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先程ゴミを出しに行ったついでにポストを覗いて見ました。
先日お願いしていた本が届いていました。
夕べ遅くに届いたのでしょう。
天台宗大阿闍梨 酒井雄哉 著
続・一日一生
その帯には
人間って、何か持っているようで
なんも持っていないんだな
大阿闍梨が遺した 最後の言葉
と書かれていました。
亡くなる三日前のインタビューでの言葉だったそうです。
画像は京都新聞の死去のニュースからお借りしました。
「一日一生」をこのブログにUPさせて頂いてからもう4年経ちました。
出来ればこの「続・一日一生」もUPできればと思っております。
その他にも、未だ積読状態の本が2冊
「がんばらなくていいんだよ」
「いのち輝く癒しの言葉 阿闍梨問答集」
があります、これも読み始めなくて・・・・・。
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酒井雄哉大阿闍梨の言葉から
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先程『酒井大阿闍梨を偲んで 朝日新聞記事を読んで』
をUP致しましたが、先日9月25日に
『酒井大阿闍梨を偲んで…』
をUPしたのを思い出して、酒井大阿闍梨のHPを覗いて見ました。
飯室不動堂・飯室会と言う酒井大阿闍梨の後援者たちの集まりによって運営されているようです
そうしたら今日ちょうど16時から49日の法要が営まれているようです。
遠くから手を合わせています。
そして、先日の仮通夜・通夜・葬儀の動画が掲載されていました。
です。
ぜひ覗いて見て下さい。
もし、その動画だけでしたら
●酒井雄哉大阿闍梨様(ご葬儀・回想)
酒井雄哉大阿闍梨様へ尊崇の思いを込めて、ご葬儀を記録し、また、今から26年前、二千日回峰行で比叡山を歩かれる記録を映像で回想しました。
でご覧になれます。
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昨日の朝日新聞の夕刊の『惜別』に酒井大阿闍梨の記事が出ていました。
その冒頭に『ある朝、妻と言い争った。たわいのない夫婦げんか。「お前なんか死んでしまえ」。何気なく言って部屋を出た。家に戻ると、妻はガス自殺していた』
とありました。
『自分も死のうと思ったが、妻は生き返らない、妻へのおわびと懺悔』と言われていたと、寂聴さんが一度だけ聞いた言葉だという。
初めて知りました、心の内に、そんな深い悲しみと悔いをシッカリと潜めていらしたとは・・・。
が、それが結果としてあの春風の様な穏やかな表情と慈愛に満ちた声になったのだろうか?
ガンが見つかり1月に手術、6月に比叡山の自坊に戻り、秋の彼岸の中日の昼過ぎに亡くなられたという。
『それは極楽浄土があるという真西に太陽が沈む日。夕日とともに極楽浄土へ歩いていったことだろう』
と、その惜別の記事は締めくくって居ます。
きっと、そうだろうな、何時ものようにあの明るい笑顔で杖を突きながらスッスッと歩き続けているに違いない。
そのガンと判ってからの最後のインタビューを完全収録したという本が出ていました。
『この世に命を授かりもうして』幻冬舎ルネッサンス新書でした、早速発注しました。
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一昨日亡くなられた酒井大阿闍梨のHPが在ります。
飯室不動堂・飯室会と言う酒井大阿闍梨の後援者たちの集まりによって運営されているようです。
忠さんが何回かお目にかかった「さいたま礼拝所長寿庵」もこの会によって運営されているようです。
そのHPを覗いて見ると、懐かしい大阿闍梨の言葉が出ていました。
『心の便り』をクリックするとこの画像と文章が出てきました。
耳元に大阿闍梨の暖かい言葉がよみがえってきます。
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先程今朝の朝日新聞を読んでいて最後の社会面を開いてビックリしました。
比叡山荒行「千日回峰行」2度
酒井雄哉さん死去
の大見出しが・・・・
昨日23日午後心不全で死去された由。
飯室不動堂長寿院で87歳の生涯を閉じられた。
7月の末から33回にわたり
『ムダなことなどひとつもない 酒井 雄哉著』
をUPさせて頂いたばかりでした。
ご冥福をお祈り申し上げます。
きっと、あの世に行かれてもあの笑顔で歩き続かれることでしょう。
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