。必要なものは感性ではなく、ものさしだ』」
読書をするとき、気になった文章に付箋を付けていくことにしている。
そうやって自分の足跡を残していくことで、読み始めたときの自分と、読み終わった後の自分が「違う人間」だということに気付くことができる気がするからだ。
6冊の『風の歌を聴け』に残された、6つの足跡を比べてみるとなかなか妙なものである。
同じ場所を何年も続けてチェックしているかと思えば、新たな標識が立つこともあり、忘れていた言葉に数年後、再び気付くこともある。

私が今年、読んでいて感じたのは、この作品に出逢ってからの6年間で“最もくだらないこと”であった――少なくとも少なからざる人数を失笑させるには十分な発想であるように思う。
「鼠」が「鼠先輩」に思えて仕方なかったのだ。「ぽっぽ、ぽっぽ♪」の、あの、である。つまり、鼠の抱える虚無は、ムード歌謡の世界なのではないか、と。
主人公の「僕」の物語を読み、私は鼠の物語を想像する。
そして、鼠がクリスマスごとに「僕」へ送る彼の物語を想像する。
鼠の物語でも、鼠先輩の歌――物語でも、セックスはなく、誰も死なない。
哀愁は漂う。でも、希望は残っている。そんなところが、とても似ているように思えた。


「巨大さってのは時々ね、物事の本質を全く別のものにかえちまう」

作品で描かれた僕と鼠の出会い。
「オレのことは鼠って呼んでくれ」と鼠は言う。
「何故そんな名前がついたんだ?」当然、そう聞きたくもなるだろう。
「忘れたね」と鼠はひどくクールだ。それこそ、老成しつくしたように。「随分昔のことさ。初めのうちはそう呼ばれると嫌な気もしたがね、今じゃなんともない。何にだって慣れちまうもんさ」
6年間。変わらないのは、本作がファンタジーだと感じることだけだ。鼠先輩が持つ、ファンタジックなキャラクター性が、変な脳内リンクを呼び起こしたのかも知れない。
だが、どんなファンタジーであろうと、あまりにも現実を看破しすぎてしまっている作品の手触りは、どこまでいっても、もの哀しい。
その哀しさが、どこか夏の終わりに似ているからこそ、私は夏になるとこの物語で準備を始めるのかもしれない。「いつか、この夏も終わる」という寂寥に負けぬための心の準備を、そっとする、みたいな感じで。


社会人になって、すぐの時、「自分には、もう2度と村上春樹を読むことなんてできないんじゃないか?」と思ったことがある。その作品群のほとんどが、会社に従事して働くサラリーマンの実感とは遠いところを舞台にしていたからだ。
でも、大事なのは「生き方」なのだと、ようやく分かってきた。
風は強く吹いている――上司には怒られるし、物事は想うようには進まない――ともすれば、吹き飛ばされてしまいそうな時もある。
だが、それは「外」からの現象に過ぎないのだな、と。自分がそのときどのような生き方を選ぶのか、その外からの「風」の音を聴いて、どのように動くのか/考えるのか。
村上春樹のストイックさを想う。
例え、その風の音が歌ではなかったとしても、何かしらの教訓があるものであると私は思いたい。

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「僕はこの本を「メモワール」のようなものだと考えている。個人史というほど大層なものでもないが、エッセイというタイトルがでてくるには無理がある。僕としては「走る」という行為を媒介にして、自分がこの四半世紀ばかりを小説家として、また一人の「どこにでもいる人間」として、どのようにして生きてきたのか、自分なりに整理してみたかった」

