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〜 「その1」(http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/60155386.html )から続く 〜 ☆★☆★☆ 散歩していて気付いた事。 ゴッホの展覧会の出口にあるミュージアム・ショップは5,000円以上の場合しかクレジットカードは使えませんが、他の場所では何の制限も無く、クレジットカード決済可能。ですので、図録(並装で2,200円)を買う場合、B1Fのショップに行けば、クレジットカードで買えます。また、入場券も企画展ならクレジットカード決済可能(HP上には、印刷すれば100円引きになるクーポンもあります)。もっとも、外部貸し出ししている展覧会の入場料(無料のものもあるが、展覧会入口で支払いのものも)はクレジットカード決済出来たか、どうか、は知りませんが。 B1Fのショップで何故か、こち亀(「こちら亀有派出所前」。漫画)の全巻(現在、137巻だっけ?)のセットを売っていた。意味不明(笑)。 同じくB1Fに、小林秀雄全集の「ゴッホの手紙」があった。 読売新聞社主催の「泰西美術展」から書き始めている著作だが、なかに「多くの人は複製などで絵画を見る様になっている」なんて事が書いてあった。この論を初めて読んだのはいつだったろうか?何か大学入試の模試で出て来たのが初めて見たときだった様な…河合塾の東大模試?? あんまり読書好きでもない、おいらとしちゃ、大学入試の模試で初めて目にしたものが、そのまま血肉と化している様なものも多い(モーツアルト評論三部作なんて、まさに、そう。ちなみに、ここで云う三部作は、世界的な三部作であって、小林秀雄は含まれない)。 当時は、「現代に於ける複製の持つ役割」について、素直に納得したものだった。でも…今や、物流、旅客の移動が欧米の範囲を超えて、まさに「グローバル」に発展した結果、そして日本が経済大国になった結果、ぱんぴー(「一般ピープル」)と雖(いえど)も、当時の小林秀雄よりは、遙かに、正確かつ豊かなものを目の前にする様になっている。勿論「体験の深さ」ってものは人それぞれで、目の前にあったものが豊かだからと言って、私やあなたが小林秀雄の知見よりも遙かに上を行く、ってものでも無かろうが、認識だけを採れば、小林秀雄よりは上を行く事は可能。小林秀雄のランボーの訳は、今から見れば「乱暴」で誤訳だらけだし、小林秀雄の認識には、色々誤解もあろう。何と言っても、作家論だけで、作品を見ているのか疑問な小林秀雄よりは、素直な現代人の方が、絵なり音楽の本当の世界に近づいている可能性はある。まあ、小林秀雄が言った様に「自分の内面から歌えば、作ったのが誰であれ、それは自分の歌」(小林秀雄は、こんな表現じゃなかった筈だが)。同じ内容でも、人様から教えられたものよりは、自分で発見したときの方が「深い」。全く、同じ内容でも、ね。「知っていた内容」でさえ、「再発見」と云うほどの意味を持つ。 「自分の目」で見る事は大事よね。でも、その結果は、冒頭に記した様な、「人大杉」なんだよなぁ。 でも、HPでの混雑予想だと「多少の混雑」。オルセー美術館展のときは、もう少し混雑していたそうだけど…この人たちの「混雑する」って基準を考えるとき、空恐ろしくなる。http://www.gogh-ten.jp/tokyo/outline/index.html の豚マーク(?!)の「混雑予想日」は、「多少の混雑」。「非常に混雑」って言ったら、どんな具合???! それにしても、私だって、関東地方に住んでいる幸運はありますが、今年、何回かゴッホの絵の現物に出会っています。宇都宮美術館でも別のゴッホ作品に出会ってます(この際の混雑度は、「適正」な範囲だったと思います。なお、この展覧会は世田谷美術館などにも巡回した筈なのですが、その際の混雑度は、知りません)。日本に住んでいながら、海外美術館所蔵の作品に、こんなにも出逢えるのって、1970年頃までは考えもしなかった様な…。日本にある作品も増えました。これらとバーターでの借り受けってのも、あるんでしょうね。 海外からの美術品の借り受け関して、国で最終的な責任を負う、てな法案が準備されてますけど、国民の利益に資する事でしょうね。いつかは、その「責任」を果たすべき事態が生ずる事を考えても。 ☆★☆★☆ なお、この展覧会は、東京では、あさって2010年12月20日までですが、その後、福岡(2011年1月1日〜2011年2月13日)、名古屋(2011年2月22日〜2011年4月10日)って、巡回します(http://www.nact.jp/exhibition_special/2010/gogh/index.html )。