田上 太秀著ブッダが語る人間関係

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昨年11月23日の『無題』で『お釈迦様の『六方拝』って?』と言う記事をUPしました。
 
・・・・以下省略・・・その一をご覧ください・・・・
 
が、本書は、本来の日本人としても、或いは、かっては躾として家庭内で教えられていた人間として持つべき礼義、人間としての生き方の基本として、知っておくべき事柄だという気がします。
 
戦前は、各家庭で四方拝とか、朝日に手を合わせるという事が行われていました。
が、今は、団地やマンションが増え、朝日すら見られない状況になり、朝日を拝むことも無くなりました。
 
が、その精神は、神仏習合を基とする日本人として、今一度シッカリと学ぶべきことだと思ったわけです。
 
部分的に引用しては、かえって誤解を招きかねないし、といって、書評的に書いたのでは、真意は伝わらないのではないかと懸念しました。
 
そこで、何時もの『気ままに読書』に部分的に引用するのではなく、全文を、一日数ページずつUPして行こうと思い立ちました。
 
『ブッダが語る人間関係の智慧~『六方礼経』を手がかりに~』の書庫を別に作ることに致しました。
 
そこで、田上先生に御了解を得るべく、お願いしたところ、快くご承知いただきました。
 
 

イメージ 1内容紹介
親子、夫婦、友人、世間― 人付き合いの要諦を、2400年前にブッダはわかりやすく説いていた!
「夫が妻に尽くす方法」「事業主と従業員の関係」「財産を失う生き方」など、現代を先取りしたような教えもわかりやすく解説する。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
田上 太秀
1935年、ペルー生まれ。駒澤大学名誉教授。文学博士。駒澤大学仏教学部卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。駒澤大学仏教学部教授、駒澤大学禅研究所所長を歴任。専攻はインド仏教学、禅思想(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


目次  (詳細は、その一をご覧ください)

序 章 ブッダが説く共生の思想と『六方礼経』
第1章 友人との付き合い
第2章 家族との付き合い
第3章 世間との付き合い
第4章 悪行をしないのが人の道
終 章 人生の道標―まとめ
付 章 礼拝と方角信仰
 
 
***** 以下その四十八本文 *****
 (色付けなどの強調は忠さんです))(以下の記事は転載不可です
 
付章 礼拝と方角信仰  (続き)
 
  方角と守護神
 
  ところで、東南西北に向かって合掌礼拝する、いわゆる方角信仰が生まれたのはいつごろなのか、はっきりとはわかりません。しかし、仏教以前から東南西北の方角に守護神がいるという信仰はあったようで、それらの神々への祈願を合掌礼拝の形で表すことがすでに行なわれていたことは確かです。
 インド最古の宗教文献であるヴェーダの聖典類には、方角信仰を思わせる風習が記されているので、紀元前千年以上も前からこの信仰があったことが考えられます。これを信仰する人々が、その神々への祈願を行なっていたことは言うまでもありません。
 では、各方角にはどんな神がいると考えていたのでしょうか。一般的な信仰をもとに説明しましょう。
 
