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この記事は、葛西臨海公園との見る角度の違いを示す、この画像から始めましょう。 で最後に示した画像です(地上350mの天望デッキから撮影)。 この記事の画像は、PCの場合、カーソルを合わせた際に右下に表示される+マークをクリックすると、別ウィンドウで大きく(実際は、UPした際の画像の大きさで)表示されます。画像自体にカーソルを合わせただけでクリックしても、別ウィンドウで画像は表示されますが、その大きさは、記事に表示されているもの同じとなりますので、ご注意下さい。 スマホの場合は、画像自体をクリックすれば、画像が拡大表示されますので、画像の範囲を移動させながら部分を見て行く事となります。 JR総武線 錦糸町駅が手前に見え、その先に、東京ゲートブリッジがあり、更にその先に、対岸に房総半島の灯り(工場夜景かも知れんけど)が見えています。 左側には、荒川(荒川放水路)の向こう側に、葛西臨海公園の観覧車が見え、荒川河口には、荒川湾岸橋が架かっているのが、照明灯で判ります。錦糸町駅の向こう側の左側には、猿江恩賜公園の暗闇と灯りが見えています。 これが、おおまかな位置関係。墨田区、江東区の街路は正確に東西南北を向いている訳ではなく、ほんの少しずれていたりするのですが、おおよそ碁盤の目状に広がっているのが判ります。これは、江戸時代から続く、隅田川東岸の町割。明暦の大火(1657年)後の市街地の拡大は幕府の計画によるものであり、先ず町割(と運河)が先行しました。無計画な拡大ではなかったのです。 昼間、東京スカイツリーから撮影しているうちは、この様な町割には興味を持てず、ほとんどスルーしていました。興味は、主に、その先のものにありました。最も興味があったのは、東京湾の先の房総半島の先と三浦半島の先の見え方と、その前に広がる東京湾の見え方。房総半島の先と三浦半島の先は、肉眼では辛うじて判別出来たものの、デジカメで撮影した画像では、判別がほとんど不能。きっと、ピントの合い方の所為でしょう。 で、そこを映した積もりの画像に「写っている」(そこから認識出来る)ものは、こんなもの(地上450mの天望回廊から撮影)。 ここから私が読み取れるのは、新木場と、その先の東京ゲートブリッジ、そして、中央防波堤と呼ばれる、所属先未定の埋め立て地くらいのものです。+マークをクリックして拡大すると、その先に、東京湾アクアラインの換気塔である「風の塔」(の影)が見えます。その左には、東京湾アクアラインの海ほたるパーキングエリア(影にしか見えませんが)と、そこから続く木更津金田IC(木更津市と袖ケ浦市の市境辺り)に続く、東京湾アクアラインの海上部が見えます。橋脚が写っています。その先は木更津市と袖ケ浦市の市境辺りとなります。 中央防波堤などは、整形された敷地の筈なんですが、意外と、無計画に広がっている様に見えてしまうのが不思議なところ。 新木場と東京ゲートブリッジに、もう少し寄って撮影したもの(地上450mの天望回廊から撮影)。 ここでは、+マークをクリックして魁題表示すると、風の塔ももう少しはっきり判りますし、海ほたるの形も特徴的なものが確認出来ます。 ほぼ同じ辺りの夜景(地上450mの天望回廊から撮影)。 これだと東京湾を挟んだ、対岸の夜景も見えます。左側は房総半島で間違いないものの、間に開いているのは房総半島と三浦半島の先にある東京湾開口部なのか(この場合、右側は三浦半島)、単に、無人の海岸なのか、判然としません。この辺りに、開口部があるのは間違いないとしても、画像と見較べて、「この範囲」とまでは確言出来ません。 なお、東京湾アクアラインの海ほたるパーキングエリアと、そこから木更津金田IC(木更津市と袖ケ浦市の市境辺り)に続く、東京湾アクアラインの海上部の照明も、ぼんやりとですが視認出来ます。 で…もう一度、広い視野に戻って見てみたのが、次の画像。残念ながら、右の方の対岸の照明が途切れているのか、それとも、曇っているのかで、よく判らなくなっています。故に、東京湾開口部も確言出来ません。地上350mの天望デッキからの撮影です。 オマケ。
