黄色い蛇足@日立柏酒場裏

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2009年8月30日衆院選へ

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最も遅い衆院選は10月20日=政府答弁書 (時事通信)
 政府は22日の閣議で、次期衆院選の投票日について、公職選挙法の規定に基づき解散した場合、最も遅いケースでは10月20日になるとする答弁書を決定した。民主党の加賀谷健参院議員の質問主意書に対する答弁。

 公選法は、解散によって行われる衆院選について「解散の日から40日以内に行う」と定めている。仮に衆院議員の任期が満了となる9月10日に解散されれば、10月20日投票の日程が可能になる。 

[時事通信社]

[ 2009年5月22日17時31分 ] 

今のうちに、言っておく。

10月20日に投票で、それまでは月割りで歳費をもらえるというならば、現在の衆議院議員は憲法で定める「4年」を超えて、歳費をもらうことになりそうだ。

それも、自民党が負けそうなのでなるべく後でやりたいという都合で。

議員歳費の日割り問題について。
私たちが当選直後に提案した歳費の日割り(現状は月払い。月初めの選挙で落選した人も1カ月分受け取り、月末の選挙で当選した人も1カ月分受け取る)だが、党内から思わぬ抵抗や議論が出て、未だに法案提出に至っていない。
上記は、民主党の水島議員のブログの記述だが、これによると、10月20日選挙なら、旧議員に本来払わなくてよい歳費が二か月分支払われ、新議員は10月分まるまるをもらうことができる。もし、そうならば、10月20日選挙は行うべきではない。

ちなみに、日本の国会議員定数は多くはない。しかし、歳費(給与)は世界一で、イギリスの下院議員の2倍以上、米国の上下両院議員の1.2倍をもらっていて、イギリスと比較するならば、外務大臣とか大蔵大臣と同じ額を、日本の1年生議員がもらっている。

定数減らすな。給与を減らせ。任期延長して、エクストラで歳費もらうな。

転載元転載元: 民主主義はコストなのか。

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〜 「その1」(http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/57546419.html )から続く 〜


(3) 麻生太郎は「政局より政策」と繰り返す。そして、その「政策」の第一は「景気」だと言う。では、麻生太郎の経済に対する理解はどの程度か?言えば、私は、政策に現れたそのレベルは、「かなり低レベル」だと感じている。

 最たるものが、高速道路1,000円のやり方。そして、その後、今国会で審議されている補正予算案で「批判の強い、公共投資の比率を下げた」なんて自慢している事。
 
 先ず、道路について、どう考えているのか?
 日本は国土が細長く、山岳地帯もある。ヨーロッパなどに較べて、道路の役割はデカイ。港湾への道路が今よく批判されるが、もし、国内流通のスピードをそれほど要求されない物流を、道路を経由せず、各港湾の間で中継する積もりなら、この意図は経済効果をもたらす。だが、そうでなく、現在の物流のシェアを考えるのならば、道路整備は不可欠だ。
 これは、ヨーロッパなどがローマ帝国の時代からの遺産たる道路を持ち、国民国家の成立以降も道路インフラへの投資を行って来た事に対し、日本は、徳川幕府(江戸幕府)が自らの存続のみを図り、国家政策たる道路整備を行わなかった、と云う数百年分の遅れがある事と関係している。そして、物流のシェアの割合で鉄道を増やすのであれ、「道路は必要だ」。

 問題は、その道路整備が効率を考えずに、単に地元の土建業者への工事発注としてなされて来た経緯の方。まさに、無駄遣い。でも、今だって、物流のみならず、地方での通勤(住居の問題と関係し、物流と関係して産業の分布に影響する)、買い物(主に、住居の問題と関係)で「道路が必要」である事には変わりは無い。問題である「効率重視」を貫徹させる方策こそが必要であり、もう一方に「道路だけあれば足りる」のでない事も確かであり、国民の暮らしをよくする方向で、道路や他の支出とのバランスを図りながら、行っていかなければならないのだ。