国内で、まだまだ、見る機会はあります。 http://www.nact.jp/exhibition_special/2010/gogh/index.html から100円引きの割引券を入手出来ますし、サントリー美術館、森美術館の同時期開催展の半券でも100円引きになります(クレジットカード支払い可能)。サントリー美術館では、明日2010年12月19日までの期間で「歌麿・写楽の仕掛け人 その名は蔦屋重三郎」展が開催されてます。書店やレンタルビデオのTSUTAYA(CCC=カルチャー・コンビニエンス・クラブ)は、この蔦屋に経緯を表して名付けたもの(系譜は全く繋がってはいません)。来年2011年4月5日〜2011年5月15日の期間、東京国立「博物館」 平成館では「写楽」展が開催される予定。 ☆★☆★☆ このゴッホの展覧会で、目玉焼きの描かれているものを見て「焼き過ぎよねぇ」って評してる方がいらっしゃいました。私、こういう評価、大好き。高階秀爾の評論だったかと思いますが、ミロのビーナスの像を見て、日本の農協とおぼしき団体さんのおっちゃんが「ええケツしとるのぉ」って感嘆の声を上げているのに接し、嫌悪感を高階秀爾が覚えながらも、「でも、自分がその人より深く、その造形を鑑賞したと言えるのだろうか?」って自問する場面があります。目玉焼きの焼き具合を、ここで云々するのは、絵の表しているものを、より深く心に留めたからではあるまいか?って思った次第。 別に、パネル展示で書かれている通りの事を感じなきゃイケナイ訳じゃありません。絵がよく見えない時間は、絵を見る女子高生や、お姉さん方や、場合によっちゃ、オジサンを鑑賞していたって構わない訳で。同時に時間と場所を共有された方々、レイ豚さんを、楽しく鑑賞していただけましたでしょうか? 「花を見ている。花も見ている」「豚が見ている。豚を見ている」。そう言えば、花の言葉を発したのは、小林秀雄だったか、川端康成だったか。川端康成のノーベル文学賞受賞時のスピーチだったかも知れません(「美しい日本の私」)。が、川端康成は、現代だったら、青少年健全育成条例違反(淫行)で確実に刑務所送りにされたに違いない人物でもあるんですよね。みんな知ってて、蓋をしている「不都合な真実」。 ゴッホの最晩年、自ら望んでサン・レミの精神療養所に入院しました。発作があったそうですから、何らかの遺伝的か器質的要因が絡んでいたのでしょうが、絵を(http://www.gogh-ten.jp/tokyo/works/chapter6.html 参照)見る限り、両方向のエネルギーが衝突する鬱の典型的な症状。でも、そのエネルギーを以て、ゴッホは現代芸術の扉を開いた訳です。 現代では、印象派の後に続く人々をポスト(「後」の意)印象派と分類します。ゴッホも、ここに分類される事もあります。かつては、後期印象派と訳される事もありましたが、前期・後期と云った問題ではなく、印象派の後に続く人々。20世紀は、もう直ぐそこ、です。 …色んな種類のポスターを作ってますね。 柏から国立新美術館も、直ぐそこ。東京メトロ千代田線(常磐線 鈍行)で行けば、1本。国立新美術館と地下鉄の乃木坂駅出口は直結してます。
まあ、北千住で乗り換えた方が早く付きますけど。帰りは、千代田線で座れれば、そのまま柏へ(寝過ごして取手に行っても知らんけど、乗り過ごしても、取手までw)。 |
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2010年12月18日
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2010年12月の柏レイソルのイエローハウスは、2010年12月23日応募締め切り、2010年12月25日開催、だそうです(http://blog.reysol.co.jp/news/2010/011436.html )。スゴイ日程でやりますなぁ…クリスマスに予定の無い方の救世主??? 云ってみようか知らん♪ 2011年1月22日には、サポーターズ・カンファランス(http://blog.reysol.co.jp/news/2010/011459.html HP上の表記だと、中黒は無い…)も行われますが、あんな大勢だと質問も当ててくれるか、どうか、判りませんからね。 イエローハウスと言えば、日立台2丁目には「ホワイトハウス」もあるんですよ。