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銀杏って、場所によって、また個体によって、黄葉の様子に差がある、って先に に書きました。 でもって、亀甲台公園の昨年2008年の銀杏の様子は、 <曇り空の下> 2008年11月16日撮影 <青空の下> 2008年11月21日撮影 なんて記事をUPしてます。 昨年と較べて、多少色づきが悪いのかも知れませんが、亀甲台公園の銀杏は、もう落葉も始まっていますし、見頃だと思います。 こんな感じ。 ☆★☆★☆ なお、この亀甲台公園の銀杏は、2009年10月下旬(月末)でも既に目でみた際には、色づいていました。でも、画像にすると、こんな感じで緑っぽかったんですが。 ☆★☆★☆ まあ、昨年2008年の記事と較べて、黄葉が早いのか遅いのか、また、まだ見頃には早いのか遅いのか、それとも今が見頃なのか、判断して下さいませ m(_ _)m でも、晴れてりゃ黄色が強く見え、雲ってりゃ緑が強く見える、ってだけの事かも知れませんので、ご注意を。 昨年2008年の記事と比較出来る様に、同じ様な構図で撮ってみました(実は、私に進歩が無いだけ、なんですが…笑)。 ☆★☆★☆ この記事の画像は、カーソルを合わせてクリックすれば、別ウィンドウで大きく表示されます。
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日立柏サッカー場周辺情報
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サッカー観戦時のお役立ち情報など。
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日立柏サッカー場のある日立柏総合グラウンドの北門と正面の間に、くるまやラーメン柏日立台店がありました。 ここね。 http://eznavi.auone.jp/map/?ctl=0190&backCtl=0190&atr=&lon=503919009&lat=129049463 ここは、くるまやラーメンが一度破綻した際にも、再開店舗第1号グループに入り継続出来た店舗です。 ですが…2009年8月31日を以て閉店しました。 夜02:00までやっていた筈(まあ、客がいないと、その前に閉店する事も多かったのですが…)の店舗が、ちょっと前から早い時刻でも灯りが点いてないときが多いなぁ…って思っていたのですが、2009年9月10日前を通ってみたら、閉店の告知がありました。でも、その告知、ちょっと珍しいもの。 これは、店舗に貼ってあったものです。「駐車場契約満了のため」だそうです。 おまけに、移動式看板を固定した物まで。 借地法2条で定めるところにより20年の借地契約でもあったんでしょうか?1989年頃から、ここって営業してました?(私が柏市内を初めて通過したのが1985年、柏市に初めて足を踏み入れたのが1986年です。この前を初めて通ったのが1993年ですから、私の知るところではありませんが) さて…この敷地の所有者って誰なんでしょう?法務局のHPから500円(クレジットカード決済可能)を支払えば確認出来るのですが、わざわざ他人様のために(好奇心だけで)500円を支払う気にはならないで、以下、勝手な推測。 もしかして…日立製作所?だとしたら、今後色んな展開が考えられますね。 レイソリスタをここに開設したり、柏レイソルのチケットはローソン・チケット限定なのにローソンが近くにないので、ローソンを開設したり。おいらとしちゃ、24時間営業のすき家も併設してくれたら、嬉しいんだけど…。
また、ここに営業店舗が有るために出来なかった、試合後の日立柏サッカー場脇の道路の閉鎖と歩行者天国化、てのも出来るかも。 まあ、展開を見守りましょうか。アウェイ・バスの駐車場になるだけだったら、がっかり…てな気もするんですが、将来的には意味のある場所です。 |
