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以下の文はこの書庫の一番最初の部分です。 どうぞ、『一人一寺 心の寺』の書庫で最初からお読みください。 **** 以下 その一の冒頭部分 **** 最初「きままに読書」に何時ものようにUPするつもりでしたが、とても心惹かれるものが多く、しかも、この本を勧めても、実際はもう絶版で、古本をオークションなどで見付けるしかないので、少しずつですが、「きままに読書」よりは細かくUPしてみようと思い立ちました。 一体どのくらいになるかは、自分でも、やって見ないと分からないと言ういい加減さですが、ご容赦ください。UPした後でも少しずつ手直ししていく事もありそうです。 さあ、もう一体何年前になるのか定かでないが、30年近く前になると思うが、当時住んでいた溝口の繁華街でチベットからのものだと言って小さな仏像や仏具らしきもの売っている青年がいた。 どういう訳か、それに惹かれて、二体の仏像を求めた。 と言って仏壇もなし、マンションで場所もなく、箪笥の上を綺麗にして、仏像の形から素人目で勝手に阿弥陀様と観音様と言う事にして、それから朝晩拝むようにした。 その頃何かの仏教書で、「一人一寺」という考え方が有るという話を見て、「ああ、そう思えば良いのだな」と思い、特に位牌が無くとも良いと安心した記憶がある。 残念ながら、諸般の事情で、その仏像たちとも別れる時が来てしまったのだが、今でもそのお姿は記憶にしっかりと残っている。 その後、観音様は横川中堂の観音様の千躰分身像を分けていただき自宅に持ち帰り、今のマンションの一隅におまつりしている。 そして先日、月光山洗心庵 さんから、井上球二先生の名を聞き、図書館で探してみた結果がこの本との出会いです。 1988年11月の初版でした。 仏像画家であった井上先生が、前書きで *** よく、世の中一寸先は闇だと言いますが、私はあながちに闇とは思いません。しかし一寸先の測り知れないことは確かでしょう。私の体験をもってすれば、終戦を挟んで、大患をわずらい、直前は医者も食物もなく、直後はあっても食べ物は乏しく、そんな中を生きのびることはできました。その後数年間を過ごした今日とを食いつめて、絵筆一本で生計を立てようと上京したのが38歳のとき。それが64歳に至って、一人一寺を提唱するなど到底考えられない事でした。これは闇ではなく光でしたがーーー。・・・・・ それが(昭和)52年の盛夏、一夜にして、その経のとりことなり、どうしても世の中に拡めたい、という気になったのです。市井の一老市民がです。縁とはまことに図りしれない不可思議なもので、その夜の決意ともいうべき思いが、今日の「一人一寺 心の寺」という形のものに進んできたのです。・・・・ 心の寺の、心の寺の仏さまの、延命十句観音経の、功徳であろうと有難さでいっぱいですが…合掌 *** という観音様のご縁で、発念され、実を結んだものらしい。 そのお経は 観世音 南無佛 (かんぜおん なーむーぶつ ) 与佛有因 与佛有縁 (よーぶつうーいん よーぶつうーえん ) 佛法僧縁 常楽我浄 (ぶっぽうそうえん じょうらくがーじょう) 朝念観世音 暮念観世音 (ちょうねんかんぜーおん ぼーねんかんぜーおん ) 念念従心起 念念不離心 (ねんねんじゅうしんきー ねんねんふーりーしん ) と、文字通り、十句の短いものですから、すぐに覚えられます。 この本は図書館で借りましたが、手元に置こうとして検索しましたが、もう絶版?いたし方なく、オークションでの古書を購入すべく落としました。
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一人一寺 心の寺
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ゆっくりと少しずつUPしてきました井上先生の『一人一寺 心の寺』も先日で無事終了致しました。ありがとうございました。 その『一人一寺 心の寺』の著者井上球二先生に、『イラスト現代訳 白隠さんの延命十句観音経』という著書があります。 有名な白隠禅師の同名の本を沢山のイラスト(2ページごとに一枚の絵?)を入れて、井上先生が分かりやすく現代語で訳されたものです。 が、この本も絶版で、先程ネットで見たら、一冊だけ古本で5000円でオークションに出ていましたが… 元本の白隠禅師の『延命十句観音経霊験記』については、 禅僧作家の玄侑宗久氏が或るところに次の様に書かれていました。 *** 以下引用 *** 禅師はそこで七十五歳のとき、『延命十句経霊験記(えんめいじっくきょうれいき)』を書く。天台宗の僧侶がまとめた『仏祖統記(ぶっそと)』という本から、四十二文字という短いお経を紹介し、ほとんど小説めいた奇瑞(きずい)や霊験を交えながら、多くの人々にお経の読誦(どくじゅ)と観音信仰を熱心に勧めるのである。 このとき禅師は、もしかすると比叡山から分かれて下った日本仏教の各宗派を、観音さまによって再びまとめようとされたのではないか。念仏やお題目も否定せず、日本の神々も受容される。なにしろ観音さまは変幻自在だから、「やほよろづ」だってカヴァーできるではないか。 *** 引用終了 *** この白隠さんが掘り出した?42文字の経文の刷り物を、全国を巡拝しながら人々に配って歩いたという、惚れこみ方に、井上先生も又、同じように惚れ込まれたらしい。 この多くのイラストと、文章も、今までのような・・で引用というわけには行きそうもないので、少し、考えさしてください。 近々、何らかの形でUPします。
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この画像は、井上先生が書かれた『十句観音』像です。 ほんの少しずつですが、「きままに読書」よりは、細かく1〜3日位の間隔でUPしてみようと思い立ちました。 一体どのくらいになるかは、自分でも、やって見ないと分からないと言ういい加減さですが、ご容赦ください。UPした後でも少しずつ手直ししていく事もありそうです。 仏教に帰依したいと思いながらも、どこかの宗派やお寺に属することに躊躇いがある方や、そういう組織に属しても、なお、かつ、井上先生の言われた一人一寺、心の内やマンションなどの小さな場所に、自分の小さなお寺を建て、その住職として日々を過ごそうとされる方々には、ぜひお薦めです。 「一人一寺 心の寺」の組織に、参加またはご相談などがある方は事務局(susumu@yoneyama.ac.jp)にメールにて連絡してみて下さい。このブログでご覧になったと言われても結構です。 内容(「BOOK」データベースより) 「わたしは心の寺を建ててからは、かたつむりです。どこへ行くにも寺といっしょで」水の流れるごとき日々絶えることのない信心。人生は日常の上にあり、その日常をこの上ないものにする、心の寺。 著者 井上球二 仏教画家 写経教室の講師なども 著書・童ぼとけの写仏・白隠さんの延命十句観音経など この表紙に書かれている文は「千手観音さまの、お手の上の、小さな御堂は、なんだか、心の寺のような、気がして」 目次 第1章 心の寺とは 新興宗教ではない・・・=こちら= 一人一寺の産声・・・・・=こちら= 現代仏教と八正道・・・=こちら= 三世と縁起の関係・・・=こちら= 霊を考える・・・・・・・・=こちら= 心の寺の住職・・・・・・=こちら= 心に建てる寺・・・・・・・=こちら= 心の寺の本尊・・・・・・=こちら= 仏さまたちの中身・・・=こちら= 一念三千を疾る・・・・・=こちら= 延命十句観音経とは・=こちら= 第2章 一人一寺への道程 拝みゴッコ児・・・・・・=こちら= 私の色即是空・・・・・=こちら= 悪言は菩薩さま・・・=こちら= 私の心の寺縁起その一/二・=こちら= その二/二・=こちら= この出逢いこそ・・・=こちら= 第3章 法友書簡抄 その一・・=こちら= その四・・=こちら= その五・・=こちら=
その六・・=こちら=
その七・・=こちら=その八・・=こちら=
その九・・=こちら=
その十・・=こちら=その十一・・=こちら= *****ここより、その二十九 本文***** 第3章 法友書簡抄 その十二 (30人ほどの書簡が掲載されております。長短さまざまですが、少しずつ紹介させて頂きます。長い文章は一部割愛させていただきました) ・・東京377 妙勝山譲豊寺・・・ 拝啓「心の寺」第二十号に添えて私のためにお祈りの言葉を戴き感謝に堪えません。 今号の『阿修羅賛歌』『二十号によせて』の”一念三千””八正道”の教えに深く反省させられました。 大西・川上両先生のご寄稿も感銘深く、法友書簡抄の瀬川さん、私と同年の六十五歳”佳境の春に入りにけり”とは羨ましい御心境です。 退院後一年以上になりましたが、腰痛下肢麻痺の症状は一進一退というより退のほうが多く、最初の総合病院とともにハリ治療に通っておりますが、『安静が最良の治療』と言われます。さりとて経済的事情から休んでいるわけにはいかず、 おおけなく心の寺を建てし身を南無観世音守らせ給え と、日夜j十句経を念じつつ深き世のしがらみをくぐる「水の流れ」に身を委せて、「常楽我浄」の境地を求めて過ごしております。 