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中越震災当時のボランティアに駆け付けた人達の混乱の原因を考えると、神戸震災の支援・ボランティア の混乱を引きずっている・・。答えや方法論がまとまらなかった問題が中越震災の現場で再燃焼した。 神戸震災に駆け付けた市民の熱意は、NPO法を作った。 多くの人材は、防災や地域をリードする人材に育っていったのだろう。 そして災害ボランティアは、賛美、奨励されるようになった。 「ボランティアは素晴らしい。青少年の教育の為、ボランティアに参加する機会を作るべきだ。」 「若者のボランティアを義務化するべきだ。」最近も議員さんが語って物議をかもしている。 でも「中越震災当時のボランティアの現場」や「第二の被災者となった中越ボランティア達のその後を 見る」と、「本当にむやみに奨励して良い事か?」、「若者を現場に送り出してよいものか? その体 制や受け入れる窓口や、受け入れる被災者の意識は高いのだろうか?」 答えは、まだまだ無理だろう。「すべての被災者の意識が高くなる状況は、悲しい出来事が連続して 発生した後の事だろう。そんな事は、あってはならない。起きてはいけない・・。」 災害ボランティアの現場に来れば、それまで考えなっかったような事を考える。 大人も子供も被災地に来れば、現場を体験すれば、意識は何か変わるだろう。 でも、それが良い事か? 悪い事か? 数十年単位で考えないと判らない。 その答えは、私には、まだまだ判らない。 災害ボランティアに駆け付け「人生が変わった。目覚めてしまった人」の代表格が、今日から 「元長野県知事」の肩書きがついた「田中康夫さん」だろう。 神戸震災当時、長い間、スクーターで女性用下着や化粧品を配りながら、今でいう「心のケア」を していたのが田中康夫さん。 彼の凄い処は、自分の人脈で航空会社の機内用品や高級化粧品等の提供を受け配り歩いていた事だ。 当時は、流行作家の文化人の偽善的な行動。取材活動と思われていたかも知れない。 私も当時、そう思っていた。 それから数年、気がつけば長野県知事選挙に立候補。神戸震災が彼を目覚めさせたのだろう。 「災害ボランティア経験者が、どう変わり? どう社会に提言し、どんな手法で変えていくのか?」 興味深いので注目していました。 今回の長野7月豪雨災害の県職員の動員も注目していました。 その正否は、他県の私には判りません。 初期の「現場投入の手法は、大人数をとにかく投入する。」という「神戸ボラ式」の失敗そのままだ。 中越でも神戸経験者が繰り返した手法そのものの、「悪い見本」です。 その後のボランティア・センターとの協働は、当たり前すぎる行動で特に賞賛はしません。 でも、強権を発動して無理矢理に県職員を動員した成果として、「行政マンの現実的な沢山の助言が いろんな方向からボランティア・センターにあったのだろうと思われます。」 岡谷市災害ボランティア・センターの革新的な進歩がその結果でしょう。 (初期の混乱ぶりは、いろいろと聞こえてきます。まあ、内緒に・・・) 「多くの行政マンを災害現場の最前線。人力作業の人海戦術のバカな現場を見させてくれた事。 無駄な汗と無知な現場。多くの矛盾を見せつけてくれた事に感謝します。」 「県職員の大動員は批判が多いでしょう。数十年後に、この経験が生かされる時が、残念ながら 有るでしょう。」 「全国の防災関係者、市民。防災行政担当者が、やらせてみたい夢。大人数の行政マンの現場実 地訓練。実行させた前例を作ってくれた事に感謝し、賞賛します。」 さて、県知事任期満了(落選)した田中康夫さん。これから何をなされるのでしょうか? 興味深いところです。 8月6日長野県知事選挙投票日。 その日、岡谷市でボランティアに参加した私は、長野市の田中康夫選挙事務所の近くに宿を予約し 当選の現場に立ち会うべく行きました・・・ _| ̄|○ メインの選挙事務所、松本市だった・・・ 最後は、オチかよ(゚Д゚)y-~~
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転載させて頂いた記事
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※ 国交省から柏市に来た、景観法の運用についての文書 コレを見てビックリ仰天した 国交省は、明らかに「擁壁・ミニ開発・森の伐採」を問題視している そして、自治体で規制しやすいように「景観法」を作ったのだ 景観法が出来たのは2年前 私たちが請願したのは去年の末だ ならば「タイムリーな請願ですね!」って言われてもいいと思う なのに、柏市役所は「条例化は困難」と言い続けた 国交省の担当者はこう言った 条例を作ろうと思えば、いくらでも方法はあります ただ、作りたくないって言っている自治体に「作りなさい」って圧力はかけられないです そして、こう付け加えた 柏市役所は作りたくないんじゃないですか?ジィィー (;¬_¬);¬_¬);¬_¬);¬_¬) (‥;) 柏市役所では「国土交通省はずるい」って言っている だから、国交省で聞いちゃったよ 「国交省ってずるいの?柏市役所がそう言ってたよ! 国立市や横浜市に、ものすごい意地悪とかしたの???」って 国交省の人たちは 「(( ̄_ ̄ )(  ̄_ ̄))いいえ、意地悪なんかしてませんし、ズルクナイデスヨ」 って言っていました。 「なんなら、相談にのってあげる」とも言っていました 柏市役所のみなさーん、国土交通省は親切でしたよU\(●~▽~●)У!