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まあ、建売住宅の大規模開発地なんて、どこも大差ないものと思います。特に、ここが危険な土地であるとも思いませんが、たまたま私の自宅の近くなので、住んで十数年経ち、ここを他の土地から来ていきなり購入しようとしている方よりは、知っている事も多いだろうと考え、UPします。 これをUPしようと思ったのは、 の 2009/1/11(日) 午前 11:02 のコメントで 「この日立ライフ敷地の日立台2丁目部分は大地震の際は、地盤毎10cm程度は動く可能性があると考えます。新たに盛った土地ですし、その重しは、下の防火水槽と擁壁だけであり、途中の傾斜は、重力だけによって支えられてます。下まで達する仕切り壁は存在してません。いつ来るかは判りませんが、20年以内に大地震が起こったら、この敷地の日立台2丁目部分は、上水道も下水道もガス管もメチャメチャに破壊されるでしょう。家自体は見た目大丈夫だとしても。地盤災害と言われるものです。 でも、その際には、名戸ヶ谷1丁目や新柏も上下水道もガス管もメチャメチャになるのは一緒ですけどね。」 て書いたところ、2009/2/14(土) 午後 11:01 にjogoshi7さんのコメントで 「地盤毎10cm程度←なにか根拠があるのですか?」てあったからです。 このコメントに対しては、2009/2/15(日) 午後 1:46 に 「2009/1/11(日) 午前 11:02 で「地盤毎10cm」と書いたのは、大雑把な目算です。数値自体に厳密な根拠はありません。2004年10月の新潟県中越地震での長岡市での丘陵住宅地での地盤災害、2007年7月の新潟県中越沖地震での山本団地での地盤災害の土地は私の土地勘のあるところであり、地形、工法も大差ないと感じていますので、それを準用しました。但し、長岡の方は大雨(それ自体で災害がでるほどのものではありません)の後でしたし、柏崎の方は、下が砂地でしたので、15〜150cmと云う実績値を割り引いて出した数値です。とは言え、日立総合グラウンド西脇の土地(特に日立台2丁目部分)も、一度下まで掘った後に土を再度盛っている事、もともと谷地であり地下水の集積しやすい土地である事、実際の地下水深度は、下の土地では地下数十cmである事が確認出来る事、また緑ヶ丘交番前交差点でもかつて大雨の歳、地下水が噴き出し敷石が剥がれた事もあり、地下水自体は無視出来るものではない事、などから無関係ではあり得ないと考えたものです。」 と書きました。 以下は、この2009/2/15(日) 午後 1:46 を少し詳しく説明しようとするものです。 ☆★☆★☆ 私も十数年前に柏市に越して来た者であり、それまではこの土地に馴染みがあった訳ではありません(松戸市に住んでいた事はありますが、日立柏サッカー場周辺に来たのは十数年前が初めてです)。 て事で、当初の土地形状がどうだったのか?から見てみましょう。 私が判る範囲では、国土交通省作成の土地形状図 http://www1.gsi.go.jp/geowww/themap/view/mapview.php?type=lcm&dis=kanto&name=noda&size=100&rc=44&xy=21 が一番古いものです。該当部分をコピペ&トリミングして下に示します。 厳密に同じ位置ではありませんし、敷地もこんなに判りやすい形ではないのですが、取り敢えず、ここら辺て事で。 調査年は、1970年。土地形状は、そこから根拠を持って推測される昔の状態を現したものではないかと考えます。 右側の赤い比較的整形された土地が亀甲台。日立柏サッカー場はまだ無く、その土地に日立関係なんでしょう、社宅らしきものが並んでいます。そして、左上には、ひばりヶ丘交差点が見えますし、そこに至る道も見て取れます。 で、ここで話題にしている建売住宅の土地ですが、赤線で示した辺り。もともと台地に樹枝状に入り込んだ谷地であり、周辺の雨水を集めて谷が形成されたものである事が判ります。 なお、柏の台地と低地の地下の地層構造は大きく異なります。古くは、寒い氷河時代に深く谷が削られ、それが温かい縄文海進の時期に海面が上がった(名戸ヶ谷小学校の東脇辺りまでは江戸時代初期までは海【香取海】でした)時期に、海面下で水成堆積物が溜まったのが低地。台地の方は縄文海進の時期に、火山性の堆積物(10mほど)が積もったものです。縄文海進の時期に海だった部分では、火山灰などは拡散され流されており、火山性堆積物だけの層としては存在していません。 ですので、日立柏総合グラウンドの下には、南の名戸ヶ谷1丁目の土地面より上に東京軽石層などが存在している模様(日立総合グラウンド下に1990年末に雨水幹線を掘ったときに判明)ですが、直ぐ南の名戸ヶ谷1丁目にはそうした層はなく、地下二十数mまで建設支持基盤なしに摩擦杭を打ち込むだけで建っているマンションなどもあります。