黄色い蛇足@日立柏酒場裏

2019年9月以降は、https://reywa.blog.fc2.com をメイン(主たる)・ブログとします。

安倍晋三お子ちゃま・カルト内閣

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私は安倍晋三は、現実と言動をすり合わせる事の出来ない「お子ちゃま」であるし、そのブレーンに至っては様々なカルト勢力の影響を受けた者であると考えています。戦後最悪の構成の内閣。

 基本的に私は安倍晋三内閣を支持しません。安倍晋三が参院選で負け、退陣する事を願っています。
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 水道光熱費がタダの衆議員会館にしか事務所を構えていないのに、政治資金収支報告書の水道光熱費に1年間に500万円もの額を計上した、松岡利勝(現・農林水産大臣。熊本3区選出衆院議員)。こいつは、「政治家として」失格だ、と思う。

 私の考えでは、計上する金額の費目の間違い、なんて、大した問題ではない。政治資金一つ一つの金額をきちんと確認出来るものであれば、費目は、単にチェックのためのまとめでしかない。
 しかし、松岡利勝は、その中身についてまともな説明が出来ないばかりか、費目ごとの金額を計上した時点で、「法律上の義務は果たしている」との考えの様だ。この論理では、内容が虚偽であろうと数字を書いたら、それで法律上の義務を果たした事になる。冗談じゃない。
 政治資金は自分が勝手に集めてきたものなら、勝手に使う事も構わないかも知れない。が、実際には、税金から政党交付金として甲府されたものが分配されており、その割合が相当部分を占める。いつでも、内容についちゃ、それなりの説明が出来る様にしておくべき性質のものだ。

 しかし、松岡利勝(犯罪者扱いして構わないと思う。横領罪と同罪)は、その使途を明確に出来ないばかりか、500ml 5,000円也の「なんとか還元水」に使った、と主張する。他の用途に使ったものを「水道光熱費」としているのならば、あの態度は「政治家として」あってはならないものだし、逆に、本当に500ml 5,000円の水に費やしていたのなら、そんなものに政治資金を使っていた事に怒りを憶える。これは、個人の資金で賄うべきものであって、税金の入った政治資金で賄ってはならないものだ。

 こんなヤツは、次の選挙では落とすべきだし、もし当選して来たら、「熊本3区の」有権者の方を軽蔑する。私も桜田義孝という、レベルの低い政治家を輩出している千葉8区の有権者なので、肩身は狭いのだが…それでも、松岡利勝を次に当選させてしまったら、その有権者はおおまかに言えば、軽蔑に値する。
 で、こんなやつをかばう安倍晋三のレベルの低さは…言うまでもない。

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 おいらは安倍晋三を総裁と戴く、現在の自民党には何らの期待も持っていない。だから、2006年7月だったかの衆院での1回目の郵政民営化法案に反対して離党した議員の復党問題にしたって、予想の範囲内(【予想】郵政民営化法案 造反組の自民党の処分(17 Oct 2005修正) http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/13562336.html で書いた第二予想)として冷ややかに見るだけだ。

 けど、今回の復党問題に関する安倍晋三の態度は、まさに安倍晋三の力量の無さを露わにしている、と考える。小泉純一郎は、自分の信ずるところを先ず明らかにして、それで先導して行った(小泉はバカなので、政策の空白地帯もあり、そうした分野では、誰かが言った事がそのまま政策になる事もあったが)。しかし、安倍たるや、伊吹文明・文部科学大臣が言う様に「誰でも何らかの事が言える」教育論や国家論でだけ口を開くが、自分の党の方針についても、安倍は、最後以外、まともに口を開く事は無かった。
 安倍晋三は、総裁選に立候補したときだって、しっかりと政策を打ち出し、説明した訳ではない。人気という得体の知れないものに乗り、そのまま当選した。そして、フリーハンドを得た、と評価されたが、フリーハンドで描こうとする政策が本当にあるのか、私は疑問に感じている。

 安倍晋三は、他の人間の様に、青年時代に、しっかりとした教育とスクリーニングを経ていない。勉強したのかあやしいままで成蹊大学を卒業し、何の為に行ったのか判らない南カリフォルニア大学に籍を置き(単位は全く取得していないとの報道もある)、卒業を云々される時期(3年)になるや、神戸製鋼所に入社(現地で試験を受けた事になってる)。当時の企業からの留学が、卒業を目的を目指したものでなく、人脈を作る事を目的としていたのは事実だが、それであれば南カリフォルニア大学と言うのは選択にミスがある。何をしていたのかは、推して知るべき。