 まず、東方を守護する神はインドラ神です。この神は『リグ・ヴェーダ』の中にも出ており、以来、インド人の問に崇拝されてきた神です。勇敢な戦いの神で、神々の中の王と言われ、すぐれた神として信仰されています。
 なぜ東方を守護することになったのかと言うと、インド人は古代から東方はもっともよい方角と考えていたので、この方角には神々の王が守護することがふさわしいと考えて、インドラ神が配置されたと言われます。
 インドラ神は日本では映画『男はつらいよ』で「柴又の帝釈天」として有名になりましたが、帝釈天が仏なのか神なのかさえ区別できない人がほとんどです。柴又の帝釈天は、題経寺という日蓮宗のお寺ですから、帝釈天がご本尊ではないはずです。帝釈天は仏教の守護神として信仰されてきたもので、仏ではなく、神です。
 南方を守護するのはヤマ神です。『リグ・ヴェーダ』によると、生き物の中で最初に死んだのがヤマ神だと言います。最初に天国に行き、開拓し、そこを楽園に作り替えて、この楽園の支配者、つまり楽園の最初の王となった神であると説明しています。楽園の支配者ですから、ヤマ神は非常に温和な表情の神であったと想像されます。
 ところがのちに、南方の地下に住む神に格下げとなり、おそろしい死に神、あるいは地獄の罪人たちを拷問審判する神にされてしまいました。その理由の一つとして、南方は古来、人間ばかりでなく、生物の死と結び付けて連想されてきたことが考えられます。ともかくも死神ヤマにされてしまい、南方を主宰する神だと古代インド人は考え、信仰したのです。
 仏典には閻魔王が登場しますが、この王はヤマ神と同じものとされることがあります。しかし厳密にいえば無関係です。よく知られているように、閻魔王は非常に威嚇的な表情をしており、人に恐怖心を抱かせる雰囲気をもっています。ところがインドの神話に出てくるヤマ神は柔和です。
『リグ・ヴェーダ』にあるように楽園の王ですから温和な表情をしているはずです。仏教の閻魔王のように罪人の魂を取り出したり、罪人を鞭や杖で責めさいなむ、恐ろしい神とは違います。
 次に西の方角を守護するのはヴァルナ神です。『リグ・ヴェーダ』では、インドラ神に次いで重要な神で、ヴァルナ神は宇宙の秩序と人倫の道を統べる法律の神として知られています。宇宙の秩序と道徳の法則を「リタ」(天則)と言いますが、これを守護する神であると信じられています。
 ヴァルナ神は水と縁が深く、天の水(天水)を住居としていました。ところがいつのころからかヒンドゥー教の信仰では、単なる水の神、あるいは海の神として扱われ、西の方角を守護する神にされました。
 西方の守護神にされた理由として、古代インド人は西方に大海があると考えていたようで、それが水の神と結び付けられたという説もあります。日本ではヴァルナ神はお産の神、つまり水天宮の主神として親しまれ、祭られてきましたが、インドでは水神、また豊穣の神として知られています。
 北方を守護するのはクベーラ神です。この神は魔族の王で、元来、大地のすき問や洞窟の中に住んでいる精霊でした。大地には金、銀、銅などの鉱床があることから、それらを守護する神であろうと考えられて、財宝や福徳を支配する神として信仰されたようです。
 ではなぜ北の方角と結び付けられたのかといえば、古代インド人は北方に黄金の山があると考えていたようで、この伝説と結び付いて、財宝の神クベーラが北方の守護神となったわけです。クベーラ神は日本では毘沙門天として知られ、お金の神として信仰されています。
 さて、右に紹介した四つの神を、インドの二大叙事詩の一つである『マハーバーラタ』では、「世界の守護神」と呼んでいます。のちになると、東西南北の間の方角、いわゆる「四維」にも守護神がいると考え、ハ大守護神を立てるようになります。
 さらに後世になると、仏教では釈尊を守護する神々が登場します。それらの神々は、もともとヒンドゥー教の神であったのが、釈尊の教えに感化され、釈尊に帰命し、釈尊とその教えを守護することを誓いました。こうしてヒンドゥー教の有名な神々が東西南北四維に住んで、娑婆世界を守護しているという信仰が仏教の教えに盛り込まれてきました。
 そうした守護神の中では四天王がとくに有名です。東方を持国天、西方を広目天、南方を増長天、北方を多聞天がそれぞれ守護しています。このなかの多聞天は毘沙門天の別名で、先のクベーラ神と同じ神です。
 
 ここまで、『六方礼経』に関連して、古代インド人の方角信仰について述べてきました。
 繰り返しになりますが、『六方礼経』は六つの方角に礼拝することで、これらの神々への祈願をすすめたのではありませんでした。それぞれの方角へ礼拝して、身のまわりの人々に感謝し、また、どのような心でつきあっていくべきか、さらに自分の生き方をじっくり見つめ直すことを説いたのです。
 
****
 
以上で田上先生の『六方礼経』の掲載を終了します。
 
日本人の原点に在る礼儀について貴重なお話を有難うございました。
 
又、これまで一緒に読んで下さった方々にもお礼申し上げます。
ありがとうございました。
 
 
 
  
昨年11月23日の『無題』で『お釈迦様の『六方拝』って?』と言う記事をUPしました。
 
・・・・以下省略・・・その一をご覧ください・・・・
 
が、本書は、本来の日本人としても、或いは、かっては躾として家庭内で教えられていた人間として持つべき礼義、人間としての生き方の基本として、知っておくべき事柄だという気がします。
 
戦前は、各家庭で四方拝とか、朝日に手を合わせるという事が行われていました。
が、今は、団地やマンションが増え、朝日すら見られない状況になり、朝日を拝むことも無くなりました。
 