名戸ヶ谷小学校、柏市立第四中学校なども推して知るべき状況。とにかく、柏市内の台地と低地の地下の状況は大きく違います。 で、この今回の土地は、低地と同じ。 一応古いだけなら、http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/53948096.html の真ん中に、「天保年間(1830〜1843年)の地図」として名戸ヶ谷ビオトープに引用されているものがありますが、ここでも、この敷地は谷地として表現されています。 ☆★☆★☆ で、そこを埋め立てて、今回の土地は作られています。最初の埋め立て時期に関しちゃ、私には不明。緑ヶ丘と日立台に渡って、戦中は、日立系列の航空エンジン工場(軍需工場)があったそうですから、その頃なのかな…と思いはしますが、思うだけ。証拠は何らありません。 その事は、上の土地形状図だけではなく、今回の土地の最南部で東側の都市計画道路予定地(市有地)に、雨水管か下水管か判りませんが、下から基礎のある状態でマンホールがそびえている事でも判ると思います。 このマンホールは、今回の工事が始まるまでは、地表にありました。が、http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/50878857.html の様に、下まで掘り下げた際に、下から基礎のある状態で建っている事が明確になった訳です。このマンホールの隣にあった、杭は、斜面を掘ってか、このマンホール工事をした事をうかがわせるものですが…。 とにかく、今回の敷地の日立台2丁目は、http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/50878857.html の写真で判る様に、一度下まで掘られた後にまた埋め戻されています。付言すると、ひばりヶ丘部分も、かつて(1990年代後半まで)、テニスコート1面を底地とする雨水調整池のあったものを埋め戻したものです(http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/47590588.html 参照)し、日立台2丁目とひばりヶ丘を分ける道路が東側の、緑ヶ丘交差点へ続く道路とぶつかる部分は、雨水幹線のトンネル工事の為、南側の低地部分より少し下まで掘り下げた縦坑を埋め戻した土地。 また、この敷地全体を下水管やら何やらの工事で地下2m程度まで掘り下げたりしてましたし、ひばりヶ丘部分の西側は、かつて道路より少し低い状態だった(http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/50202189.htmll で、道路の方が高く、数十cmの擁壁のあるのに注意)のに、そこに擁壁を置き、盛り土をして出来た土地です。全面に盛り土がされています。 盛り土の土の成分は、判然としません。この周囲の土でしたら、火山灰の風化したものなのですが、同じかどうか。火山灰は、粒自体は不整形(水成堆積物の様に、運搬途中で削られて丸くなったりしていない)ですので、堆積当初はさらさらしてまとまらず崩れやすいのですが、年月を経ると、その凸凹が上手く噛み合って、なかなかしっかりとした地盤になります。が、それを掘り返すと、水分を含んだ状態だと土塊ですが、乾燥しちゃうとバラバラになり、当初の状態に戻る事もあり得ます。すると…まとまりが無くなり、地盤としちゃ不良になる訳です。が、この土地の土の由来は不明です。 まあ、盛り土で出来ている、って事だけが判断出来るだけ。 でもって、私が心配なのは…この敷地の南側の日立台2丁目部分は、最南端に防火水槽と擁壁はありますが、そこから上のひばりヶ丘に至るまでの間は、土地を区切る擁壁はあるものの、各区画の地面を水平に保つ役目だけで地盤自体を支えるものになっていない事です。まあ、そんなの、斜面のある土地造成じゃ当たり前の事なんですけどね。 でも、土地を造成してからの期間が短い故に、まだ地盤としちゃ不安定なのも事実だろうと思います。ブルドーザーなんかで踏み固めちゃいるけど、それだけ。 で、地下水の水位は、雨のある時期には、下の土地の地表から数十cmレベル(http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/53948096.html 参照)。