黄色い蛇足@日立柏酒場裏

2019年9月以降は、https://reywa.blog.fc2.com をメイン(主たる)・ブログとします。

My opinion

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 ここでは、My statementとは異なり、何かの事件や記事に対する意見を載せます。外部的な何かに対応してのものと云う点がMy statementと異なります。
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 国会議員の報酬は、年間2,000万円程度らしい。この報酬が高いか低いかの議論は当然あると思う。けど、「報酬の中で選挙の為の費用も賄わないとイケナイので苦しい」って声に対しては、それは本音ではあろうけれど、「現職でない者との公平の観点からは、そんな事まで国民が面倒を見てやる必要は無い」と言っておきたい。

 国会議員の報酬は、何年目の議員であろうが国会議員であれば同額。等しく国民の代表だから、って論理で、杉村大蔵であろうが(←もう国会議員ではないので、ここに名を挙げるのはどうかと思うが、他に例として誰にもワカル名を挙げるのが難しいので…)小泉純一郎であろうが小沢一郎であろうが同額だった訳だ。それは、まあいいと思う。致し方ない問題。

 でも、国会審議拒否とか(現在の自民党とか)、出てこない議員(小沢一郎とか)の存在を見ると、国会の出席も報酬に反映させるべきだと考える。また、何故出るのか不明な賞与とか、2009年8月30日に選挙があったので1日も国会に出て来ちゃいないのに月額全額が支払われる制度とかヘンナ制度は沢山ある(一般の公務員でも、全額は支払われるが、後で調整が掛かった筈と記憶する)。

 国会議員の報酬が高過ぎるから削減する、なんて、自民党も民主党も選挙の際に言っていた様な記憶もあるんだが…。

 そこで、提案。あんまり複雑なもんじゃないんだが…。

(1) 国会議員の報酬は月払いだけにする。賞与(いつ解散するかによって貰えるかどうか、が変動しちゃう。今回の解散は賞与を貰った後だった筈)は廃止。

(2) 月払いは在籍日数に応じてのものと、国会審議に出席した日数によって変動するものとにする。在籍日数に応じた部分は、当月分を一度先払いして、後で調整。国会出席日数に応じた部分は翌月払いにしたら、よかろう。
 公務員の給与が、残業分は翌月払いになっているのと同様に処理すれば済む。
 1日から在籍していた場合は、全額を支払い、辞任や死亡、解散で調整が必要になった場合は、翌月分で調整(2ヶ月国会出席が無かった場合、返納の必要も出て来るが…返納しなかった議員は選挙で当選なんて出来ないだろう)。

 閣僚の仕事なんかで欠席せざるを得ない場合は、閣僚の報酬の方で調整すれば済むだろう。

(3) レートに関しちゃ、現行を大きく変えずに少し削減と考えれば、在籍分3万円、出席分1日2.5万円で、どう?

 6万円×365=2,190万円→現在より少し増額

 実質、現在は180日程度の国会審議なので

 3万円×365+3万円×180=1,635万円→現在より大幅減額

 レートは別に、万円単位で無くともよいし、比率も在籍分と出席分が1:1でないとイケナイって理屈も無いので、この考え方で、金額を調整してもいいだろう。

 また、現実には会期は180日あっても、曜日でお休みの日が含まれての会期だ、って議論もあるでしょう。一般の人だって、1週間1日のお休みは労働法上認められてるし、週休2日の人も多い訳だし。そこは、レートで調整していいと思う。

(4) この考え方に対する批判は、「審議拒否も立派な国会活動だ」って議論。けど、それで報酬を貰うの?それは違うでしょう(笑)。在籍分についても、報酬は払ってるんだから、さ(爆)。

 何より賞与の支払時期や在籍の日割りの割り切れ無さが解消されるんよ。いい制度でしょ?

 また、「本会議や委員会が同日に開催される場合(←現実に、どれほどあるのか?)に、片方だけ出て片方を欠席したら、どうするの?」って議論もあると思う。その場合は、全額出してもいいと思うけど、国会の自律でどっちに決めてもいいと思いますよ。

 ☆★☆★☆

 でも、こんなところから「無駄の削減」を初めて欲しいもの。また、議員宿舎なんて衆議院と参議院とで別々に建ててる必要なんてあるの?

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〜 「その1」(http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/58545214.html )から続く 〜

7) 6の観点から見ると、現在の東京都の豊洲移転案には重大な問題があります。

 それは、現在の築地の使用床面積より、豊洲の新施設の予定床面積の方が小さい事。かつて、TBSの日曜13:00〜14:00の噂の東京マガジン(2007年1月7日放送)が報じたところですが、そのアーカイブ記事は既に同社HPからは消えてしまっています。

