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私は、現時点での八ッ場ダムの建設には反対だ。簡単(?)に理由を述べると、 (1) 八ッ場ダムの建設予定地点は、その場所だけを見れば固い変成岩が両岸にある地点であり、建設に最適な土地である。が、その周辺地点を見れば、浅間山の火山灰が厚く堆積している土地であり、1783年の大噴火の火山灰の影響に至っては、植生などから辛うじての(←この表現は感覚的な表現だが)バランスを保っているに過ぎない。 ダムを造って水位を上げてしまうと、現在バランスを保っている土地の下部が崩壊し、大規模な土砂崩れが起きる事が容易に想定出来る。何故、国土交通省がこの影響を過小視しているかは謎。工学系の技術者はいても、地学系の知識が乏し過ぎるのだろうか? とにかく、現時点で、治水、利水の為にそこにダムを造っても、直ぐに土砂で埋まってしまう事が想定されるし、ダムは、山の中腹に建設される予定の付け替え鉄道や道路の安全を損なう。 これが、私が現時点での八ッ場ダムの建設に反対する第一にして最大の理由。あの場所は、ダムの建設に適当な地点ではないとの考えだ。 現在、そうした土砂崩れを想定せずに過ごせる理由は、単に、水位が低いので、中腹の地盤崩壊のリスクが低いからである。 また、建設予定地点が変成岩(浅間山の噴火以前に作られたものだろう)に挟まれているのは、そこが狭く、下部の火山灰が浸食され流され、上部の火山灰が崩落した事、その事によるものと考える。 国土交通省(旧・建設省)のダムの堆積予想が当てにならない事は、2011年12月16日19:30〜NHK総合テレビ関東ローカルで放送された「特報首都圏」で紹介された数例を見ても、よく判る。 <追記:中国の三峡ダムでも周辺部での崖崩れは頻発している。三峡ダムの場合、全体水量が大きいので、ダム自体の安全には大きな影響が無い> (2) 治水については、八ッ場ダムの上流に降った雨水を留める役割を果たすのは間違いない。この意味で、八ッ場ダムの意味は否定出来ない。但し、(1)の事を考えると、その意味は直ぐにかなり小さくなって行く事が予想される。今更、巨費を掛けて、八ッ場ダムを建設する事が得策とは思えない(この論拠は、治水以外に関しては、以下の部分にも存在し、上で述べ尽くされてはいない)。 (3) 利水に関しては、現在の水量が大きく不足している訳ではない。干魃の年を想定すれば、確かに何でもありになってしまうのかも知れない。が、もし利水だけを考えるのならば、霞ヶ浦導水事業の方が建設費が一桁少なく、効果的な事もある。 霞ヶ浦導水事業は、現在、利根川と霞ヶ浦を結ぶ2.6kmは既に完成している。が、那珂川水系、涸沼を結ぶ事業が民主党政権になってから凍結されている。この事業はダムと違い、時間経過によって効果が減耗する事は考えられない(メンテ面で、地盤改良事業の排水機場などと同様、モーターの交換は必要になるだろうが)。 現在の日本ではペットボトル入りの水も結構普及しており、平均的な収入のある人が水不足だからと言って死ぬ事はあり得ない。干魃の際の問題は、生活用水の「不自由」、農業用水、工業用水の不足である。 生活用水の不足では、水道水の圧力の低下などで出て来る。これは、干魃によって自動的に起こるものではなく、政策的に実施するもの。古くからのマンションや高層マンションは受水槽があるので、無関係。主に、一戸建てや最近ある水道直結型のマンションで不自由が顕在化する。また、社会的な要請に応えようとすれば、風呂やトイレの水の使い方にも注意する事になろう。 だが、ダムとて一朝一夕に出来るものではない。通常、何十年かの時間が掛かるもの。建設を初めても10年は掛かるのが通常だろう。であれば、節水の取り組みや雨水の利用に金を使った方がベターと考える。また、地下水の有効利用を図る事も必要。 節水の取り組みについては、水道料金を上げるのが一番早い手段ではあるのだが…(笑)、水は生活に必須のものだから、「政治的には」そう簡単な手段ではない。使用量に応じて上げるって手段もあるのだが、家庭ごとに水道料金を徴収している現在、家庭の構成人数をデータとして照応出来たいないので、尚更簡単ではない。トイレの節水性能で基準を作り、一定性能を下回るものは売れない、とかの規制が必要になるかも知れない。 ともあれ、生活レベルが上がると共に水道の使用量は増える、との前提は、最近のトイレの性能(温水洗浄便座の普及故、トイレットペーパーも販売量もピークを売って、下がり始めている)、洗濯機の性能、食器洗い機の普及、などによって、1戸当たりの水道使用量はピークを売って、下がり始めている状態。また、工業でも、水の再利用などで、使用量は大きく上がっていない(むしろ、総量としては減っている筈)。 