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久し振りの「ここはどこ?」です。 何と無く懐かしい感じのする風景でしょう? 小江戸と呼ばれています。 ・ ・ ・ ・ ・ 水郷と呼ばれています ・ ・ ・ ・ 先ほど帰宅しました。 そう、千葉県香取市の佐原の小野川の小江戸舟めぐりの風景です。 この暑さの故か残念ながら乗客の姿は見えませんでした。
この近くの伊能忠敬記念館にも寄って来ましたが、忠敬が55歳で家督を譲り、以降結果的にご存知の日本地図作成に向けての勉学に励むわけですが、その忠敬のアニメをやっていました。 その結びで、 「自分の納得した人生を歩んでいるか?」 と問いかけていたのが、とても印象的でした。 |
ここはどこ?
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未だ、体調が戻らず、節制してPCの時間を少なくしていますので、皆さま方を訪問できていません。ご容赦を・・・
この静かな山奥?に立つ大きな建物がある場所はどこでしょう?
近くに大きな湖も在るようです。
日本ではありません・・・・・
ここは、アメリカ ニューヨークの郊外に在る大菩薩禅堂金剛寺です。
そうです。
この所、智恵の言葉の出典になっている嶋野老師の「愛語の力」に出てくる、
あの禅堂です。
何時もは、友達かお気に入りの方のブログからの場所ですが、
今回は、一寸別の方のブログからお借りしました。
この大菩薩禅堂金剛寺のHPは英語で余り画像もないので、
ネットで検索するとお参りや受戒された方達の幾つかの記事が出てきます。
その内のひとつ
からお借りしました。
その記事には
2007年 01月 19日
(ニューヨークタイムズに掲載された記事) アメリカ建国100年の時にはフランス政府が自由の女神をプレゼントしてくれた。 アメリカ建国200年の時には無名の禅僧がメディテーションホールを贈ってくれた。
「日本には偉いお坊さんがいっぱいいる。あんた一人いなくても日本の仏教はちっとも困らない。しかしアメリカをごらんなさい。干天慈雨を待つが如く、向こうでは修行した禅僧の坊さんが来てくれるのを待っている。アメリカへいきなさい」 その師の一言に昭和35年渡米を決意した嶋野榮道老師、4年半ハワイ大学に学び、その後仏法をアメリカに伝えるために不惜身命、単身ニューヨークに降り立った。そのときもっていた資金はたったの5ドル「ハドソン川の水が澄んでもアメリカに禅堂が建つはずはない」といわれた。その冷ややかな周囲の声を逆に励みにして二つの禅堂の建立を達成した。 そのアメリカンドリームを明日からお話する。 by ryugen1944 | 2007-01-19 01:54 | ご縁大切に・体験
と出ていました。
他にも多くの記事があります。
一度ご覧になって大菩薩禅堂金剛寺の素晴らしさを拝見して見て下さい。
一日本の禅僧が、これまでの事を為せるのかと感激しました。
『縁尋帰命』の不思議さを改めて感じます。
もし、ご縁があって、参拝出来ましたら、ぜひ記事をUPして下さい。 |
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この素晴らしい、まるで西国浄土を思わせる夕映えはどこでしょう?
【近江八景 瀬田夕照(せたのせきしょう)】 ではありません。
この画像の記事には・・
酒はこれ忘憂の名あり、これをすすめて笑ふほどになぐさめて去るべし。
さてこそとぶらひたるにてあれ と仰せありき。しるべし。 と在りました。
その記事には・・・
本願寺第3世・覚如著『口伝鈔』より
■忘憂(ぼうゆう)→酒の異名。 ・・・・・これより前を省略しました・・・・・
『口伝鈔』によれば親鸞は、
先ずは生死界(しょうじかい)たる娑婆に生き続けられぬ理を知らしめ、 次に浄土の心安らかな様を知らしめ、 この浄土を願わなければ、未来永劫同じ苦しみに遭遇するばかりであると説く。 しかしながら、それでも苦しみの現実から癒やされないようであるならば・・・にこう続く。 酒は「憂いを忘れる」という別名がある。 だから酒を勧めて共に飲んで笑ってやり、慰めて立ち去ればよい、と。 もっとも、アル中になっては元も子もないが・・・・。
ふっと寂しさがよぎった時、癒やしの材料に酒は効果的だ、と親鸞は言っているのだろう・・・・・。 人間、常に心のどこかで隙間風が吹いているものである。 ガス抜きはせねばならないのである・・・・。 そして・・・・
今日も夕焼けが殊のほか美しかった。
夕暮れ空を眺めるのもまた、「忘憂」である・・・ ■写真■ 百済寺夕照。(滋賀県東近江市)
東近江市、旧愛東町にある百済寺(ひゃくさいじ)本坊の庭園より。 百済寺は西明寺・金剛輪寺とともに「湖東三山」の一つで、聖徳太子開基になる天台宗の古刹である。 戦国時代、信長によって焼き討ちに遭い、伽藍はことごとく灰燼に帰した。 特に本坊庭園の高台からは、西江州まで見渡すことが出来、秋の夕暮れは絶景である。 画面手前が本坊の屋根で、真ん中の山々がある辺りのが東近江市の中心、旧八日市市である。 そしてその向こう側に近江平野が広がり、琵琶湖に至る。 画面右側の尖った山は比叡山である。比叡山と手前の山との間は、写真でこそ見えないが琵琶湖である。 2004年11月撮影。 と書かれていました。
この百済寺と言うのは、湖東三山のひとつで、
ちょうど比叡山の対岸に在ります。
素晴らしい本堂です。
沢山の、仏教関係の記事の他にもレトロな電車の記事を書かれて居ます。
ぜひ一度覗いて見て下さい。
本堂の画像が間違っていると教えて頂きましたので、UPし直しました。
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この素晴らしい、まるで西国浄土を思わせる夕映えはどこでしょう?