 現在の築地市場は、底地の敷地で使用料を取っており、その上にどんな建物を建てるか、は業者に委ねられています。東京都は関知していません。そして、豊洲新市場は、勝手な増築を許さない、一続きの建築物ですが、その予定床面積の総計は、現在の築地の現実の床面積を下回るそうです。少なくなるのは、主に仲卸業者の使用部分。
 これは、仲卸業者の数に関する東京都の予想によります。仲卸業者は、廃業が結構多く、業者数は減少の一途を辿っています。だから、現在の築地の使用床面積より小さくても問題は無い、って見解らしい。私は、この役人らしい勝手な予測の確度(信頼性)を疑う者です。
 何よりも完成時期によって業者数は大きく違うのではないか?、また、現在は通路などの所為で無駄な敷地使用があるにしても、物流主体で床面積を使えば、業者平均の使用床面積が増えるのではないか?
 逆に、豊洲に入れなかった業者は廃業に追い込まれる他ないのか?だとしたら、豊洲移転計画は業者再編を後押ししようと云う意図が隠されているのか?また、豊洲は都の支出によって作られる(現在は、底地の上の建物は業者の負担で作られ、維持されている)から、床面積当たりの使用料は上がらざるを得ない。であれば、その使用料の高さが業者(主に仲卸業者)の再編(合併など)を後押しするのか?

 いずれにしても、私は役人の予想の確度には疑いを抱く者です。都議会には、この点もチェックして貰いたいものだ、と考えています。なお、市場関係者の集約再編は、前政権(麻生政権)までの農水省方針ではありました。


8) 築地の仲卸業者ですが、古くからのしきたりを持っています。の割に、魚の目利きなどについては、完全な実力社会とも聞いています。

 しかしながら、築地の仲卸団体たるや、政治的にはなかなか…ナイーブ(=素朴なバカ)なのか、悪賢いのか、よく判らないところがあります。
 仲卸には強制加入組合(弁護士法でいう弁護士組合=弁護士会、税理士法でいう税理士組合=税理士会の様なもの)がありますが、仲卸はそれとは別に政治資金団体を持っています。これは強制加入団体では政治献金出来ないが為に、脱法行為として作った政治資金団体である事は歴史的には明らか。政治資金規正法違反の脱法行為。
 ですが、この政治資金規正法違反の団体の献金先は自民党であり、都議会に対しては有効な献金先ではなかったりします。アホなのか、そうでないのか…。

 仲卸は再編・廃業で少なくなったとは言え、業者数は多く、それ故に意思の統一が出来にくいのかも知れません。

 実力社会の気持ちのいい人々で構成された、公正な社会、なんて想定していると痛い目を見る事になると思います。


9) 現在の日本の漁業の実態を見ると、流通業者の効率化は必然です。それなくしては、恐らく日本の漁業の存続はあり得ません。

 日本の水産物消費量は、魚離れの所為か、段々少なくなっています。その減少幅が漁獲高の減少幅より大きいが故に、水産物での自給率は次第に上がっている状況です。
 しかしながら、自給率が上がったからとて、漁獲高が減少し続けている状況に違いはありません。
 輸入水産物が安い価格で流通し、日本の漁業は、それとの絡みもあり、そう値段は上げられない状況がありますが、それが消費量の減少の原因なのか、それとも、下拵(したごしら)えなどの部分を人任せにする傾向による人件費が値段に含まれて高くなってしまう所為か…私には原因が特定出来る状況ではありません。でも、漁獲高は減っている。また、漁師の収入も漁獲高の減少と、単価が上がらない事などから後継者難で、漁師自体の高齢化と漁業従事者の減少を招いています。

 漁獲高の減少は、水産資源の減少もあるのでしょう、また、大量流通の中で「食べる対象として認識されない」魚(現実には食べられるが、料理の仕方が特殊だったり知られていなかったりで、消費者に届く事無く捨てられたり、生け簀などでの養殖の餌にされてしまう)が多い所為か、漁師の減少がそのまま現れているのか、石油高騰などのコストの振れ幅の大きさが廃業社を増やしているのか…原因は特定出来ません。
 でも、漁獲高が少なくなり、消費量も少なくなっていれば、論理的帰結としちゃ、魚の値段が上がる以外には、流通に関わる従事者の数が減るか、そうした方の収入が減るか、に結果します。業者の採算が悪化し、それ故に流通に携わる人間の数も減少はしているのでしょう。
 でも、漁師に払われる値段を見てみると、魚の最終価格の1〜2割程度(多くは2割未満)と、かなり安い。大量に獲れればそれでも構わないのでしょうが、水産資源の減少もあり漁獲高もそうは多くない。すると、収入が高くないから後継者も続かず、漁師も少なくなる。今は、輸入に頼っていますが、他国の消費量が増えれば直ぐに競合する。円高であれば安く輸入出来ますが、円安に振れたりすれば、それだけで輸入品の価格は上がってしまう(現在は短期的には、世界的同時不況で他国で高級品扱いである水産物の消費が減り、円高局面でもあり、石油価格の低迷もあり、輸入水産物の価格は安い)。

 日本の水産業の存続を考えると、流通の効率化は至上命題です。漁港での流通(競りで流通業者に渡る)、市場での流通(大卸→仲卸→店舗)の流通経路の短縮は至上命題でしょう(だから、スーパーなどでは市場外の相対取引で魚を手当するし、大手回転寿司屋もそう。柏市でも例えば「銚子丸」は銚子直送と謳いますが、海外に飛ぶバイヤーは社内に存在してます)。信用出来るバイヤーに一手に委ね、大量に買い付ける事で流通経費を抑えようって動きも当然、存在する訳です。

