黄色い蛇足@日立柏酒場裏

2019年9月以降は、https://reywa.blog.fc2.com をメイン(主たる)・ブログとします。

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 えらく大雑把な題名である事は自覚してます。何と言っても、明確に撮影出来た区域であるにも関わらず、私が「何が写っているか」を認識出来るものが極めて少ない事によります。
 視野角としては、約90度程度かと思います。

 先ず、不安なのは、

東京スカイツリーから見る、浅草、上野、池袋など
https://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/65131863.html

と、この記事の画像との間にギャップが残っていないのか(写し忘れた視野角が無いのか、どうか)。対象に注目して撮影したに過ぎないので、どこか写し忘れた区域が残っている可能性があるのです。確認したところ、手元の画像にはギャップはありませんでした。少なくとも1枚の画像が、両方の間を埋めている。けれども、ガラスへの映り込みが酷(ひど)く、とてもじゃないけど他人様にお見せ出来る代物じゃないのが悔やまれるところ。
 一方、チェックを重ねてみても、https://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/65132315.html の一番上にある画像の左端と、東京スカイツリーでのtips の一番上にある画像の右端の間、荒川河畔で言って850mほどの視野角の画像が、どうしても見つかりません。ここら辺、全く私の興味を惹かなかったものらしい。見えていても、見ようとしなかった結果。お恥ずかしい次第。
 まあ振り返ってみれば、天望デッキ(350m)での撮影画像の欠落は私の興味の強弱に拠るものでしょうが、天望回廊(450m)の場合、その辺りが、天望回廊の折り返し地点に近く、また、天望回廊の突き当たりでもある(折り返し地点と突き当たりとの間には、ショップが挟まっている)事も一因かも知れません(http://www.tokyo-skytree.jp/floor/2nd/ 参照)。天望デッキでの撮影の際は、この高さからは初めて見る景色ばかりであり、どうしても、行き当たりばったりの撮影になってしまいがちでしたし(再度、4天望デッキへ降りてきたときには、もう周囲は夜景となっていました)。今度、東京スカイツリーに上る機会があったら、中川の見え方が天望デッキと天望回廊とで、どう違うのか、それとも変わっていないのか、や、中川の流路を上流から下流まで、見える範囲で辿ってみたいと思います。

 先ずは、こちら。地上350mの天望デッキから撮影したもの。
イメージ 1
荒川から隅田川が分岐する方面。関東平野、埼玉県西部が写ってる筈。…ではあるんですが、私には、全く親近感が湧かない(笑)。
 辛うじて、荒川左岸(左岸、右岸は河口に向かっての用語ですので、ここでは、川の右側)の一番手前の高層ビルは、川口駅前かな、と思う程度。
 とは言え、近い位置で言えば、南千住駅の、線路北側に建っている高層マンションが右端近くに見えているのは、判ります(ここは、柏からの通勤経路に入っているから)。

 もしかしたら、

東京スカイツリーから見る吉原
https://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/65129925.html

で探していた吉原が、この範囲に撮影されているかも知れないのですが、確認出来る目印が少なく、ほとんど手掛かりが無い状況です(辛うじて、右端に近い場所に南千住駅が含まれているのは、判りますが)。
 この記事の画像は、PCの場合、カーソルを合わせた際に右下に表示される+マークをクリックすると、別ウィンドウで大きく(実際は、UPした際の画像の大きさで)表示されます。画像自体にカーソルを合わせただけでクリックしても、別ウィンドウで画像は表示されますが、その大きさは、記事に表示されているもの同じとなりますので、ご注意下さい。
 スマホの場合は、画像自体をクリックすれば、画像が拡大表示されますので、画像の範囲を移動させながら部分を見て行く事となります。

 その右側(地上350mの天望デッキから)。
イメージ 2

少し寄って、堀切の辺り(地上350mの天望デッキから)。
イメージ 3
水平が傾いてますが、まあ、動きがあって宜しい(←勝手な判断)。

 隅田川(左の川)と荒川(右側の川。荒川放水路)が、河口から見て最初に最接近する場所。荒川ってのが、この部分では人工の放水路(工期は、1911〜1924年)なので、こんな事になります(http://www.ktr.mlit.go.jp/arage/arage_index017.html 参照)。

