|
前回ちょっと頭のよろしくない経済学者について書きました。
近年テレビにはエコノミストを称する者や経済学者がうじゃうじゃ出てきて幅を利かせています。
そういえばいつからこんな状況になったのでしょう?
思い返してみると昔は"経済評論家"が今の"軍事評論家"のように有事に出てきて
コメントを述べる程度だったと思います。
しかし今はのべつ幕なし出てきます。
どうもどこかのタイミングで
経済学、経済の専門家があたかも世の中の核心と革新を担っているかのような
誤解を生じたのではないかと感じます。
確かに"経済"は現在の社会の中核を担っています。
自給自足の時代は"生産"が社会の中核を担っていたはずです。
しかし貨幣の発達を経て"交換"が主役になったのが現在の社会です。
だからといって"経済学"が社会の中心にあるとは思いません。
断っておきますが、自分はかなり経済学をまともに勉強しています。
だからこそ言えることではないかと思うのですが、
"経済学"は社会の"経済"の周辺を固めるべき存在ではないか思うのです。
少し考えてみてください。
日本の大学において経済学部はほとんどの場合文系に分類されています。
これは経済学が社会科の一部に属しているからです。
高校でも政治・経済は社会科の一科目です。
そして自分はこの考え方で間違っていないと思っています。
経済学は究極的には「過去に起きた出来事」を理論的に検証することしか
出来ない学問だと思っているからです。
言い換えると経済学は歴史学の一部なんです。
「歴史は繰り返す」ので過去に起きたことは再現する確率が高く、
その意味で十分に検証する価値はあります。
だからといってどこまで極めたところで「未来を予測する」能力はもてないのです。
"経済予測"などというものは現在も将来も科学の一分野である天気予報の精度に遠く及ばないはずです。
そこで考えたいのが「ノーベル経済学賞」なんです。
ノーベル経済学賞は「ノーベル物理学賞」と「ノーベル文学賞」のどちらに近い存在でしょうか?
ここまでの話の流れを理解していただければわかるように、
どう考えてもノーベル文学賞に近いのです。
というよりノーベル文学賞のほぼ隣にいて、ノーベル物理学賞に一歩だけ歩み寄ったに過ぎません。
それは選考過程からも明らかです。
実験などで実証されないと受賞できないノーベル物理学賞や、
具体的な実用方法が確立されないと受賞できないノーベル化学賞と根本的が異なるのです。
近年の経済学、特に金融論は"金融工学"などと異名がつくほど数学を多用するものがあります。
しかし数式でいくら証明されているからといって実際の経済で確認することはきわめて困難です。
「新しい経済理論が発表されました」
と言われても「じゃあウチが実験します」って実験台になる国がありますか?
もし理論が間違っていたら大惨事ですよ?
そう、勘のいい人は気づいたはず。
この大惨事の1つの形がサブプライムローンの破綻なんです。
アメリカは身を持ってノーベル経済学賞の実証に挑みました。
だったら大惨事はアメリカ国内でとどめていただきたいのですが、世界中が悲惨な状態です。
もっともこれほどまでにアメリカにぶら下がっていた国や企業も問題だとは思うんですけど。
今も金融論の書籍を探そうとすると必ず"ショールズ"の名前はいやでも目にすると思います。
彼も1997年のノーベル経済学賞です。
その彼が作ったファンドは破綻してるんですよ。
にもかかわらず、その理論はさらに拡張されサブプライムローンに応用されます。
なんのこっちゃ。
もっとよく考えてほしいことがあります。
なんで経済学者は大学にいるのかって話です。
特に金融経済学者というなら、
大学なんていないでファンドマネージャーにでもなったほうがはるかに儲かりますし、
理論上は社会全体の厚生を向上させるはずです。
でも、そうはしない。
根本的に両者は直接関係ないからです。
改めて言いますが、経済学が必要ないといっているのではないのです。
経済学はより積極的に研究の成果を社会に還元する必要があります。
過去の失敗の原因を理論的に解明し、反省材料を提供できる学問です。
ですが経済学者は経済学がまだまだ未熟であること、
社会を左右できるような権威ある存在ではないことをもっと理解すべきだと思います。
ましてノーベル経済学賞なんて立ち位置のわからないものに
ノーベル財団がカネを出す必要はないと思うのです。
ノーベル経済学賞は結局のところ選考委員の選好(ダジャレじゃねーよ)に左右されます。
ノーベル文学賞だったら「どこかの誰かが選んでるんだな」と素人でもわかりますが、
それと同じなんです。
でもなまじ数式が飛び交うだけに「理論的根拠があるもの」、
「権威あるもの」と勘違いしがちです。
素人にそんな誤解を与えかねない賞は必要ないだろうというのが自分の結論です。
物理学賞、化学賞、医学賞だって選考に偏りがあるという問題が指摘されています。
むしろ文学賞なら偏っていて当然だとあきらめもつきます。
ですが経済学賞は微妙です。
金メダルと違って剥奪するわけにもいかないようですから、
だったらこんな賞は廃止するっていうのが唯一の正解じゃないでしょうかね?
|
釣りネタと知ってかかわる太公望。
そんだけ講釈言えるやからが”ノーベル経済学賞”の事実知らないわけがない。
ウィキペディアより
アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン銀行賞は、1968年にスウェーデン国立銀行が設立300周年のためノーベル協会に働きかけ、ノーベルを偲んで設立された賞である。ノーベル財団とスウェーデン王立科学アカデミー(ノーベル物理学賞、ノーベル化学賞を選考)により選考・認定され、選考はスウェーデン王立科学アカデミーによって行われている。一般的にノーベル経済学賞と呼ばれているが、正確に言うとノーベル賞ではなく、「ノーベル財団による経済学賞」に過ぎない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%AD%A6%E8%B3%9E
2008/11/28(金) 午後 1:45 [ 太公望 ]
経済学で学位を取得をした者なので、大へん興味深く拝読しました。現在の経済学賞の授賞傾向が新自由主義や金融工学的な理論ばかりなのに疑問を感じています。
日本では環境経済学や公共経済学といった世界的には例の少ない体系がありますが、それが評価されないことが残念でなりません。
かなり、古い記事ですがトラックバックをさせていただきました。
2008/12/30(火) 午前 11:00
おまんちょってヤヴァイな!!!
気持ち良すぎて、外に出す余裕なんて無いって!
俺、気づいたら中に思いっきりザー○ンぶち込んでたわ(笑)
http://copcop.net/mddp/h7q8to3/
2008/12/30(火) 午前 11:41 [ 餅猫 ]
公共事業削減のせいか、経済学の世界では公共経済学は絶滅の危機に瀕しています。公共事業はトピックのごく小さな部分でしかないんですが。外部性や市場の失敗を正面から扱う重要な分野なんですがね。
2008/12/30(火) 午後 11:30 [ u1row ]
経済学賞の賞金はノーベル財団からは出ていませんよ。とりあえず、まず自分で取ってから言えば良い事だと思いますよ。
2009/4/24(金) 午前 1:14 [ taka ]