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■食べられる庭(=Edible garden) 「食べられる庭」は、本当に美しかった。 ニュージーランドのサビーナさんの家の庭も「食べられる庭(=Edible garden)」。 庭が一枚のキャンバスでした。 食用カンナ、カモミールなどの「食べられる」花が風にゆれ、鮮やかに色づくレモン、いちごなどの実物、そして野菜の様々な緑色が美しい色相を作っていました。 「食べられる庭」も、パーマカルチャーの考え方のひとつで、飾りで庭木や観賞用植物を植えるのではなく、植木も果樹、観賞用の花の変わりに実がなる植物を植え、ベランダの屋根にもぶどうなどのつる植物はわせ、食べられる植物を庭に植えよう!というもの。 農薬や化学肥料を使わないため、まさにお互いの「生命力」で成り立っています。 単一の作物だけを植えずに、様々な作物の力で、庭に小さな生態系をつくる…。 そうすることによって ・「害虫(=いわゆる、人間にとって都合の悪い虫)」 ・「雑草(=いわゆる、人間にとって悪い草)」 を作らず、植物、動物、環境などといい「人間関係」(自然関係^^?)を作っていこう、というシステムです。 そして、そこから自分たちの暮らしに必要不可欠なもの、つまり食べ物(作物)も生み出そう、というもの。 それが「食べられる庭」です。 そのため、小さな庭の中にさまざまな種類の植物がキャンバスの上にのせられ、鮮やかで多種多様な恩恵にあずかれます。 そして、その絵の中には「茶色」が必ず使われます。 堆肥(コンポスト)が、庭の一角に必ずあるからです。 残飯、枯れ草、庭の雑草(人間がいらない草^^)などを効率よく土に返し、植物を育てるための肥料を作ります。 サビーナさんの家でも、牛のウンチや頑固な雑草などあらゆるものを堆肥に使おう、と努力していました。 畑から収穫すれば、その残りの残飯や、刈り草などの栄養を畑に堆肥として返します。 一方的に搾取するだけでなく、必ずお返し…。 人間関係においても、もらってばかりで、与えるだけでは、負担が大きく、バランス悪いですよね? 自然界のバランスはどこでも同じ、というわけです。 庭に食べ物を植えるなんて、住宅地で育った私には特に考えたこともありませんでした。 きれいな花と、造園業者の人が植えた庭木が整然と植えてある場所、それが庭、でした。 しかし、私たちが少し視点を変えて、庭を菜園にシフトしていったら、どうでしょう? 世界の人が、小さなスペースに少しづつ食べられる植物を植え、小さな菜園の中で、リサイクルを繰り返したら…。 ゴミも出ない、お金も節約できる、新鮮なものが食べられる、収穫のわくわく感を味わえる、安全、食料自給率も上がる!…イイコトづくめです。 時々、鳥や虫とも恵みをシェアしながら…。 こんなに楽しい庭を、みんな今までなぜ作らなかったんだろう?? 本当にいまさらながら、不思議です。 ■みんなで分け合う 食べられる庭がここにもありました。 ニューエージの人々が集まるエココミュニティーに住むピーターさんの家は、庭そのものが菜園で、鳥小屋でしたた。 (というよりも、動力のいらない冷蔵庫?) 朝ごはんの時間になったら、パンを手に、必ず庭に行きます。 庭に朝ごはんの材料をそろえに行くのです。 まず、お茶にするミントを摘んで、そしてパンと一緒に食べるバジルやマスタードレタスを取りに行く…。 そして、パンにそのままはさんで、チーズやバターをはさんだりしながら、かぶりつきます。 朝色の空気を吸いながら、冷蔵庫…庭から食べたいだけ、新鮮な野菜をいただく。 そばでは、鳥が木の実をついばんでいて、ハチたちも食事中。 同じ空気を吸って、同じものを、同じ景色を見ながら食べてます。 鳥たちと、同じ食卓です。 このコミュニティーは、畑や道などの管理は共同でします。 ピーターさんの庭の横には小さな小道があり、そこは木で覆われていました。 小道のクワの実の木は、超人気レストラン。 我先にと人間をはじめ、鳥、ポッサム(カンガルーのような有袋類で木に登れる)、アリにいたるまで、美しい紫色に熟した実を狙ってここに集まります。 アリたちも、おいしそうに熟した実に誘われて、夢中になって登ってきます。 同じ木の下で、色んな生き物がその恩恵にあずかって…。 「食べるって、こういうことなのか??」 収穫され、スーパーでつるつるの袋に入った果実からは、今までそんな風景は見えませんでした。
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★食べられる庭
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