安静が許されないのは、み仏が凡夫の私に菩薩行を実践させていただく御慈悲あると信じ、巻頭言の「めざめようすばらしいおのれに」を座右の銘とし、私の建立した妙勝山譲豊寺を”輝くもの”と心中に荘厳して、明朗闊達に生きたいと存じます。 陸士の後輩で親交のある整形外科医に特別の診察を頼んだところ、二十歳代ころ腰椎骨にヒビが入ったのが老化によって拡大変形し、神経を圧迫しているとのこと、ハタと思い当たるのは、終戦時乗っていた飛行機が不時着し九死に一生を得たときに、頭と腰を強打し一時人事不省に陥ったことです。 若さの故かその後全く自覚症状はなかったのですが、四十三年後に後遺症が現れたということは、深重なる因縁の果てと申すべく、死すべき命を今日まで支えてくれたわが背骨様に感謝といたわりを捧ぐべきだと悟らせていただきました。 観世音菩薩のご慈悲で生かされている幸せをかみしめ、利他行に精進するよう路を歩く時もゆっくり呼吸に合わせて十句経を誦し、痛む背骨に御同行申しております。 ・・愛知309 白雲山慈光寺・・・ 十句経と共にあります。私の寺は心の中にあり、目に見えないからこそ真実で自由で広大なのだと思います。 心の寺の寺誌を頂くだけでも、大変なご苦労とありがたくてなりません。 心の寺の仏様に清らかな目で守られ、平等であり、平和であり、何一つ危害を加えるものなく、愛のそのものであることをお教えくださいます。 本当に愛すれば良いのですね。心の寺を建てられて本当に嬉しく感謝しております。 あとがき から 本書をお読みくださいまして「よさそうだな」『面白そうだな』などの気持ちで目を向けて下さったとしたら、それは、たとえば、野球のスタンドからの観戦のようなものだと思います。そうして、グランドでプレイしているのが、私ども一人一寺の住職たちです。 本会世話人代表の東京第23番○○○さんが、いみじくも言ったことがあります。「これだけは、やってみなければ分からないからなあ」と。 私どもとしましても、志を同じうする法友に恵まれることは大いなる悦びでありますから、ご関心を持たれた方々のために、本会の構成規則を一応簡単に説明いたしておきます。 (この記は、すでに変更の可能性がありますので省略いたします。もし、ご関心の方は、是非冒頭に書きました事務局(susumu@yoneyama.ac.jp)にメールにて連絡してみて下さい。) 昭和63年9月1日 ***** 長々と、少しずつUPさせていただきました。 読んで頂けた方々に深く感謝いたします。 素晴らしい本なのですが、残念ながら絶版ですので、あえて、このような形で掲載しました。 一人でも、『延命十句観音経』にご縁を戴ければ幸いです。
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ほんの少しずつですが、「きままに読書」よりは、細かく1〜3日位の間隔でUPしてみようと思い立ちました。 一体どのくらいになるかは、自分でも、やって見ないと分からないと言ういい加減さですが、ご容赦ください。UPした後でも少しずつ手直ししていく事もありそうです。 仏教に帰依したいと思いながらも、どこかの宗派やお寺に属することに躊躇いがある方や、そういう組織に属しても、なお、かつ、井上先生の言われた一人一寺、心の内やマンションなどの小さな場所に、自分の小さなお寺を建て、その住職として日々を過ごそうとされる方々には、ぜひお薦めです。 「一人一寺 心の寺」の組織に、参加またはご相談などがある方は事務局(susumu@yoneyama.ac.jp)にメールにて連絡してみて下さい。このブログでご覧になったと言われても結構です。 内容(「BOOK」データベースより) 「わたしは心の寺を建ててからは、かたつむりです。どこへ行くにも寺といっしょで」水の流れるごとき日々絶えることのない信心。人生は日常の上にあり、その日常をこの上ないものにする、心の寺。 著者 井上球二 仏教画家 写経教室の講師なども 著書・童ぼとけの写仏・白隠さんの延命十句観音経など この表紙に書かれている文は「千手観音さまの、お手の上の、小さな御堂は、なんだか、心の寺のような、気がして」 目次 第1章 心の寺とは 新興宗教ではない・・・=こちら= 一人一寺の産声・・・・・=こちら= 現代仏教と八正道・・・=こちら= 三世と縁起の関係・・・=こちら= 霊を考える・・・・・・・・=こちら= 心の寺の住職・・・・・・=こちら= 心に建てる寺・・・・・・・=こちら= 心の寺の本尊・・・・・・=こちら= 仏さまたちの中身・・・=こちら= 一念三千を疾る・・・・・=こちら= 延命十句観音経とは・=こちら= 第2章 一人一寺への道程 拝みゴッコ児・・・・・・=こちら= 私の色即是空・・・・・=こちら= 悪言は菩薩さま・・・=こちら= 私の心の寺縁起その一/二・=こちら= その二/二・=こちら= この出逢いこそ・・・=こちら= 第3章 法友書簡抄 その一・・=こちら= その四・・=こちら= その五・・=こちら=
