|
日帰りで輪行もないけど、自転車旅第2弾ということで。 いつもと違うことがしたくなり、いつかは行きたいと思っていた、 鷲子山上神社(とりのこさんしょうじんじゃ)へ行ってきた。 神社は、旧馬頭町(現:那珂川町)と茨城県の県境に鎮座。 ルートは、宇都宮−高根沢−那須烏山−那珂川(旧馬頭)という感じ。 距離は往復で115km位。 時間は、走行時間で4時間20分弱といったところ。 平均速度は、26km/h台。 目的地は標高470m地点にあり、そこまでの道のりに、 いくつかの峠もあるので、累積標高は結構いったかも。 復路はボトルの水も底をつき、身体もそれなりにボロボロ。 夕食中に、脚を組み替えたら攣ってしまった。 収穫としては、下腹の腹筋と、腕の付け根付近の筋肉痛。 両方とも登坂時に負荷がかかったと思われる。 終盤はギリギリまで追い込んだ状態での登坂だったので、 普段はかけられないレベルまで、負荷をかけられた様子。 また、着座位置が後ろ過ぎないように、 特に平地巡航時に意識する試みをしている関係で、 臀部など後ろ側の筋肉も、筋肉痛。 かといって、自分の乗車フォーム(後ろ乗り傾向)の、 メインエンジンである、大腿部前側の筋肉も、十分な疲労。 何やら、神々しく光る後ろ姿 【第1チェックポイント − 安住神社】 高根沢町の安住神社。巨大鏡餅で有名なところ。 小さいながらも江戸時代建立と思われる能舞台もあるなど、 地域の中心的な神社のよう。今もそうだけど。 【第2チェックポイント − 直売所】 那須烏山町に入り、良く行く直売所で食料調達。 出発が遅かったため、柏餅のみ、最後の1つをかろうじてGET。 【第3チェックポイント − 那須烏山市中心街】 那須烏山市の中心街に抜ける、神長(かなが)トンネル。 往路は余裕があったので、旧道の峠を走行。 神長トンネルを上から臨む 【第4チェックポイント − 県境】 市街地を抜け、那珂川を横断。 ひたすら終わりのない登坂が続く。 心が折れかけたとき、ついに県境の峠に到着。 県境 【鷲子山上神社 − とりのこさんしょうじんじゃ】 県境から下ると、信号のあるT字の交差点に到達。 右折すると、道の駅みわ。 左折で鷲子山へ行ける。 ここからはずっと上り。 この時点で走行距離が50kmを超え、脚を消耗しているのでキツイ。 特に、神社は山上にあるため、近づくに伴って傾斜も増す。 何とか、アウター縛り?で登坂成功。 ついに到着。 山上到着 ここは某TV番組に出たことがあって、 それは鳥居まで来ればわかる… 鳥居 もっと近づいてみると… 県境が鳥居に中央を通っている 本殿、随神門は栃木、茨城両県から文化財指定を受けている。 随神門 で、本日のメイン? 日本一の大フクロウ像。 土台は鉄柱でできている なんでも、フクロウを不苦労とかけているようで、 随所に不苦労が鎮座。 不苦労で行きたいものだな。 【復路 − 帰宅】 後は来た道を戻る…といいたいところだけど、 時間的、体力的に厳しくなってきたので、 峠はできるだけ避けて、トンネルを走行。 ここでライト類が大活躍。 宇都宮市内に入っても、最短ルートを通ってみた。 距離は走ったけど、意外に疲れないのが自転車。
毎度のことながら不思議だ。 |
自転車旅
[ リスト | 詳細 ]
|