敷地全体を盛り土で上げている為、周囲からの雨水がこの敷地に集まる状況にはなりませんが、盛り土(埋立地)+地下水は、結構、地震の際には悪さをする事が多いものです。 地盤についての簡にして要を得た記事としちゃ、朝日新聞2008年9月2日付朝刊第20面があります(私のブログだと、ファン限定記事 http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/54975746.html で引用)が、住宅メーカー側の責任は家の重みに敷地が耐えられるか?だけであり、業界での「地盤保証」も対象が家が縦に沈む不同沈下だけ(近くに家のある私から言わせて貰えば、この程度の造成地なら10年間で2〜3cm、十数年で5cm程度は敷地は沈みます。但し、不同沈下でなく、同じ様に沈むでしょうが)。横に動く地滑りは対象外。 まあ、土地の様相としちゃ、2004年10月の新潟県中越地震(長岡市、小出市など)、2007年7月の新潟県中越沖地震(柏崎市、刈羽村など)の地盤災害と大差ありません。で、2004年10月の新潟県中越地震は、大雨(それ自体では災害は発生せず)の数日後、2007年7月の新潟県中越沖地震の際の地盤災害は、下の土地が砂地だった(地下水水位は地下1.5mほど)と云う部分はあります。だから、それらの被害(15cm〜150cm)を割り引いて、コメントでは10cm程度と書いた訳です。天候などの状態が良けりゃ被害は無いでしょうが、大雨の後だったりすれば、その程度の被害は簡単に(750ガル程度の振動があれば…の話ですけど)生じます。でも、そんな事は、盛り土を伴う斜面造成地なら、どこでも起こり得る事ではありますが。 まあ、リスクを知った上で、購入に及ぶ事です。「柏市の台地の上の方だから大丈夫」なんて思わなければいいだけの話ですけど。 <コメント欄で、追記をしてます>
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今まで、この書庫で書いて来た、日立柏総合グラウンド西脇(ひばりが丘+日立台2丁目)の宅地造成+分譲住宅建設、ですが、現在、6件ほどが建設中(もしかしたら一部は既に完成。全69戸予定)。 そんな状態ですが、昨日2008年10月26日、新聞折込チラシが入って来ました。タイミングとしてどうなのか?は私は判りませんが、そこで、、全体図が出ていたので、ご紹介。 画像にカーソルを合わせてクリックすれば、別ウィンドウで大きく表示されます。 売主:中央商事(日立グループ)+日立ライフ(日立グループ) 販売提携(代理):野村不動産アーバンネット なんだそうです。 このHPによると、おいらが住んでいる地域は「柏邸宅地域」なんだそうだ(爆)。「柏スラム街」でなかっただけ、マシか(笑)。
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日立総合グラウンドの西脇、日立製作所所有地を、日立ライフ(常務取締役は、前・柏レイソル社長の小野寺重之氏w)が宅地として造成し(宅地造成での元請は、鹿島道路みたい)、戸建て住宅で売り出す予定です。 当初、工事期間が〜2008年6月30日って公示板が出てました。今も出てます。が、現実には2008年6月30日時点では、上のひばりが丘部分(この造成地は、ひばりが丘部分と、傾斜地の日立台2丁目部分とに分かれています)が、ほぼ造成完了したに過ぎませんでした(電柱はその時点ではまだで、電柱が立ったのは2008年8月中旬だかたかな?)。 で、当初の工事期間から2ヶ月経過しての2008年8月31日、大雨のその後を見る為にも、敷地内を見てきました。本来ならば、部外者は入ってはいけないのですが…近隣住民は、私も含めて傍若無人(笑)。お散歩と称して、工事していない間は、侵入し、観察してます。カメラで撮している人も私だけじゃない。 って事で、敷地内からの写真も多いけど、UPしちゃいます。 ☆★☆★☆ 先ずは、ひばりが丘部分。 日立台2丁目との境界になる道路から見ると、こんな感じ。 が、今回、この境界部分に擁壁を建て、盛り土して、造成しました。 私が、記憶で、敷地内道路を書くと、こんな風に道路が通っています。 茶色は自動車がOKの道路(6m幅)、赤は歩行者専用通路。曲線が上手く書けないので、直線で書いてます。その分、歪みが生じていますし、それぞれの道路の間の幅は不正確ですので、相対的な関係しか示してません。 縦横に十字に交差してる黒線は、経緯線。 