 漁業は、私には判らないところだらけなのですが、市場外の相対取引のある中で、築地などの公設市場の役割は、店舗などとの仲介を行う中で、「いいものを、モノに応じたそれなりの値段で、店舗などに」流通させて行く事にあるんでしょう。築地の場合、街中の魚屋さん(小規模スーパーを含む)や、外食店(寿司屋や料理屋など)に、いいものをそれなりの値段で卸す事にあるんじゃないでしょうか?そう云った中で、あるべき姿を模索して行くしかないんでしょう。

 この9の記述、混乱してますが、それは私の頭の中の漁業の将来に対する混乱をそのまま写してしまっているからに他なりません。

 私は、築地市場の移転に関しては、今の市場の場所での建て替えは無理だろうと考えています。そして、今までこのブログを読んで頂いた方からは意外に思われるかも知れませんが、築地市場は最終的には移転せざるを得ないだろう、と考えています。

 しかしながら、石原慎太郎・都知事の今までの姿勢は、余りに安易であり、明らかになっている土壌汚染問題を無視して進める姿勢が見えたので、ここで非難して来た訳です。2009年9月の現状では、2009年7月12日の東京都議選で民主党が議会第一党になり、2009年9月25日の都議会で特別委員会の設置が決定されました。これからは、実質的な議論が進んで行く事になるでしょう。リスクを認められる範囲に抑え込んだと云う意味での「安全な」市場が、豊洲に実現するのだったら、私は別に何も言う事はありません。その為に、現在明らかになっていると私が考えている論点をここで明らかにしておきます。後は、それぞれの論点を市場関係者や都議会が明らかにしてくれればいい問題だろうと感じています。なお、いくつかの部分は、現在検討されている柏公設市場の移転にも関係する話です。

(1)先ず、築地市場ってものが何をしている市場なのか?を理解しておかなければなりません。

1−a) メインは魚(より厳密に言えば、水産物。貝もあれば、干物などの加工品もある訳で…)。そして、サブ的な位置づけで青果があります。青果に関しては、東京には大田市場なんかもあり、築地を上回る規模(面積、取扱量)ですが、魚は築地が上回ります(大田市場でも水産物を扱います)。

 大田市場は、神田市場(秋葉原にあったもので、現在の秋葉原再開発区域のかなりの部分は神田市場跡地です)、荏原市場、蒲田分場を統合し、水産物については大森市場を統合したものです。大田市場開設時に築地市場も移転させようと云う動きもあったものの、築地の従事者が主に市場の周辺に住んでいる事、そして、市場の取引相手とするマーケットが銀座を中心とする業者であり、マーケットに近い事、から統合に至らなかった、と聞いています。大田市場は航空機による物流もかなりの部分を占めるのでしょうが、築地市場は空港からも含めトラック運搬入と、水上交通による搬入がメインです。青果についちゃ、大田市場に統合されないのか、と言えば、マーケットたる業者(店舗など)がモノによって、あちこちの市場に赴くよりは一箇所で入手出来た方が便利、って事で1箇所に収まっている様です。

1−b) そして…多くの方が誤解されているかも知れませんが、築地市場と言えども、競りで行っている取引は、水産物では冷凍マグロと生マグロくらいしかありません。水揚げされる漁港での取引は、いまだ競りが主体の筈ですが、消費地の市場である築地では、競りを行うのは冷凍および生のマグロくらいのもの。他のものは、全て相対取引。つまりは、業者間の対面取引(「相対」とは「対面」とイコールではありませんが、築地の場合、仲卸と業者間の取引はほとんど対面なんだろう、と推測します)で行われています。言ってみれば、築地は、冷凍マグロを除けば、大きな物流基地、そして商談の場でしかない、とも言えます。
 それが1箇所に集まっている事で、マーケットたる業者(店舗)にとっては、築地に行けば食材の大部分が揃う場所として機能している訳です。

1−c)他に注意しておかなければならない点。それは、現在の築地は水産物の物流基地としては古く、決定的な問題点を抱えている、って事です。

 それは、水産物は現在コールドチェーンと呼ばれる冷蔵・冷凍で水産物を流通する事を保証出来る体制を取っているのですが、これが築地市場で「切れている」事です。勿論、個々の大卸・仲卸業者も冷蔵・冷凍設備を持ってはいるものの、全ての物流をそうした体制の下で行う事を保証出来る体制にありません。そうした事もあり、より新鮮な水産物を入手したいときは市場を通さない取引を選んだ方がよい場合さえある訳です。

1−d) ちなみに、市場集中原則は水産物・青果物なんかについては「ありません」。ですので、市場を通さない流通も大きな割合を占めており、市場の流通全体に占める割合は、年々低下を続けています。

 築地市場に行く意味は、買い手側にとっては1箇所で食材が入手出来る事であり、それは特定の信頼出来る売り手との取引を続ける事でもあります。大規模に食材を購入する買い手(スーパーや外食チェーンなど)では、市場外での相対取引で食材を手配する事が多い様です。


2) 私が現在の築地での建て替えは無理だろうと考える点、その大きな部分は現在の築地の場所の使い方にあります。大卸・仲卸(仲買)の業者は、築地の土地(都有地)を使用料を払って占有・使用している訳ですが、その契約は敷地(底地)を以ての契約。その上で、大卸・仲卸(仲卸だけかな?)は、自分で上に建て増ししたりして、設備を保有しています。