村上春樹は走る。
マラソン、トライアスロン、日々のランニング。
そして、それらに対するストイックな態度は、はっきりと彼の作風と地続きである。彼のランニングに対する哲学は、私たちの「村上春樹像」をまったく裏切らない。「自分のルール」に忠実で、妥協がなく、自分サイズからはみ出すような無理はしない。
「走ることは僕にとっては有益なエクササイズであると同時に、有効なメタファーでもあった。僕は日々走りながら、あるいはレースを積み重ねながら、達成規準のバーを少しずつ高く上げ、それをクリアすることによって、自分を高めていった。(中略)昨日の自分をわずかにでも乗り越えていくこと、それがより重要なのだ」
彼が語る彼の半生の記録――彼が神宮球場で小説の神様に出会った日から、彼が走り始めることになった記念すべき33歳のあの日、そして走り続けてきた日々について。春樹さんは言う。「僕は小説を書くことについての多くを、道路を毎朝走るこから学んできた」――が収められた貴重な一冊となっている。


最も印象深いのは、彼がはっきりと――ヴィヴィットに、というよりは、薄ぼんやりとながら、しかし確実に――自らの「老い」を感じている、という点である。
春樹さんは、今年で58歳になる。
いくら適度な運動と闊達な執筆行為が、彼の「老い」にブレーキをかけようとも、決して抗えるものではない。40代半ばから、レースのタイムも伸びなくなってきたそうだ。
「ミック・ジャガーは若いときに『四十五歳になって“サティスファクション”を歌っているくらいなら、死んだ方がましだ』と豪語した。しかし実際には彼は六十歳を過ぎた今でも『サティスファクション』を歌い続けている。そのことを笑う人もいる。しかし僕には笑えない。(中略)僕はその「想像もつかなかった」世界の中に身を置いて生きている」

春樹さんが、「走る」のは、それが自分との戦いだから――つまり、誰かと優劣をつけるものではないからだ、という。「他人と優劣を競い勝敗を争うことは、僕の求める生き方ではない」。価値観の違いや、人生における他人との摩擦は、時として哀しみを呼ぶ。それによって深く傷つくことも少なくないが「しかし」、と春樹さんは続ける。「年齢をかさねるにつれて、そのようなつらさや傷は人生にとってある程度必要なことなのだと、少しずつ認識できるようになった」のだ、と。「老い」は、「=弱さ」ではない。
そうして、続く文章で春樹さんは核心に迫っていく。
「誰かに故のない(と少なくとも僕には思える)非難を受けたとき、僕はいつもより少しだけ長い距離を走ることにしている。いつもより長い距離を走ることによって、そのぶんだけ自分を肉体的に消耗させる。そして自分が能力に限りのある、弱い人間であるということをあらためて認識する。いちばん底の部分でフィジカルに認識する。そしていつもより長い距離を走ったぶん、結果的に自分の肉体を、ほんのわずかではあるけれど強化したことになる。腹が立ったらそのぶん自分にあたればいい」
なぜ彼は走り、書くのか。
そのヒントはこのセンテンスに秘められているのではないだろうか。


春樹さんは「走る」。
それはフィジカルに、自分の中の「毒」を排出する行為である。加えて、彼はその「毒」すらも「ある程度必要なもの」として受け入れられる境界に差し掛かっている。
ある種の変化の分水嶺に、春樹さんは、いる。

本書の中盤で春樹さんは、肉体的な「老い」を猛烈に痛感することになる。
それは「“毒”を排出する行為」である「走ること」の限界が近づいていることに他ならない。「老い」は、“毒”を「ある程度必要なもの」として受け入れる、年齢的な “悟り=諦め”へとつながっていく。
オリジナルの短編集は05年の『東京奇譚集』から、長編は04年の『アフターダーク』以降、発表されていない。
「老い」を認め、新しいパラダイムに入りつつある春樹さんの新作長編は、来年以降の発表が予定されている。そして、そこには「政治的なメッセージ」も込められるとの予告もある。
「長編小説を書くという作業は、根本的には肉体労働であると僕は認識している」と、春樹さんは言う。で、あるならば、肉体的な凋落を認識した彼の新作は、果たしてどのような変化を遂げるのか、あるいは遂げないのか。新作への期待感を助走させる作品である。


