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さて、今までの日本に「国是」なんてあったか?と言われれば、心許ない(もしかしたら、黙示の国是としちゃ「安寧」「平和」かも知れない)んだが、「これからの日本」は「連帯」を国是にするのがよかろう、って言うか、それしかないだろうと感じてる。
「連帯」てのは、労働組合の名前だったりする。自民党は先の参院選挙で「絆」って言葉を使った。目指すもの、意図するイメージに、そう差は無いものと思う。今回の東北関東大震災(2011年4月1日の閣議で「東日本大震災」とされたらしい)の後、kizuna311なんてプロジェクトも出来ている。
ただ、「絆」は、漢字ではあるが、その読みは和語であり、私のイメージするところでは、既にあるもの、伝統的なものも含まれている様な感じを受ける。私は、もっと意図的に、厳しい内実を持って選び取る行動を目指したい。だから、「連帯」と云う言葉の方を選びたい。
今回の巨大地震では、個人や地域の努力の如何に関わらず、それを踏みにじるがごとき自然の猛威が現出した。それと共に、人間の準備、リスク管理の不足も炙り出される事となり、福島第1原発の一連の事故と、その処理が続いている。
地震の被害者に責められる様なところはあっただろうか?努力の不足なんて言うには、余りに大きな差が生じている。そして、今回取り敢えず被災しなかった人でも、今後、また何らかの被害を蒙る可能性は大いにある。日本に住んでいる限り、生涯で2回程度は避難所暮らしをする時もある、と考えていた方がいいだろう。
とにかく、努力の差の結果ではない結果の差が現実に生じている。被災した人たちを何としても守って行かなければならない。少なくとも、命を繋ぎ、明日に向かって生活して行ける状態にする必要がある。
そして、国是に「連帯」を置くからには、現実を営んで行く為の、色んな派生原理が出て来る筈だ。
先ず、一時的には避難住民の生活を「全面的に」支えて行く事は出来ても、永遠にそれが可能な訳ではない。であれば、その「連帯」は避難住民の「自立」を促すものでなければならない。もっとも、福島第1原発の影響で、現地の復興が見通せなくなっている現状では、それも簡単な事ではないのだが。
恐らく、1923年の関東大震災の後、大阪が大大阪時代と呼ばれる繁栄を誇った様に、東京に集中していた機能が、ある程度西日本に移動する事を想定しなけれなならないだろうし、海外に移転して行く事も想定して行かなければならない。そうした流れの中で、人口移動も伴う事になるだろう。「自立」は、必ずしも同じ場所、今まで住んでいた土地で実現出来るとは限らない事は覚悟しておかなければならない。
第二に、「連帯」を国是に置く事の一貫性、前提ともなる事なのだが、「平等」が前提とされなければならない。「不平等」だと感じるところに、人は「連帯」を感じる事は出来ない。例えば、今回の福島第1原発の現場で、東京電力の社員だけが安全なところにいて、実際の作業をする人間が劣悪な状況に置かれていては、組織の力を最大に発揮する事は出来ない。連帯、チームスピリットを損なうからだ。同様に、後ろにいる人間が安全なところから勝手な事を指示するばかりでも行けない。現場で実際に働く人への尊敬の念を持って接しなければならない。
これと同様の事は、どこにでもある。例えば、同じ現場(お店など)で働く人の間で、仕事の質の別以外で、給与の差などが生じていないだろうか?パートと正社員とで、待遇に差が生じていないだろうか?同一労働同一賃金の原則は、ある程度貫徹されていないと、「連帯」は出来ない。労働基準法上、この「同一労働同一賃金」の原則は、原則として法定すべきだろう。もっとも、現実には、ジョブローテーションとしてその場で働いて経験を積んでいる正社員の、生活設計上保証すべき賃金レベルなどもあり、お話が簡単なものではない事は理解しておかなければならない。社歴が大きく異なる正社員の労働は、同じ職場にいれば、「同一レベル」なのか?そんなに簡単なものでもないだろう。
だが、同一労働同一賃金をある程度貫徹して行けば、女性の妊娠・出産に伴う労働時間の短縮や、復帰も、現状よりは進む筈だし、60歳超の高齢者の労働時間を短縮した上での雇用も、現状よりはスムーズに進められる可能性もある。女性や高齢者の雇用への進出が進めば、「生産年齢人口の減少」って言うデフレの主原因も緩和され、デフレも緩和出来る可能性がある(最も、地震後の現在、取り敢えず心配しなければならないのは「不況下の物価高」となるスタグフレーションだったりするのだが…。でも、生産年齢人口の減少と云うデフレ要因は、それでも残るのだ)。取り敢えずの局面では、女性や高齢者は、少ない雇用を奪い合う事で、更にデフレを進める様に見えるかも知れない。が、大きな流れ(マクロ)では、雇用人口が増える事は、一方的な衰退を救う途になる。子供手当が満額支給されずとも、保育所などが充実されるならば(これが現実になる事が重要。言葉の上だけで「現物給付」と言ってるだけでは意味が無い)、それはデフレ要因を減らし、衰退を防ぐ事になる。
尤も、上の話で正社員とパートの労働を較べてみたが、その賃金が同一でない事の裏に、正社員がサービス残業などを強いられていて、そうした労働の対価が込みで計算されている場合もある(こういう場合、厳密に合理的なバランスは取れていないものだが)。「平等」を貫徹させる為には、「公正」が担保されていなければならない。