 だから、「公共投資の比率を減らした」なんて、何の意味も無い。アニメの殿堂(博物館。補正予算案に予算付けされている)を作るくらいなら、道路を少し伸ばした方がまだいいほど(どちらも「公共投資」だが)。とにかく、「効率重視」「経済効果重視」で「公共投資」を行う事が求められている訳だ。
 そういう観点で見れば、今回の補正予算案のかなりの部分が「基金」に化ける事は、厳しいチェックが必要な点でもある。勿論、雇用保険の財源たる基金への支出など、必要なものもあるのだが、中に「官僚のお財布」としての意味しか持たず、景気対策としての意味が薄いものがないかどうか、効率で問題のあるものが無いかどうか、検証する必要があるだろう。何て言ったって、「基金」は単年度で使い切る必要の無いものなのだから。
 また、今回の補正予算案の省庁別シェアもチェックしてみるべきだろう。今まで予算案てものは、省庁別シェアが決まっていて、1%動かすのも至難のものだった。これが動いていない様なら(恐らく動いていないものと推測する)、それは「景気」とは無縁の力学が動いていた事の補強証拠でもある。

 「道路」から離れてしまった。前回の補正予算案で認められた、高速道路1,000円は、「ETCを付けた」「乗用車のみ」「土日祝日に限って」1,000円(地方のみ。大都市周辺は、それ以外のものがかかる。例えば、柏〜水戸なら1,300円。インターチェンジを少しずらして、谷田部〜仙台では、距離は2倍以上になるが1,000円)となるもの。
 意図は判るのだが…行楽需要を伸ばそうってもの。トラックなどの料金を変動させない事で高速道路の、収入に大きな変動を与えない様にしている。まあ、確かに行楽需要は伸びると思う。が、経済全体にとっての意味を考えるのなら、他の方策が考えられた筈だ。

 「道路は繋がってこそ、意味を持つ」と言われる。が、現実を考えてみよう。繋がっていない道路なんて、あるか?問題は、「高速料金」にある事が直ぐ判る。では…高速料金を通算して支払える様にする事で、「道路を建設する」のと似た効果をもたらす事も出来る筈だ。そして、これはETCなどで個別の車を識別して通算する事で(まあ、ナンバーで出来れば最高なのかも知れんけど)、最小の投資(高速道路側では、多少の減収になるだろう)で、経済効果(「最大の」と書きたいところだが、それは割合の話だから…)をもたらす事が出来る。ETCカードとしてのクレジットカードを持たない人間には、それ相当のカードを配布したらいい(いつか首都高速で検討されていた)。
 物流関係は、どんな人間にだって影響するものなのだから、トラックを高速料金の検討から外すのは、「覚悟の無さ」を示す以外の何物でもない気がする。
 私は、炭素税を導入してガソリン代を上げてでも、高速料金は下げるべきだと思ってる人間だが、これは景気とはあんまり関係の無い話。
 行楽需要を上げる為にしろ、土日祝日だけに適用すれば、その該当日に車が集中するのは、当たり前。GWは仕方ない面もあるが、高速が渋滞して高速としての意味を成さなくなるなんて事があったら、それは本末転倒。
 私の考えでは、民主党の言う、高速道路の無料化をするより、ロードプライシング(高速の需給を、渋滞を起こさない範囲に抑制する為、高速料金を調整する事)をETC車に限ってやって、上の通算制度(ETCカードを使い回す形での逸脱事例はあるかも知れないが、料金体系を距離比例にすればいいだけ)を設けて、調整するのがベストだと思う。高速道路に自転車などが入り込まない様にすれる為には料金所に保守の人間は必要だし、色々考えると(例:高速を通る車のナンバーは全て記録されていて、犯罪捜査などに役立っている)、料金所を無くす、って民主党の考えも、ちと性急。すると、メンテ費用と保守人員の給与を賄える程度の収入を料金所から得る事にして、後はロードプライシングで調節するのがいいと思う(まあ、その場合には「インパクト」を優先すると、財政出動は遙かに大きなものになってしまう可能性もあるが…逆に、財政出動の額で調節すると、見た目は地味になる)。
 とにかく、「トラックを除外」しての高速料金値下げは、「票を買った」と言われても仕方の無い政策。

 あんまり頭のいい政策ではない、って思ってる。そして、そういう政策を採った頭の中は、経済の「仕組み」についての思索が不足した故だろう、と思っているのだ(この高速料金1,000円は、総務省出身の首相補佐官が中心になってまとめた政策。が、これを認めたのは麻生太郎)。3日間も考えれば、もう少しマトモな政策になった筈なのに、何を焦っていたのか…。
 ここら辺の時間の使い方も「覚悟」の問題。「覚悟」が不足しおていたからこそ、思索も浅かった訳だ。
 まあ、「高速道路1,000円」で、政府の期待に沿って高速に乗り、渋滞に巻き込まれると云う「国民イベント」に参加し、それで政治の国民生活への影響を知る…って云う政治意識の高揚に役立ってくれるなら、それはそれでいいのかも知れんが…。

