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信州旅行2日目のお宿は「渋温泉」です。 所謂、温泉街が好きな自分は行ってみたかった温泉街の一つです。 結論から言うと、良かった! 良かったです。 温泉の泉質とか料理の出来とかいろいろ判断基準はあるのでしょうが、情緒ある温泉街を楽しめました。 渋温泉と言いながらも、一帯は「湯田中渋温泉郷」と呼ばれる温泉郷で泉質は単純温泉、塩化物泉。 源泉の多さも特質で、旅館35軒+外湯9ヵ所に対し、源泉の本数は37ヶ所もあります。 何がいいといっても温泉街 の雰囲気。 石畳の道に木造建築の旅館が並び、カランコロンと下駄の音が鳴り響きます。 また外湯巡りが有名で共同浴場は9軒も存在します。 実はすべてカギがかかっています。宿泊者はホテルからカギを借りて湯めぐりをすることができます。 九つすべての湯にはいると苦(九)労を流すと謂われるらしいんですが、さすがに無理でした。 9番目の大湯付近で涼む男性。雰囲気あるなぁ〜 温泉街と言ったらやっぱりこれでしょう。射的場。 コルクの弾をかって的を狙います。子供は初めての経験だったので、弾を追加して楽しんでました。 もちろん、卓球場もありましたよ〜 この建物どこかで見た覚えありませんか〜 この建物の横にはこんな顔(?)が・・・。 ここ金具屋さんは『千と千尋の神隠し』の油屋のモデルのひとつといわれている大変歴史のある建物です。残念ながら今回はここでの宿泊ではありませんでしたが・・・。 翌日は近くにある地獄谷野猿公苑に行ってみました。 ここは猿が温泉にはいることで有名なところです。 たくさんの猿がいましたが、このくそ暑い中、猿もなかなか温泉にはいってくれないので、餌を入れて強引にはいらせてました(笑) どの猿も良く慣れていて?ひとをおそったり、悪さしたりする猿はまったくいませんでした。 足元で子ザルたちが遊んでいたのがかわいかったです。 いやァ〜、今回も楽しいいい旅でございました。おわり。 オリンパス E-P2
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小さな旅
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信州旅行第二弾でございます。 さてさて、荒砥城跡を一人で(うん?)じっくりと見学したあとは、まさにそのお城の麓にある「梅むら旅館うぐいす亭」に宿を求めたのでありました。 上山田戸倉温泉の街中にあるため、窓からの景色は正直今一つですが、そのほかは非常に行きとどいたなかなかの旅館でございました。温泉もいいお湯でしたよ〜。 夕食はいわゆるお食事処となっていましたが、個室でしたので、久しぶりに家族で団欒がゆっくり楽しめました。 これからたくさんのお食事が来るのですが、夢中で食べた証拠です。途中の写真がありません(笑) 娘が食べてみたいと言っていた馬刺しです。九州出身の自分は馬刺しも鳥さしもいのししも何でも食べましたが、子供たちには初めての体験です。マグロや肉が好きな娘はすっかり気に入ったようです。 次の日は長野までいって、善光寺参りです。 実は善光寺ははじめてです。 この辺りは若いころオートバイで来てますが、そのころは興味がなかったんですね〜、きっと。 重要文化財の山門です。大きな山門です。 国宝の本堂です。 このアングルから見るとスマートな感じですが、奥に長い感じでかなり大きな建物です。 国宝の木造建築の中では3番目ぐらいに大きな建物らしいです。 この本堂では床下の真っ暗な通路を通り、本尊の阿弥陀如来が安置されている「瑠璃壇」という小部屋の真下にあるとされる「極楽浄土への錠前」に触れる「戒壇巡り」ができます。 ちなみに500円で入場券が必要ですが・・・。 ここも松本城なみにたくさんの人がならんでいました・・・のでパス。辛抱できん性格です(笑) 参道にはたくさんのお店がならんでいました。こういう雰囲気がいいんですよね。 女性陣はお土産と称してあちこちのお店に立ち寄ります。 さて、善光寺をあとにして、今度は須坂へ。 ここは蔵の街としても有名なんですが、今回のメインは須坂動物園。 そう筋肉モリモリカンガルーのハッチがいた動物園です。 ここは市営のほんとこじんまりとした昔懐かしい感じがする動物園でした。 