u5se4584のつれづれ日記

背水の陣です。四面楚歌も少々入ってます。

自転車旅

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小田代ヶ原へ

朝早く目覚めたものの二度寝。
ということで、今回はパークアンドライド。

日光だいやがわ公園にクルマを駐車し、そこから練習マシンで。
ルートは小田代ヶ原経由の千手ヶ浜から、光徳牧場に行き戻る。
距離にして約85km。

上りと平地をバランスよく走れたかな。疲労回復には良かったか。
復路は下りばかりだったけど。

走行詳細

バイクに乗り換えていきなりの上り坂で、完全回復していない身体が重い。

10時頃の東照宮周辺は、クルマが若干多いけれど渋滞はない感じ。
馬返しまで、何とかアウターを使用して重い身体を運んでいく。

馬返しはノンストップのつもりだったけれど、
WETレース後のメンテでシートポストを着脱したので、
緩んでいないかの確認だけしてスタート。

第2いろは坂は後半の2割くらいが渋滞。
明智平までが激しいのと、中宮祠交差点までがやはり渋滞。
対向車線の封鎖は土日だけなのか、今日は通常通り。

中禅寺湖畔は一部混雑はあるけれど、渋滞はなし。
クルマの列と一緒に走っていたら、後続のクルマに幅寄せされたり。

竜頭の滝の駐車場は若干混雑。
ここもスルーし、小田代ヶ原の入口ゲートへ。
自転車が通れるゲートを通過するとき、左ペダルを金属の箱にぶつけた。
帰宅後タッチアップ。