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※ 条例は出来ます。「出来るって書いてある」 この笑顔ヾ(@⌒▽⌒@)ノ!です。行ってよかった〜 間違っているのは柏市の法解釈です そのうち国交省から、電話か文書か何か 柏市役所にいきます 耳の穴を掃除して待っててね〜
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中越地震では阪神大震災のことが大変参考になった。
・ブレーカーを落としておかないと電気の復旧で火事になる。 今回は被害の大きかった地域では一軒ごとに確認してから通電したので火災にはならなかった。 ・ガスのマイコンメーターが普及して火事が起きなかった。 ・地元経済が冷え込むので地元製品を極力使う。 地震後一ヶ月もすればお歳暮シーズン、地震見舞いのお礼も兼ねてと地元製品でがんばってみた。 メーカー・商店の反応が鈍かったのが残念だったけど。 新潟県中越と毎日のように報道されているうちがチャンスなのに。 ・義援金に出すお金があったら身近な被災者に直に届ける。 阪神大震災のとき全国からたくさんの義援金が集まった。 被災者の手元にはあまり届かなかった。 いっぱい余った義援金はどこに行ったのかというと神戸の再開発に使われた。 大規模再開発よりも身近な復興をという被災者の願いはかなわなかった。 街はきれいになったけれど元の生活に戻れた人は少ない。 今回も使えない義援金がいっぱい残っている。 やっぱり被災者の手元にはなかなか届かないで終わりそう。 必要なさそうな使い道にはたくさんお金が出て行く。 復興のためという名目で必要ない箱物だけはいっぱいできる。 残った義援金はどこに行くのかと注目していたらどうやら決まったらしい。 一度は凍結した国体とオールスター戦のための県立野球場建設だそうです。 県は義援金で作りますなんて言いませんよ。 でも義援金の余りは自治体の財源になっちゃうんだよ。 だから箱物に関してはものすごく気前がよくなってる。 防災のためとか復興のためとか名目があればもうイケイケドンドン。 だから県立病院の建て替えが進むのかと思った時期もあったけど野球場になっちゃった。 地震後すぐに就任した今の知事は被災者は最後の一人まで見捨てないと言っている人です。 被災者に配慮して野球場建設計画を凍結しました。 ジャワ島地震の時現地に県職員を派遣してはみました。 帰ってきた職員から何の意味があったのかと批判されました。 地震の時あちこちからの視察と称する方々のためにどれだけ復旧工事が遅れたか。 警備接遇のためにどれだけの人が無理に無理を重ねたか。 交通は規制され被災者がどれだけ不自由したか。 その体験からの「意味がない派遣だった」という発言だったのでしょう。 泉田知事さん、もうすべて地震のせいにはできませんよ。 被災地以外への配慮はもちろん必要ですが、被災地は復興したような発言ばかりしないでください。 県民の安心安全を一番にと言いながら県立病院から手を引くのはなぜですか。 それも被災地の魚沼からとはなぜですか? 誰かに似ていると考えてみたら小泉さんでした。 パフォーマンスが得意なところもそっくりです。 小泉さんにおける郵政民営化が県立病院の削減なのでしょうか。 小泉さんにおける靖国参拝が野球場建設なのでしょうか。 官僚から転身したのですよね、小泉手法を新潟県に広めるための伝道者ですか? 前の選挙の言い方をすれば刺客かな? 名前も泉の字が入ってるし。 福祉や医療を切捨てる時は地震からの復興を優先させたい。 箱物など不急の事業を始めるときは被災者の生活再建が進んだから、または復興のシンボルとして。 被災者がいるうちは言い訳に困らない、水戸黄門の印籠なんだ、被災者は。 便利に使われるのに生活再建の進まない被災者。 県民を踏みつけて搾り取るだけ搾り取ってどこに向かって良い顔してるのかな? 私には「安心の老後」は無いらしい。 格差社会なんてずっと前からあるんだ。 山の中に住んでいるのは人間じゃないんだ。 都市部に住んで健全な身体とお金を持った人以外は人間扱いされないんだ。 税金だけは取られるけど。
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