厳美渓から、国道342号線を西に約11km。 厳美渓を作った磐井川に沿って、一関市本寺地区に向かう。 ここは骨寺村といって、中尊寺経蔵別当の所領だった荘園。 鎌倉時代に作成された中尊寺所蔵の、 『陸奥国骨寺村絵図』 に描かれた景観が、鎌倉時代当時のまま現存する遺跡。 中世奥羽地方の村落の形態を伝え、中尊寺の経済基盤であった、 荘園の詳細を伝え、学術上も貴重。 なので、国の史跡で重要文化的景観に選定されているなど、 中尊寺とともに世界遺産の候補となった場所。 沿道の雰囲気は、栃木でも見られる田舎の風景。 それが昔から変わっていないことが明らかなのが貴重なんだよな。 徐々に案内看板が増えていき、骨寺村荘園休憩所まで到着。 骨寺村はちょっと来てすべて回れるほど狭くはないので、 骨寺村らしい画が撮れる場所を探して、更に進む。 本寺郵便局まで進み、辺りが暗くなり始めた。 それらしい画を何とか撮った。 やはり中尊寺関連なので、慈覚大師創建と伝わる施設もある模様。 本寺郵便局西側 暗くなってきたので、ここで打ち止め。 JR一ノ関駅へ向かう。 JR一ノ関駅に着き、自転車を組み立てた駅舎の屋根下スペースを確保。 バラしているときにフレーム部が倒れ、押さえたけど壁にぶつかった。 STIレバーのネームプレートの塗装が剥がれた。 身体もそれなりに冷えたので、レインウェアはしばらく脱げそうになかった。 自転車その他を運びつつ、新幹線ホームへ向かう。 渡り廊下では、やっぱり休憩しながら少しずつ進んだ。 新幹線ホームに着くと、なんと本数が極僅かであることに気づく。 次の新幹線は、なんと1時間以上後。 時間がありすぎるので、とりあえず荷物を邪魔にならない場所に置き、 売店でサンドウィッチと炭酸飲料を調達し、カロリーを補給。 駅に着くたびにどんどん人が乗ってくる。 注意していないと、輪行袋の上からマシンをガンガン蹴っ飛ばされる。 結局、一度も座ることなくJR宇都宮駅に到着。 出発時と同じ場所で、自転車を組み立て。 宇都宮は雨とは無縁だったようだ。 ノンビリ組み立てていると、バス待ちのおばちゃんが話しかけてきた。 世間話をしながら自転車の組み立て終了。 そして自走で帰宅。 あとは、拝観時間が不確定要素だ。 オプションをカットしたのは、 土地勘のない場所で明るいうちに行動することを優先した結果であり、 好判断だったと思う。 今回は新幹線を使った輪行だったけど、
たとえば寝台車など、他の方法でも出来ることが確認でき、 今後の旅(を妄想する)幅が広がった気がする。 |
|
中尊寺から、概ね南に毛越寺はある。 両者の間には山が一つあり、東北道のトンネルが下を走る。 というわけで、軽いヒルクライム。 頂上の道端には東屋があった。 ここで休憩しつつ、最後のパワーバー1本を補給。 山を下っていくと、目の前に遺跡のような広場が出現。 その隣は、毛越寺。 駐車場には続々と車が入っていく。 立ち寄る予定だったけれど、中尊寺で長居してしまったこともあり、 時間が限られている。 雨天なので、日没までには帰路につきたい。 この後のチェックポイントの方が駅から遠いので、 時間が許せば駅に戻る際に立ち寄ることに、予定を変更。 田園地帯を走行していくと、川沿いに達谷窟が見えてきた。 道を挟んで反対側に駐車場があり、自転車を停める。 達谷窟は坂上田村麻呂創建と伝えられ、 建築様式も懸造という格子状の高層建築。 田村麻呂ゆかりの京都清水寺と同じ建築様式ということや、 毘沙門天がまつられているなど関連性が見られる。 達谷窟 もともと、蝦夷を平定した戦いの中で蝦夷の拠点だったという説もある。 また、入り口は3重の鳥居があって神仏習合の社寺の様子が見え、 境内に点在するお堂は、山岳信仰とのつながりを感じさせる。 拝観を終え、再び走り出す。 目指すは県道31号線が突き当たる地点。 道の駅で補給だ。 国道342号線に突き当たるところには、一関市博物館と、 その隣に新しそうな、道の駅、厳美渓があった。 ここは、郷土色の餅料理が主要なテーマになっている。 