Greener自然生活を選んだ人たち
■Greenerと呼ばれる人たち。
オーストラリアに行って、うれしかったのが、「仲間」がたくさんいた!ということを感じることができたこと。
「Greener」(緑の人、自然派生活を選んだ人)と呼ばれる自然派の暮らしにこだわる人たちにたくさん会いました。
彼らは、地域や、地球、体に配慮した環境にいい製品を購入し、安心安全の手作りにこだわり、自然派の暮らしを楽しんでいました。
彼らが自然派の生活をするのは、様々な理由があると思いますが…、実は単純明快な選択なのかもしれません。
農薬漬け、化学肥料・化学飼料の使われた製品を買って…
・その土地の生物や環境に負担をかける、汚す→結果的に今住む自分の環境も悪くなる
・自分の体にも負担がかかる→結果的に薬や高い化粧品を買ったりと結局お金がかかる
そんな危険を冒したり、無駄なお金を使うよりは、最初から自然にも、地域にも、体にもキモチイイ生活をしよう、ということです。
何より、体が一番そうすることを求めているような気がします。
有機栽培の紅茶がゆっくりと体に入っていく時、「飲む」という行為がこんなに深く、あたたかい気持ちになるのかと…。
「誇り」とともに商品を買う
■オーガニックショップ…Organic food shop
オーストラリア各地には、有機野菜・有機食品を手に入れるために、各地に「オーガニックフード・ショップ Organic food shop」があり、大手スーパーにも「オーガニックフードコーナー」、そして有機食品・自然派製品専門の共同購入のシステムも確立していました。
消費者が安く、手軽に良質なものを手に入れることができる店や制度が充実していて、自然派生活素人(^_^;にも抵抗なく入りやすい、環境が整っていて、うらやましく思ったものです。
その当時、環境問題考えている、とかいうとオタクっぽいイメージもありましたから…。
「健康にはいいんだろうが、とにかく値段が高い」イメージがある自然派の食べもの。
実際そうですが…。
しかし、オーストラリアでは需要が高いためか、値段も破格の高さ、という印象はありませんでした。
私を夢中にさせた、上から下まで、有機食品!というのも圧巻の風景。
オーガニックフードショップの店頭には、生鮮食品、加工品はもちろん日本食(醤油、味噌などは普通!)にいたるまで、有機食品(organic food)が、だだだだーっと並んでいました。
インテリアに工夫があって、消費者の心をくすぐり続けるおしゃれな店も多く、本当に若いコでも買い物を楽しめる雰囲気です。
もちろん、安心・安全、楽しいだけでなく、ほとんどがおいしくて、味も栄養も濃いのは言うまでもありませんが…。
しかし、「メリットがあるから買う」だけでなく、Greenerたちは単なる「買い物」の域を超えて、「誇り」とともに、有機・自然食品を購入していました。
有機栽培を苦労しながら営んでいる農家や自然派にこだわる生産者たちを応援する気持ち…。
私も今、「ありがとう」の気持ちをこめて、自分が投票をしている気持ちで、「一生懸命」買い物をします。
「買う」という行為は、社会に対して、一票を投じる行為。
買い物をするたびに、自己表現をしているわけです。
テレビで、中国の子どもたちが不法労働させられている映像を見ました。
安いから、中国製を選ぶのも、もちろん消費者の選択肢の一つですが、間接的にそれを手助けしている、と思うと、買い物という行為の重さを感じざるを得ません。
必要なものは、必要なだけ〜裸売り、量り売り、容器のリサイクル
■オーガニックショップは楽しい!そして、懐かしくて新しい!
日本の昔ながらの量り売りや裸売りも多く見られるからでしょう。
ビニールに小分けにされた「いかにも」スーパーチックな陳列は、美しさがないです。
でもオーストラリアでは、人工的な装飾に邪魔されない、素朴な色が美しく店を彩っていました。
シャンプーや洗剤、調味料、ナッツ、はちみつ…とにかくなんでも好きな量だけ変えるのです。つまり、量り売り、ばら売りです。
何でも小分けして、こぎれいに包装されている日本では、「またいらない容器まで一緒に買ってしまう…」という後ろめたさの上に買い物をしなければなりませんでした。
しかし、ここではそんな罪悪感を負わなくていいのです。
もちろんそれが値段に反映されて、容器代も払わなくていいから、経済的に買い物ができます。
容器や包装などゴミまでお金を払って購入し、ただ捨てる…。
そういう、罪悪感まで料金に入っている買い物に辟易していましたから…。
昔の日本も、マンガで(たしかサザエさんでした^^)豆腐屋さんにボールを持って買いに行ったり、風呂敷で何でもつつんじゃったり…と合理的で、無駄のない裸売り、量り売りがあったと本で読みました。
古き美しき日本の姿に、オーストラリアで出会ったような気がします。
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