グーグルの地図で、詳細なのを見て行くと、日立総合グラウンドの西側に、簡単に発見出来る筈。白い外壁のアパルトマン(アパートメント・ハウス)でございます(笑)。 ☆★☆★☆ ところで、ここで、「イエローハウス」と言うのは、「黄色い家」の事。フランスのアルルに、ゴッホが借りて、ゴーギャンと共同生活をした家で、明後日2010年12月20日までの会期で、国立新美術館(六本木)に、そのうちの1部屋を描いたゴッホの絵「アルルの寝室」の第1作(1888年。オリジナル)の現物が来ていて、その向かいにその寝室が復元されてます。 ちなみに、「アルルの寝室」は、このオリジナルを元にして、ゴッホ自身がコピーを2作制作しているそうな。 ちなみに、ゴッホとゴーギャンが訳6ヶ月間共同生活を行った「黄色い家」は、第二次大戦の戦災で消失。敷地は、そのまま公園となっている様ですが、復元はされていません。いつか、日立総合グラウンドに復元を…ファナックさん(社の全ての建物は黄色い)、資金を出してくれないかな(笑)。 ☆★☆★☆ いやあ…人大杉(多過ぎ)。世界的な名画を集めた展覧会で、最終日に近いので、当たり前ではあるんですが…地方の展覧会なんかで見るのと違い、絵に寄って行くのでもだいぶ時間を取られてしまう。挙げ句は、絵の真ん前にいる人が、その絵の真ん前に来るまでに、その絵に飽きてしまい、目の前の絵を見ずに、次の絵の行列に並ぶかのごとく、あさっての方向を見てる…みたいな事態まで。 滞在時間の何分の一、絵に集中出来たのか…。最後に、会場を1周してみましたが…いやぁ、モノスゴイですな(笑)。 人を見てる方が面白かったりして…女子高校生の、ちょっと見ない感じの人がいて、帰って来て、昨日2010年12月17日の「スタジオパークから こんにちわ」の録画を見て、仲里依紗(最初にこの人を意識したのが「誰も知らない日本語」で日本語教師の役だったりしたので、昔ながらの日本人形みたい…って思ってたのに。ちなみに、私は朝青龍を見て、大和男児の典型タイプに感じたりしますがw)がスウェーデンのクオーターだって知って、あの子もそんなタイプかな?と思ってみたり。 ☆★☆★☆ 展示されている絵や版画は、大部分、フィンセント・ファン・ゴッホ財団(ファン・ゴッホ美術館)とクレラー・ミュラー美術館(オーテルロー。グレン・ミラー楽団の方なら馴染んだ名前だが)の所蔵品なんですが…ってよりも、実は、両美術館の企画による展覧会。こうして、場所を変えて見せるのは、場所貸しを本務とする新国立美術館ならでは。この国立新美術館は、所蔵品を持たず、展覧会場としての機能しか持ちません。 だからこそ、英語名称もmuseumと云う言葉は使わず、National Art Center, Tokyo 。 こうして、ゴッホの作品を並べて見せられると、途中から「ゴッホって何年に生まれて、何年に死んだんだっけ?これは、それで何歳のときの絵?」って思わずにいられない。そこで、初めて、それを気にして見出すと、この展覧会が、初めから、それを意識した構成になっていた事に、やっと気付きました。まあ、あんまり詳しくない人間なんて、そんなもの。 で、そうやって見たとき、驚いたのが、私たちがゴッホの作品として親しんでいるのは、ほとんどがゴッホの人生(1853〜1890年の37年間)の最後の6年間ほどの間に作られた作品だって事。これに気付いたときは、驚きました。この展覧会の冒頭に、1883年の作品と亡くなる前の1890年の作品を並べてます(http://www.gogh-ten.jp/tokyo/works/chapter1.html 参照)が、そう云う意図があったんですね。 もともと、ゴッホ自身、牧師見習いやら画商の駐在員やら本屋店員やらの職業を転々とした挙げ句、画家になろうと志したのが、27歳になった時点かららしいですから。そして、秀作時代を経て、1880年代を駆け抜け、自殺。弟のテオも翌年病死。ゴッホが世間に認めら始めるのは、兄弟の死後数年が経ってから、です。 人によっては、1881年11月末から制作された「麦藁帽子のある静物」(http://www.gogh-ten.jp/tokyo/works/chapter2.html 参照)なんかをゴッホの作品として記憶に留めている人もいるでしょうが、私にとっては、ゴッホと言えば、1884年11月の「女の頭部」や「白い帽子を被った女の頭部(ホルディーナ・デ・フロート)」(http://www.gogh-ten.jp/tokyo/works/chapter3.html 参照)以降。たった6年が、私の知っていたゴッホの作品の制作期間のほぼ全てだった訳。ビックリ。