 だから、現在の築地での2F以上の部分の占有面積は、都の管理下にある訳じゃありません。それに、同じ場所で建て替えを行うとなれば、建て替え期間中はその面積が使えなくなるって事。現在の築地は、目一杯に使っているのに、そんな余裕はあるのでしょうか?少しずつ建て替えを行えば、建て替え期間は長くなります。それに、一斉に建築するよりも費用も掛かります。費用が掛かれば、使用料も高くなります。
 ただでさえ、現在の契約が底地面積を基本に考えているのに、建て替えた後は使用総面積に対して使用料が掛かる様になるので、同じ営業を行ったとしても、市場の使用料は大幅に上がる計算。

 そんな事を考え合わせると、築地での建て替えは「無理」だろうと私は考えています。


3) 一方、現在の築地市場は、コールドチェーンが切れている(1−c)状態である事を考えれば、出来るだけ早く新市場を起ち上げる事が必要であろう、と考えています。拙速は避けるにしても、現在のままでよい、と言う積もりは全くありません。
 今のままでは、1−b、1−dで書いた様な事情から、築地は自滅への道を進むだけです。

 また、地震や災害などへの備えを考えるならば、新市場では、津波を避ける事は無理にしても、ある程度はコールドチェーンなどを災害時なども継続し、災害救援物資の少なくとも食料に関しては物流基地として機能する事が必要になるでしょう。

 太陽電池や断熱機能向上なんかを使い、ある程度のコールドチェーンを維持し、港湾機能なんかで災害救援物資の物流基地として機能する様に、設計する事を望みます。

 ついでに、観光拠点として観光者の通るルートと業者の通るルートの厳格分離も新市場では当然求められる機能です(工場なんかでも、見学ルートくらい初めから配慮されているもの)。


4) 現在の築地市場は都有地です。石原慎太郎・都知事は当初、築地市場を豊洲に移転させ、2016年にはこの土地をプレスセンターとして使い、その後売却して、豊洲(元・東京ガスのLPG基地)の購入資金−築地の売却資金−豊洲市場の建設コストの残額を都の収入とする算段でした。

 しかし、豊洲の土壌汚染での残留危険物質を調査し直した結果、2016年のオリンピック開催には築地移転は間に合わない事が明らかになりました。ついでに言えば、築地市場の存在は、選手村予定地に近い為に、交通渋滞や騒音が懸念される、と調査報告書に書かれる始末。まあ、築地の移転は間に合わないんでしょう。であれば、しっかりと豊洲のリスク管理を行うべきです。

 都議会は、2012年7月12日の都議選で民主党が掲げた「築地市場の移転反対」(こういう直接的な表現だったのか、どうか、は私は未確認)の方針に拘泥せず、妥協できる点はどこなのか?を考え、災害時を含めた豊洲のリスク管理が信用出来るものなのか、どうか?のチェックに全力を挙げて欲しい、と私は考えます。


5) 築地には明治時代以来培った文化があります(江戸時代には神田にあった市場を移転したっものであり、その際にも反対運動はありました)。しかしながら、私はそれを理由として築地移転反対を唱える勢力に対しては、「移転反対の理由にならない」と考えています。築地が業者の所有地でそこでの自治を問題にしているのならともかく、築地市場は都有地であり、業者は飽くまでもそこを使用料を払って使っているに過ぎないからです(底地の上の建物は業者側の負担で作られ、維持されている。言わば、借地料を払っている関係)。

 であれば、上の2(築地での建て替えは現実的ではない)、3(コールドチェーンが切れているので、移転を待つ事は出来ない)で書いたところから、私は移転自体は拒否出来ない問題だろう、と考えています。場外市場を同じ場所で営んだり、現在の築地全体に場外市場を広げる、なんて事は検討の意味があると思いますが。

 築地と豊洲が離れている事については、大八車で荷を運んだ昔ならまだしも、現在のトラックなどの自動車輸送主体の中では、問題にするのも愚かしいと考えます。もっとも、付随施設とのアクセスの問題は別に発生する事は検討しなくてはならないでしょうが。


6) 最後に「築地は、その他の市場関係者よりも高い能力を持った、特別な方々の集まりなのか?」を考えてみたいと思います。それぞれの業者の個人個人は色んな分野の専門家であり、高い能力をお持ちだろうと考えますが、残念ながら、業者単位で見た場合、他の市場を圧倒するほどの実力の持ち主ではないだろう、と考えています。

 その集積たるや感嘆すべきものではあっても、築地の大卸の業者は4社であり、そこから仕入れる形で仲卸の業者が商品を購入し、場外業者(店舗側。場外市場の業者の意ではない)に販売している訳です。そして…相対取引の中、残念な事にウナギの産地偽装に関し、見抜けた業者は大卸4社の中にはありませんでした。存在しない住所を使った事件で、です。あの事件では大卸4社は、全て、偽装ウナギを扱う事になり、その中にマラカイトグリーンを使った有毒ウナギが混じっていた訳です。
 築地の価値は個々の業者の質の高さだ、とは私は思いません。集積こそが築地の価値なのです。