 その後、しっかりと何かを経験して来たのならいいのだが…私は、安倍晋三の言動から、そうは思っていない。安倍晋三は、バカのままだ。

 これが、私が「安倍晋三を信じない」(当ブログ内参考記事:【主張】 私は安倍晋三を信じない http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/31165305.html )とし、「力量不足」(当ブログ内関連記事→ 【私見】ひ弱な造花〜安倍晋三:力不足 http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/19343528.html )として来た人間の実態。今まで考えて来た北朝鮮政策以外に見るべき政策は無い。
 減税で、設備の償却について語るのはいいが、法人のみに利益がと蓄積されている現状にもかかわらず、法人税減税に言及したり、その上で、赤字国債の圧縮に言及したり。ホントに全てが出来るのならば、私は安倍晋三を見誤った、と云う事になる。けど、何の優先順位、方途を示してない現状で、これが実現可能になる、なんて考えるのはバカの所業であり、まさに安倍晋三でしか打ち出せない政策ではある。
 世論を見るのに汲々としており、その中で存在感を増すのは世耕弘成などの世論調査の専門家(政治家なのか、こいつは?)。まともな政策立論は官僚によっても行われず、政治家もアジテーションばかりで政策を作る事が出来ない。小泉純一郎が族議員の影響力を削いだのはいいが、新たな政策立案のシステムはどこにも作られていない。まさに憂うべき状態にある。
 もっと国民は怒っていいんじゃないかな〜。それさえワカラナイほどに、飼い慣らされちゃったのかい?日本人てヤツは。だったら、それこそが教育の失敗(当ブログ内参考記事:【主張】 もし、安倍晋三が首相になったら、それこそが日本の教育の失敗を意味する。 http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/38014807.html )。

教育基本法改正 民主は修正協議に応じよ

衆院教育基本法特別委員会が再開され、政府の改正案と野党の民主党案について提案理由の説明が行われた (略) 政府案は3年に及ぶ与党協議会での議論を踏まえ、民主党案も2年近い同党教育基本問題調査会で検討を重ねた。これ以上、いたずらに時間を費やすべきではない / 現行の教育基本法は終戦後の昭和22年3月、GHQ(連合国軍総司令部)の圧力や干渉を受けながら成立した。「個人の尊厳」や「人格の完成」など世界共通の教育理念をうたっているが、肝心な日本人としてのありようがほとんど書かれていない。/ 安倍内閣は、教育基本法改正を臨時国会の最重要課題としている。学校でのいじめや家庭での幼児虐待など、荒廃する教育現場を根本から再生するには、今国会での成立が急がれる。

2006.10.26産経新聞「主張」より
http://www.sankei.co.jp/news/061026/edi000.htm

教育基本法には「肝心な日本人としてのありようがほとんど書かれていない」とお嘆きの『産経』社説子。へぇ。じゃあ他国の教育法規には、「○○人としてのありよう」が当然のごとく書いてあるんだろうね。そう思って調べようとしたら、中教審がすでに調べてくれていました。


 …あれれ?「○○人としてのありよう」らしき文言を掲げる法律は、意外に少ないみたいですよ。唯一それっぽいのは、中国の「教育法」が「社会主義教育の推進」と並んで掲げる「中華民族の歴史、文化、伝統の継承、高揚」ぐらいか。
「国家は教育を受ける者に対し愛国主義、集団主義、社会主義の教育を実施し、理想、道徳、規律、法律、国防及び民族団結の教育を実施しなければならない」なんて条文もあったりして、「社会主義…」を除けば、自民党文教族が泣いて喜びそうな内容です。さすが“一党独裁”の国。自民党はさぞうらやましがっていることでしょう。