【近江八景 瀬田夕照(せたのせきしょう)】 ではありません。
この画像の記事には・・
酒はこれ忘憂の名あり、これをすすめて笑ふほどになぐさめて去るべし。
さてこそとぶらひたるにてあれ と仰せありき。しるべし。 と在りました。
その記事には・・・
本願寺第3世・覚如著『口伝鈔』より
■忘憂(ぼうゆう)→酒の異名。 ・・・・・これより前を省略しました・・・・・
『口伝鈔』によれば親鸞は、
先ずは生死界(しょうじかい)たる娑婆に生き続けられぬ理を知らしめ、 次に浄土の心安らかな様を知らしめ、 この浄土を願わなければ、未来永劫同じ苦しみに遭遇するばかりであると説く。 しかしながら、それでも苦しみの現実から癒やされないようであるならば・・・にこう続く。 酒は「憂いを忘れる」という別名がある。 だから酒を勧めて共に飲んで笑ってやり、慰めて立ち去ればよい、と。 もっとも、アル中になっては元も子もないが・・・・。
ふっと寂しさがよぎった時、癒やしの材料に酒は効果的だ、と親鸞は言っているのだろう・・・・・。 人間、常に心のどこかで隙間風が吹いているものである。 ガス抜きはせねばならないのである・・・・。 そして・・・・
今日も夕焼けが殊のほか美しかった。
夕暮れ空を眺めるのもまた、「忘憂」である・・・ ■写真■ 百済寺夕照。(滋賀県東近江市)
東近江市、旧愛東町にある百済寺(ひゃくさいじ)本坊の庭園より。 百済寺は西明寺・金剛輪寺とともに「湖東三山」の一つで、聖徳太子開基になる天台宗の古刹である。 戦国時代、信長によって焼き討ちに遭い、伽藍はことごとく灰燼に帰した。 特に本坊庭園の高台からは、西江州まで見渡すことが出来、秋の夕暮れは絶景である。 画面手前が本坊の屋根で、真ん中の山々がある辺りのが東近江市の中心、旧八日市市である。 そしてその向こう側に近江平野が広がり、琵琶湖に至る。 画面右側の尖った山は比叡山である。比叡山と手前の山との間は、写真でこそ見えないが琵琶湖である。 2004年11月撮影。 と書かれていました。
この百済寺と言うのは、湖東三山のひとつで、
ちょうど比叡山の対岸に在ります。
素晴らしい本堂ですね。
この記事を書かれたのは、御承知の-
沢山の、仏教関係の記事の他にもレトロな電車の記事を書かれて居ます。
ぜひ一度覗いて見て下さい。
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夕陽を浴びた砂漠は神々しさえも感じさせてくれる。
そう、シルクロードの一か所ですが・・・
ここはどこでしょう?
そして、こんな風紋も・・・
ここは、タクラマカン砂漠だそうです。
記事には・・・・・・
孔雀河の北側を川に沿って走ると、やがて本格的な砂漠になった来た。
ここは、ロブ砂漠といわれるが、タクラマカン砂漠の一部(東端な)のである。 小河墓遺跡へ向かってタクラマカン砂漠を西へ
杜泉新生シルクロード2万キロをゆく261
砂漠といえば単調な砂の海と思ったら大間違いだ。 実に変化に富んでいる。 砂質によってもまるで色が違う。 日光の具合で色合いも千変万化に変化する。 陰もも雰囲気を作り出してくれる。 風紋も見事なものだ。 *****
と記事には書かれていました。
ではこの写真を載せておられたのは?
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(スエーデン・デンマークにご旅行ですか!...