 こんな言い方は徒(いたずら)に築地市場関係者のプライドを傷付けるものだ、と思われるかも知れません。けれど、この事は、以下で日本のあるべき水産物流通の姿を考えるときに必要な視点となります。だからこそ、ここで敢えて触れた次第。まあ、私は政治家ではありませんので、他の人の反感を気にする必要も無い訳でして。


〜 ヤフー・ブログの記事の文字数制限5,000字を超えてしまったので、以下は「その2」(p://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/58545252.html )に続きます 〜

(1) 2009年10月2日のIOC総会(デンマークのコペンハーゲンで開催)で2016年夏季オリンピックの開催地が決まるそうな。

 今に至ってみれば、もう東京に決まろうが、そうでなかろうが、どうでもいい事。オリンピックで最も無駄かつ下らないものは、今や招致活動そのものである事は論を俟たない。様々な関係者の無理難題を招致の名の下、行っている。かつての様に贈賄までは至らないにしても、その実態は漏れ伝わって来る。

 オリンピックで競技を行う者の素晴らしさは言うまでもないが、その後ろで蠢く方々の姿には多少ならざる侮蔑の念を抱かざるを得ない。
 でも、今となっては、そうした方々を対象とした招致活動は既に完了している状態。ならば、後は現実に開催するか、開催しないままに終わるか、だけの問題だ。
 そうであるならば、その両者の差(コストや経済効果や、その他の無形の効果、東京の再開発の姿の差)が現実問題として残されているに過ぎない。

 ここに至っては、開催が決まったら国際的な信用もある事であり、粛々と実行するしかないだろうし、開催が他都市になったら諦めるしかない問題。諦める際に、「では、計画していた施設のうち、どれだけを現実に改修・新設するか?」って問題は残るだろうけれど。


(2) 私としちゃ、IOCが求める10万人規模の競技場とか、再度のW杯開催を巡りFIFAが求める8万人規模の競技場なんてものは、無用の長物だと思う。何にしろ、観戦するにはデカ過ぎる。

 そこでの観戦を見馴れれば、そこでも色んなものが見えて来る。例えば、私は国立競技場の最上部で最初に観戦したとき、豆粒大の競技者の姿に呆れ、幻滅した。埼玉スタジアム2002でも同様。が、馴れれば、そこでもそれなりに見えて来るものはある(最上段付近には二度と近づかない様にしてる所為もあるけれど)。けれど、8万人とか10万人とかの競技場は、多くの日本国民にとって「馴れる」ほどにそこに通うまでには、相当期間が必要。そんな競技場は一時の「祭り」の為に使うだけで、後は使い途が限られる代物。
 現在の国立霞ヶ丘競技場だって、現在は満員に出来るイベントがあるものの、前回の東京オリンピック開催以降暫くは国際イベントでしか満員に出来ず、初めて満員(席が完売)に出来たのは、1991年元旦のサッカー天皇杯(1967年から国立霞ヶ丘で開催)。新設してから20年近くが経っての実現だった訳だ。それまでは国内イベントでは国立霞ヶ丘競技場を満員にする事は出来なかった。もっとも、国際イベントでも満員になりゃ、い〜んだけどね。8万人にか10万人(東京オリンピック開催時の2万人分は仮設スタンドで対応との話も伝わっているが)とかの席は所詮、大き過ぎる訳だ。

 これを有効に使う為には、現在決定している2019年のラグビーW杯だけではなく、2018年のFIFA(サッカー) W杯も招致するのが得策って事になる。東京オリンピック開催がもし決まった際には、是非FIFA W杯の招致も成功して欲しいものだ、と思う(思うけど、可能とは限らない)。
 東京オリンピック開催とならなかった場合は、晴海のオリンピック・スタジアムの建設は中止した方がいいと思う。日産スタジアム(横浜国際競技場)があれば、陸上競技の為には充分だろう。サッカー・ラグビーの為には、埼玉スタジアム2002で充分とも思うんだが、ラグビーW杯の為には、国立霞ヶ丘競技場(現在の陸上の国際大会は9トラックだったかが必要であり、予備トラック(=ウォーミングアップ用競技場。長居スタジアムに対する長居陸上競技場など。横浜にも横に予備トラックがある)も国際規格の内容であり、既に陸上の国際大会を行う事は、規格上、不可能なスタジアムとなっている)をサッカー・ラグビー用に建て替えてもいいのかも、ね。
 でも、それよりは柏にサッカー・ラグビー兼用(サッカーでは柏レイソル、ラグビーでは我孫子のNECグリーンロケッツ)の4万人スタジアムを建ててくれた方が、実は効用はデカイんだけど…。まあ、東京のスタジアムってのもあった方がいいんだろう(味の素スタジアムで充分な気もするんだが…)。


(3) よくオリンピックやW杯の招致の際に「将来の日本を担う子供達に目の前でオリンピック(やW杯)を見せたい」てな言葉が語られる。が、この言葉には注意した方がいい。