が、その精神は、神仏習合を基とする日本人として、今一度シッカリと学ぶべきことだと思ったわけです。
 
部分的に引用しては、かえって誤解を招きかねないし、といって、書評的に書いたのでは、真意は伝わらないのではないかと懸念しました。
 
そこで、何時もの『気ままに読書』に部分的に引用するのではなく、全文を、一日数ページずつUPして行こうと思い立ちました。
 
『ブッダが語る人間関係の智慧~『六方礼経』を手がかりに~』の書庫を別に作ることに致しました。
 
そこで、田上先生に御了解を得るべく、お願いしたところ、快くご承知いただきました。
 
 
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内容紹介
親子、夫婦、友人、世間― 人付き合いの要諦を、2400年前にブッダはわかりやすく説いていた!
「夫が妻に尽くす方法」「事業主と従業員の関係」「財産を失う生き方」など、現代を先取りしたような教えもわかりやすく解説する。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
田上 太秀
1935年、ペルー生まれ。駒澤大学名誉教授。文学博士。駒澤大学仏教学部卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。駒澤大学仏教学部教授、駒澤大学禅研究所所長を歴任。専攻はインド仏教学、禅思想(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


目次  (詳細は、その一をご覧ください)

序 章 ブッダが説く共生の思想と『六方礼経』
第1章 友人との付き合い
第2章 家族との付き合い
第3章 世間との付き合い
第4章 悪行をしないのが人の道
終 章 人生の道標―まとめ
付 章 礼拝と方角信仰
 
 
***** 以下その四十七本文 *****
 (色付けなどの強調は忠さんです))(以下の記事は転載不可です
 
付章 礼拝と方角信仰  (続き)
 
 礼拝の目的について
 
 インド人は古代から、神や先祖や、聖者や偉人に対して一様に礼拝し、頂礼してきました。これは神と人間を区別することなく、崇敬してきたことを意味します。
 インドには、あらゆる宇宙のあらゆる存在物の深奥には、宇宙の創造主「ブラフマン」(梵)の分身である、不滅の「アートマン」(我)が内在しているので、万物はアートマンを共有する点で平等であるという信仰がありました。この信仰にもとづいて人類はみな平等であり、崇敬すべき衆生であるという考えが強いのです。そこから互いに合掌礼拝する作法が生まれました。

 仏教教団の中でも合掌礼拝が互いに行なわれたのは、このヒンドゥー教の信仰をそのまま受け入れたわけではありませんが、人の尊厳を崇敬し、また理法に則って生きている人に対してはさらに深い尊敬の意味を込めて、合掌礼拝することをすすめたからです。

 のちの大乗仏教では仏性思想が説かれ、人はみなブッダになれる可能性を持っているから、尊敬に値する衆生であるという意味で、「悉有仏性」(ことごとくに仏性があること)のゆえに互いに合掌礼拝するのだとも説かれました。これはとくに中国や朝鮮や日本などの仏教で強調されるようになりました。                       
 古代インド人は何を求めて礼拝し、祈願したのでしょうか。 一般の人々は「神のご加護を得たい」「神の恵みを得たい」、そして「自分たちの幸せが得られますように」「一生、幸せが続きますように」と祈願しました。仏教信者の合掌礼拝は釈尊への崇敬の気持ちを表すとともに、幸せの生活を得るための正しい道を示してもらったことへの感謝を表しています。原始仏典を読むかぎり、作物の豊作、子孫繁栄、家畜の増産、無病息災などのような具体的祈願をしている例は皆無とは言えませんが、少ないと言えます。                           
  ただ、のちの大乗仏教になりますと、これらの祈願をしている例が少なくありません。呪文が重用され、それを唱えれば願いがかなえられると教える風潮が強くなったからです。
 プッバには「以前に、これまでずっと」などの意味もあり、「以前に恵みを施してくれた人」という解釈をして、『六方礼経』では、東に母父を配したのでしょう。

 プッバを翻訳者は「東」と漢訳しました。漢字の東はもちろん太陽が昇る方向を意味し、さらに「家の主人」という意味もあります。東の対面の「西」という漢字には「客人」の意味があります。

