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誰に責任があるか?と言えば、亀井静香(国民新党)、小沢一郎、鳩山由紀夫の3名である。現在の連立政権を維持する為、国民新党の郵政民営化修正法案(「郵政改革法案」)を丸呑みしたからだ。私は、決して国民新党の政策を支持しない。が、鳩山由起夫は参院の過半数勢力を占める事を優先した結果、連立の維持を優先し、国民新党の政策を呑んだ訳だ。
これに対して、反対する国民が出来る事は、内閣支持率の大幅DOWNしかない。来月2010年4月に発表される内閣支持率を10%台まで落とさない限りは、民主党の現在の方針を変えさせる事は出来ないかも知れない(2010年3月の内閣支持率は、NHK調査で38%)。国民新党に政権を簒奪されたに等しい。
亀井静香などの国民新党側に郵政に関する大方針にブレは無い。が、その手法たるや、アドバルーンの様に、政策をぶち上げ、その後の反応を見ながら、それを修正し行くやり方。今回も郵便局への預け入れ限度額を1千万円から2千万円に上げると言い、「資金が郵便局に集中し、民間金融機関に悪影響が出る様だったら、限度額を引き下げるにやぶさかではない」などと言い出す始末。しかし、限度額の引き上げ、引き下げは現行では、政令で出来るものであるにしろ、一旦預けたものを返金する訳にも行かないのが実情だろう。悪影響が出た後に、それを引きずりながら政策を進めるしか無くなる訳だ。国民生活を何だと考えているのか。政策のブレは、国民の個々の生活を揺さぶるのだ。その揺さぶりを国民に強いる事に何らの痛みを感じない政治家などは、さっさと退場して貰いたい気分だ。
亀井静香の「郵政改革法案」なるものは、ユニバーサル・サービスを維持するために、(A)(B)二つの措置が必要であると言う。
(A)預金(郵便貯金)の預け入れ限度額を、従来の1千万円から2千万円まで上げる。
(B)簡易保険の加入限度額を、従来の1.3千万円から2.5千万円まで上げる。
そして、措置の中には、当初案には、郵政の分社化された関連会社間での消費税の非課税まで入っていた。これは、まさに補助金を出すに等しく、国民の負担で郵政を維持する事を意味する。国民のために郵政を維持するのではなく、逆の方向に進みつつある。昔は、「郵便局は、国民の負担無しで、国民の役に立つ事をしている」と言っていたが、今や、郵政の維持こそが大命題になってしまった感がある。実は、郵政の会計制度は、疎雑過ぎて、実態がよく判らない。切手などは、それで将来の債務を負担する訳だが、売るばかりで引当金も計上しておらず、どれだけが市中に残り、どれだけが退蔵されているのかさえ判らない。世間でよく見るポイント・カードも、実際は将来債務を発生させているので、現在は、引当金を積む様に会計制度が変更されているのに、郵便局の切手販売はそのまま。
また、郵便局員は、民営化法案の後も国家公務員共済に留まる事が認められた。理由は簡単。現在の年金制度は、現役世代の負担で、退職者の年金を賄う「賦課制度」と言われる仕組みだが(これに対するのが「積立制度」)、郵政社員が国家公務員共済から独立してしまうと、国家公務員共済制度自体が「即時に」破綻してしまうからだ。
この様に、郵政の会計制度には、訳が判らないものが多数潜在しているのだが、キャッシュフローが回っているが故に、破綻しないに過ぎない…かも知れないのだ(私は、そうだと信じているが、会計の詳細が把握出来ないので、断言出来ない)。この上、預け入れ限度額を上げる事(簡易保険は、さしたる問題でもない様にも思うが…)は、破綻リスクを拡大する事に繋がりかねない事だと考えている。暗黙の保証と見られる制度を残したままで、預け入れ限度額を引き上げるのには、私は反対だ。日航の破綻で、優先株を購入していた商社などは、損失を被った。「何らかの相談があっても…」との担当者の言葉が報道され、私は失笑した。優先株とは本来そうしたものだからだ。発言権など(法的には、株主総会での投票権など)に制限を設ける替わりに配当などで優先的に扱われるもの。しかし、日航の優先株の割当に際しては、「暗黙の政府の保証」なるものが想定されてたんだけどな(笑)。
郵便貯金への預け入れ限度額の引き上げを2千万円までにする事は、金融秩序を歪めてしまう。
アメリカでは現在、ボルカー法案と呼ばれるものが審議されつつある、と聞いている。この中身は、簡単に言えば、「破綻して困る様な金融機関(too big to failな金融機関)は作らない」が根本。もう一つのアプローチとしちゃ、investment bankなどに対する監視を強めると云う方向性が議論されている。郵貯は、まさにtoo big to failではないのか?それを更に肥大させようとする亀井静香流(国民新党流)の方策に、私は反対である。