 外国で行われる大会よりは遙かにチケットは取りやすくなるが、こうした本物の国際大会の場合、結構な割合の席が海外に割り当てられる。だから、開催国に割り当てられる席は、かなり少なくなる道理。私は、前回の2002年W杯の際に、それを実感した。見難い席でも相当な金額(横浜国際競技場での決勝戦は正規金額で8万円程度になった)になり、希少価値まで出て来る。 はっきり言って、人気の無い部分で、お祭り気分を味わう為だけならば、まだしも、試合をじっくり味わおうとするならば、TVでゆっくり見ていた方がマシ、ってものもあった(特に、横浜での決勝戦は1Fブラジル応援団の前にいたので、観戦環境としては最悪。ブラジル応援団が悪い訳でなく、スタジアムの問題)。
 過度の期待は抱かない方がいいと思う。

 つまり、「将来の日本を担う子供達に目の前でオリンピック(やW杯)を見せたい」って論拠は、半ば論拠としての価値を持つ様なものではない、って事だ。まあ、国が責任を持って、チケットを確保し、安い金額で競技を行っている少年少女に観戦させる、ってんなら話は全く別だが。東京オリンピックの開催が決まったら、是非、競技を行っている少年少女に、そうした機会を与えて欲しいものだ。

 大人は多少高くとも、正規の金額を支払って観戦すればいい話だ。私は、もう二度とW杯の観戦は叶わないかも知れないけれど(前回の2002年W杯ではTeam Specified Ticketで日本チームを選び、決勝戦を含む7試合を観戦し、30万円以上を費やす羽目になった。あんまり後悔は無いものの、二度目が可能かと言えば、疑問)。
 また、長野オリンピックでは、時間と金額の面からは、観戦が可能だったのかも知れないが、実際には観戦しようなんて思いもしなかった、なぁ。


(4) あと残された日数、時差を含めても1週間以内に、招致の是非は決まる。鳩山由紀夫・首相が、IOC総会に出席するのは、首相の国際的プレゼンスを高めるとか、石原慎太郎・都知事に恩を売る、とかの色んな事情も絡んでのものだろう。それの善し悪しを云々する積もりは無い。けれど、東京オリンピックの招致の有無で、2010年代の東京の再開発の姿は結構変わって来るのも事実。

 どっちに、なるんだろうね。

 私としちゃ、(3)の論拠から、オリンピック開催よりも、定期的に国際大会が日本で行われる方がよほど価値が大きいと考えている。「世界陸上」とか、何かの大会が10年に一度以上、日本の各地域で行われている状態が望ましいものだ、と考えている。

 また、オリンピックは国の事業ともなるので「赤字」って事は考えられないが、地方でのイベントは「赤字」って事が往々にしてある。前日閉幕した横浜開港博覧会の赤字見通しを見ると、中田宏・横浜市長はこれを見越して辞任したのか、って気にもなる。あんまり水物の様なイベントに、地方は乗り出すべきじゃない。地方独自で行うのは、効果(経済効果だけでなく、「子供の夢」なども含めて)の見通せるスポーツ大会なんかに限定した方がいいだろう、って思ってる。


(5) 一都市開催で行うオリンピックの場合、日本では、どんな場合でも地震のリスクを考えておかなければならない道理。開催前に直下型地震が起こった場合も考えておかなけりゃならないだろうし、開催中に直下型地震が起こるなんて劇的な展開も無い訳じゃない。
 何も起こらなけれればいいけれど…。

 また、東京開催案のイイカゲンさもある。トライアスロンはお台場が遠泳会場になっており、水質不安が指摘されているけれど、事務局は「大丈夫」って言い張っている。
 けれど…東京の下水道は古い設備であり、パリと同様、大雨が降ったときは下水道に雨水が流れる構造になっている。そして、その下水道はお台場などで排出される。だから、晴れが続いた場合のお台場の水質に問題は無くとも、大雨の後のお台場ったら…汚い。オイルボールと呼ばれる油の大玉が浮いているのが常態。この問題を、どう処理するのかね?私は、トライアスロンは、手賀沼(北千葉導水路があり、水質のコントロールに無理が利く。現実にトライアスロン大会は行われている)か、狭山湖(上水道用貯水池)の様な水質のコントロールの容易な場所での開催(手賀沼の方が選手村からは近い)にした方がまだマシの様に思うんだが…。

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(1) 2009年5月11日、民主党の小沢一郎・代表が民主党の代表を辞する事を発表した。同日17:00から行われた記者会見では、現在国会で審議している2009年度補正予算案の審議終了後、代表戦を実施して欲しい旨、述べていた。

 先ずは、喜ばしい事態。民主党代表となって3年、マニフェストになるべき政権構想を発表しないままで過ごして来た小沢一郎にとって、民主党への支持は、即ち自民党への批判の反射効果でしかなかったと考える。今、その歯車が逆転して、麻生太郎への支持が上向くって傾向が出て来たに過ぎない。
 安倍晋三は、マニフェストらしいものを示さず、フリーハンドを手にしようとしたし、麻生太郎は、(時間は充分あった筈なのに)それほど深い政権構想があった訳でも無いので「マニフェストらしいものを示せなかった」のが実情。

