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1960年と1961年生まれあつまれぇ〜

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165cm O型

両親共に小学校教諭という家庭環境で育つ[3]。愛知県立瀬戸高等学校を経て、名古屋学院大学外国語学部中国語学科卒業。

大学在学中は「放送文化研究会」に所属していたこともあり、就職活動ではアナウンサー試験を多数受けるも全滅。卒業後は名古屋タレントビューローに所属し、イベントの司会や岐阜放送で仕事をする[1]。

その後、中京ローカルのフリーアナウンサーとして活動し、中京テレビの『めざせ!総・楽・天』に出演。この時はお笑い志望ではなかったが、番組内で「面白いタレントになりたい」という自己PRをお笑い志望として紹介されたことがきっかけでお笑いに転身する。1996年にデビュー。

名古屋では一時期、松田大輔(東京ダイナマイト)らと「温泉こんにゃくアクロバットショー」なる5人組のユニットを組んでいた。ユニット脱退後、しばらくフリーで活動していたが、ワタナベエンターテインメントのライブにゲスト出演した際、同社社長の渡辺ミキにスカウトされ、2003年1月よりワタナベエンターテインメントに移籍して本格的に東京での活動を始める。

駆け出し時代、ニッポン放送の『お願い!DJ!克也とのりちゃんはっぴぃウィークエンド』で「イエローハットサウンドハイウェイベストヒットセレクション」の中継を担当していた。その縁で、BSデジタル本放送が開始された2000年12月から、BSフジで放送のニッポン放送制作の番組『LF+Rモーニング YOUNG LIVE JAPAN』『ヤングライブニッポンLF+RミュージックTV』に松田大輔と「温泉こんにゃくアクロバットショー」としてレギュラー出演した

芸人としての持ちネタは、主にバスガイド、保母、エレベーターガールなどの様々な職業のコスプレで、皮肉たっぷりにブラックジョークを連発する一人コントである。また、特技のピアノを使い、自作の歌を弾き語りするネタもある。名古屋時代には、アルトリコーダーを儚げに吹いた後にシュールなネタを一言つぶやく漫談ネタもやっていた。

決めセリフは「どこ見てんのよ!!!!」(胸元や下半身を隠し、カメラや男性タレントを睨み付けながら怒鳴る)、「ふざけないでよ!!!!」(ノリツッコミ的に用いられる)、「にゃあ」、「にょろーん」(主にコントの落ちで脱力気味に発声される)など。

「青木軍団」と称し、同じ事務所の若手芸人と一緒に食事会を開いている。2004年頃に青木・今泉稔(18KIN)・山根良顕(アンガールズ)の3人により結成された。2007年、『美しき青木・ド・ナウ』でその存在が紹介される。現在は、ビビる大木をご意見番に据え、ゴリけん(同期)、後輩のパラシュート部隊・ザブングル・クールポコ・あれきさんだーおりょうらが参加している。また、事務所は違うが古瀬絵理も入団を申し出たことがあるという

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