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土湯温泉

今回は東北の名湯の一つ、土湯温泉を訪れてみました。
基本的に城下町、宿場町、そして温泉街が好きですね〜。
ただ、ここの温泉、駐車場が少ない。
観光案内所の前に少しあるのですが、いつも満車。
宿泊客以外はいらないよっていう感じかな・・・ちょっと残念。

まず目についたのが、この建物。何だとおもいます?
実は小学校なんです。ちょっとビックリ。完全にUFO型ですよね〜
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六地蔵です。地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六道にあって冥界をさまよう人間を導いてくれる存在。
街道の分岐点によくいらっしゃいますよね。
でも江戸時代に建立されたものは、やはり明治の廃仏毀釈で土の中に埋められていたようです。
昭和に建てられた2代目の後ろにひっそりとならぶお姿ちょっと痛ましいですが・・・。
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温泉街に降りてきました。
土湯温泉郷は、こけし無しでは語れない、と言っても過言ではないほど、こけしと深く長いつながりがあります。ここにも大きなこけしが。
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土湯温泉は足湯が4箇所存在します。全て無料です。
そのひとつ、土ゆっこに向かいます。川沿いにありマイナスイオンもたっぷりです。
残念ながら、上流の滝見の橋は通行止めでいけませんでした。
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今度は太子堂に向かいます。
用明2年、病に倒れた聖徳太子の父、用明天皇の回復祈願と仏教布教のため東国に秦河勝が遣わされましたが、河勝は病にかかってしまいました。そんなある夜、聖徳太子が夢枕に現れ「岩代国の突き湯に霊湯あり。そこで湯治せよ。」と説いたといいます。そうした縁で太子堂が、土湯の名所として残っています。
また、まわりには山神が祀ってあったり、土湯らしくこけし堂もあります。
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でも、なんといっても私が関心を持ってみたのが、これです。
聖徳太子とは何にも関係ないですが、松根油の精製の装置?機械?を初めてみました。
話には聞いていましたけどね。
しかも、鐘の代わりに鳴らしていたというのもおもしろいエピソードですね。
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甲という文字が彫られた石がたくさん並んでいます・・・
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こけし堂です。
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いたるところに石仏があります。
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ところ変わって温泉街を散策します。結構大きなホテルが建っています。
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足湯です。月乃湯橋にあります。2.3人ぐらい入ったらいっぱいかな。
でも少し集めのお湯が気持ちいいです〜
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近くの神社からの階段の写真を少し遊んでをトイフォト風にしてみました。
今までは写真は撮ってだしを信条としていましたが、こんな遊び写真も最近はいいかなと思ってます。
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こけし作り体験でしょうか。たくさんの、ちょっと変わった?こけしがたくさんならんでました。
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土湯温泉街のメイン通り?を対岸から望みます。
川と川が交差して、ゴー、ザーという音が山にこだまして聞こえてきます・・・。
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またまた、ちょっと遊んでみました。今度はジオラマ風です。
どうですか、模型のように見えますかねぇ〜。結構おもしろいかも・・・。
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土湯温泉ですから、温泉に入りたいものです。
今回は日帰り温泉「サンスカイつちゆ」に入浴してきました。250円です。
ちょっと小さめの湯船ですが、ヒノキの香りと山間の涼しい風が顔に当たり、熱めのお湯が気持ち良いです。
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ここからはおまけです。
ハスですね。帰りに見かけたハスの池。まだ花は先のようですが・・・。
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そして、梅雨時の定番、アジサイです。ちょっとフィルターかけています。
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なんか、温泉街っていいんですよね。勝手なイメージがあって、昭和そのものの気がしています。
遊技場や散策路、硫黄のにおい、浴衣、タオル、サビ(笑)そして、寅さん。
うまく言えないですが、そんな感じかな。

オリンパス E-P2
突然ですが、みなさん「徳一」さんご存知でしょうか。
東北の方は結構ご存知の方も多いんじゃないんでしょうか。会津地方を中心によく名前が出てきますもんね。
それで今回、その方のお墓にズームイン! ということで磐梯町まで行ってみました。