 ここら辺の「道路」に関しての考えは、別に記事をUPして、そちらで書く事がベターな気もする。

 ☆★☆★☆

 この世の中に、「完璧な人間」なんていない…と思う。私の会った人間のレベルが「類は友を呼ぶ」の諺の示すところにより低いのかも知れん(あ、皆様…スマンw)が、私はいまだ、完璧な人間なるものにお目に掛かった事が無い事だけは、自信を持って言える。みな、何らかの傾向、偏りを持っているものだ。
 大切なのは、それを自覚した上で、その欠点を補う様な施策を用意しておく事。もしくは、本人が自覚出来ないのであれば、周りの人間が、それを認識した上でその人を使う事(意味づけする、と言ってもいいかも知れない)。

 それが首相の場合…取り替えた方がいいのか、どうか?は国民の判断であり、それを示すのが総選挙って事になる。

 首相になって、ここまで約7ヶ月。半年もすれば、麻生太郎の性格は、一般の人間にも見えて来る。私にとって、3ヶ月もしないうちに判った事の焼き直しの様な気もしているが…このブログでは、初めて書く事かも知れないので。

(1)麻生太郎は自らを「経営者として」とよく言うが、経営者としての才覚は、あまり優れたものではない。その最大の特徴は、「戦略」=将来へのシナリオを立て、検証→修正して行く、ってサイクルを余り経験していない事。
 これは、私が一番恐れていた事でもあるのだが、結局、今までの半年余りで、この事を露呈してしまっている。現在の経営者に一番必要とされる才能とも言える(の割に、そう言ってる経営者自身にその才能や充分な力があるとは限らないのも、世の常な訳で、私も例外ではないだろう)のだが…。

 麻生太郎は、現「麻生」を業態転換して行く過程で、多角経営をし、その中から上手く行ったものだけを伸ばす、って「戦略」を踏んだ。多角経営へ向かった事自体に罪は無いだろう。現在は「選択と集中」が良しとされるが、1980年代半ばまでは、「多角経営」は、事業の安定性をもたらすものとして奨励されていたのだから。だが、その後数十年を経て、多角経営の悪い点も明らかになり、多角経営の雄「カネボウ」も破綻に至った。「麻生」は、まだ破綻している訳ではないが、建築資材の偽装なども表に出て来て、経営的には劣化も見て取れる(「麻生」とは関係ないものの、それなりの大企業グループ「日立」の日立アプライアンスのリサイクル率偽装なんかはショックだったが…)。このままだと、「麻生」も二十年後には、どうなっているか、危ういものだとは思うが、麻生太郎が、そんな先まで首相をやっている事はあり得ない訳で…(何より、二十年も経てば、経営は一新出来る。破綻する場合は、10年もしないうちに破綻するか、経営主体が変わる)。ちなみに、有力政治家がかつて経営し、その力の源となっていた企業が破綻したのは、今まで数回ある。例えば、河本敏夫のかつて経営していた三光汽船など(破綻していた際は、経営から退いていたが、実質オーナー。麻生太郎と麻生の関係と同じ)。

 で、今回の経済対策だが…まさに、自分の経験から出て来たがごとく、「あたふたと」「多面的に風呂敷を広げ」たもの。まあ、資本主義の常として、何が将来に渡り戦力になるのか、完全に見通せはしない、って特徴がある。だからこそ、戦略を立て検証が必要なのだが、今回は、その戦略らしきものも無い。
 これは、麻生太郎の経営の経験から来る「多面同時展開」なのかも知れない。確かに、初期段階に於いては、網を広く張り、そこから将来の幹になるものを探し出す、って段階が必要になる。それが今なのかも知れない。が、その段階に掛ける資金には、バランスが必要だ。網を張る事だけに全力を傾け、それで母屋がおかしくなってしまっては元も子も無い。現在出ている経済対策は、基金に化けるものもいくつかある。確かに、雇用政策の為の基金などは必要だが、中には「官僚のお財布」に化けるものもあるだろう。また、「アニメの殿堂」なんて箱物への支出もある。そんなものへ金を掛けるんだったら、現在、アニメのバブルが弾け、アニメ業界自体が存亡の危機にある事(その前からある事態が、また大きな意味を持って再現したに過ぎない)を何とかして欲しいものだ。