大横川親水公園と、その先の大横川(地上450mの天望回廊から撮影)。江戸時代からの運河であり、横川があれば竪川がある道理で、大横川は主に南北に通りますが、竪川は東西に通っていました。今は竪川は西側でこそ首都高 小松川線の高架の橋脚が立ちながらも水路として存在していますが、東側の大半は埋め立てられて「竪川第一公園」「竪川親水公園」「竪川河川敷公園」に名を残す程度になっています。大横川の終点に見える辺りの右側に広がる緑地が木場公園。 とにかく、江戸時代、今の墨田区、江東区に当たる区域の陸地は縦横に運河が通っており、舟運で結ばれていたのです。大横川の始点となるところは、大横川親水公園の終点となるところでもあります(そのちょっと手前左側に、JR総武線 錦糸町駅前のビル群が写ってます)が、そこには先に述べた様に、首都高 小松川線が通っていて、そこの左右には、まだ首都高 小松川線の高架下に竪川の水面が残っています。また、その先でも、画像では大横川の終点に見えるところ(実際は角度を付けて曲がっているだけ)では、仙台堀川(人工運河)と(こちら側から見る限り)直角に交わっていますし、実は、そこに至る手前でも小名木川(人工運河)と直角に交わっています。仙台堀川との交点の右側(西側)に広がっているのが、木場公園。仙台堀川の南北に分かれて存在し、北端には東京都現代美術館があります。 |
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2018年11月07日
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ここでは、東京スカイツリーで見たもののうち、大きなまとめに入らなさそうなものを集めて、記事にしちゃいます。 まだまだ書いていない事はあるのですが、何が見えているのか確定出来ないものも多く、記事が後回しになっている中、簡単にまとめられるものを、ここで先にUPしちゃう次第。 最初に…晴れていれば、誰でも目に付くもの。東京スカイツリーの影(地上350mの天望デッキから)。 荒川、中川の手前に建つ煙突は墨田清掃工場、その手前にある半円形の建物は、すみだスポーツ健康センター。墨田清掃工場の煙突の根元と重なって、急中川の水面が見えています。 実は、ここから視線を少し右に振れば、蔵前橋通りが荒川、中川を渡る平井大橋や、JR総武線の橋梁がある筈なのですが、そこから京葉道路の新小松川橋、首都高 小松川線の荒川大橋までの視野角の画像が、どう探しても、私の撮影した画像の中に出て来ないのです。ここら辺、全く私の興味を惹かなかったものらしい。見えていても、見ようとしなかった結果。お恥ずかしい次第。 上の画像は、日影であり、東京スカイツリーによる日照の障害の被害とも言えるものですが、荒川や中川を越えて、影が伸びているのに驚きます(17:00頃の画像。地上350mの天望デッキから)。やろうと思えば、かなり厳密な日時計が出来る筈なのですが、現代人は、そんな事しなくても、時刻は入手出来ますからね。ここから日時計を作成しようとする人は、無駄な努力と言われちゃいますね。 日影があれば、日向もある訳で…こんな風に水面に日の光が映る如く、ビルにひときわ強い反射が(地上350mの天望デッキから)。 まあ、太陽に向かえば、撮影者も強い日光を受ける道理で、カメラがガラス(?)に映り込んでいます。 上の画像で、隅田川の手前、太陽の反射の左側に建つ、白い建物は、歯磨きなどで身近な、ライオンの本社。+マークをクリックして拡大して見ると、白い建物にLIONの文字が認められます。 花王の主力工場も墨田区にありますし、今や花王の傘下にしか名前の残らないカネボウも、もともとは鐘淵紡績で、墨田区の鐘ヶ淵(ちなみに、鐘ヶ淵の名は伝説に由来し、本来の鐘ヶ淵は今や荒川の下?)に主力工場を置いていた会社。アサヒビール(元・大日本麦酒)の主力工場も吾妻橋のたもとにかつてはあった訳ですし、墨田区は、明治期以降、東京の工業の中心地域だった時代があるんです。 夕陽の様相を呈し始めた日の光と新宿方面。右側に東京ドームも見えます(恐らく、地上450mの天望回廊から)。 〜〜〜 〜〜〜 でもって、地上450mの天望回廊に上れば、地上350mの天望デッキも見える道理で、天望回廊(450m)から天望デッキ(350m)の屋根を望んで。 全ての方向で、この様な画像を撮る意義はあったのでしょうが、私は、この方向でしか、こうした画像は撮っていません。