徳一(とくいつ、いちではないんですね〜)さんは、奈良時代から平安時代前期にかけての法相宗のお坊さんです。お父さんは何と藤原仲麻呂(恵美押勝)らしいです。
所謂いいとこの出ですな。

初め東大寺で法相教学を学び、若くして20歳頃に東国へ下ってます。
真言密教への疑義を記した11か条の「真言宗未決文」を空海に送ったり、また、天台教学に対して「仏性抄」を皮切りに批判を加え、のちに最澄との間で一大仏教論争を展開したりしています。
(このころはまだ天台宗も真言宗も所謂新しい宗派で法相宗のほうが王道でしたからねぇ〜)

一方、会津慧日寺や同勝常寺、常陸国筑波山中禅寺、西光院など多くの寺院を建立すると共に、民衆布教を行い「徳一菩薩」と称されたようです。
そして、その慧日寺跡は、現在史跡公園として整備され、金堂なんかも復元されていて、徳一の墓と伝えられる五輪塔も徳一廟として残されているということなんです。


車を駐車場にとめて公園に入るとまず目に入るのがきれいなハス。
単純ですからすぐ極楽浄土を思い浮かべます(笑)
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少しばかり歩くとお目当ての資料館が見えてきます。
予想通り入館者は誰もいません・・・。うーん、入館料500円は金堂見学とセットでもちーとたかいの〜
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さっきからポリタンクを持ったおじさんが多いなぁと思ったらここには名水100選の湧水がるんですね。
資料館には誰も来ないけど、ここにはひっきりなしに人が来ます・・・
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金堂へ続く道すがらきれいな葉っぱがあったので思わずパチリ。
ちょっと、カメラで色をいじってますけど。
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で、見えてきました、金堂です。もちろん復元です。
でも、建材にわざわざ四国のヒノキを使うなど町として力を入れた様子がうかがえます。
ですので、見学は有料で横のほうに番屋?のような建物があり、おばちゃんがいます。
今回は資料館に入館したので、セットで入れます。
また、誰もいませんが・・・よく見ると外からでも十分見れるかも(笑)
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金堂の中の仏様は写真です・・・。でも雰囲気はそれなりに楽しめます。
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金堂右手の現代のお墓がならんでいる細い道を行くと、そこに徳一廟はありました。
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中には平安時代に建立されたといわれている五輪塔があります。
だいぶん痛みが激しく、補強がなされています。
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伽藍遺構の東側には、会津五薬師の一つ・東方薬師として多くの信仰を集めていた薬師堂と仁王門があります。(明治再建)
その仁王門にいる仁王像なんですが、なんか飲酒運転防止を呼び掛けるの人?のような感じがするんだよな〜。飲んじゃダメ、STOP!って・・・。 バチあたりですかね。
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今回、ちょっと行く前とイメージがちがったかな。
もう少し、観光地化しているかと思ってました。門前町の名残とか・・・
やっぱり、政宗さんの会津侵攻のときやられているんですね。あと、明治の廃仏毀釈。
史跡として観光地化するのはこれからのようです。

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2+4で会津へ

わけのわからんタイトルで失礼いたしました。
要はブロンプトンを積んでジムニーで会津に出かけましたっということです。
真夏は暑くて死にそうだし、雨は論外ということで、梅雨前の晴れ間を狙っていってみました。


車をとめて、ブロンプトンで元気に出発です。

まずは、鶴ヶ城へ。
城跡は都市公園鶴ヶ城公園となっており、三ノ丸跡には陸上競技場、市営プールおよび福島県立博物館があります。天守は再建で若松城天守閣郷土博物館として利用されています。