ラストはこう締められている。
「もし僕の墓碑銘なんてものがあるとして、その文句を選ぶことができるのなら、このように刻んでもらいたいと思う。

村上春樹
作家(そしてランナー)
1949−20xx
少なくとも最後まで歩かなかった

今のところ、それが僕の望んでいることだ」

今もなお、春樹さんは走り続けている。
(07年 64冊目○+)


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帯に「世界のハルキ・ムラカミ最新作 村上さん、こんなことしてていいんですか?」とある。
春樹さんといえば、出版界の中でも、「売れる」ことが確約された数少ない作家の1人。今年のノーベル賞でも有力候補に挙げられ、その著作も“難解”と呼ばれるものが少なくない。

誤解を恐れずにいえば、「ハルキ・ムラカミ」の名はもはや、ある種の“権威”ですらあると思う。

しかし、本人はいたってマイペース――だって、こんな本を出してしまうんだから。
そして、そこに春樹さんの魅力が詰まっているのではないかと、私なんかは思ってしまう。


『村上かるた』というタイトル通り、「あ」〜「わ」を一文字目にもった“脱力文”および、それを題名にした短編で構成された本作。
その内容がまた完全に“ぶっとんでいる”のである。

例えば、「に」は「ニラレバの世界にタラレバはない」。
そう、完全にダジャレなのである。ただのオヤジギャグなのである。
いや、そもそも本編に収められた短編のほぼ8割方(印象値)は、ダジャレで出来ているといっても過言ではない。
だって、ほら、タイトルの「うさぎおいしーフランス人」だって…ねえ。

「前書き」を引用しよう。
「今さらかるたでもないだろうと、僕もたしかに思うんです。おっしゃりたいことはよくわかります。(中略)きっと僕の脳の中には「まったく世の中のためにはならないけれど、ときどき向こうから勝手に吹き出してくる、あまり知的とは言いがたい種類のへんてこな何か」が眠っているささやかな精神領域があるのかもしれません。そしてそういうものをときに応じてきびきびと放出しておかないと、脳内のバランスが乱れて、精神のオゾン層みたいなものが破壊されて、気の毒なシロクマがどんどん溺れ死んで、結果的に小説も書けなくなってしまうのかもしれません。村上もこれはこれでまじめに懸命に生きているのです。ただ、これだけは本人にもどうにもならないことなのです」

ただ、読み終わって、もし――、
と私は思った。これが「ハルキ・ムラカミの“きびきびと放出しておかないと、結果的に小説も書けなくなってしまうのかもしれない何か”なのだとしたら、この人は本当に――私なんかが想像していた以上に広く深くどこまでもどこまでも――とんでもない作家なのだな、と。


多くの村上作品に登場するストイックでスノッブな語りは、本編には微塵もない。もう、まったくもって皆無。「こんあことしてていいんですか?」は、編集者の思わず漏らした本音なんじゃないかとすら思ってしまう“とんでも本”である。

しかし、だからこそ恐ろしい。

このようなくだらなさ(失礼)やしょうもなさ(ホントにすいません)が、春樹さんの脳内に溜め込まれており、それを放出することによって『ねじまき鳥クロニクル』が、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』が、『ノルウェイの森』が誕生したのだとすれば、その両極のブレの大きさに愕然とするしかない。そして、この人の頭の中はいったいどうなっているんだ、とただただ唖然とするしかない。

もう、とにかくくっだらないのだ。
硬派な小説を書く春樹さんの“サイドB”を極限まで出し切った一冊、といえるだろう。
そして、それは“権威化されたハルキ・ムラカミ”を脱構築する果敢な試みでもあるのではないだろうか。
(07年 62冊目▲)