 古代の中国でも、東西南北の中で、東が中心と考えられていたことが、この文字のつくりからも理解できます。
 南にあたるパーリ語は「ダッキナ」(dakkhina)と言い、「能力がある、器用な、右の、南の」などの意味があります。ここから、東に向かって右が南になるわけです。そしてこの原語には、「能力があり、ものに通じ、何でもこなす力」という意味があるので、南には師が当てられたと考えられます。
 ダッキナを中国では「南」と漢訳しました。この漢字には「君主」という意味があります。南という漢字には能力を表す意味が含まれていて、そこに「尊敬すべき人、君臨する人」が想定されています。
 西にあたるパーリ語は「アパラ」(apara)と言い、「後ろの方の、西方の」などの意味があります。東に向かって背を向けた後方に当たり、東が主人になっているので、西は客人となります。また、東が支えるもの、西は従うものとなります。西には「主人に従う」、あるいは「主人のあとに控える」という意味があり、そのような立場にある人ということから、『六方礼経』では妻を配したようです。
 この原語を漢訳するとき、翻訳者は「劣、鈍、余」などの訳語を付加しました。それに西の文字そのものに劣、鈍、余の意味が含まれていたからでしょうか。『漢書』律歴志に、「西は遷る。陰気にして、万物を遷落す。時において秋となす」とありますが、東に対して西が劣ると考えていたようです。
 北にあたるパーリ語は「ウッタラ」(uttara)と言い、「より上の、より高い、左の、北の」などの意味を持っています。ここの「左の」の意味は東に向いて左の方角に当たるからです。ウッタラの類語の「ウッタラテイ」に、「友人に依存して苦難を乗り越える」という意味があることから、『六方礼経』では北に友を配したと考えられます。

  このように、「六方礼経』のなかで、東に母父、南に師、西に妻、北に友人を配したのは、ことばの通俗的解釈にもとづいて、あるいは方角に関する民俗的通説にもとづいて機械的に行なったもののようです。
 
 
    ・・・・・・・続きは又明日・・・・・・
昨年11月23日の『無題』で『お釈迦様の『六方拝』って?』と言う記事をUPしました。
 
・・・・以下省略・・・その一をご覧ください・・・・
 
が、本書は、本来の日本人としても、或いは、かっては躾として家庭内で教えられていた人間として持つべき礼義、人間としての生き方の基本として、知っておくべき事柄だという気がします。
 
戦前は、各家庭で四方拝とか、朝日に手を合わせるという事が行われていました。
が、今は、団地やマンションが増え、朝日すら見られない状況になり、朝日を拝むことも無くなりました。
 
が、その精神は、神仏習合を基とする日本人として、今一度シッカリと学ぶべきことだと思ったわけです。
 
部分的に引用しては、かえって誤解を招きかねないし、といって、書評的に書いたのでは、真意は伝わらないのではないかと懸念しました。
 
そこで、何時もの『気ままに読書』に部分的に引用するのではなく、全文を、一日数ページずつUPして行こうと思い立ちました。
 
『ブッダが語る人間関係の智慧~『六方礼経』を手がかりに~』の書庫を別に作ることに致しました。
 
そこで、田上先生に御了解を得るべく、お願いしたところ、快くご承知いただきました。
 
 

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親子、夫婦、友人、世間― 人付き合いの要諦を、2400年前にブッダはわかりやすく説いていた!
「夫が妻に尽くす方法」「事業主と従業員の関係」「財産を失う生き方」など、現代を先取りしたような教えもわかりやすく解説する。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
田上 太秀
1935年、ペルー生まれ。駒澤大学名誉教授。文学博士。駒澤大学仏教学部卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。駒澤大学仏教学部教授、駒澤大学禅研究所所長を歴任。専攻はインド仏教学、禅思想(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


目次  (詳細は、その一をご覧ください)

序 章 ブッダが説く共生の思想と『六方礼経』
第1章 友人との付き合い
第2章 家族との付き合い
第3章 世間との付き合い
第4章 悪行をしないのが人の道
終 章 人生の道標―まとめ
付 章 礼拝と方角信仰
 
***** 以下その四十六本文 *****
 (色付けなどの強調は忠さんです))(以下の記事は転載不可です
 
 
 
付章 礼拝と方角信仰
 
 『六方礼経』では、その経典名に現れているように、礼拝や方角信仰が重要な役割を果たしています。
 古代インド人は礼拝するとき、一般に何を念じたのでしょうか。また、合掌の形は何を意味したのでしょうか。さらに、方角を信仰するときの礼拝はどんな恩恵を求めていたのでしょうか。