城主は蘆名氏〜伊達政宗〜蒲生氏〜上杉氏〜蒲生〜加藤〜保科氏(松平に改姓)
松平氏の後は明治維新まで会津松平氏の居城となりました。

白虎隊で有名な戊辰戦争の際には若松城は1か月の間持ちこたえましたが、戦後、天守を含む多くの建造物の傷みは激しく、その後も放置されたまま破却を迎えてしまいました。
私も何回か訪れていますが、平成13年に本丸内の干飯櫓と南走長屋が復元された後は初めて来ました。
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すると、なんと天守閣が・・・。
ちょうど、若松城の天守閣瓦を、黒瓦から落城当時と同じ本来の赤瓦に戻す工事が実行されていたのでした。下調べしないからこんなことになるんですが、逆にふだん見れないものを見れたと自分に言い聞かせました(笑)
もちろん最上階からの景色も何にも見えません・・・。
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本物の代わりにこんなゆるキャラが・・・。
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次は、蘆名氏の廟があるらしいので、そちらへ。
りっぱな土饅頭の上にこれまたりっぱな五輪塔があります。
もうちょっと上のほうにもお墓や城跡なんかもあるようですが、リアルに最近書かれたらしいクマ注意の看板と蛇の怖さから撤退。怖がりです。
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続いては、今回いってみたかった「さざえ堂」です。
これは白虎隊のお墓で有名な飯盛山にあります。内部はらせん状のスロープになっていて、同じところを通らずあがって降りてくることができます。国の重文です。
よこで、チケットを売るおばちゃんが、なんどもなんども世界で唯一の建物〜とずっといっていました。
なかなかおもしろい建物ですが、国の重文の割には、土足で入れるし、結構落書きは多いし、痛みは激しいし、もう少し大事にしてほしい気がしました。
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このアングルから見ると、ピザの斜塔のように傾いて見えますね。
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近くには白虎隊が容保公から激励されて出陣した滝沢本陣があります。
中の柱や壁には刀傷や弾痕の後が残っています。
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什の掟で有名な日新館です。テーマパークのような施設として復元されています。
これがなかなか遠かった。駐車場も整備されているので、車で行くことをお勧めします。
実際にはお城の近くにあって、いまも天文台の後だけが遺構が残っています。
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会津、幕末とくれば、白虎隊と肩を並べるのが新撰組です。
前回、近藤勇の墓に行きましたが、ここ七日町にある阿弥陀寺には新撰組三番隊隊長斎藤一(藤田五郎)のお墓があります。彼にとっては、最後まで会津あっての新撰組だったんですね。
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ここからは、蒲生氏3代のお墓めぐりです。
まずは3代目忠郷のお墓です。改葬されていますが、堂々の大きさの五輪塔です。
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お次は、初代氏郷です。信長の小姓の時代からその有能さは知られており、不穏な動きををする政宗の監視役として会津へ入封されました。
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最後は、2代秀行公のお墓です。
素晴らしい茅葺入母屋造りの覆屋が残っています。中にはやはり五輪塔があります。
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帰りは、ジムニーで猪苗代湖を右手に見ながら帰途につきましたが、途中、前から通ってみたかった御霊櫃峠へ。頂上から郡山方面を望みます。
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今回は会津をブロンプトンでめぐりましたが、これぐらいの町になるとやっぱり一晩泊まりたいですね。
少し余裕がなかったです。まあ、欲張りすぎなんですけど(笑)
しかし、それにしても暑かったな〜。
飲んでばかりで車以上に燃費が悪いです・・・残念。