 「国民を信頼して、自分の政策を説明し、その信を問う」なんて姿を示して首相になった政治家は、いまだ いないかも知れない。小泉純一郎は、そうした姿に近かった。が、小泉純一郎の示した政策って「郵政民営化」以外は、政策としちゃ、あんまり意味の無いもの(例:靖国神社公式参拝)。一部は、優劣の判断で自ら破りもした(例:国債発行枠30兆円)。2005年9月11日の郵政選挙は、その「マニフェスト」を逆手に取り、単一争点で戦ったもの。が、その争点に逆行するかの様な政策が今や自民党から出る有り様。
 小泉純一郎は閥務の経験が浅かった所為でもあり(森喜朗・首相時に森派の代表を務めたが…)、後継者の選び方を誤った訳だが、小泉純一郎や自民党の「政策」の「国民との約束」の認識は、その程度。

 それが、小沢一郎が代表から退く事によって、初めて、「政策を国民に問い、信を問う」選挙が実施されるに至るかも知れない。
 今まででも、次の衆院選挙は、「次の首相を選ぶ」意味を持ってはいたものの、「小沢一郎じゃあ、なあ…」て思いを持つ人も多かったと思う。けど、これで少し、すっきり。


(2) とは言え、小沢一郎は、秘書の政治資金規正法違反について、判りやすい釈明をしてないんだよねぇ。

 「今まででは逮捕容疑にならなかった様な」「微罪で」って言うが、政治資金の不正記載は、懲役5年の罪で「微罪」じゃない。昔は、罰金20万円(金丸信の時代)だったけれど、それを「懲役5年」の罪に修正したのは国会だ。
 まあ、二階俊博なんかも同様の嫌疑が掛かってるらしいから、同様に処理して欲しい。森田健作も千葉県知事になってから現在明らかになっているだけでも、政治資金報告書のいくつもの不実記載がある訳だけれど、あれは「過失」で済ませられてしまうものなのか?

 「政権が交替するか否かのこの時期に」云々と、検察の配慮を求める声も聞いたけど、じゃあ、首相になってからなら、いいのか?その方が社会的影響はよほどデカイ。あんまり、そうした「配慮」を検察に求めるべきじゃないだろうと考える。
 もっとも、検察の意図的リークは、咎められて当然。リーク情報でマスコミを操作する様な方法を検察が取ると、それこそ政治に巻き込まれる事になる。もし、説明が必要と考えるなら、リークではなく、正式に記者会見なんかを開いて説明すべき。

 この件についちゃ、法律の実務家ではない私なんかは、面白い展開も考えていた。それは、かつてロッキード事件の後、藤木英雄が主張し、その後判決にも取り入れられた、贈賄罪の職務権限の定義。かつては、「明確な職務権限」が無いと贈収賄は成立しない、とされたが、藤木英雄(当時、東京大学教授。45歳で癌で逝去)は、「法律上、指揮命令関係にある職務上上位の者」に関しても、贈賄罪が成立する、って法律解釈を取り、判決にも取り入れられた。これがもし、「職務上の権限がある者に対して、社会生活などを鑑みて実質上影響を及ぼす事が出来る者」にまで拡大出来たとすると、これは贈収賄罪の一大転換を成す事が出来る。天下りは、先ず間違いなく、贈収賄罪を構成するし、政治献金も要件成立を問われる事例が考えられる。そんな展開をワクワクしながら期待していたのだが…今のところ、そんな法律解釈の展開は考えられてない様だ。

 まあ、釈明をしてない事や、それを明確に責任追及しないままに代表辞任で終わりそうな展開について批判もあるだろうが…それも含めて民主党だ。自民党とどう違うのか不明なところもあるけれど、麻生太郎かミスターXかの政策論争が展開されるのなら、それは期待したい。


(3) では次の民主党代表は誰がいいのか?鳩山由紀夫か、岡田克也か、って報道もあるけれど、私には意中の人物がいる。2006年頃から書いてるけど、枝野幸男(埼玉5区)。安倍晋三より若く、またかつて民主党代表だった前原誠司よりも若い人だけれど、彼の政策には、底まで考えられたものが感じられる。表面的に政策を批判する人がいるけれど、私は、その政策の底にあるものを説明出来る。つまり、「私は」主張に共感出来る、って事だ。

 もっとも、統治能力に問題あり、って声も聞かない訳じゃない。人をまとめる能力、組織をまとめる能力に疑問符が付く、って事なんだろう。私はその当否を判断する材料を持たないが、昔、小泉純一郎でも同じ様な事をよく聞いたものだ。まあ、そうであれば、枝野幸男の政策を実現するのに一番効果的な人物を私は支持するだけ。それが誰なのか?は、まだ見極められずにいるけれど、枝野本人が支持を明らかにするだろう。私は、それを見て、賛否を決めるだけ。