 現代の日本人が行なっている礼拝や合掌の形と比べてみたときに、なにか違いがあるのか、あるいはどういう共通点があるのか、興味がつきません。
 
        一 礼拝と合掌の意義
 
       礼拝について
 
 一般に、礼拝は「れいはい」と読みますが、仏教では「らいはい」と読みます。これはサンスクリット語の「ナマス」(namas)を漢訳したことばで、ナマスの動詞語根の「ナム」(nam〜に向かってお辞儀をする、〜に向けてかがむ・傾くなどの意味)から派生した中性名詞です。したがって礼拝とは何かに向けてお辞儀をすることです。
 
 漢訳には音訳と意訳の二つがあり、ナマスを音訳したのが「南無」です。これは原語の音と似た読みの漢字を当てただけで、漢字そのものの意味は原語の意味とは関係ありません。
      
 ナマスを意訳した例が「帰命」、「頂礼」あるいは「帰命頂礼」です。帰命とは「命を帰する」と読むとおりに、「いのちを〜に預けます、捧げます」という意味です。さらに言うと「私の生涯をささげて帰依いたします」という誓いを意味することばです。
 
 頂礼とは聖者の前に平伏して、額を地に付けて足下を拝することです。礼拝の形について『大唐部応分』の第二巻には九種挙げ、その九番目に五体投地(全身を地面に平伏し、両手両足をのべ、そして額を聖者の足もとの地に付け敬礼する作法のこと)を位置づけています。これが礼拝の最高の形であり、作法とされています。この五体投地を頂礼と言います。別に同じ意味で「頂礼仏足」と言う表現もあります。
 
 「帰命頂礼」は、右の二つを合わせた、命を捧げるという誓いを込めて五体投地する、敬虔な姿と心を表したことばです。
 
 よく知られた「南無阿弥陀仏」や「南無妙法蓮華経」は、「阿弥陀仏に帰命頂礼します」、「妙法蓮華経に帰命頂礼します」という意味になります。帰命頂礼する相手が前者は阿弥陀仏、後者は『妙法蓮華経』(『法華経』)です。仏教では、南無ということばを付して敬意を表す相手は人である場合も、物である場合もありますが、それは人であれ、物であれ、聖なるものへの崇敬の念を表すときに用いられます
   
 ところで、五体投地をはじめとした、頭を垂れる形の礼拝の作法はいつごろから行なわれるようになったのでしょうか。
   
 紀元前一二○○年ころにまとめられたといわれるインド最古の宗教文献『リグ・ヴェーダ』には、ナマスということばは出てきませんが、そこに書かれている記述や当時の彫刻などから、すでに合掌礼拝の作法はあったと考えられています。
   
 当時、神を礼拝するとき、「私はあなたに敬礼します」と言って礼拝していたようです。「私は輝く神に繰り返し、頭を垂れて敬礼します」という文があることから、この文句を繰り返し唱えていたことが推測されます。
  
 大乗仏教では「南無阿弥陀仏」を繰り返し唱える念仏を説きましたが、この心理的根拠となるものは、すでに『リグ・ヴェーダ』時代に現れていたことがわかります。
 
  合掌について
                        
 合掌の原語「アンジャリ」の意味は手を合わせることです。手を合わせることで相手を尊敬する気持ちを表すことになるので、神や仏に対して行なわれるだけでなく、人々の間でも、日常の挨拶で合掌することが行なわれています。
  
 先に述べた礼拝の原語ナマスは、ヒンディー語で「ナマステ」、ベンガル語で「ナマスカール」となって日常会話で使われています。いずれも「こんにちは」、「さようなら」と言うときに使うことばです。スリランカのシンハラ語ではナマスカールは釈尊に対するときだけに使い、日常の対人関係の挨拶では「アユーボーワン」と言います。会話では「アイボーン」と聞こえるようです。これは「あなたの命が安全でありますように」という意味が込められた挨拶語です。
   
 これらのことばを釈尊に向けて唱えるときはもちろん、日常、挨拶を交わすときにも人々は合掌しています。合掌は礼拝と切り離しては考えられない作法と言ってもよいでしょう。
   
 合掌する際の手の位置について、どのあたりにおいているかを絵画や彫刻で調べてみると、頭の上に挙げていたり、額のところにおいたり、胸の前にあったりといろいろです。紀元前二世紀から七、ハ世紀ごろまでの仏像を見ると、ほとんどが胸の前で合掌しています。
   