敷地内住宅から、ひばりヶ丘バス停に行く場合、ひばりが丘ふるさと会館脇に新たに作られた歩行者用通路(この写真の右端ね)を通るか、 ひばりヶ丘市民プール脇に作られた通路(ここ)を通って 行くしかありません。ひばりが丘市民プール脇の通路に降りる為には、日立総合グラウンド脇の道路に出る必要があるから、緑ヶ丘バス停の方が近いでしょう。って事は、ひばりが丘バス停に出るのは、ひばりが丘ふるさと会館脇の歩行者用通路を使う人が多くなるでしょう。きっと、「何でひばりが丘方面にストレートで行く様に道を作らなかったんだ!」って住民から言われるだろう事は容易に想像が付きますが…。 かつて、ここは、既に住宅地となっている(昭和20年代?)ひばりが丘部分より一段低くなっている区域でした。ですので、その後1988年〜2000年代前半頃の間、ひばりが丘部分の西側1/4程度を掘って、テニスコート(1面)兼 雨水貯留池となっていた事もあります。そんなこんなで、ここに戸建住宅が出来ると聞いて、公共施設の敷地になるものと従前考えていた周辺住民は「地盤は大丈夫なの?」って思ったものでしたが、更に盛り土されたのを見て驚いている次第です。盛り土の厚さは、一番低いところの擁壁の高さとほぼイコールです。 擁壁が出来たので、今までこの敷地内に重力で排水されていた雨水は自動的には流れなくなり、排水溝が出来る事になりました。 それにしても…工事をしたのは2008年5月なのに、この写真を撮った2008年9月4日になっても看板を撤去しないのねぇ…。 ☆★☆★☆ 次に、ひばりが丘部分。 日立台2丁目部分は、ひばりが丘との境界の道路から見ると、こんな感じ。 左端にある黄色いのは、日立総合グラウンド内に駐車していたレイソル・バス。 日立総合グラウンドと、この宅地予定部分との間には、都市計画道路の敷地があるんですが、この宅地は、日立台2丁目部分については、都市計画道路からのアクセスを取るのではなく、敷地内造成道路(建築基準法上、宅地は公道との接地義務がありますから、この道路は後で市に寄付される筈)でアクセスを取っています。 では、都市計画道路の敷地はどうなっているか?って言うと…こんな感じ。 マンホールが見えますが、このマンホールの位置が、この宅地造成を始める前の敷地の地面のレベル。今回の宅地造成で、都市計画道路の敷地内もいじっている事は明らか。 先に見える公園みたいなのは、まさに公園。「日立台第二公園」と看板がついてました。この下には防火水槽が埋まってます(当初、雨水貯留池かと思ったのですが…ベニヤ板が中にハメ殺しになってるから、水を長時間溜め続けると…腐るわな…)。ですので、この部分は、これ以上 下げる事は出来ません。 私は、今回の宅地造成で、都市計画道路も一気に下の永楽台3丁目との境界になっている道路か、その先の永楽台3丁目内の道路まで繋がるのか…って思っていたのですが、どうやら、都市計画道路の造成は先送りされる様です。 先ず、現時点で、この都市計画道路の先は、下の永楽台3丁目との境界の道路側から見ると、こんな感じ。 公園側のレベルと全く同じ。この撮影は2008年8月31日ですが、2008年9月4日には公園部分にグラウンドカバーの草が植えられました。 この上から見ると、公園と同じレベルですね。 何よりも、道路の造成の高さのレベルが、宅地部分と全く同じにされてるんですね。排水溝もそれで作られてます。 これでは、このままでは道路には出来ません。先送り確実と思います。 マンホールも、市に任せる事になるでしょうな。このマンホールは雨水管なのか、下水管なのか、私には判りません。古くは、ここに社宅が多数あったときに出来たものと推測出来ます。まちBBS柏スレで知ったのですが、土地形状図 http://www1.gsi.go.jp/geowww/themap/view/mapview.php?type=lcm&dis=kanto&name=noda&size=60&rc=44&xy=11 (本来は、土地形状図だが、下にある地図は、1970年調査…これはこの図の右下まで移動させると明記してある)の地図で、日立台の部分を見ると、民家らしき住宅(社宅だったんでしょう)が沢山建っているのが確認出来ます。 これが下水管であったとした場合、なかなか面倒。まあ、日立総合グラウンド内で塞いでから、撤去、でしょうな。但し、このままにしていても、あんまり被害は考えられません。 雨水管だとしたら…撤去の手間は同じ様なものですが、下手をすると大雨の際には、この雨水マンホールから水が噴き出さないか、少し心配…まあ、今回は蓋は外れてない様ですし、大丈夫かな(笑)。