若干空腹感がでており、3個入りの餅を食す。 味もたくさんあったけれど、とりあえず定番のずんだを選んだ。 身体を休め、エネルギーを補給して一息ついたら、画像を撮り忘れた。 厳美渓(橋上より) ここでは空飛ぶだんご、郭公だんごが有名。 実際に対岸へだんごを乗せたカゴが宙を渡っていた。 川底には甌穴(おうけつ)という、 小石が暴れて出来た円形状の穴がたくさんあった。 地質学的に貴重らしい。 甌穴(pot hole) 帰り道で時間があれば郭公だんごを食すことにして、
第6チェックポイント(骨寺村荘園遺跡)へ向かった。 |
|
現地に到着。 在来線のホームをまたぐ、渡り廊下が長い。 重い荷物に腕が痺れ、二度三度休みながら渡りきった。 改札付近の規模は、JR小山駅と小金井駅の中間の雰囲気。 事前に調べたとおり、本降りの降雨。 改札を通って、駅舎の屋根下スペースを確保。 車輌の組み立て、シューズの履き替え、レインウェアを装備する。 雨の中、在来線の線路に沿った道路を、北方平泉に向けて出発。 途中から国道4号線となり、 毎日走っている国道4号線に繋がっていることを、 感慨深く感じながら走行。 いつかは彼の著書『入唐求法巡礼行記』を読んでみたい。 中尊寺の入り口、弁慶の墓が見えてきた。 周囲を見渡すと、自転車を置けそうな場所がない。 とりあえず、中尊寺入り口西側の上り坂を上がってみる。 町営駐車場以外には、中尊寺関係者や観光バス用の駐車場しかないので、 引き返し、中尊寺入り口の案内所で、自転車を置ける場所を聞いてみた。 すると中尊寺入り口の西側、町営駐車場に無料で置けるとのこと。 この辺りはレンタサイクルもあるようで、自転車に優しいのかも。 早速移動し、駐車場の担当の方に停めたい旨を伝える。 上手いこと壁側だったので、自転車を立て掛けてスニーカーへチェンジ。 中尊寺の丘を登っていった。 中尊寺は丘陵上にあり、そこに複数の堂塔が存在している。 メインはもちろん、金色堂。 でも、一応各堂塔を一つずつ巡っていった。 中尊寺山門 金色堂と讃衡蔵(さんこうぞう・宝物館)は共通拝観券で800円。 讃衡蔵は本尊や、金色堂から発掘された奥州藤原四氏の棺なども展示。 四代泰衡の首級を納めた首桶や棺の中にあった枕など、 ものすごいリアルに感じられ、その迫力に圧倒される。 そして、金色堂へ。 金色堂遠景(現在の覆堂) おなじみの金色堂の画。この右側に入場口がある。 覆堂内部は撮影禁止なので、このおなじみのカットが一番雰囲気が良い。 金色堂の屋根などを見ると、構造的には覆堂が無くても一建物として、 十分成り立っているようだ。 実際、奥州藤原氏が滅び、初代の覆堂が建立されるまでの約50年間。 金色堂は、風雨にさらされていたとのこと。 金色堂エリアの最後に、現役の前に使われていた覆堂がある。 室町期の建立とされており、松尾芭蕉が詠んだ覆堂だ。 覆堂 五月雨ではないけれど、ちょうど雨。 松尾芭蕉もこのような雰囲気の中、詠んだのだろうか。 この後、伊達藩再建の白山神社能舞台なども見て、 最初に自転車で上ってきた裏道を下って、駐車場に向かう。 雨天なのに結構な人手だったので、人混みで疲れたのと、 歩きながらエネルギーを補給。 ウィダーとパワーバーを一つずつ歩きながら摂り、駐車場に戻り、 トイレを済ませて、乗車準備を開始。 裏道から、第2チェックポイントの毛越寺・無量光院跡を目指す。 中尊寺に来て最初に上った裏道は、奥が駐車場で突き当たりとなる。 そこには、古来の水田跡があり、 泰衡公の首桶に入っていた蓮の種を殖やしている。 そこで分岐する道に入り、毛越寺方面へ向かった。
|