 ヒンドゥー教の信者やスリランカの仏教信者の習俗を見ると、敬礼するときには額のあたりに挙げて合掌している例も見られますが、それは祭壇や塔などを前にしたときに、対象が高いので手を上に掲げているからかもしれません。
 道元禅師が眼の高さで合掌する作法を説いているのも、仏祖を崇敬する最高の礼拝として、普通の胸の前の合掌と区別しようとしたのではないかと推測されます。しかし一般人同士が挨拶するときは、両手を胸の前で合掌しているのが普通のようです。この違いは古代インドの彫刻などにも見られます。
 
 仏典に見られる礼拝の仕方は合掌して上半身を屈し、地面に伏す、いわゆる五体投地の礼拝の作法です。このとき、手のひらを地面に擦り当てるのが作法ですが、日本では手の甲を地面に付けるのが僧侶の間では一般的のようです。
 
 韓国でも中国でも、また南方仏教の仏教信者も五体投地をごく自然に行なっているのですが、日本ではその光景が見られないのが不思議です。
 
・・・・・・続きは又明日・・・・・・
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が、今は、団地やマンションが増え、朝日すら見られない状況になり、朝日を拝むことも無くなりました。
 
が、その精神は、神仏習合を基とする日本人として、今一度シッカリと学ぶべきことだと思ったわけです。
 
部分的に引用しては、かえって誤解を招きかねないし、といって、書評的に書いたのでは、真意は伝わらないのではないかと懸念しました。
 
そこで、何時もの『気ままに読書』に部分的に引用するのではなく、全文を、一日数ページずつUPして行こうと思い立ちました。
 
『ブッダが語る人間関係の智慧~『六方礼経』を手がかりに~』の書庫を別に作ることに致しました。
 
そこで、田上先生に御了解を得るべく、お願いしたところ、快くご承知いただきました。
 
 
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親子、夫婦、友人、世間― 人付き合いの要諦を、2400年前にブッダはわかりやすく説いていた!
「夫が妻に尽くす方法」「事業主と従業員の関係」「財産を失う生き方」など、現代を先取りしたような教えもわかりやすく解説する。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
田上 太秀
1935年、ペルー生まれ。駒澤大学名誉教授。文学博士。駒澤大学仏教学部卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。駒澤大学仏教学部教授、駒澤大学禅研究所所長を歴任。専攻はインド仏教学、禅思想(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


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序 章 ブッダが説く共生の思想と『六方礼経』
第1章 友人との付き合い
第2章 家族との付き合い
第3章 世間との付き合い
第4章 悪行をしないのが人の道
終 章 人生の道標―まとめ
付 章 礼拝と方角信仰
 
  
***** 以下その四十五本文 *****
 (色付けなどの強調は忠さんです))(以下の記事は転載不可です
 
 終章 人生の道標―まとめ
 
  四つの愛護の実践

 これまで釈尊は、シンガーラ青年に対して、人が社会生活を送るに際して、何が善なのか、何が悪なのかを説き示しました。そして、それをもとに、何をすれば人は破滅の道をたどるのか、そしてどうすれば富をなくすのかなどを説いてきました。
  
 人は善きにつけ、悪しきにつけ、友がいなくてはさびしい。しかし、友といっても、悪友になじむと身の破滅を招いてしまうと教えました。
  
 さらに人倫の道について、尽くす心と愛する心なくして正しい道はないと説きました。
  
 最後に釈尊は、この経典の中で、簡潔に人生の道標とも言うべき教えを次のように語っています。
     学識があり、正しい習慣を身に備え、柔和で、才知があり、謙虚で、ひかえめの人
    ーーーこのような人は名声を得ます。
     勇敢で怠ることがなく、逆境に陥ってもたじろがず、行ないを乱さず、聡明である人
    ーーーこのような人は名声を得ます。
     人々をよくまとめ、友をつくり、寛大で、物惜しみせず、案内者、指導者、順応して導く人
    ーーーこのような人は名声を得ます。
 布施と、親愛のことばを語ることと、この世で人のために尽くすことと、いろいろのことがらについて的確に協同すること、これらが世の中における愛護です。ちょうど回転する車の楔のようなものです。
    
     もしも右の四つの愛護を行なわなければ、母も父も、母であり父であるということで、
     子供から受けるべき尊敬も扶養も受けることがなくなるでしょう。
     多くの賢者は、これらの愛護をよく観察しているので、彼らは偉大となり、
     称賛を博することになります。
                                  (三四)