檜枝岐村

今回は、平家落人伝説ののこる檜枝岐村。
郡山の駅でパンフレットをもらい、一気に興味が・・・。
で、出かけてみました。

檜枝岐村。ところで、みなさん読めますか?
わたしは「ひのきえむら」だと思っていました。正解は「ひのえまたむら」です。なるほど。

場所はいわゆる奥会津のさらに奥・・・といった場所にあります。
日本有数の「特別豪雪地帯」で、尾瀬への登山道?などがあるようです。

まずは、気軽に尾瀬が体験できるミニ尾瀬公園へ。
でも、よく考えたら男一人で入ってもちょっと・・・と思ったので、駐車場でブロンプトンをおろして川沿いを走ってみます。
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魚のための川の道かなぁ〜、すごい複雑な感じなんですけど。
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ばんばの石仏
檜枝岐の舞台(国指定有形文化財)がある鎮守神へとつづく参道中程に、ものすごい大きなはさみとともに鎮座されています。本来は子供を水難から守る神様らしいですが、最近では縁結び、縁切りの神様として信仰されてるようです。
また、ばんばの頭にお椀のフタをかぶせると、どんな願いでもかなえてくれるらしいです。
しまった、かぶせるんだった・・・。
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となりには何やらちょっと怖い武者とお姫様が。
よく見ると、顔がとれてそこから観光地によくある顔が出せるようになっています・・・。
「馬の代わりに自転車乗ろうかな」と聞こえたような・・・。
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檜枝岐の舞台(国指定有形文化財)
これが、檜枝岐歌舞伎のいわば会場です。すごいです。
神社、つまり神様に見せるように舞台は作られていて、まさに奉納歌舞伎です。
観客席は露天で、神社への坂がそのまま自然の観覧席になっています。
現在残っている資料の中に260年前に購入された浄瑠璃本が残っていることから、260年以上の歴史を持っていると言われています。
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正倉院と同じ建築様式とされる板倉
厚さ10cmほどの板をセイロウのように組み合わせる工法で、窓はなく、釘や柱もいっさい使用されていません。
こういうのが道路わきになにげにあるんだよなぁ〜、おそるべしです。
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今回いってみたくなったきっかけの一つ、六地蔵です。
きれいなべべ着せてもらってます。
その昔、山深い地ゆえに冷害に苦しみ、むらで行われた悲しい出来事を嘆く母親を慰めるためにつくられたという話もあるようです。
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新緑と清流がこころまできれいにしてくれるようです。うーん、リフレッシュ!
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なんかすごい存在感のある「尾瀬」(笑)
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最後のお楽しみ、温泉です。この村には全部で3か所日帰り入浴の施設があります。
今回は「駒の湯」に入ってみます。
露店風呂もあって、前に流れる川のせせらぎを聞きながらのんびり入浴できます。
基本的に硫黄臭のする温泉が好きな自分ですが、ここは無色透明でありながらなんともいい感じのお湯です。気に入りました。
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そして湯あがりには、プシューといきたいですけど、車ですから。
で・・・これです。ありがとう、伊達さん、瑛太くん(笑)
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ところで、自転車で走っていると道路の両サイドのいたるところにお墓があるのがわかります。
しかもそのお墓の名前は全部「星」「平野」「橘」のようです。
家紋がアゲハだったりするし、やはり平家の方々の末裔なんでしょうねぇ。

大安場古墳

郡山市田村町に1991年(平成3年)に発見され、現在大安場史跡公園として整備されている東北最大の前方後方墳があるというので、ちょろっといってみた。
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ここは、古墳時代前期後半頃の築造と推定される前方後方墳1基、円墳4基からなる古墳群。

なるほどおおきいですなぁ〜。しかも、前方後方墳はめずらしい。
那須地方には多いようなので、その関係性がうかがえます。
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後方部墳頂には南北方向の主体部が確認された。
長さ10メートル、幅2メートルの粘土郭の床のうえに、長さ9.2メートルの長大な木棺を安置している。
出土品としては、東北ではほかに例を見ない石釧1点に加え、大刀、剣、槍、鎌、板状鉄斧などが出土した。
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後方部から周りの景色を見てみると眼下に、石釧の形をした屋根を持つ資料館(無料)がありました。
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築造時期は、出土遺物と築造方法などから、4世紀後半頃と推定されるらしいので、東国にある古墳として古いほうですね。
出土品といい、その規模といい、かなりの人物のお墓ですね。

まわりを散策してみると、小さいお子さんむけの公園との境にこんな看板が・・・
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さらにこんなものも・・・
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最後にきれいないお花を写真におさめて、史跡公園を後にしました。
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帰った後に、人から聞いた話では何でもパワースポットになってるらしいです。
知らんかったけど・・・なんかいいことないですかねぇ〜

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