 「アニメの殿堂」を作るのだったら、「道路」に金を掛けた方がマシ(まあ、総額が違う訳だが、「アニメの殿堂」なんかの無駄遣いも積もり積もれば相当な額になる筈だ)。「道路」は何かと批判されるが、それは優先順位の問題であって、優先順位を間違えなければ、有益な事も多いのだが…麻生太郎は、ここでも「従来の経済対策と較べ、公共工事の割合は低い」と、何の意味があるのか判らない事をのたまっていた。

 とにかく、多面同時展開は、精々1〜2年の方策。
 麻生太郎の著作「とてつもない日本」が、「能動的な」戦略自体についてほとんど書かれていない「受動的な」「認識」の本である事、また、麻生太郎の経営者としての経験、から、麻生太郎にこれ以上の「戦略」がある様には見えない。もう賞味期限(と言うより、消費期限)ギリギリ。


(2) 麻生太郎の性格的な特徴の一つは、覚悟の無さ、不足。

 もっとも端的に現れたのが、麻生政権成立直後の解散への態度。これは、「解散しなかった」事云々ではなく、解散への態度が揺れ動いて来て、最終的には最も効果的なやり方とほど遠いものとなった事を言っている。
 麻生政権成立直後は、麻生太郎は「早期解散」を念頭に動いていた事は間違いない。内閣の顔ぶれが、自分の比較的よく知った(だから文教族中心)、そして、自分を明確に支持した人を中心に組閣している事で明らか。これは、早期解散を自分の手足となって動くメンバーを選んだ、って事。でもって、それぞれの大臣の適性とは、あんまり関係の無い布陣(総裁選で対立候補でもあった、与謝野馨を除く)。解散を行った後で、自民党政権が存続すれば、そこで内閣改造を行って「本格政権」へ踏み出す心積もりだった筈だ。
 麻生太郎は、この組閣の際、最初から「本格政権」の布陣を組む事は出来た筈なのに、敢えて、こうした布陣を敷いた。で…その後の姿勢は…「解散」出来る支持率を得たと「確信」する事が出来ずに、そのままズルズルと来ている。

 麻生太郎のこの「覚悟の無さ」は、恐らく育ちからも来ているのだろう。自分の人生をギリギリのところで、自分で切り開く経験無しにあの歳にまでなってしまった事と無縁ではあるまい。だからこそ、経営でも、多角経営から上手く行ったところをすくい取る方針で乗り切らざるを得なかったし、それで何とか乗り切った経験から、今も経済対策で、同じ様な事をしている訳だ。
 しかし、こうした経済対策が許されるのは、投資余力が充分あるときであって、日本は高齢化が進むと共に、投資余力は少なくなる。その上、財源を主に赤字国債で賄おうとしているのだから、将来の投資余力を食い潰している道理。こうした方策は1〜2年しか継続出来ない政策。今は、まだその期間にあるのだが、麻生太郎の性格を考えれば、これ以上、麻生太郎に日本の政策の舵取りを任せるのは危険だ、って事は、容易に推測出来る。

 また、この「覚悟の無さ」は、G20第3回会合の開催地の招致の際にも見て取れた。麻生太郎は、「景気で世界で主導的な立場を担う」なんて国内的には言ってるが、「G20も第3回ともなれば、実績を問われる」として、開催国として期待されながら、その立候補や招致から退いてしまった。そのお陰もあり、麻生太郎は、国際的にゃ、景気対策の主導国とはもう見なされなくなっており、外向的立場は劣化した。
 小泉純一郎の時代に、農水省と経済産業省の2元外交のお陰で(外務省はあったんだけど)WTO主導4ヶ国の位置から滑り落ちてしまい(この当時の外務大臣は…麻生太郎だっけ?その次の時代だったかな…まあ、麻生太郎も少しは噛んでいた件だ)、その後、内政への不信感(次期総選挙で退陣する首相かも知れない、と他国からは思われている)から、外交での日本の地位の低下も進行し続けている。「何が『外交の麻生』か」って、私は思ってる。英語が少しくらい(バイリンガルの皆さんからすれば、あの英語に特に品は感じない筈。また、英語を母国語とする方からも、英語が喋れたって意味は薄いだろう)喋れたところで、漢字を読み間違えるレベルって事は知れ渡った話。どうしても、印象はブッシュJr.(英語を読み間違えるので有名)に重なる訳で…。官僚に乗っかるしかないアホ殿(君主)みたいなもんだ…。
 まあ、解散時期にしても、G20にしても、もしかしたら友人で「頭の良い」中川昭一の助言に従ったものかも知れんが、あの人は、根っからの「卑怯者」。言ってる事が、その場その場で飛び出し、場面で180度変わる事もあり、それを省みる事もない人だ(一部、アルコールで記憶が飛んでる可能性も…)。あんなのの助言に従ってると、信用されなくなっちまうぞ(そう言えば、上のWTOのときの中川昭一は、農水相だったか、経産相だったか…)。