 ここに述べているのは人類にとって普遍的な教えだと筆者は言いたいのです。特に前半の内容は
なにも名声を得ようとしないまでも、これらを身に付けたら、だれでも優れた人格者、あるいは品格ある人物になれると教えているのです。
 
 個人の人生の指針として、これだけはぜひ実行したいものです。
 
 『六方礼経』のまとめとして、四つの愛護(四摂法)を挙げています。仏典の多くが四つの愛護を説いていることは既述したとおりですが、布施、愛語、利行、同事の四つはブッダたちが共通して伝えてきた教えであり、国家、社会、家庭における平和と安寧を実現する優れた教訓であると断言できます。
 
 『六方礼経』は難しい教えを説いていません。ただ人々が健全で幸福な生活ができるにはどうすればよいのか、その指針を示しています。その教えには人間平等の精神、共生の理念、人類は同胞という考えが貫かれています。合掌礼拝の意義を教えていますが、現世利益のための礼拝、つまり無病息災、家内安全、商売繁盛を祈願する意味の礼拝を教えたのではありません。己の心を調え、それぞれの方角に向かうたびに、そこに配置された人々を想起して、その人たちとの円滑なかかわりを実現するように誓うのが礼拝であると教えています。
 
  結論として、
 釈尊は、人が平和に生きるには四つの愛護を実践するほかないと言い、
 これを人生の道標とするように説いたのです。
 
・・・・・・続きは又明日・・・・・・
昨年11月23日の『無題』で『お釈迦様の『六方拝』って?』と言う記事をUPしました。
 
・・・・以下省略・・・その一をご覧ください・・・・
 
が、本書は、本来の日本人としても、或いは、かっては躾として家庭内で教えられていた人間として持つべき礼義、人間としての生き方の基本として、知っておくべき事柄だという気がします。
 
戦前は、各家庭で四方拝とか、朝日に手を合わせるという事が行われていました。
が、今は、団地やマンションが増え、朝日すら見られない状況になり、朝日を拝むことも無くなりました。
 
が、その精神は、神仏習合を基とする日本人として、今一度シッカリと学ぶべきことだと思ったわけです。
 
部分的に引用しては、かえって誤解を招きかねないし、といって、書評的に書いたのでは、真意は伝わらないのではないかと懸念しました。
 
そこで、何時もの『気ままに読書』に部分的に引用するのではなく、全文を、一日数ページずつUPして行こうと思い立ちました。
 
『ブッダが語る人間関係の智慧~『六方礼経』を手がかりに~』の書庫を別に作ることに致しました。
 
そこで、田上先生に御了解を得るべく、お願いしたところ、快くご承知いただきました。
 
 
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親子、夫婦、友人、世間― 人付き合いの要諦を、2400年前にブッダはわかりやすく説いていた!
「夫が妻に尽くす方法」「事業主と従業員の関係」「財産を失う生き方」など、現代を先取りしたような教えもわかりやすく解説する。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
田上 太秀
1935年、ペルー生まれ。駒澤大学名誉教授。文学博士。駒澤大学仏教学部卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。駒澤大学仏教学部教授、駒澤大学禅研究所所長を歴任。専攻はインド仏教学、禅思想(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


目次  (詳細は、その一をご覧ください)

序 章 ブッダが説く共生の思想と『六方礼経』
第1章 友人との付き合い
第2章 家族との付き合い
第3章 世間との付き合い
第4章 悪行をしないのが人の道
終 章 人生の道標―まとめ
付 章 礼拝と方角信仰
 
 
 
***** 以下その四十四本文 *****
 (色付けなどの強調は忠さんです))(以下の記事は転載不可です
 
イメージ 2
第4章 人の歩むべき道

  五 心して避けるべき生き方
 
人を破滅に至らせる六つのこと
(続き)
 
 
 このあと釈尊は、身の破滅を招くものとしてヽ先の六つのことがらに類似した、①サイコロと女(男)と酒、②舞踏と歌、③昼間の睡眠、④時ならぬときに街をふらつくこと、⑤悪友と付き合うこと、⑥怠けること、の六項目を挙げています。
 要するにシンガーラ青年のこれまでの生き方を改めさせるために六項目を挙げているのですが、これはなにもシンガーラ青年に限らず、現代人にも反省を促す内容と言えます。
 ここは前節四の「富をなくす生き方」の簡潔なまとめにもなっています。
 