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「『グレート・ギャツビイ』を三回読む男なら俺と友だちになれそうだな」と彼は自分に言いきかせるように言った。そして我々は友だちになった。十月のことだった」(村上春樹『ノルウェイの森』)
『グレート・ギャツビー』の翻訳本は、すでに5人の訳者によって6社から出版されているそうだ。
橋本福夫訳の早川書房版と大貫三郎訳の角川書店版では『華麗なるギャツビー』と邦題がついており、現在『グレート・ギャツビー』として刊行されている野崎孝訳の新潮文庫版も当初は『偉大なるギャツビー』となっていた。
――『グレート・ギャツビー』は、幾人もに翻訳され、題名にバリエーションがある特異な小説だといえる。
昨年の11月に出版された村上春樹訳も、内容はもちろんのこと、「題名はどうなるのか?」が大きな話題だった。

そして、村上訳が――『偉大なる』でも『華麗な』でもなく――結果的に『グレート・ギャツビー』として刊行されたことは、「成功」だったように、私は思う。

それは原作の「グレート」という意味合いには、どんな日本語を使ってみたところで「届かない」ように感じられるからである。

それは、春樹さんがギャツビーの口癖である「old sport」(野崎訳では「親友」)を、「old sportはオールド・スポートとしか言いようがない。日本語では表せない」と原語のまま「オールドスポート」と訳したのと同様に、その「言語」の微妙なニュアンスをそっくりそのまま翻訳することがいかに難しいかの証左でもある。


大晦日、「ギャツビーはいかにグレートなのかしらん?」と本作をむさぼるように読んでいて、知らぬ間に年を越していた。「うわああ、大失態だ」などと思いながらも、そのまま読み続け一気に読了した。
そうして得た結論として、彼の「グレートさ」というのは、少なくとも「華麗」だからではないと思うのである。
いや、もちろん「華麗さ」というのはジェイ・ギャツビーの「グレートさ」の一端を担うものなのだが、それは強調されるべきものではない。

連夜パーティーを開き、大勢の人間を――主催者であるギャツビーの顔すら知らないような人まで――集め、豪奢な屋敷に住む資産家。
にも関わらず、素性は謎に包まれており、誰も彼の「正確な」人生を知らない。
――などと聞けば、金持ちが道楽で刹那的な享楽を求めているだけのようにも感じられる。
しかし、ギャツビーの過去が明らかになるにつれて、少しずつ彼の本当の意味での「グレートさ」が浮き上がってくる。
なぜ彼はパーティーを開いていたのか――?
そこに秘められた謎にこそ、ギャツビーの「グレートさ」が隠されている。


これは恋愛の物語であり、「失われたもの」を取り戻すための物語であり、そして何より「悲劇」である。

彼の「グレートさ」は悲しく儚いものであった――そして、それゆえに美しいものでもあった。

作者のスコット・フィッツジェラルドは俗に“失われた世代”と呼ばれる作家たちの一人である。

第一次世界大戦後の大きな「空白的」虚無感の中で、彼は自らの創造したギャツビーの手によって「失われたもの」を必死に掬い取らせようとする――それは、フィッツジェラルド自身の「願い」そのものにも見える。
しかし、「失われたもの」がギャツビーの手に再び「(失われる前と)同じように」戻ってくることはなかった――実際のフィッツジェラルドがそうであったように、決して。
(ここらへんの「事情」については、「訳者あとがき」に詳しく載っている)

連夜ギャツビーの家で狂乱じみたパーティーは繰り返されるが、その表層的な「華やぎ」の裏には、多くの虚無が――恐らく、意識的に――隠されている。

最終章で浮き彫りになるその「虚無」が、ギャツビーの「華やぎの裏」に隠された――「失われたもの」を取り戻そうとする――「グレートさ」を、より一層引き立てているように思えた。
待ち受けるラストは、あまりに悲しく胸に迫る。