私はゴッホの生涯(37年間)よりも長い間、ゴッホの作品(複製を含めて)を目にしながら生きて来ている訳でして。 ☆★☆★☆ あと、ちと驚いた事として、ゴッホが弟テオに宛てた手紙ですが、フランスにいる期間のものは、フランス語で書かれているみたいに見える事。手書きなので、判読の手間も掛かり、全部を読んだ訳でもありませんが、フランス語として読んで行く事が出来ます。 ゴッホはオランダ出身なので、てっきりオランダ語で書いているものと思ってたのですが。私はオランダ語は解しませんが、私の印象では、オランダ語ってドイツ語に近いもの。構文も、そんな感じ。そしてドイツ語がsで語を繋いで行く事が出来るのと同様、語が繋がる事が多く、会社形態のBVの正式綴りなんて確かアルファベットで21文字程度(12文字だったかな?)ヅンズラヅンズラとアルファベットが並び、見ているだけで頭が痛くなる代物。もっとも、オランダは小国です。歴史に名を残す国とは言え、小国故、重商主義が今にまで続く国。オランダ人は、数カ国語を普通に話す人が珍しくも無いのが実際。私も(まあ、ビジネスマンだからか)オランダ人とは英語でしか話した事がありません。そんでもって、オランダ人の英語は、通常、ドイツ人の平均的な英語力とは比べ物にならないほど、上手。ドイツは大国だからか、英語に近い言葉だからか、発音はドイツ語風の人も多い(話していても、英語だと判らず、仲間うちでドイツ語を話しているものと無視しちゃった事もあったほど)。また、すごい人になると、英語を書くのに、ドイツ語を逐語訳する人もいますし、ドイツで売ってる英語からの翻訳本には逐語訳としか思えないものもある。ドイツ語を英語に逐語訳されると、ドイツ語の分離動詞を訳したところで、英語でヘンナ位置に前置詞が出て来て、訳が分からなくなる事が多いんですが…。ちなみに、ドイツ人のマルクスがロンドンで書いた「資本論」の第1巻の原語は英語です(笑)。ドイツ語では、ありません。 とにかくオランダ人は、語学についちゃ、モノスゴイ(もっとも、三田のオランダ大使館に行っても、日本語で公的な用事を足す事は出来ませんが)。んでもって、ゴッホ自身も、(画商の駐在員として)ロンドン駐在の経験もあれば、ロンドンで語学教師をしていた事もある。でも、フランスに住んでいると、親族への手紙もフランス語になっちゃうとは…勿論、私がオランダ語を解しないので、フランス語と思い込んでいるのかも知れませんが。 そう言えば、先週だったか、スペインと日本のハーフの人と話していて「ゴッホ」の話をしたら、全く知らなんだった。その人は日本で教育を受けた経験はありませんが…きっと、発音が違ってたのかとは思いますけど、ね。英語圏の人に「バッハ」の事を話しても、下手すると「ゴッホ」の事を話しても、「知らない」って言われる事、ありますから。「バッハ」(Bach)は英語だと「バック」ですし。 大昔だと気象現象と考えて「エル・ニーニョ」や「ラ・ニーニャ」の話をスペイン出身の女性との話で話題に出したら、口説いてるのと誤解された事があった。どっちもスペイン語では冠詞+「赤ん坊」の意味ですから(爆)。What do you mean by 'el nino' or 'la nina' in Spanish?て訊いたら、Baby.て答えたのに、こちらが面食らった。日付表記や小数点表記だけでなく、外国はメンドイもので…中国人の有名人の名前なんて、英語で出て来ても判らない事が結構あります。モウ・タクトウさんなんて、日本語でしか通じません(笑)。 ☆★☆★☆ また、ゴッホが収集したと思われる浮世絵(フィンセント・ファン・ゴッホ財団=ファン・ゴッホ美術館 蔵)も出展されていましたが、保存状態のいいのに、ビックリ。収集当初から「美術品」として管理されていたのが判ります。ゴッホ自身が所蔵したのは、死亡するまでの数年だとしても。 ☆★☆★☆ 普通ならば、展覧会は一度見終わった後に、もう一度、印象深い作品を見直したりしているのですが、今回は余りの人出に、そんな気力も出ずに退散。 と言って、他の展覧会を見て…てなエネルギーも体内に残っておらず、美術館の中をちょっと散歩して帰って来ました。 何せ、この展覧会の念のエネルギーの影響で、空間が歪んでおり、私は、その歪みに耐えきれず。こんな具合。 何の事はない…当初からの、単なるデザインですね。 ☆★☆★☆ 〜 ヤフー・ブログの記事の文字数制限 5,000字を超えてしまったので、記事を分け、以下「その2」(http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/60155403.html )に続く 〜