 これらの六つは、人を破滅に至らせるのです。サイコロで遊び、酒を飲み、夫にとって命にも等しい他人の妻に近づき、卑しい者と交わり、貴重な経験がある人と交わることがないと、黒分の月のように欠けていくのです。
    
 金もなく、無一物のくせに酒を飲みたくて、酒場に通いつめる飲んだくれは、水に沈むように、借金の重みですぐに自分の家財を滅ぼすことでしょう。
    
 昼寝を常とし、夜はおそくまで起きているものと思い、いつも好んで泥酔してしまう人は家を確立することはできません。
     寒すぎる、暑すぎる、晩すぎる、早すぎると言って仕事をほったらかしにすれば、
     利益はその人から遠ざかっていくでしょう。寒さも暑さも、さらに草ほどにも思わないで、
     人としての義務を果たす人は、幸せを逃がすことはありません。   (一四)
 人妻に近づき、なれ親しむことは大きな罪と考えられていたようです。ここに「命にも等しい妻」という表現が見られますが、現代の夫たちにはどのように受けとられるでしょうか。よく入れ墨に、もっとも大事にするものを「命」という文字を添えている例が見られますが、夫にとって妻は命に他ならないのだから、それを奪うのは命を奪うことに等しいと言っているのです。
 妻は一生の伴侶であり、家庭を築く上で協同する友でもあります。釈尊は、家庭の最上の友は妻であると述べていることを考えると、妻は夫にとっては己の命に相当する人と考えているのだから、その妻に近づき、親しくすることは災いのもとと言ったのでしょう。
 稼いだ小金を酒に費やし、一時の浮き世離れを楽しむ飲んだくれは、借金してまで酒を飲み、ついにその借金の重みで家財を失うという表現は現実的な教訓です。酒飲みは中高年になって自分の過去を振り返り、もしこれまで注ぎ込んだ酒代を貯金していたら倉が建っていたろうよ、と自虐気味に言います。たしかにそうですが、若いときにそれに気づかないのが凡人の浅はかさです。
 暑さ、寒さを路傍の草ほどにも思わず、一生懸命に働く人は幸せを得るでしょうと説いているところは、先に紹介した洞山良价のことばに通じます。
 
 釈尊の倫理思想
 
 このまとめの部分を『スッタニパータ』第一章第六節「破滅」と比べてみると、釈尊の倫理思想を伺うことができます。
 これは舎衛城の祇園精舎に滞在していたとき、夜半をすぎたころ、容姿端麗な神がきて、破滅への門は何ですかと尋ねたことへの釈尊の答えです。次にその要点だけを列挙します。
 
   ①道理を愛さない。
   ②善人に親しまず、悪人の行ないをまねる。
   ③朝寝、昼寝が好きで、怠け癖があり、集会が好きで、そして怒りっぽい。
   ④暮らしが裕福なのに、老いた両親を養わない。
   ⑤宗教家をだます。
   ⑥大金持ちで腐るほど食べ物があるのに、一人でおいしいものを食べる。
   ⑦いたずらに血統や財産を誇る。
   ⑧酒・女・賭博にふけって富を失う。
   ⑨妻がいるのに他の女性と交わる。
   ⑩年甲斐もなく、若い女に熱を上げて夜も眠れない。
   ⑩酒と色にすさみ、金を浪費する女、あるいは男に、実権を託する。
   ⑩王家の人が財力がないのに、王の地位を得ようとする。
 
  ここの十二項目を『六方礼経』と比べると、右の引用項目では両親を扶養しないこと、宗教家をだますこと、生まれや財産を自慢にすることなどが異なります。ただし、『六方礼経』でも両親を扶養すること、宗教家を尊敬することは述べてあるので、釈尊の倫理思想には変わりはないことが知られます。
 右の中で最初の「道理を愛さない人は破滅への道を歩む」ということばは、他のすべての項目の基本的な教えです。正しい道理を学び、それを実践することがあらゆる倫理思想の核です。仏教でその正しい道理とは何かというと、代表的なものとしてル正道を挙げることができます。八正道を愛することもシンガーラ青年に教えたのでしょうが、実は八正道に関してはなに一つ『六方礼経』には出てきません。
 シンガーラ青年への説法の内容は仏教思想を説いたというよりは、当時の家庭生活の中でもっとも常識的な倫理を説いてきかせたものと考えられます。したがって『六方礼経』の倫理思想はいわゆる抹香臭いものではなく、現代でも通用する家庭道徳であると言えます。
 
 
・・・・・・続きは又明日・・・・・・

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