 首都高で、荒川の向こう側にあるのが、堀切JCTで、直ぐ上の画像では、ほぼ右端に見えていて、堀切JCTの半分ほどが端で切れてしまっています。荒川に沿って走る中央環状線(C2)から、向島線(6号線)が分かれます。堀切JCTの左側には、小菅JCTがあり、そこから左側に首都高 三郷線が分かれているのが見えます。
 堀切JCTに向かう首都高 向島線(6号線)の橋梁の左側には、荒川を渡る橋梁が見えますが、京成本線と都道324号線の2本並んでいる筈なのですが、この画像では私には1本にしか見えません。
 拡大すると、小菅JCTの右側には、緑地が見えますが、そこが小菅東スポーツ公園。小菅東スポーツ公園の手前には、小菅ICに繋がる接続道路の高架が見えます。小菅JCTの手前には、荒川小菅緑地公園。小菅JCTの直ぐ左を数棟左に辿って行った先には、東京拘置所が見えます。
 東京拘置所から首都高 中央環状線に沿って視線を移していくと、荒川に2本並んで橋梁が見えますが、右側が東武スカイツリーラインの複線(拡大すると、首都高 中央環状線をくぐった先で、左に曲がって行く高架が見えます)、左側(実はここも2本並んでいる筈なのですが、私には1本にしか見えません)が常磐線(快速線と東京メトロ千代田線との複々線)と、つくばエクスプレスの複線。
 隅田川の湾曲の左側に広がる、台東区 汐入地区は、1987年以降大規模な再開発が行われた地域で、こんな風にマンション群が建ち並んでいます。隅田川の堤防も、この湾曲部は両岸(右岸=左側は、全て。左岸は、向こうの橋のたもとだけ?)がスーパー堤防化されており、再開発の完了とほぼ同時に、東武スカイツリーライン鐘ヶ淵駅に繋がる水神大橋と、同牛田駅、京成電鉄 京成牛関谷駅に繋がる橋が整備されました。牛田駅、京成関屋駅からは、JR常磐線や、つくばエクスプレス、東京メトロ日比谷線、同 千代田線、東武スカイツリーラインなどが乗り入れる、北千住駅へも、そう遠くない距離(容易に歩いて行けると思います。その前の歩いて来た距離も考え合せたとき、更に歩くか?は謎だけど)。
 上から2番目の画像左端では、南千住駅の線路南側に建っている高層マンション3棟が写っています。南千住駅種編には、高層マンションが4棟建っているのですが、一番上の上の画像と、上から2番目の画像との2枚で、ほぼこの方向の視野角はカバーしている事にはなるかと思います(漏れ=ギャップが少ない、って意味)。
 隅田川の手前側に架かるのは、明治通りが渡る白鬚橋ですが その向こうの右岸(右側。東岸)にあるのは、手前がリバーサイド隅田セントラルタワー(何と!立地に疑問も感じるオフィスビル)で、その向こう側にあるのが、かの有名な都営白鬚東アパート。西の隅田川との間に広がる東白鬚公園と合わせ、防火壁として機能する様に万全の設備で作られ、火災時には、各戸のベランダにシャッターが降り、消火銃でシャッターに水を掛け続ける様に作られています、各棟の間も、シャッターなどで仕切られる様になており、消火銃で水が掛けられます。でもって、東白髭公園は、避難場所として機能します。ですので…ホームレスの皆さんも、安心して堤防上に住んでます(爆)。
 また、この画像左端では、南千住駅の線路南側に建っている高層マンション3棟が写っています。南千住駅種編には、高層マンションが4棟建っているのですが、上の画像2枚で、ほぼカバーはしている事にはなります。

 その都営白鬚東アパート(地上350mの天望デッキから)。
イメージ 4

こちらは、地上450mの天望回廊から。
イメージ 5

夕景(地上450mの天望回廊から)。
イメージ 6

夜景(地上450mの天望回廊から)。
イメージ 7

 視線を右に振って(地上350mの天望デッキから)。
イメージ 8
鉄道は、東武スカイラインに東京メトロ半蔵門線(東京スカイツリーの東隣の同線 押上駅は地下駅)が合流して、東武スカイツリーライン曳舟駅へ(左側線路)。そこに更に、東武 亀戸線(地上線路。分岐した先は写ってないけど)が合流します。
 一方、都営地下鉄と京成電鉄の押上駅も東京スカイツリーに隣接してます(地下駅。東京メトロの駅とは別)が、これは地上部に出て、京成線(右側線路)となり、京成曳舟駅へと続きます。

 なお、左側に道が二本、影を伴いながら続いていますが、これは、右側が国道6号線、右側が曳舟川通り。曳舟川通りの左側に曳舟川通りと平行して手前から続いている(途中で切れた様に見える)のは、小梅通り。曳舟川通りは、その名の通り、曳舟川を埋め立てたものですが、これは、もともとは運河ではなく、当初は上水路であって、本所上水、亀有上水と呼ばれたもの。越谷市の古利根川左岸(西岸)の溜井(現在は埋め立てられています。越谷市役所などがある辺りとされています)から分水し、はるばる水路で運ばれて来た訳です。1722年、お馬鹿な政策の所為で、上水としては廃止され、その後は、葛西用水として新田の農業用水ともなりました。
 いかに玉川上水とて、隅田川を越える事は出来なかった為(かと言って、当時から隅田川の水を、直接、上水とした訳ではなかった)、上水路を掘削したものです。掘削するに当たって、掘削して出た廃土を水路脇に盛って道としたところ、これが街道として機能し始めました。水路は、上水路として廃止された後、舟運にも使われる様になりました。明治以降、水路は埋め立てられましたが、街道としての機能は残り、早くから自動車道として整備された次第。
 で、この街道、荒川放水路で分断されるルートにあった訳ですが、今度は街道を橋で通す事に。これが、今に至ると新四ツ木橋として残るルート(橋に至るところで、不自然に曲がっていますが、その辺りはルートを矯正しているのかも知れません。が、国道6号線と分離して以降の東側は、親水公園として旧河川ルートがほぼ東京都内分、残されているので、そこは変わっている筈も無いところ)。一方、国道6号線は、四ツ木橋で荒川を渡ります。これが、荒川、中川の東岸で合流するので、夕方などの混雑時は、渋滞が頻発する訳。

夜景では、停車ランプが続いているのが目に留まりました。渋滞中です(いずれも、地上350mの天望デッキから)。
イメージ 9

イメージ 10

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レイ豚
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