とはいえ、これは突出した例。他には「ロシア連邦教育法」の第2条に「全人類に普遍的な価値、個人の生活と健康及び人格の自由な発達を促すため、教育に人道主義的性格をもたせる。市民に必要な資質として、労働愛、個人の権利と自由に対する尊敬の念、自然・祖国・家族に対する愛情を育む」といった条文が見られる程度です。そのロシア教育法にしても、「前文」では教育について「個人、社会及び国の利益のために目的をもって組織される教育と教授のプロセスのことであり、国が定めた教育水準に対する市民の到達度の認定を伴う」と定義するのみで、「ロシア人として…」みたいなことは書いていない。
そもそも教基法にあたる法律自体ない国が多く、あっても教育環境の整備を目的とした実務的な内容が目立ちます。

ただ、フランス版「教育基本法(ジョスパン法)」韓国版「教育基本法」などは、日本の教基法とも性格が近そう。

で、これらには「フランス人としてのありよう」や「韓国人としてのありよう」は、果たして書かれているのか…?
「教育は、国の最優先課題である。教育という公役務は、生徒及び学生を中心に置いて構想され組織される。それは機会の均等に貢献するものである。人格の発達、初期教育・継続教育の水準の向上、社会生活・職業生活への参加、及び市民としての権利の行使を可能にするため、教育を受ける権利は各個人に保障される。 一般教養及び認知された資格を獲得することは、その社会的・文化的・地理的出自に関係なく、すべての青年に確保される。障害をもつ青年の学校への統合は促進され、治療・保健機関はその一翼を担う…」(仏ジョスパン法)

「この法律は、教育に関する国民の権利・義務と国家及び地方自治団体の責任を定め、教育制度及びその運営に関する基本的事項を規定することを目的とする…教育は弘益人間の理念のもと、すべての国民をして、人格を陶冶し、自主的な生活能力と民主市民として必要な資質を備えるようにし、人間らしい生活を営むべく、民主国家の発展と人類共栄の理想を実現することに寄与することを目的とする…」(韓国教基法)
…う〜む、残念ながら(?)なさそうですね。
産経「主張」風に言えば、「『機会の均等』『人格の発達』『弘益人間の理念』『民主国家の発展と人類共栄の理想』など世界共通の教育理念をうたっているが、肝心なフランス人/韓国人としてのありようがほとんど書かれていない」ということになるでしょうか。でも、これらの国で「だから教基法は改正せねばならない」といった議論が起こったという話は、寡聞にして知りません。(「極右」で鳴らすルペン氏は、「ジョスパン法の改正」を訴えたりしてるんでしょうかね?)
少なくとも「○○人としてのありよう」を教育理念に持ち込むことは、世界的に見ればあまり一般的ではないようです。したがって、「日本人としてのありようが書かれていないから、教育基本法はフツーではない、オカシイ」式の主張は誤りということになります。

とはいえ、他の国がしている(していない)からといって日本もそれに合わせる必要はないし、必要に応じてわが国独自の理念を法律に盛り込むことは一向に構いません。それならば「日本人としてのありよう」を盛り込むことがどんな必要に迫られているのか、という立法事実はもとより、それによって具体的に何をどう改善できるのか、といった明確な説明が欲しいところ。ところが、そうしたものはこれまで全く提出されていないと言っていいのが現状です。「GHQの干渉を受けたから」「世界共通の理念しか謳われていないから」そんなイチャモンばかりが騒がしく、「日本人としてのありよう」を盛り込むことが、いかにして産経の言う「学校でのいじめや家庭での幼児虐待など、荒廃する教育現場を根本から再生する」ことにつながるのかは、依然として全く見えてきません。だいたい「学校でのいじめや家庭での幼児虐待」が倫理に反するのは、なにも日本に限った話ではない。それこそ「世界共通の教育理念」で対処すべき問題であって、「日本人として…」なんてものを持ち出すのは、完全なるカテゴリーミステイクです。

自分が「日本人らしい」と思う生き方をしたい人は、存分にすればいい。そんな人にとって、国家が規定する「日本人としてのありよう」を押し付けられることは迷惑でしかありません。一方、そういう生き方をしたいと思わない人は、全くする必要がない。そんなの当たり前の話じゃないか。
何に価値を感じ、どんな生き方を選択するかは個人の自由。教基法が謳う「個人の尊厳」や「人格の完成」は、そうした社会を実現するための理念です。いかなる手段によってであれ、国家が個人の価値観や生き方に干渉してくるのであれば、そんな国家を私は最も軽蔑します。