単に職制が上(指示する立場にいる)からと言って、給与も上でなければならないものでもない。国会議員なんて、国家公務員の最上レベルの「歳費」を貰っているが、その給与は考え直した方がいいだろう。もっと現場を大切にするべきだし、沢山いるのに全員、そんな高給(年間約2,100万円)を食(は)む必要は無い。1,200万〜1,500万円もあれば、充分だと思うのだが(国会議員は1年制議員でも大物議員でも同じですけど、大物議員でも、それでいいレベルでしょ?)。渡し切りの政務調査費なんてものもあるんだし、給与で、そうした経費を補填する必要は無い。ましてや、現職の選挙経費を給与で補ってやる様なものじゃない筈だ。
とにかく「連帯」を担保する為には、ルールを含めての「公正」が必要になる。規制緩和しても、それは「ルール無用」を意味する訳ではない。「公正」なルールが必要。「ルール無用」になると、権力に近い者が情報を利用したりして利益を得たり、許認可が何故かそうした者に緩くなったりして、経済的利益を得る場合が少なくない。それは「公正」とは無縁のものであり、「連帯」を危うくするものに他ならない。
また、こうした「連帯」は、一方的に受けるだけのものでも、一方的に与えるだけのものでもない。ときに受け、ときに与える関係になる。日本は国家としても、国際的な「連帯」を今回は受け入れるべきところも多い。いつか返せる事を願いながら。また、今回の援助は、昔の日本(1980年代初期〜中頃を中心とした話。1990年代初め頃までは続いた)が自らの国益だけに囚われずに無償援助して来たSuperpower(超大国)としての活動の反射利益(お礼の心)かも知れない。この輪を有難く感じ、またいつか返せる事を願って生きよう。私の小学生の頃は教科書で日本は「被援助国」として習い、日本は高度成長を謳歌していた。今や、日本は特定分野では、まさに先進国となり、世界の先端(未踏分野)を切り拓いて行くしかない立場になった。高齢化社会も、その一つ。だから、誰かの後を追い続けるだけで物事が解決する様な簡単な世界ではなくなっている。
そうした難しい社会状況の中、東日本は、社会インフラで、まさに発展途上国に引きずり下ろされてしまった。これは、単に道路などだけを指しているのではない。農業生産、水産業生産、工業生産、そして物流、電力不足などもあり、社会的なサプライチェーンも巧く繋がらずにいるし、地震に伴う失業問題、企業活動の継続の困難なところもある。社会全体が巧く回っていない。これは数年は継続するだろう。発展途上国としての問題解決がこれから始まる。
供給力が強制的に失われた(地震・津波による直接的損壊、放射能からの避難などによる喪失、電力不足による能力不全)ので、これから数年、東日本を中心に経済活動が停滞すると共に、経済は「統制経済」色を帯びざるを得なくなる。供給が十全にある場合は、自由経済も貫徹出来、需給のミスマッチとかって気軽に言えるが、今回は強制的に供給が失われている。自由な経済活動だけでは巧く回らないところが出て来る。今回のセ・リーグの騒動がいい例だ。この社会状況を理解出来ない、少し認知レベルの劣る様になった方々が起こした騒動。こうした供給量の強制的ダウンの下では、「連帯」を感じられない活動は、制限されざるを得なくなる。
企業活動は、日本を支えている。「家庭の電力を計画停電で強制的に削って、企業活動に回すのか?」って非難されるかも知れないけど、多くの人が被用者(雇用されている者)である現在の日本では、企業活動が落ちれば、それは即ち、自らの給与ダウンや雇用の喪失(失業)を意味する。企業活動を単に休止させれば済む問題でもない。そこで企業活動を継続する為の前提条件は、「連帯」である。他人の痛みを感じて、連帯しながら、企業活動をしているか、どうか、だ。
計画停電や自粛モードで、小売店や飲食業の中には、今や存続の危機に瀕しているところも多い(主に、資本準備の薄い、小規模店)。地震の後、ずっと耐えている状態。連帯の中で、企業活動を続けて行かなかればならない。全てが全て、そのまま継続出来る訳ではないにしても。
状況に流されるだけでは、日本全体、東日本は特に、衰亡に向かうしかなくなる。今こそ「意思」の力が必要。
「意思」をしっかり持って、「連帯」を国是に進もう!
今回の地震の後の事態は、地震や津波だけならばまだしも、その後の原子力災害で、まさに、日本の国難となった。世界最大の債権国としての立場のまま、この事態を迎えた事で、今まで私が懸念していた事態が、いままさに生じつつある。この事態は、きっと世界経済そのものも、充分揺さぶる事態になる。世界は、否応なく、この事態を自分の事として考えざるを得ない事態になっている。
日本は、世界に暫くは迷惑を掛ける事になるだろう。けれど、日本(国籍や民族で分けた「日本人」や「日本国民」だけではなく、日本に住み生活する人々全てを含めての総体としての「日本」だ。「日本」に生活する人々)は、精一杯やるしかない。そうした、これからの歴史も考え合わせ、与えられるだけのものでもなく、与えるだけのものでもなく、被災した人も、生活をこれから揺さぶられつつある東日本(北海道は西日本と同様の立場かも)の人たちも、同じ国として揺さぶられるであろう西日本の人たちも、「連帯」を国是として考える他ないのではないか?
〜 ヤフー・ブログの文字数制限5,000字を超えてしまったので、残りは「その2」(http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/60464508.html )として、別記事にします。〜
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議員の給料が安すぎるのが問題です。定員を減らして年俸10億円とか、インパクトのある給料にしないと優秀な人材を政治というバカな土民どもに奉仕するお仕事に引きとどめることは出来ないでしょう。わずか2000万円では、超優秀な人間を誘致するのは非常にムズカシイでしょう。
2011/6/26(日) 午後 3:49 [ クマさんと私 ]