東京などのオフィス集積地でも、水の再利用(下水を簡易浄水でトイレの水などに再利用)などで、水道の使用量は、そう増えてはいない。 都市への人口集積は止まるところが無いが、人口の総数は暫くは減って行く。そんな中で更に水の需要が増大して行く見積もりの下にいていいとは、私は考えていない。 水の需要を抑える節水を更に強化して行くべきだ。また、飲み水、食器洗浄、風呂、肛門洗浄には飲める程度の上水が必要であるにしても、トイレの汚物を流す為に上水が必要とは思えない。東京のオフィスなどでも下水をリサイクル(実際にはいざとなれば飲めるレベル)した中水が使われる様になっている。家庭でも、雨水利用でも構わないと考える。が、雨水はそのまま置いておくだけでは、「水が腐る」と云う事態も発生するし、「虫が湧く」事もある。そのまま溜めて利用するだけでは済まず、次亜塩素酸などの処理(水道水だったら塩素が含まれているので、電気分解してやれば発生するが…)などが必要となる。家庭では、雨水を溜めて、一定期間だけ使う、後は雨水管にゆっくりと流す、などのソフトを組み込んだ雨水貯水槽を持つ様にしてもいいのではないだろうか。また、風呂の残り湯を庭の散水に利用出来る様な配管構造(余りは下水に)もあっていいとは思う。そうした工夫をした家を普及させる様にして行ったら、災害時の上水途絶などにも耐久性が出て来る。普及開始から40年程度経てば、水の使用量は目に見えて違って来る。 また、沖積平野に形成された都市(日本の政令指定都市はほとんど、そう)では、地盤沈下から地下水利用を抑制する事が行われて来たが、東京などでは、地下鉄のチューブ(コンクリート枠)が浮き上がらない様に、地下水を汲み上げている場所などがある、上野駅では不忍池(堤防を造ったら上流部に水が溜まってしまった人工池)に流して、水の淀みを防いでいるし、東京駅では日本橋川に流してしまっている筈。東京駅などの地下水は、飲み水などに利用する事を考えてもいいと考える(水のリサイクルセンターなどと同等の設備を作れば可能)。また、多摩部などでも、地下水を利用できる部分はある。地下水を無制限に利用出来る様にすると、また地盤沈下が再発する事になり兼ねないが、現時点の利用よりももう少し利用出来る余地はある。干魃時は、地下水も減る道理なので、干魃時のバックアップとして安易に頼る事は出来ないのだが。 最後に、霞ヶ浦導水事業について。現在は、那珂川の鮎(中上流部の観光などを支える大事な水産資源。生涯の中で、海と川を往復する事になる)などの稚魚の吸い込みが問題視され、霞ヶ浦導水事業は霞ヶ浦の部分でストップしている。確かに稼働させると、吸い込みをゼロには出来ないと考える。が、常に稼働させる必要はどこにもない。必要な時期に稼働させるバックアップで構わないのだ。 では、必要な時期とはいつか?主に夏。東京部で干魃時の渇水が問題になるのが一つの理由で、もう一つの理由は、霞ヶ浦の汚染。霞ヶ浦の汚染は今や深刻で、今年2011年は堤防が一部損壊したところがあったので水位を低位で管理したが、それだけでアオコが発生し、土浦市の市街地では匂いが漂い、また、霞ヶ浦を水道水の水源とする区域では水道水の匂いに苦情が出たそうな。霞ヶ浦は周辺市町村の水道水の水源ともなっている。東京都や千葉県レベルの高度浄水(江戸川下流部なので、江戸川の汚染で高度浄水をするに至っている)をすれば、今のレベルの汚染でも大丈夫らしいが、まだそのレベルまで達していない。必然的に、現在のレベルの汚染に対応する為には、水道浄水設備の高度化が必要になる。本来の話をすれば、霞ヶ浦の汚染を防ぐ為の努力が先だろうし、浄水設備も高度化へ向かうべきだろう。だが、どちらも直ぐには出来ない。浄水設備の高度化も、設備更新の際にやって行く事が普通の支出の仕方。であれば、水不足のバックアップとしては、八ッ場ダムよりは、霞ヶ浦導水事業の方が優先すべき事業だと考える。(1)で書いた様な懸念は無い(鮎の稚魚の吸い込みと云う懸念はある)し、事業としても費用が少ないし、建設のスケジュールの確実性も高いから。おまけに、副次的な効果も大きい。北千葉導水事業での手賀沼の水質の劇的な変化(1995年に見た限り、アオコで一面、黄緑色のペンキを流した様になっていた事があるが、現在はトライアスロン大会で泳ぐ事もある)を見る限り、霞ヶ浦導水事業による霞ヶ浦の水質浄化は期待出来る。だが、北千葉導水事業で利根川の水質悪化を主張する漁業者もいるので、全てが上手く行くって幻想は捨てた方がいいだろうけど。 〜 記事の文字数がヤフー・ブログの制限(1記事で5,000字)を超えた為、記事を分け、以下「その2」(http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/61186189.html )に続く 〜
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