ゲートから小田代ヶ原まで、結構な距離がある。
3kmくらいあるようだ。

そして台風の大雨で湖と化した小田代ヶ原。

既に紅葉は終了
イメージ 1
コンデジではあるけれど、上手いこと湖面に山が映った     

その後、道の終わりまで進んでみた。
距離にして6km。結構斜度がある下り坂で、帰りは上る必要あり。

着いたのは中禅寺湖。中善寺の向かい側の千手ヶ浜。

千手ヶ浜
イメージ 2
浜というだけあり、砂浜があった     


こちらは若干紅葉が残る
イメージ 3
大きめの魚が跳ねていた     

そこから引き返し、戦場ヶ原を通過。
光徳牧場でアイスクリームを補給し戻る。

ソースカツ丼は先日食べたのでスルー。
華厳の滝付近はかなりの渋滞。第1いろは坂を下る。

クルマにイン側を閉められたり、アウト側を閉められたりとバトルをしながら下る。
そういえば、今回絡んでくるクルマは大宮か春日部ナンバーだったな。

清滝インター付近も混雑しており、そこを抜けると東照宮からの渋滞が始まる。
神橋を抜けると、またもや大宮ナンバーが。

混雑している中で右折をしようとするので、路線バスにクラクションを度々鳴らされる。
その都度少し進んでは右折しようとするの繰り返し。結局は諦めた様子。

状況判断がおかしいドライバーが多かった。
巻き込まれないように気をつけよう。
もちろん、そんなドライバーにならないことは第一に。


日光だいやがわ公園に戻り、軽く補給をして帰宅。
帰宅後ペダルのタッチアップを行う。
大雄寺から大豆田丁字路方面へ戻り、道の駅那須与一の郷へ。

走行詳細

若干の上りでペースダウンがあったけれど、10分程度で到着。

まずはまともな食事を取るためにレストラン扇亭へ。
食券を購入後、待たずに座れた。

お茶で大量の水分補給をしていると、出てきた。

田舎天もりそば
イメージ 1
750円とリーズナブル     

食事の後はデザート。
ということで、隣の建屋でジェラートのダブル300円を注文。

以前食べたときのメニューが変わっているようで、
地元大田原名産の『とうがらし』と塩気があって和風な『黒豆』を選択。

どちらも美味。


腹ごなしに、隣接する那須神社へ向かった。
こちらも、『奥のほそ道』に参拝したことが書かれている。

参道の石灯籠は、かなりの数が倒れていた。

楼門
イメージ 2
彩色には被害はなかった様子     

楼門を入ったところの、倒れた石灯籠。

寛永年間に藩主大関高増が奉納したもの
イメージ 3
ほぞ穴があったりとしっかりとした造りだが耐えられず     

楼門手前の、倒れた石灯籠。

天明年間の銘があった
イメージ 4
江戸時代後期のこの灯籠は、上の前期に比べ造りが簡素     

破損がある部分は、素人ながら直すのが大変だと思った。

復路

腹ごなしも終了し、ほぼ来た道を戻る。
大豆田丁字路から国道294号を南下。

南風が強まった感があり、下り基調ではあるけれどペースは上がらず。

烏山にある、トンネルがあるくらいの大きな峠を避けるべく、
小川の辺りから西に進んでみた。

新しい道を開拓しつつ、大金に出る。
そこからは往路と同じルート。

でも高根沢方面の上りを避けたいので、芳賀方面へ回避。
向かい風が強いけれど、こらえて一定ペースで進む。


芳賀町中心街のショッピングセンターで最後の水分補給。
調子に乗って炭酸モノにしたのが失敗だった。

余裕を持って入れたものの、漏れ出す。
しかも腹痛を誘発。帰宅後もしばらく違和感アリ。


鬼怒川サイクリングロードからは、往路と同じ。


サイクルコンピュータの走行記録では、
距離は往復で175km位。
時間は、走行時間で6時間20分弱といったところ。
平均速度は、27.6km/h。

腹回りが絞られた感があるけれど、ただ干からびただけかも。
雲巌寺を出発。黒羽城下の大雄寺を目指す。

走行詳細

雲巌寺へ向かう道のりは、このときに撮影。

唐松峠が始まる辺りで、サイコンの速度表示が出ず。
しばらく路肩で格闘する。
結局、センサー側の問題ではなく、本体と台座の接触不良だった。

唐松峠以外は下り基調。
あっという間に、大雄寺到着。直前の短い上りの斜度が結構あった。

大雄寺は曹洞宗の寺院。やはり禅の修行道場。
ちなみに、読み方は『だいおうじ』。

入口から山門を臨む
イメージ 1
花のない季節なので緑のみ     

山門を抜け、総門を目指す。
総門からが、大雄寺の大きな特徴が見えてくる。

総門より内側の建物は全て茅葺き屋根
イメージ 2
震災の被害から復旧したようで、真新しい屋根になっていた     

16世紀の禅宗寺院の姿を今日に伝える。

本堂
イメージ 3
簡素ではあるけれど、歴史を感じさせる     

茅葺きの回廊の天井はこんな感じ。

木魚が吊されている
イメージ 4
これが本来の姿で時を知らせたりする     

茅葺き屋根がきれいになっており復旧を感じるけれど、
坐禅堂の屋根はまだ修復がされていない雰囲気だったり、
破損したと思われる部材が置いてあったりと、まだ影響は残っていた。


大雄寺がある丘陵には、黒羽城がかつて存在した。
戦国時代黒羽を治めていた大関氏により、この地に移築。
江戸時代も引き続き、黒羽藩を大関氏が治め、歴代藩主墓所もある。

この周辺にはさらに、松尾芭蕉の可否が多数点在。


空腹感が出てきたので、この辺で終了。
道の駅那須与一の郷を目指す。
笠石神社からも国道294号の北上を継続。

大豆田丁字路からすぐ北の橋から、国道461号へ乗り換え。

走行詳細

国道461号を進めば、ほぼ到着。

案内表示は10kmとあったけれど、
平坦ではないので、思ったより時間がかかる。

最後の唐松峠をクリアし、2箇所の分かれ道を左・左と進む。

しばらく進むと、橋の欄干が寺社建築的な装飾のものになり、
道路の周囲も雰囲気が変わる。

ここから空気が変わる印象
イメージ 1
苔生した感じが何とも言えない     

画像のカーブを抜けると、到着。

ここまで片道、約85km。実走行時間は約3時間。


雲巌寺(うんがんじ)の定番の景色、山門を正面から臨む。
ここは、臨済宗の寺院。
禅の修行道場としてかなり格も高いらしい。

山門の手前には川には橋が渡してある
イメージ 2
下を流れる武茂川は雲岩寺周辺では禁漁区になっている     

ここで、持ってきたスニーカーに履き替え、中に入る。

正面には仏殿、その奥には方丈(本堂とほぼ同じ)
イメージ 3
ここは地震の影響は見られなかった     

内部の庭もきれいに手入れされており、緑が映える。
ちなみに、黒羽は俳聖松尾芭蕉が『奥のほそ道』で14日間滞在。
この旅では、確か最長の滞在期間だった。


ここ、雲巌寺にも訪れていたらしく、句碑がある。

『木啄(きつつき)も 庵(いほ)はやぶらず 夏木立』

という句を残したようだ。


次への移動準備を使用としていたところ、
自分の後からやってきた自転車乗りの方に声をかけられる。

次にどこに行くのか?という話で、
大雄寺(だいおうじ)と道の駅と答えたところ、
やはり、この辺りはそれくらいしかないですね〜とのこと。


準備を済ませ、次の目的地である大雄寺方面へ向かうことにする。

出発前、雲巌寺正面のバス停で見つけた、奥が深い一言。

何というか、納得
イメージ 4
送り仮名がミス?『危ない(あぶない)』か     
前日午後にメンテを完了したRCS5で出発。

途中買い物をしたり、寺院等で歩き回りたいので、
シューズを入れたりのバックパック装備。
重量が嵩むがウエイトハンデということで。

走行詳細

烏山までは、通常ルート。

鬼怒川サイクリングロードで北上し、県道を進む。
途中、予定通り直売所で柏餅をGET。

神長トンネルを上から臨む
イメージ 1
1年前と同じ構図だ…     

那須烏山市街で、少なくなってきた水や食料を調達しようと、
地元のドラッグストアに寄ってみたら、開店前。

ということで、先を急ぐ。
ここから国道294号をひたすら北上。


那珂川町を過ぎ、旧湯津上に入る。
途中コンビニでカロリー補給とトイレ休憩。

進んだところで、『侍塚古墳群』に到着。

古墳群最大の下侍塚古墳
イメージ 2
水戸光圀が日本初の発掘調査をさせた古墳     

発掘を命じられたのは、佐々宗淳(助さんのモデル)。

墳丘は東日本大震災で損傷
イメージ 3
黄門様が発掘させた部分(正方形の後方部分のビニルシート部)     

ここは散策路が整備されているので、じっくり散策したいところ。
でも、今回は先を急ぐ。とはいえ、上侍塚古墳を1周するなど軽く一回り。


ここから再び、国道294号を北上。

すぐに次の目的地。『笠石神社』に到着。

国宝の那須国造碑が御神体(日本3大古碑)
イメージ 4
黄門様が創建して碑を保護     

ここは震災の被害はなさそうで、穏やかな雰囲気。


まだまだ道は長し。

ここまでは追い風のため、上り基調とはいえ楽だった。

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