テレビでおなじみのサンドバッグ相手にキックをするカンガルーとして知られるおやじカンガルーの「ハッチ」は2009年11月25日老衰の為9歳で永眠(人間に例えると70〜75歳位)してしまい、今はいませんがその奥さんの「クララ」、長男「クラッチ」、次男「キャッチ」のファミリーがいます。 こちらはその息子さんお二人のうちどちらかですが、うーんやっぱりオヤジそっくりな感じです。 ほんと、テレビでも見ている感じですね〜 兄弟お二人は南園のあたらしく広い第2カンガルー舎にいますよ〜 となりでやぎのばあさん3姉妹もにっこりほほ笑んでましたよ(うそ) 動物園は久しぶりでしたが、やっぱり童心に帰るというか楽しいですね。 次回はいよいよメインの温泉街にいきますっ! つづく・・・とおもう オリンパス PEN E-P2
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今年の夏も人並みに夏休みをいただけました。ありがたいことです。 以前ならそれっキャンプ旅行だぁ〜と勇んで出かけたところですが、もう子供たちのスケジュールも合わないし、なによりも体力的にねぇ〜、暑いし。 でも出かけないと落ち着かない性分だし、なにより日ごろ出かけることのない嫁さんから温泉に行きたいとのリクエストが・・・。 なになに、温泉。うーん。どうせなら温泉街がいいなぁ、写真撮りたいし。 と、なんだかんだでプランは自分で勝手に組んだのでした。 ということで、今回は信州に決定。 信州といえば、20年以上いってない国宝松本城があるじゃないか。ということで、これまた家族からは不評をかいながらもまずは松本城へGo! なんだかかけないサインペンで書いたような字体だなぁと失礼なことを思いつつ入場。 久しぶりの松本城はやはり国宝。そして現存天守の中で一番古いだけのことはあり、威厳をはなっています。あの石川数正のお城だったというのも意味深いですなぁ。 うーむ、とその姿を見とれていると、なんと雨が。晴れ男なのにぃ〜。 でも城の中に入るから関係ないかと気を取り戻して、お城の中へ。 げっ!なんじゃこりゃぁ〜、ものすごい人、人、人。 こんなにお城って人気があったの?なんなの?ここはディズニーランドかっ? とてもじゃないでが、家族連れて天守閣最上階まで行くのは無理です。何なんでしょうかね。 それで、お城に併設されている資料館へ。ここで、おもしろいもの見つけました。 なんか、松本の七夕様の人形みたいなんですが、四角い頭に細い足。もちろんこれに着物を着せるんですが、なんともその姿がユーモラス。嫁さんはかなりうけてました。(機嫌良くなりホッ・・・) お城を後にして近くにある開智学校へ。 天使が学校の表札?みたいなものを抱えているんですが、左の天使ちょっと太りすぎかも・・・。 しかも天使だからしょうがないんですが、ふりチンだし(笑) 女どもは指さして笑ってるし・・・なんとも。 お次は大王わさび園です。大きな農園で観光バスもバンバンとまっていきます。 大きなワサビのモニュメント?をパチリ。 アルプスの山々から流れ出る清涼な水がいいワサビを育てています。 本日のお宿は千曲川沿いに50数件の宿がある戸倉上山田温泉へ。 ここは射的場なんかもある昔ながらの温泉街。 でもその前に、その温泉街を見下ろす位置にある荒砥城跡へ。 ここは大河ドラマ風林火山のロケにも使用されたんですよ。 出演者の方のサインなんかもおいてありました。 なんだか、夕方でもありいい感じで一人悦に・・・。 オリンパス E-P2 次回に続く・・・予定(笑)
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たしか4月ごろだったか、待ちわびた春を探してみちのく自転車道をぶらりと午後から走り始めたが、途中で時間切れとなり、風も強くなりヒーヒーいいながら郡山まで戻った記憶があります。 それ以来、ずっといつかはまた起点までいってみたいと思っていました。 で、めちゃ暑い本日行ってまいりました。ずるをして。 そうです。車で須賀川までまずはブーンと。エアコン付きで。 ということで、車を須賀川において、前回断念した残りの部分を走ります。 まぁ、道の状態としてはそんなに良くないです。 ここは、センターラインなんかが残ってて?なんとなく自転車道ってわかりますけど。 途中、工事中だったり、ダートになったり・・・です。 福島はさすがフルーツ王国です。モモがうまそう・・・。 すんません。久しぶりの走りに夢中で途中の写真はないんです。 で、いきなりここがみちのく自転車道の起点です。 比較的きれいな自転車道の案内板がありました。 