Narrow bank(セブン銀行などがやっているが、運用を全て国債の購入に頼る事)をビジネスモデルとするならば、それも一つの行き方だろう。その場合、郵貯の運用コストが国債と郵貯の利率の差と見合っている限り、郵貯の信用度は、国債の信用度とほぼイコールになる。但し、この場合は、郵貯の利率は国債の利率を下回る他なくなる。郵便局は決済口座を提供する替わりに、国債の利率を下回る利率を甘受すると云う構造になる。これならば私も理解出来るし、これは現在の状況に近いのかも知れないが、これを郵貯は目指す訳ではない様だ。独自の運用を目指すと言う。それでは、破綻リスクを国民の税金で保証するに等しいと考える。
勿論、Narrow bankに徹したとて、国債へ資金が集まる事に変わりは無い、との意見もあるだろう。けれど、国債の累積残高がここまで大きくなってしまったからには、それも致し方ない気はする。利率を求めるなら国債を直接購入するか、国債に絡んだ口座を証券会社などに開設し、決済口座を重視するなら郵貯に預ける、って事だ。
でも、亀井静香や鳩山由紀夫の言うところに従えば、これは郵貯の目指すところではないらしいのだ。独自運用は独自のノウハウが必要なものだ。それを無視して独自運用に進むのであれば、結末として見える一つの姿は、新銀行東京だ。政治的配慮で始められ、無理な方針の下、財務の数字に信用をおけないレベルの企業に対し、統計処理をもとにしたビジネスモデル(スコアリング・モデル。当時は、金融庁も、その使用を推薦していた)で貸し出しを行い赤字を積み増した前例である。同じ様な事がそのまま起こる訳ではないが、政治主導は往々にしてこうした結果を生む。
もう一つだけ例を加えようか。原口一博・総務相は、郵貯資金の使途の一つとして社会インフラの整備を上げるが、それは、固定利率での借金を国や地方自治体に強いるものであり、必ずしも住民や国民の優先順位をすくい取ったものになりはしない。現在、合併特例債などで作った箱物の返済に地方自治体の財政が喘いでいる様なものだ。結局は、大蔵省資金運用部による郵貯の固定利率での一括借り上げと、そう変わることろは無くなってしまう。民主党の郵政に対する大局観が問われる場面で、鳩山由起夫・首相は政局運営の易きに流れ、政策の軸を歪めた、もしくは、ブレさせたのだ。
政局で政策を歪めて行く姿。それは自民党で多く目にしたものだ。こうした事を行うのは、結局の処、世襲政治家が、「自らが政治家である事」の為に事を為しており、国の姿の目指すべきものを自らの中に持って動いていない事の証の様に思える。
鳩山由紀夫などの世襲政治家は、大きなスローガンの様な政治命題(鳩山由紀夫の場合は、さしずめ「命を守りたい」か?)を持ちはしていても、それを具体的な政策にまで落とすだけの一貫性のある考え(行動に際しての哲学と言っていいのかも知れないが、ちと形而上的過ぎる言葉にも感じる)を持っていない事が多い。
自分たちで大問題に祭り上げた(自作自演の)普天間の処理で躓(つまず)けば、鳩山政権は間違いなく潰れるだろうと考えている。私は今や「お手並み拝見」の気分。かなり醒めている。普天間でのしっかりとした方向を見せられない様では、結局は「鳩山由紀夫って政治家は、資金で影響力を持つに至っただけの政治家だ」(民主党の初期の資金は、鳩山由紀夫と鳩山邦夫の兄弟からの貸付金で賄った事は、事実)って考えるしか無くなってしまう。これで小沢一郎も一緒に葬る事が出来るのであれば(私は小沢一郎の政治手法にもはや何らの価値も見いだしてはいない。http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/59224040.html 、参照)、一石二鳥と考えるしかあるまい。これで、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎、鳩山由紀夫、小沢一郎と云った面々が現実の政治的影響力を失うのだとしたら、谷垣禎一の力不足も甚だしいところだし、やっと世襲政治家が一巡し、一掃(廃棄)される事になる。やっと新しい時代の幕が開けられるのやも知れん。
ところで…民主党が国民新党と連立を組めば、こうした事態になるだろう事は、最初から予想出来た事。この責任は、小沢一郎にある(http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/48701980.html 参照)。
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尻切れトンボだが、今はここまで。実は、2010年3月中に書いた草稿があったのだが、それを書き継ぐ際に、原口総務相が出て来た辺り以下を加えたところで、どうも最初の思いが曖昧になってしまい、そこで面倒臭くなっただけの代物(その後の段落は、「最後に」を書き継いだ…笑)。こんなレベルでUPしてしまい、スマソ。
そのうち気が乗ったら、改稿するかも。
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