〜 ヤフー・ブログの記事の文字数制限(5,000字)を超えてしまったので、以下は「その2」(http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/57546503.html )に続く 〜

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 朝日新聞2009年2月3日付朝刊第4面には、国会議員の定数削減や歳費削減、政党交付金の金額見直しについて、時期総選挙のマニフェストに数値目標を盛り込む様、党改革本部の武部勤・本部長に指示したそうな。
 でも、このままじゃ政権交替必至なんだから、自民党のマニフェストなんて永遠に実行出来ないかも知れない。

 …と考えて、一法を思いついた。

 どうやっても、2009年9月まで(任期満了だと、総選挙は10月でも構わない、って話も聞いた事あるけど、ホント?)には総選挙がある。ならば…2009年5月までに、衆院の定数削減、ついでに選挙区割を含む法案を、衆院で可決しておく、って手がある。強行採決で構わない。
 これは、麻生太郎の不信任案可決にも繋がりかねない法案になるんだけれど、もし内閣不信任案が可決されたら、衆院を解散しちゃって、衆院の定数削減を唯一の論点にした総選挙が演出出来る。2005年9月11日の郵政選挙の再来みたいなもんだ。ついでに、マニフェストに「憲法を改正し、参院を廃止」って書けば、次の2010年7月の参院選挙にまで繋がる論点が出来る。
 政治に諦めを持ってる有権者にとっちゃ、これは、諸手を上げて賛成出来るテーマになり得る。つまり、浮動票の動員が見込める。もし自民党が、この論点で分裂しちゃっっとしても、この法案に賛成した側の議員数の方が多くなるだろう。
 もし、衆院の定数削減法案が上手く成立しちゃったら…民自民党候補も傷手ではあるけれど、前回の郵政選挙時に大量当選しちゃったお陰で、自民党の候補の大部分は現職。歳費の収入があり、また、議員年金も貰える、ご身分。それに較べて、民主党の多くの候補は、新顔になってしまい、おまけに、選挙区自体が少なくなっちまうと、今までの運動が無駄になる候補や、行き場を無くす候補まで出る。衆院の定数削減が及ぼす打撃は、自民党より民主党の方が遙かにデカイ。
 また、落選した候補者も、2010年7月の参院選の候補者として、そう長い期間を置かずに復活の機会を設定出来る。

 詰め将棋で、詰めに似た効果が期待出来る。

 おまけに、都議会選挙の前にこの衆院定数削減法案を可決して、都議会議員選挙でも「定数削減」を論点に戦えば、結構な善戦が期待出来る、ってもんだ。都議会で圧倒的な勝利を収める事が出来れば、麻生太郎は、次期衆院選でも自民党総裁として選挙を戦う事が出来るだろう。

 …でも、ここままじゃ…衆院総選挙が任期満了で行われるのが見通せる事態になった際にゃ、自民党総裁選が2009年8月頃に行われ、麻生太郎以外の総裁を自民党は担いで、次期総選挙を戦う事になるだろうな、きっと。

 補正予算案なんかは通したけれど、それは、石油や資源の値上がりに対する策。そうしたものの高騰を一時的なものと捉え、資金繰りだけを考えたものだった。

 だけど、2008年9月以降の経済の悪化に対して麻生太郎のやって事と言えば、口先だけ。実際に行った事を見ると、経済を放置しながら悪化させて行った、かつての米国大統領フーバーを見る思いだ。
 当初の金融危機は、もう実体経済云々なんて行ってるレベルでなく、雇用にまで及んでいる。今の日本は非正規雇用が多くなってしまい、簡単に雇用調整が行われる。1980年代までの日本とはかなり様相が違い、1990年代の日本とさえ、大きく違っている。そんな事も認識出来ずに、職業安定所に言って、パネルを見学し、一人二人の非正規雇用者の失業者と話して、何を知ろうとしたのか?パフォーマンスとしか思えない。かつて、居酒屋に行った際、相手をしたのは実は自民党青年部の人間だったそうだが、今回もそんなんじゃないだろうな?職業安定所で話をした人間とは、真面目に相対したのかも知れないが、「お説教」して、どうするの?相手の話を聞いて、自分の思いと違っている部分を「教えて貰う」事が必要なんだろうに。まあ、そんな事はいい。でも、あの職業安定所のパネルやIT仕様ってのは、システムの失敗例として有名なもの。一覧機能は低いし、相談員の役に立たず、相談員のノウハウを活かす事の無い「お役人仕様」で、あれが稼働する前は転職市場全体に占める職業安定所紹介の割合は20%ほどだったんだが、あれが稼働してから10%に低下した。そんな事も知らず、政治家やってんのか?

