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東京に出張に行ってきました。 仕事より都内をスナップ旅行しよう!と楽しみにしていましたがあいにくのお天気で・・・。 でも、強引に増上寺だけは行ってきましたよ〜 増上寺は寛永寺と並んで徳川家の霊廟があることで有名なお寺。 寛永寺を江戸の鬼門である上野に配し、裏鬼門の芝の抑えに増上寺を移したものと考えられる。 また、吉良義央が勅使饗応役の浅野長矩に畳替えの必要性を教えず、これが3月14日の殿中刃傷の引き金になったという逸話でも有名。 有名な東京タワーとのツーショット。ほんと天気が残念・・・ 徳川家の霊廟は、第二次世界大戦でそのほとんどが焼失してしまったが、戦前には霊廟が旧国宝に指定されており、その壮大さは日光東照宮に引けを取らないものだったらしい。うーん、みたかったなぁ〜 今回、雨のなかのこのこ行きましたが、幸運にも特別公開されていました。ラッキー!! 入場に500円かかりましたが、普段ケチの自分が何のためらいもなく入ったのは、自分でも可笑しくなりました(笑) 昔の配置図と絵葉書付でした・・・ 元の文昭院6代家宣の霊廟中門が現在の徳川家墓所の門となっています。(旧国宝) 中に入ると、以外にも女性の方のお姿が・・・歴女の影響かな。 正面右側に2代将軍秀忠夫妻 台徳院宝塔は戦災で焼失したため、崇源院宝塔(石塔)に合祀されている。 これを見て、秀忠はやっぱり江から逃げられないんだなぁ〜とちょっと???な感じがしました。 本人はどう思ってるかな。 石灯籠の寄進名が板倉重宗でした そして、その左が6代家宣夫妻 奥さんは有名な天英院 青銅製ですね。 奥右側に7代家継、9代家重、12代家慶それぞれ石塔です。 また、左列には14代家茂、家茂夫人和宮。夫は石塔なのに奥さんは青銅製。 これは時代的背景か、それとも皇室だからか・・・ そして、最後に合祀塔です。 家宣の父・綱重、5代綱吉の生母・桂昌院、11代家斉の正室・広大院、13代家定の正室・天親院、家宣の側室・月光院、家斉の側室・契真院、家慶の側室である見光院・殊妙院。 その他計35名の将軍家ゆかりの子女が合祀されています。合祀以前はそれぞれ宝塔・墓が独立していたみたいですが、なんだかすごいことになってますね。 返す返すもそのままの姿で見たかったですねぇ〜。 次は寛永寺だ! ペンタックスQ
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2012年01月21日
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