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機械or人間

人間は、科学・技術の発展によって、実に多くのことを可能にしてきており、
今、私たちは、たくさんの機械を操作することによって、便利な生活を送って
います。
 このような中で、元文化庁長官で臨床心理学者の河合隼雄さん(今年7月に
惜しくも逝去されました)の本に ―ある父親が不登校の子どもに悩んだあげく、
「現代は科学が発達し、ボタンひとつ押せば人間が月まで行けるのに、うちの
子を学校に行かせるようなボタンはないのですか」と言われた― というエピソードが載っています。このように、自分の思うようにならない相手に対して、ボタンひとつで思うように動いてくれたらいいのに、という思いは、お子さんが不登校、という場合に限らず、誰しも少なからず経験したことがあるのではないでしょうか。

 ボタンひとつで動かせるものは、機械です。これは、Aさんがボタンを押そうが、Bさんが押そうが、同じ動きをします。ところが相手が人間の場合、同じ仕事を頼むとしても、たとえばAさんがほめ上手な方だったりすると、頼まれたほうはやる気をもってやれる、Bさんがちょっとしたことでもひどく叱責するタイプの方だったりすると、萎縮してしまって十分な仕事がやれなくなる、というように異なる動きが生じる可能性があります。

 また、機械の場合には、いつボタンを押しても同じように動きます。早朝にボタンを押しても、昼にボタンを押しても、夜中に押しても、その動きに違いはありません。しかし、人間の場合、早朝は、低血圧の方はなかなか思うように動けないでしょうし、昼間はふつうに動けても、一日中動いた後の夜中は疲れて動きが鈍くなるかと思われます。

 もちろん、機械も時に故障することがあります。ずっと使い続けると、オーバーヒートして動かなくなることもあります。そのような時、機械の場合は原因がわかりやすく、そこを修理すればすぐに元に戻すことができます。しかし人間の場合、もちろん、ただ単純に忙しかったという場合には、オーバーヒートした機械と同じで必要なだけ休めば元の元気な状態に戻りますが、原因が複雑に絡み合っていてはっきりしない場合もあれば、原因がわかってもいろいろな要因で単純に取り除くことが難しい場合もよくあり、なかなか調子がよくならない、ということが生じます。

あなたの周りの人間がみんな機械であれば、あなたも心をわずらわされることなく、仕事もスムーズに進むのかもしれません。しかし、あなたが望む望まないに関わらず、あなたの周りにいるのは、“生きている”人間です。
 忙しい毎日を送っていると、ついつい自分のことで精一杯で、自分の周りにいる人たちが“生きている”人間だということを忘れてしまうことがあります。そのため、相手がやったこと・やらなかったことに対して、一方的に非難してしまうことがあります。しかし、“生きている”相手ですから、その人の考え方、感情、体の調子、その人のかかえている生活環境における様々な状況等があるはずです。そこを無視して、目に見える行動だけで一方的に相手に何か言っても、相手を動かすことはできないのではないでしょうか。

初めのエピソードにあるように、周りの人たちがボタンひとつで自分の思うとおりに動いてくれたら、確かに楽かもしれません。“生きている”人間を相手にする場合には、機械を相手にするのと違い、心のエネルギーが必要です。そのため、よほど余裕のある状況でないと、常に相手を“生きている”人間だと意識しておくのは大変ですし、そこまでは必要はないかもしれません。でも、時々は思い出すようにして、特に、何かうまくいかないことがあった時には、相手の“生きている”部分にも目を向けたコミュニケーションを持つことによって、解決の糸口を探っていっていただけるとよいのではないかと思います。

自分が周りの人を機械扱いしていると、結局、自分の周りには1人も人間がいないことになり、自分自身を孤独に追いやることにもなります。周りの人を“生きている”人間として付き合っていくことによって、自分もまたいきいきとした毎日を送ることができるのではないでしょうか。

最後に、機械はこちらが指示した以上のことはやってくれません。人間には「火事場の馬鹿力」というものがあります。もし、職場で何か緊急対応が必要になった時、それまでに職場内で“生きている”人間どうしの関係が築けていれば、いつも以上の力を出し合って、みんなで力を合わせてその危機を乗り切っていくことも可能です。お互いに相手を機械としてしか見ておらず、関係が築けていない状況では、そのような「火事場の馬鹿力」は出てこないでしょうし、みんながバラバラな状態で疲弊するだけで、危機を乗り切ることは難しくなるでしょう。もちろん、緊急事態に備えるために、日頃“生きている”人間どうしとして付き合っておく、というのは本末転倒ですが、“生きている”人間どうしとして関係を持っていることによって、時には戦場と化す職場も、大変さの中におもしろさややりがいを感じながら過ごすことができるかもしれません。


 参考文献:『「人生学」ことはじめ』 河合隼雄 1996 小学館
      『こころの天気図』    河合隼雄 1990 毎日新聞社

                               カウンセラー 亀田紀子

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