30ページ近くもある「訳者あとがき」には、春樹さんの『グレート・ギャツビー』への熱き思いが詰まっている。
春樹さんにとって『グレート・ギャツビー』は「きわめて重要な意味を持つ作品」なのだという。
人生で巡りあった最も重要な一冊を挙げろと言われれば、「迷うことなく」『グレート・ギャツビー』を選ぶと語るほどに。
「もし『グレート・ギャツビー』という作品に巡り会わなかったら、僕はたぶん今とは違う小説を書いていたのではあるまいかという気がするほどである(あるいは何も書いていなかったかもしれない。そのへんは純粋な仮説の領域の話だから、もちろん正確なところはわからないわけだが)。」
カッコよく言えば『グレート・ギャツビー』は、

「村上春樹を作家へと導いた本」

ということになるだろう。
春樹さんほどの「熱」をもって本作を受け入れられるかは、また別の問題ではあるが、
本作が少なくとも一人の世界的作家を生み出した傑作であることは間違いない。

【余談】
今日1月12日は春樹さんの誕生日。
それに合わせて本作の記事を載せてみました。
07年に読んだ本としては初の記事です。
今年も何卒よろしくお願いします、オールドスポート。


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「チェコの作家、カフカを記念し、国際的に優れた作家に与えられるフランツ・カフカ賞の授賞式が30日夜、プラハで行われ、今年の受賞者である村上春樹さん(57)に、主催者から賞が授与された。 

村上さんは、授賞式で「15歳の時にカフカの『城』を読み、ものすごいショックを受けた。私の小説『海辺のカフカ』はカフカへの賛辞でもある。その小説のチェコ語訳がちょうど1週間前に出たばかりで、今日の式は完璧(かんぺき)なタイミングでした」と英語であいさつ。また、式の前に行われた記者会見では、ノーベル文学賞の候補の1人と目されたことについて「賞には関心がない。読者が私にとっての賞です」と話した。 

村上さんは、マラソンランナーらしく、革のスニーカーをはいて陽子夫人と式に出席。カフカをかたどった記念品のブロンズ像を手渡されると、笑顔で「重いね」。審査委員は「村上作品は芸術性の高さと人間性にあふれ、しかも現代的」と授賞理由を語った。副賞は1万ドル(約117万円)(プラハ 共同)」
産経新聞


私の友人に
「村上春樹の顔写真を見て、泣きそうになった」
という人がいる。
「『ノルウェイの森』を読んで、どんなカッコいい人が書いているのか期待していたら、もっさいおじさんだった」
――まあ、その気持ちはわからなくもない。

作家とその作品は密接にむすびついているもので、例えば、綿矢りさの作品を読むと、どうしても主人公を架空の“綿矢りさ”に重ねて考えてしまう。
ある種の小説を書く作家が、公の場に姿を現さないのも頷ける話である。
春樹さんは、その代表格の一人だった。


その彼が、カフカ賞の授賞式でスピーチをしたのである。
ええ、もう、「嘘やん」と思わず叫びましたとも。
「YouTube」の動画をご覧あれ。
奥さんの陽子さんも映っています(笑)

「生涯で初めての記者会見。そして、最後になるかも知れない」

なぜ公の場に姿を現す気になったのかはわからないが、「カフカの賞」だったことは少なからぬ要因になっていることだろう。
村上春樹にとって、「カフカ」という存在がどれだけ特別なものなのか分かるというもの。

動画には映っていないが、スピーチの締めがまた効いている。

「本は自分の内部の凍った海を打ち砕く斧でなければならない」

とカフカが友人へ宛てた手紙の一節を引用し、

「これこそまさに私が書きたい本なのです」



どうだろう、スピーチをする春樹さんはイメージ通りだっただろうか?
とりあえず、めちゃくちゃ緊張していることだけは確か(笑)
やたら左を見ていて、可愛いですね☆

ノーベル賞受賞の際は、どうするのだろう。
本当に今回が「最初で最後の会見」になってしまうのだろうか。
今後の春樹さんの動向が楽しみである。


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