ここみちのく自転車道の起点は乙字ヶ滝という名勝でもあります。 日本の滝百選の一つにも選ばれています。 名前の由来は水が乙字の形をして流れ落ちることに因んでいて、滝幅の広さから「小ナイアガラ」とも呼ばれているらしいです。ナイアガラと比べるにはちょっと規模がねぇ〜。 あと水がもう少しきれいだったらなぁ〜、ちょっと残念です。 松尾芭蕉もここを訪れていて「五月雨の滝降りうづむ水かさ哉」の句碑があります。 ここには瀧見不動堂があり、その境内で麦わら帽子に虫取り網をもったお子さんが黄色い声を上げていました。なんだか懐かしくなりパチリ。 お次は和田の大仏に寄ります。 この大仏は、阿武隈川西岸の丘陵岩壁に彫られた磨崖仏で阿弥陀如来とも大日如来とも言われているようです。 伝説によると弘法大師が 諸国行脚のときに彫ったと伝えられています。また、乳不足の婦女子が大仏の乳部を削り、粉を煮立てて飲むと乳がでるようになるという信仰があったようで、 そのおかげでこの大仏の乳部はすっかり削り取られてますね。 最後は須賀川に戻り、須賀川をおさめた二階堂家最後の城主大乗院のお墓のある長禄寺を訪れました。 大乗院は二階堂盛義の継室で阿南方と呼ばれていたが、夫である二階堂盛義が亡くなってから大乗院と称した。女城主である。 伊達晴宗の長女で輝宗の姉である。伊達政宗からすると叔母にあたる。 天正十七年(1589)十月二十六日、政宗から攻められ、大乗院は最後まで徹底抗戦を主張して須賀川城に籠城した。最後まで、夫の実家である二階堂家を守ろうとしたその気持ちが伝わってくるようだ。 家臣たちに今も守られてここに眠っています。 帰りがけ、汗びっしょりになったので、郡山温泉に立ち寄りました。 車での輪行はこれができるのでいいです。 郡山市内は意外と日帰り温泉があるんです。さっぱりして今回もいい「小さな旅」でした。 なんか最近ランドナー欲しい病が実は出ていたのですが、今のところはやっぱりブロンプトンかな。 でも、人生最後の自転車として、1台オーダーしてみたいなぁ〜 E-P2
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また変んなタイトルですんません。 1987年に放送された大河ドラマ「独眼竜政宗」 今や国際俳優になった渡辺謙が政宗を好演したことが記憶に残っていますが、その中で竹下恵子が演じた乳母役の喜多、その人のお墓に行ってきました。 場所は白石市の片倉家のお墓の近くにあります。 ゴロンとした苔むした石そのものですね〜。 でもさすが鬼庭良直の娘、そして政宗公の乳母です。きちんとしたお墓があります。 小十郎のお姉さんでもあるので、片倉家の名前があります。 反対側には田村の墓という看板が・・・。なんかすごい看板なんですが。 で、行ってみるとそこには田村清顕公のお墓が。 田村清顕公は伊達政宗の正室・愛姫のお父さんです。その祖は坂上田村麻呂といわれている名家です。 しかし、小田原攻めに加わらなかったため領地を没収されてしまいました。 その後、その息子は愛姫に招かれ二代城主、片倉重長に召抱えられました。 そして、この墓所の一角にはなんと、「真田左衛門佐幸村御墓」と標識とともに刻銘のない一基の自然石があります。 当時、幕府をはばかりながらも、幸村の霊を慰めるために建てられたものみたいですね。 さすが真田家と縁のある片倉家です。 次は、場所が変わりまして二本松です。 天正13年(1585年)、伊達政宗は大内定綱と姻戚関係にあった義継を攻めた際、降伏を申し出た継を許さず、大名としての地位を維持できない厳しい処置を下しました。 これを深く恨んだ義継は輝宗を拉致して二本松城へ連れ去ろうとしたが、途中の高田原で政宗に追いつかれ輝宗もろとも射殺されてしまいます。有名なシーンですね。 義継の遺体は政宗により斬り刻まれ、その上、藤蔓で繋ぎ合わせて無残に吊るされたといいいます。 すさまじいです。 このお墓は子孫の二本松さんが昭和になって、改葬されたようです。 でもなんでこんなに墓ばかり見て回るようになったんだろう・・・ もともとは覆屋がある霊廟建築が好きだったんですよねぇ〜 そして、そのほかにその人が生きているときどう思われていたかなどの気持ちが出ているのがお墓だと思うんですよね〜。いわば、ハードとソフトですか。 やっぱ、わけわからんですよね? オリンパス E-P2
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