その六・・=こちら=
その七・・=こちら=その八・・=こちら=
その九・・=こちら=
その十・・=こちら=*****ここより、その二十八 本文***** 第3章 法友書簡抄 その十一 (30人ほどの書簡が掲載されております。長短さまざまですが、少しずつ紹介させて頂きます。長い文章は一部割愛させていただきました) ・・愛媛329 天空山成福寺・・・ 振り返ってみますと、ながい銀行生活の中でいく度となく悩み苦しみ、心の砂漠を味わいましたが、その都度心のよりどころ、心の救いを求めてさまよい、心がすさんでまいりました。 仏門に入りたい気持にもなり、四国八十八ヵ所の寺々をそこ、ここと巡拝して心の安らぎをしておりました。 そのようなとき日経新聞での先生の記事を拝見し、しがみつきたい気持で入会をお願い申しました。 まだ日も浅うございますが、ともに心の通い合う法友が沢山居られることを励みに日々修行を行って参っております。 私は一寺の住職として、その重みもありますが、それにも増してその誇りに支えられて、日一日と心の広がりを感じております。 この機会を与えて下さいましたことを心から感謝いたしております。これからも益々精進を重ねて心の安らぎを得ながら少しでも周囲の方々へのお役にも立ちたいと思っております。 地域の方々もご紹介いただきまして有りがとうございました。 (続信)私達心のつどいの皆さまの中では、領収書等は必要ないものと心得ております。お忙しい先生、どうかお気づかいなりませぬよう思わしゅうぞんじます。 ''' ・・千葉17 柏大山普源寺・・・ 八月七日朝八時頃、家で新聞を読んでしたところ、突然胸が痛みだし、しめつける痛み、いても立ってもいられない、脂汗が出るやら(中略)柏にが月開院した柏慈恵医大病院に運ばれました。 医者や看護婦、大勢いたのがわかったが、何が何やら分からない。そのうち集中治療室に十日間。''' 私が病名を知ったのは、別の病室に移されてから、急性心筋梗塞ということで、もうあと十分おそかったら死んでいたろうということだった。 (中略)それから30日計40日入院治療を受けました。そんな都合で『心の寺』21号は病室で拝読致しました。 看護婦が入りかわり入りかわり不思議そうに手にとって読んでいました。 十分間の生命が強心剤や、その他で生きられたのだろう。この十分間という尊い時間を下さったのはひとえに観音様のお陰であると、痛感とともに有難さで胸せまります。 来年(63年)五月頃までは絶対無理は出来ない。いつまたおこるか、教授さんも責任もたんと言うのだから。然し私は、観音様と一緒だという信念で生きてまいります。 ・・福島548 久遠山青蓮寺・・・ 昨年、先生と出会う二ヶ月前に、建築中のお寺と観音様が微笑されているという気持ちのいい夢をみました。 私はそれを大切にしていたのですが、十月に『久遠山青蓮寺』を建立してから、アッあのお寺は、私の心の寺だったのではと、水を得た魚のように、考えが浮かび、こういうご縁ができたことを感謝しております。 先生は私の祖父にどこか似ていて、とても懐かしい思いがします。 ・・愛知205 恵林山如水寺・・・ 私は自分の寺を建立してから、毎朝起きるとコーヒーカップに真水を入れて(私の家にはこれしか水を入れる様な器がありませんので)母にいただいた虚空蔵菩薩のダルマと自分自身が霊場参り中にいただいた近江八幡長命寺のお札に向かって延命十句観音経を自分の気持ちが納得するまで唱えます。 それからコーヒーを沸かして、先程の真水をいただいて、そのカップでコーヒーを飲んで一日が始まります。