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日立柏サッカー場の改修については、株式会社 日立柏レイソルの社長の河西晋二郎氏が2007年10月頃の「東葛よみうり」紙上でのインタビューで「改修の方向」を発表(http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/49985115.html 参照)、その後、2008年1月のサポーターズ・カンファランスでも検討している事を明言しました(議事録のURLは発表時は、http://blog.reysol.co.jp/news/2008/01/2008_6.html 現在は、削除済みと思われる)。が、2008年4月末景気動向による資金面の問題などから一時中断のやむなきに至っていました(発表時のURLは、http://blog.reysol.co.jp/news/2008/04/post_131.html )。 ところが、エル・ゴラッソなどで柏レイソルの優勝決定時に柏市長を取り上げた記事が出、その際の発言で「日立柏サッカー場の改修時には協力を惜しまない」との言葉があったのを受けてか、柏市議会で質問が2010年12月9日、出ました(http://www.city.kashiwa.lg.jp/assembly/broadcast/chuukei.asp から2010年12月9日13:00〜14:00、古川隆史・市議の質問の部分で見る事が出来る。私は、まだ見てないけどw)。 これを報じた朝日新聞2010年12月1日付朝刊第27面【千葉東葛版】。 ウェブ上では、http://www.asahi.com/sports/fb/TKY201012090463.html 。この記事の画像は、カーソルを合わせてクリックすると、別ウィンドウで大きく表示されます。 ☆★☆★☆ 日立柏サッカー場の敷地は、第1種低層住居専用地域に指定されています(用途地域図http://www.city.kashiwa.lg.jp/cityhall/sosiki/B_TOKE/TOKE_TOK/kasiwa_matidukuri/youto/youto.htm から)。柏市では、この指定だと、高さ7m超の建築物は日影規制の対象になります。まあ、近隣と言っても…日影規制の対象になるのは限定された区域だけで、ほとんどは日立柏総合グラウンド内ですけどね。 建築確認やら何とかで、柏市としちゃ協力する、って事かと思います。指定替えをするとしたら、県の権限となります。 でもって…2010年12月16日、事業計画等計画公開板が日立柏総合グラウンド敷地際に立ちました。 既存部分が何を指すのか(特に、高さ。メインスタンド?)など、私には意味が把握し切れないところも多いのですが、先ずは、「立った」と云う事実と内容を画像でお知らせ。 計画公開板場所は、私の見たところ、次の地図に赤丸で示した3箇所(当初、2箇所と書いていましたが、その後、南西側に看板を発見)。 北側は、お散歩している犬の糞を、脇の落ち葉のところに捨ててゴマ化す飼い主さんがいるみたなので、計画公開板だけを見て足元への注意が疎(おろそ)かにならない様、ご注意下さい。 ☆★☆★☆ 計画公開板の内容は、朝日新聞が報じた市長の発言とは、工期などの点で若干齟齬も見られますが、まあ、誤差の範囲内。 ここで、近隣から問題になるとしたら、次の様な事でしょうか。 (1) 試合時の騒音(スタンドの高さが高くなる事で、南側住宅地の名戸ヶ谷1丁目方面への騒音が漏れる可能性) (2) 試合時の振動(建築支持地盤をどこに置くかなどで、試合時の振動が周囲に伝わる可能性がある。大阪の長居スタジアムで振動が問題になった経緯あり) (3)電波障害(現行の日立柏サッカー場もTVの共同視聴設備を持ち、有線で受信電波を渡している。地デジやらスカイツリーの建築やらで条件自体が変更されている最中ではあるが…) 日影規制や何やらで、周囲からの文句を受けにくい、敷地の真ん中の方での改修にした、と見えない事もありませんが、そこにすればしたで、また問題てものは出て来るもので…。 私の自宅も、上の地図の外枠に掛かるか、掛からないか、の位置(実際には地図の外)にありますので、利害関係者として、計画の詳細を問い合わせる電話してみようかな…(笑)。 ☆★☆★☆ 以上、ヤフー・ブログ日立台駐在員のレイ豚でございました。
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