 経済が大量の雇用調整にまで進んでしまったからには、個々の企業にとってはそれが生き残りの策だったにしても、全体としちゃ、内需を大きく落とす。まさにこれから「合成の誤謬」が現実になる。
 非正規雇用の雇用調整は、本則ではないから…なんて考えてはならない。それは、失業する者の数を見れば判る。そうした人たちは、必ずしも充分な貯蓄を持った層ではない。生活の存立に関わる問題が、そう遠くない将来に見越せる者たちだ。何て言ったって、社会制度の本則部分じゃないので、セーフティネットがマトモには働いていない落とし穴が至るところにあるんだから。

 おいらも、給与所得者ではないので、現在、本当に苦しい。もし、このブログが急に更新が停まったり、閉鎖されたりしたら、それは「破綻」したんだ、と考えてくれてもいい。

 今日、柏レイソルの年間指定席の案内が来たけれど、少し迷うほど。そのお値段は取り敢えずは払う事は出来るけど、そんな態度で臨んでいていいのか?って自問してます。まあ、「取り敢えず」申し込んじゃうのかも知れんけど。
 Jリーグの移籍情報なんかで、取り敢えず、気を紛らわしたりしてるけど、こんなんで、いいんだろうか?(誰か「雇って」くれんかのぉ…)

 この数ヶ月、麻生太郎が何を「実際に」したのか?それを考えると、怒りしか湧かないのが現実。忙しくしているだけでは、何も変わらない。「頑張った」なんて言い訳を許さないのが、政治家の「結果責任」てものだ。
 「意図した結果と違ってしまった」って言い訳は許されない、って事。今、経済の様相がどんどん変わっている。だから、第二次補正予算案の中身も変えても、何ら非難される様なもんじゃない(それは説明すればいい話)のに、それを先送りする様な内閣は、本当に「もう要らない」と思ってる。
 自民党は、解散しないうちは、どんどん地方選挙なんかで負け続ければいいんだ。だけど、アホな麻生太郎のままじゃ、自民党だけじゃなく、日本自体が、もうどうにもならんかも知れんぞ?

 ☆★☆★☆

 生活の存立にまで至る不安の際には、内需の縮小が起きるのは仕方ない。それを何とかするセーフティネットを確立し、そこから日本のあるべき姿に進まなきゃイケナイ筈なのに…麻生太郎と来たら…。
 おいらも含め、言動の不一致の最たる事例じゃんか、麻生太郎は。総裁選の際「先ずはどばどば出ている血を止める応急策をし、それから、あるべき策を」って言ってたのは、どうした?「スピード感を以て」なんて、どこにも感じないぞ?
 所詮、「総理の器」ではなかった、って事だ。選挙管理内閣の積もりで、力量に問題のあるけど自分の知ってる人間を大臣に並べ、そして、よく知らない事を漠然と言うから(=詰めずに言ってるから)、言ってる内容がぶれた様に見える。本人は、きっと大きな原則を言ってる積もりで「ブレ」てはいないと思ってるんだろう。でも、言ってる内容は、訂正しまくりでしか補い様の無いもの。

 そんなレベルで政策を考えてるから、周りの人に流される。ときには中川昭一に、ときには与謝野馨に、ときには公明党に。そんな中でも最悪だったのが、政局に関する中川昭一の助言。第二次補正予算案の提出を1月国会にまで先送りする、ってヤツだ。中川昭一は、覚悟のない卑怯者だから、そんな事をする。一番安全に見える方法だが、その裏にある覚悟の無さは、もう国民に見透かされてる。もう辞めたら、どうだ?2009年年始の内閣支持率は10%未満になるかも知れんぞ?

 ☆★☆★☆

 少し気持ちが落ち着いたら、後日、麻生太郎の発表した経済政策が今や、どう今の経済に合わないか?なんてのを、のんびり書く機会もあるかも。

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