教育基本法改定に、反対。

転載元転載元: 半哲学的談笑

 表現の自由や、報道の自由は、傷つき易いものであり、公権力の行使は抑制的であるべきだ、と云うのは、自由主義社会が、経験から得た信念の一つだ。自由主義社会に一般的に共有されるものでもあり、伝統とさえ言っていい。
 ところが、今回、総務大臣の菅義偉が2006年10月24日の閣議後の記者会見で、NHKに対し、短波ラジオ国際放送で北朝鮮による拉致問題を放送するよう命令することの是非を、11月8日の電波監理審議会に諮問する方針を明らかにした。
 で、これで何が、どう改善される事を期待出来るのか?私は、何も変わりようが無いだろうと考える。電波監理審議会は、表現の自由と、公権力の抑制的行使の原則に鑑み、この諮問に対し、拒否、反対の結論で対応すべきだ。
 菅義偉は、番組自体に何ら問題が無いのにも関わらず、何か他の意図があって、こうした事を命じようとしている様にしか見えない。私は、菅義偉の自分の「功を焦った」のが一つ、二つ目にNHKに対する個々の問題への命令の実績作りだと思う。今まで出された命令は、経営の在り方に関するもの(横領事件など)や報道の公正中立に関するものが殆どで、個々の問題点の報道命令なんて無かったのだから。
 安倍晋三は、かつてNHKが民衆法廷なるものが天皇有罪の報道をしようとしたときに、裏から手を回して、これを止めさせようとした事があった。これを公衆の面前で、どうこう批難するのは自由主義社会の本旨であり、政治家と言えども、この権利はある。が、こっそり裏で、と云うところが安倍らしい。こんな輩の内閣だからこそ、こんな総務大臣が出て来る。

 菅義偉は、HPでは、坂本龍馬を挙げ、信念と意志を強調してみせる(http://www.sugayoshihide.gr.jp/ )が、今回の命令は、結局、「功を焦った」としか見えない。そうした命令を出した、と云う実績を残したいだけで、命令に対してどういう効果があるか?は全く考えられていない。
 下手をすれば、個別の問題に対する報道を命ずる事が出来る、との実績ともなりかねない。
 菅義偉は、安倍晋三の派閥横断の支援団体となった、再チャレンジ支援議員連盟で幹事長を務めている。総裁選での、この論功行賞で総務大臣の地位を得たのが菅義偉。で、この在任期間中に自分なりの実績を…と焦っただけのものが、今回の命令に思える。
 大臣の実績作りなんて個人的欲望の為に、こんなものを発せられては、かなわない。

 一方、自民党幹部や内閣では、当初問題を指摘していた人(例:片山虎之助)もいたが、時間の経過と共に、「法律上出来るのだから問題ない」との論調に変化して行った。法律上出来る出来ないの論議の前に、その意味を感じ取れない人がいるのは嘆かわしい。
 安倍内閣には「自由主義社会の理念を共有」『していない』人間が、かなり含まれている、と感じるのは、こういうときだ。金正日政権へ対峙している癖に、実は、金正日政権と同じ臭いのする輩が何と多い事か。
 そうした意図を含んでいないだとしたら、ただのナイーブなバカに過ぎない。どちらにしても、自由主義社会の国会議員としちゃ、資格に問題があると思わざるを得ない。

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 画像は、にゃんこさんのブログ「柏LIFE (=^・^=)」の

安倍さんの放置看板
http://blog.goo.ne.jp/nyanko20050323/e/21d504207b23b5624a2726f5543c0c77

から貰って来ました。柏駅前の2006年10月23日現在の画像と思われます。

 捨て看板と言われる、こうしたものは、既に政治では戦術の一つ。よくあるのが、選挙が公示(公示されると、公職選挙法で規制される)前に、演説会を設け、そのまま看板を捨てておき、公職選挙法の規制を脱法する、と言うもの。

 民主党でも大差は無いと思いますが、少なくとも自民党には、公徳心に欠けた人が関わっている事を証明してます。こうした方々が「美しい日本」を作れるとは私は思えない。もし、安倍が本当に「美しい日本」を作る気だったら、自分の党内に、こうした看板をきちんと片付ける様に徹底させたら?言葉に反して「日本を汚す人々」である事は間違いない。

 まさか、学生を半年間ボランティアで使い、看板片付けをやらせようって訳じゃないよね?公害と同じく、原因者負担で行くべき!


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