天望デッキの先に見えているのは、東武スカイツリーライン(かつての伊勢崎線の一部、浅草駅〜東武動物公園駅 間を、会社側が上から通称化)。 もう1枚。 何が違うか?と言われれば、塔体側で写っている物がある事と、ウォーリー1匹(←後の方、ウソ)。 上からの画像があるならば、下からの画像もある道理。で、2018年10月23日から開始された、スカイツリーテラスツアーとか云うもの(平日のみ。2,500円、但し、スカイツリーのチケットを購入済み、もしくは同時購入の場合は1.700円…料金の点、http://www.tokyo-skytree.jp/press/post/338 にリンクされている事前案内と異なる)に、別途参加した際に撮った画像。 地上155m地点の作業用テラスから地上350mの天望デッキの床下を見ている事になります(下で、修正する事になります)。天望デッキには、透明な強化ガラス製(?。結構傷が付いていたので、アクリル製かも)の床があって、下が覗ける様になっています(東京タワーにも同趣旨のところがあります)が、そこが写っているかどうか撮影した画像をチェックしてみましたが、よく判りませんでした。200m先の幅1m程度のものを探すのは結構難しいからか、見分けが付き難いだけなのか。 スカイツリーテラスツアーは地上155mにある作業テラスを用いて行われています。それって、この画像のどこら辺にあるか、見当が付きますか? 拡大。 補助線を引いてみます。 作業テラスは、黄色い矢印の先と、白い矢印の先とありますが、黄色い矢印の先。この事は、http://www.tokyo-skytree.jp/press/post/338 にリンクされているpdf文書からも判ります。 でもって、この色の照明(テラスツアーのガイドさんの言では、この照明パターンは「雅」の由)が、先のスカイツリーテラスツアーで内側から見えていた訳です。 …って事は…さっきの地上155mの作業用テラスからの画像は、天望デッキの床下ではなくて、155mの作業用デッキの更に上にある、作業用デッキの床下。強化ガラス製の穴なんて見えなくて、当然なのでした…チャンチャン。 東京スカイツリーを建設初期から追って来た「すたこら」さんによると、地上155mの作業デッキの上にある作業デッキは地上250m地点にあるそうです(https://blogs.yahoo.co.jp/skytree_sasaki/37573233.html の2018/11/7(水) 午前 7:54のコメントから)。 ちなみに、東京タワーのデッキは、地上150mと地上250m地点にあります。東京スカイツリーは、ほぼ海抜0mの地点に建っています(高度成長期の地下水汲み上げによる地盤沈下の影響もあります)が、東京タワーは小山の上に立っていますので、標高では東京タワーの地上150mのデッキの方が、スカイツリーの地上155mの作業用デッキよりも高いのは明らかですが。 で、その地上250地点のデッキ(上の方の作業デッキ)から上をば。 〜〜〜 〜〜〜 なお、今や、東京スカイツリー周辺の建物は、北向きであろうと、東京スカイツリーへの眺望を確保しているのが常ではありますが…そんな中、東京スカイツリーより前に建てられた建物の中には、そっぽを向いてしまったかの様な残念な建物も(地上450mの天望回廊から)。 手前(の向こう側。白いマンションの向こうに、空き地を挟んで建つ建物)にある、赤みがかったクリーム色にも見える建物。小森コーポレーションの本社。1990年代に建てられたものですが、ほぼ眺望は、向こう側のみ。 …とは言っても、ここの大人の事情は、私も20年以上前は、今の東京スカイツリー駅や浅草駅を最寄り駅として通勤していたので、それなりに知っています。東京スカイツリー側に都職員住宅(直ぐ前にある、東京都下水道局の職員用?)や、民家があった為、民法235条の趣旨の目隠しとして、眺望を遮断したもの。致し方なかった訳ですが、東京スカイツリーから見ると、都職員住宅は、現状、取り壊され、空き地。何かが後に建つ為の準備をしているかに見えます。約20年を経て、状況は変わってしまった訳です。
