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<これは、将来の道徳教科書に向けての下書きです。>
2006〜2007年に亘り、安倍晋三内閣で農林水産大臣を務めた、松岡利勝と言う人がいました。
この人が最初に国民の前に名前が広く深く知れ渡る事となったのは、水道光熱費が国費で負担されている議員会館にしか事務所が無いのに、政治資金報告書の「事務所費」の「水道光熱費」の項目に年間500万円超、の経費が計上されていた事が最初でした。
当初、この大臣は「調べて明らかにする」と言っていたのですが、その後「適正に処理されている」「現行法令の求める範囲以上のもんとなるので、開示は控えたい」などと言い出しました。これを、ときの首相である安倍晋三も、「法令通り処理していると認識している」と擁護した訳です。
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【課題1】 政治家が一度表明した言葉を後で翻す事、その道義的責任について考えてみましょう。また、これに限らず、一度態度表明した事を後で覆す事の責任についても考えましょう。
【課題2】 経済的な規制については、法令以上のものを求めない事が経済の自由を確保する道であるという考え方があります。では、政治的な規制で、それが守られているのかに疑問があるとき、届け出だけが行われている事で全ては済んでいる、という事でよいのか、考えてみましょう。
また、法律に触れなければ、その範囲で何でもやっていいものなのか?についても考えて見ましょう。
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その後、緑資源機構の官製談合事件で、松岡利勝(農林水産省の官僚出身で、林野庁広報官の家家kんもあります。また、この談合に関与した企業から献金を受けてもいました【後に返還】)の関与が疑われるに至って、2007年5月28日、衆議院の議員会館で自殺しました。
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【課題3】 社会的な制裁は様々です。刑事事件では、国家権力である検察官が法廷で「合理的な疑いを容れない」程度の証明に成功しない限りは無罪とされます。それとは別に民事事件では、双方当事者の証明の分配により、責任が決定されます。
それ以外にも社会的な制裁にはいろいろなレベルがあります。マリノウスキーが「未開社会における犯罪と慣習」(新泉社)で報告した(同書 p.74〜)ところでは、犯罪者に国家権力などが直接手を下さずとも、自殺に追い込む事で制裁を達している社会もあります。松岡氏が、そうした制裁により自殺した者と考えていいものか、考えてみましょう。
また、いじめと上で言うところの社会的制裁との間の共通点と差異についても考えてみましょう。
その上で、制裁と責任の対応関係と差異についても考えてみましょう。責任というときの多義的なそれぞれの意味についても考えてみましょう。
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