 まあ、私の立ち位置が揺らいでいる事をとやかく言う人もいるかも知れないけれど、それは私がポジションを決める必要を感じていないからでもある。ポジションを決めないのは、物事を素直に見る、結構いい方法。このポジションて言葉は、株式投資で最も単純な現れ方をするけれど、一度、自分の金をある株価である銘柄に投じてしまった後は、物事の見え方が、その「ポジション」にとらわれてしまうものだ。何故、有権者がそんな「ポジション」にとらわれる必要があるか?私は、有権者の多くは「浮動層」で構わないと考えている。それに訴えかけて行くのが、政治家てものだ。
 全ての物事は、生きて行く上では、仮説と検証の過程として立ち現れて来るものだ。仮説を「信条」として表明するのはいいが、その信条が、どれだけの経験や知識(他人の経験や、更に、その累積物としての歴史)に基づいているものか、再度、「検証」してみた方がいい。単なる上っ面の言葉の感触にとらわれている事が何と多い事か。「保守」と自称する政治家の多くがそのレベルである事も事実。安倍晋三(元・首相)とか、森田健作(現・千葉県知事)の何と云う底の浅さか。また、理論と主張する共産党も、さして違わない人たちが多いし、公明党に至ってはときに何ゆえの政策なのか、訳のワカラン事もある。勿論、民主党だって、アホな議員は掃いて捨てるほどいる。大切なのは、生き生きとした仮説と感情を持ち、柔軟に検証作業を繰り返し続ける事、だけだ。何か小林秀雄の「様々なる意匠」みたいな書き方になってしまったけれど、小林秀雄のその主張は、今も私の底流となっている。何よりも、生きていたときにその論に触れ、同時期にその論を見聞きして来た人間としちゃ、格別のものがある。その論の欠陥も含めて、小林秀雄の見方は、私の見方の一部でもある。


(4) 麻生太郎についちゃ、私は経営者としちゃ「ダボハゼ」で二流(多角経営で上手く行った部分だけをすくい取った経営者に過ぎない。投資は多く、リターンは低めに出る。充分な投資余力がある場合のみ可能。それが彼の経済政策にも出ている)、政治家としちゃ、覚悟の無さが際立っている、と感じている。安倍晋三にも共通する部分として、自分の判断能力に自信を持っていて、政治家ってものを「常識で判断する君主」みたいなものと捉えている事も見て取れる。この詳細は、また別記事でUPする事もあると思うけれど、2008年中に感じた、この印象(仮説)を修正する様な事態はいまだ発生していない
 どんな政治家、どんな経営者にも欠点がはあるものだけれど、それを補う方策が採られているかどうか?が重要なんだが…はて、与謝野馨で充分か?何か、与謝野は、麻生の「経験」なるものから来る判断で、力を発揮し切れていない様にも見受けられるが…(この項、別記事にて)。

 以上の様な感想を持っていたので、私は麻生太郎を支持しちゃいない。その内閣の布陣(選挙を闘う為の短期布陣だった筈なのに、そのまま今に至っている)の、みすぼらしさも。出来れば、次の総選挙で退陣し、古い派閥政治家のラインアップの在庫一掃(=ゴミ箱行き)に至って貰いたいものだ、と思っている。しかし、(1)で書いた様に、私は小沢一郎も支持はしていなかった。そこで、従前期待していたのが、次期衆院選後の政界再編。民主党か自民党が、それぞれ35〜40%の議員数を取り(どちらが40%になるか、で展開は異なる)、一党優位の態勢にならないままで、公明党が10%(少なくなって貰いたいと熱望しているが、そう変動はしないだろう)、その他共産党などが残りの15%を分け合う展開になれば、きっと政界再編は起こる。そして、景気重視の公共投資主導派が40%、財政バランス重視の政党が35%、安倍晋三などのアホな「国家観」でまとまる政党が15%程度になると、すっきりした展開が見えて来る。そこで、2010年7月の参院選を迎える事が出来たら…って思ってたんですけどね。

 まあ、今は民主党が選挙で50%近く(過半数までは望んでいない。アホな議員が含まれているから)の議員数を占め、参院選に向かう事を期待しとります。そうすれば、政界再編に至り、政策毎のすっきりした展開になるかも…自民党が存続したとしても、参院選で自民党が敗北を喫すれば、そこは自民党崩壊の途が待ってます。小沢一郎が辞任するまでは、次期衆院総選挙で民主党が明確な敗北を喫し、民主党崩壊ってシナリオが結構な現実味を持っていたんですけどね。


(5) 小沢一郎の辞任表明によって、衆院解散の時期が少し限定された部分もある。民主党の代表が決まらないうちに解散すれば、「民主党の機に乗じた」と思われるのが落ちだし、何よりも民主党新代表への期待を敵に回して戦わなければならないから。政治家ってものは、就任する前までは、「検証されていない期待」を持って貰える、有り難い存在でもある。
 結局は、解散があるとしても、民主党の次の代表が決まってからになるだろう。私は麻生太郎の「覚悟の無さ」を考えると、任期満了か、それに接近してのギリギリの日程になるんじゃないか、と思うけど、ね。

 報道が民主党の代表選に傾くのは避けようが無いから、それが落ち着く期間を考えると…解散の時期は、結構先になっちゃうんじゃないかな?2009年7月12日の東京都議会議員選挙の日程が判断の一つの目安になって来る。夏の総選挙で、立候補者のうち何人かが過労で亡くなって、それが選挙の行方を左右する事態があるかも知れん。心臓に持病を抱える小沢一郎が、そこで亡くなれば、民主党が勝つだろうけど…中川昭一が酒の飲み過ぎで脱水症で死亡する可能性も…そうなったら、嘲笑の対象になるだけか。

 ☆★☆★☆

 以上、さして変わり映えはしない論だけれど、私がずっと抱いて来た感想。今書かないと、3ヶ月くらい経ってから「あそのときから、こう感じてた」みたいな書き方(上の麻生太郎の論は、そう)をするしかなくなるので、いい機会と考え、今のうちにUPしてみる次第。


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