但し、2008年8月27日の対 FC東京戦の試合前の大雨や前日2008年8月30日の大雨の際には、日立柏サッカー場北隣の雨水管からは、水が噴き出した模様です。安心出来るか、どうか。もしこれが雨水管であって、水が噴き出し蓋が外れると…この高さ(もとは地表面なので、当時は何の問題も無い。掘ったから問題になった)から、鉄製の蓋が襲って来る事になります。おお、こわ〜っ。 土のレベルの設定の仕方も、失礼だけれど、バカ。取り敢えずだから、こんな作り方でごまかしたんだろうけど、宅地部分から一段 下げておけば、大雨の際、宅地に土が入らないんだけどね。それとも、住宅を建てるときに、そうするのかな? とにかく、都市計画道路は宅地と同時完成ではなく、先送りは確実…って事だけがここでの報告事項。 ちなみに…下に通じる道が無いと不便じゃないか?!って?不便です。だから、こんな歩行者専用通路が出来てます。 擁壁部分に「日立台第二公園」の銘板が。 上2つの写真の撮影日は2008年8月31日、で、次の写真の撮影日は2008年9月4日。2008年9月4日までに、斜面にグラウンドカバーの草が植えられたのが判ります。 ☆★☆★☆ …にしてもねぇ、この都市計画道路敷地部分も同時にいじってる(鹿島道路?)んですが…こんな事しちゃっていいの?6つ上の写真(上から数えると、7つ目の写真)の、都市計画道路敷地部分に立つ臨時電柱 脇。 見えない?では、拡大。 道路境界標。これは動かすと、刑罰も規定されてる代物なんですよ?道路会社だから知らない訳じゃないだろ?誰か、告発してくらはい(私の場合、住居侵入容疑で反対に告発されても困る…まあ、実害無いから、おいらの側は不起訴になるだろうけど、おいらの場合、それ以前に、告発されただけでも困る事情も…笑)。この写真は、下を通る 永楽台3丁目と日立台2丁目の境界となる市道から撮ったものですので、レイ豚と関係なければ、住居侵入の容疑を懸けられず、告発出来ます。 取り敢えず、証拠写真て事で。 ☆★☆★☆ この日立台2丁目部分も、上の方は土を掘ってるからいいんですが、下の方は、 の写真で判る様に、一度下の永楽台3丁目との境界の道路以下にまで掘り返された後で、再度、擁壁+盛り土で2m近く上げられたものです。 地盤は、最大の懸念事項ですね。この十数年、掘り下げ、埋め戻しの経緯の無いのは、ひばりヶ丘部分の日立台1丁目との境界の道路(日立総合グラウンド脇の道路)近くですかね(でも、今回の造成作業中に掘り下げてるかも)。「日立台2丁目部分も上なら問題無いだろ?」って言われそうですが、日立総合グラウンド脇の道路との接点付近は、日立台下を通る雨水幹線トンネルの作業用縦坑として、下の永楽台3丁目境界道路より下まで掘り下げた経緯があります。 ひばりが丘部分と日立台2丁目部分の境界になる道路両脇も、今回の造成で2mほど掘り下げてました。もしかしたら、改正建築基準法で定められた、水抜き用の排水管付設工事だったのかも知れません。購入する方は、よ〜く聞いてみる事です。 また、日立台2丁目部分の各宅地の境界は、擁壁構造を持つものが埋め込まれていますが、確かL型で下の方は上の住宅の敷地内に入っています。地震の際に横滑り地滑りの可能性が無いか、どうか?についても、納得出来る様に説明を受けておく事をお奨めします。 なお、大昔まで辿れば、今回造成された宅地部分は、ほぼ全てが谷であり、谷を埋め立てて出来た高台である事が、土地形状図 http://www1.gsi.go.jp/geowww/themap/view/mapview.php?type=lcm&dis=kanto&name=noda&size=60&rc=44&xy=11 で確認出来ます。ここは、戦時中、日立関係の航空機エンジン工場(当時だから、プロペラエンジンでしょう)が置かれた土地らしいので、その工場の造成の際、埋め立てられたものかも。 レイ豚としちゃ、この規模の造成だと柏市で義務づけられている、雨水貯留池がどうなったのか、が気になるところ。従前「雨水貯留池になるんだろう」と思っていたものは、日立台第二公園下の防火水槽になったので。 ☆★☆★☆ 以上、将来ここにお引っ越しになると、ご近所さんになるであろう(だから、引っ越すの、止める?)、レイ豚からのご報告でした。
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