ついでに言うと、小森コーポレーション(当時の商号は、小森印刷機械株式会社)は、本社を建て替えるに当たり、裏の都職員住宅の建替えも同時に行い、一つの建物にして、管理替えなどで、その一定割合を墨田区の庁舎にしたらどうか、との申し入れ(当初は、もしかしたら、近くにある同社所有地と都職員住宅敷地とのバーターや、それに類する何かの話だったのかも知れませんが)を1980年代後半に行い、同社、都、墨田区の三者で交渉していた経緯があります(知らない人も多いと思うけど。当時、小森コーポレーションから交渉に出て来ていたのは、当時の社長<故人。小森一郎 氏>と当時の総務部長<三澤 慶三 氏。当時、クボタから出向。後に、第三セクターとして出発する事になった関西国際空港に転出>だった筈)。その後、結局、墨田区庁舎はアサヒビール工場の跡地に、高層ビルとして建ちましたが、当時の交渉がまとまっていたら(まあ、使える面積がもともと小さいので、難しかったでしょうが)、墨田区分庁舎が、ここら辺に出来ていた可能性もあった訳です。 |
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東京スカイツリーからは、両国国技館や江戸東京博物館と、そう離れていない方向に、東京タワーが見えます。地上450mの天望回廊からの撮影。 この記事の画像は、PCの場合、カーソルを合わせた際に右下に表示される+マークをクリックすると、別ウィンドウで大きく(実際は、UPした際の画像の大きさで)表示されます。画像自体にカーソルを合わせただけでクリックしても、別ウィンドウで画像は表示されますが、その大きさは、記事に表示されているもの同じとなりますので、ご注意下さい。 スマホの場合は、画像自体をクリックすれば、画像が拡大表示されますので、画像の範囲を移動させながら部分を見て行く事となります。 右側に流れているのは隅田川、左端には東京湾、東京タワーから手前右側には日本橋〜丸の内の高層ビル群が並んでいます。 向こう側に見える高層ビル群がどこに当たるのか、はまだ不明です(汐留+浜松町+田町+品川?)。 夕陽に照らさせて、一部だけ光る東京タワー。
夕闇に沈み行く東京タワーと高層ビル群。
照明が目に付き始めた頃の東京タワーと高層ビル群の夕景。 少し水平が傾いているかも知れませんが、天望回廊は、緩やかに傾斜が付いていて(傾斜+水平の段々状かと思います)、この辺りの通路は傾斜のある区域なので、デジカメを固定する為に手すりに頼ってしまうと、必ず画像が傾く運命にあるんですが…。 夜景。 今までの画像でも注意深く見れば判った筈なのですが、この画像では、虎ノ門タワーが東京タワーから少し離れた右側に見えてます。 もう少し視野を広めに採っての夜景。 この最後の画像だけ、地上350mの天望デッキから撮影したものです。他は、全て、地上450mの天望回廊からのもの。差が分かりますか?(笑) 〜〜〜 〜〜〜 なお、他の画像を見直しているうち、私にとって衝撃的なものを見付けました。それは、これ(上の画像でも、見えていた筈なんですけどね。そこにあったからと言って、もしくは、そこに写っていたからと言って、それが見えているとは限らない、って事)。これも、地上350mの天望デッキから撮影したものです。
東京タワーの右側直ぐに、先っぽが狭まった様なビルが2棟見えます。これは、愛宕山の東側に建つツインビルで、北側がフォレストタワー、南側が愛宕MORIタワー。過去、これを見ながら通勤していた時代が私にはあるので、馴染み深い建物です。愛宕山下東側にある青松寺が、寺の建替費用とメンテ費用を賄う為に、貸したか売ったかして敷地の一部を明け渡して建つもの。だから、両者の間に青松寺が挟まってます。 でも、こんなに、高さに差があるものだとは思っていませんでしたので、本当の高さの差なのか、位置の差だけで見掛け上、こんなに差が生まれるものなのか、との驚きが1点。更なる最大の驚きは、この二棟の建物は、どちらも東京タワーの近くに建っていますが、東京タワーより北側(東京スカイツリー寄り)、かつ東側にあるので、てっきり東京スカイツリーから見て、東京タワーの左側に見えるものとばかり思っていたのに、実際には右側に見えるんだ、って驚き。ちょっとした(と思える)角度の差で、こんな見え方をするものなんですね。ビックリ。 |

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