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ほんの少しずつですが、「きままに読書」よりは、細かく1〜3日位の間隔でUPしてみようと思い立ちました。 一体どのくらいになるかは、自分でも、やって見ないと分からないと言ういい加減さですが、ご容赦ください。UPした後でも少しずつ手直ししていく事もありそうです。 仏教に帰依したいと思いながらも、どこかの宗派やお寺に属することに躊躇いがある方や、そういう組織に属しても、なお、かつ、井上先生の言われた一人一寺、心の内やマンションなどの小さな場所に、自分の小さなお寺を建て、その住職として日々を過ごそうとされる方々には、ぜひお薦めです。 「一人一寺 心の寺」の組織に、参加またはご相談などがある方は事務局(susumu@yoneyama.ac.jp)にメールにて連絡してみて下さい。このブログでご覧になったと言われても結構です。 内容(「BOOK」データベースより) 「わたしは心の寺を建ててからは、かたつむりです。どこへ行くにも寺といっしょで」水の流れるごとき日々絶えることのない信心。人生は日常の上にあり、その日常をこの上ないものにする、心の寺。 著者 井上球二 仏教画家 写経教室の講師なども 著書・童ぼとけの写仏・白隠さんの延命十句観音経など この表紙に書かれている文は「千手観音さまの、お手の上の、小さな御堂は、なんだか、心の寺のような、気がして」 目次 第1章 心の寺とは 新興宗教ではない・・・=こちら= 一人一寺の産声・・・・・=こちら= 現代仏教と八正道・・・=こちら= 三世と縁起の関係・・・=こちら= 霊を考える・・・・・・・・=こちら= 心の寺の住職・・・・・・=こちら= 心に建てる寺・・・・・・・=こちら= 心の寺の本尊・・・・・・=こちら= 仏さまたちの中身・・・=こちら= 一念三千を疾る・・・・・=こちら= 延命十句観音経とは・=こちら= 第2章 一人一寺への道程 拝みゴッコ児・・・・・・=こちら= 私の色即是空・・・・・=こちら= 悪言は菩薩さま・・・=こちら= 私の心の寺縁起その一/二・=こちら= その二/二・=こちら= この出逢いこそ・・・=こちら= 第3章 法友書簡抄 その一・・=こちら= その四・・=こちら= その五・・=こちら=
その六・・=こちら=
その七・・=こちら=その八・・=こちら= *****ここより、その二十七 本文***** 第3章 法友書簡抄 その十 (30人ほどの書簡が掲載されております。長短さまざまですが、少しずつ紹介させて頂きます。長い文章は一部割愛させていただきました) ・・愛知309 白雲山慈光寺・・・ 大光明輝く新しい年を迎えさせて頂きました。 今日限りのひと日ひと日が過ぎ、先生のお声をお聞きし寺を建てさせて頂いた。 あの日が近くなって参りました。 この一年、我が世界は深くなり、浄らかになりつつあります。 観世音南無仏と念ずるとき、忽ち大安心に満たされるのでございます。 お世話になるばかりでございます。何もできません。ひたすら感謝しております。 ・・山梨330 大天狗山不動寺・・・ 去る二月に日経紙上で、「心の寺」を知り、ご縁を得てから早数ヶ月がたちました。 送られてくる会報を何回も何回も読み、ご縁を得た幸せに感謝しております。 自分は数年前、仕事の悩みで日々もんもんとしていたある時期に、ふとしたことから仏法の機縁に恵まれ、以後自分なりに一歩でも教えに近づかんと過ごしております。 今生が無理ならせめて来世は寺を建立し、僧として仏にお仕えする身になりたいと、かなわぬ夢を持っておりましたところ、まさかこの身今生のまま寺の建立が実現するとは誠に御本尊のお導きと驚いております。 今後はこの大慈大悲におこたえすべく一層の精進をして、祈りの生活を通し少しでも世のため人のためになり、仏道を成ぜん事を心にきめております。 ・・大阪499 富士山大明寺・・・ 信仰の世界は、体験の世界だと思います。 自分がいろいろと不思議を体験し、又これまで、何でもないことと見逃してきたことの中に、不思議を見出していくことによって、物質以上の世界を知らされていくのではないでしょうか。 信仰の世界とは、自分が知ろうとして知れるものではなく、それは、知らされていく世界だと思います。 アチコチ頭を打ち、ついには生きても死んでも、どうでもよいというところまで落とされ、生死にとらわれなくなった時に、初めて知らされ、展開されてくる世界ではないかと思います。 それは、まさに、第二の誕生といってよいでしょうか。「神仏の世界を見いだせるかどうかは、その人が、過去でどれだけ神仏を見出す努力をしたかにかかっている」といわれた聖者がありますが、物質以上の世界の存在を知ることは誠に困難なことで、神仏の心を現実生活で実践していくことは、なお更困難なことだと思います。 天理教教祖中山ミキは神仏の心を実践するため、財産を貧しい人に施し、自ら極貧の生活に落ちてゆかれたといいます。 私達も、少しでも聖者の心を実生活で実践してゆかなければ、と思います。
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