黄色い蛇足@日立柏酒場裏

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東北地方太平洋沖地震発生後

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 みなさんは、福島第一原発が津波に襲われる様子を空から映したものを見ていますか? 航空自衛隊が空から撮影し、当時、総理官邸地下の災害対策本部に中継されていた映像です。

 全くマスコミに伏せられていたものではありません。私は、NHK Eテレの番組で見ました。原発関連の報道は、NHK Eテレで、ひっそりとですが、継続して行われているものがあります。

 あれを見れば、福島第一原発に津波で何が起こったのか、は、ほぼ瞬時に掴めます。首相官邸では、この映像が中継されていたのです。私は、現時点で、多くの人が、この映像を目にしていないままである事にこそ、不思議を感じます。何故、マスコミは、あの映像を使わないのか?

 私は、関東で、2011年3月11日14:46〜の地震が揺れ続けているうちに、津波の到来は必然と感じていました。「関東と云う離れた場所で、これだけの揺れが起こったいるのだから」って事。却って東北で、津波の到来を予測しなかった人がいるのは不思議ですが、地震の衝撃が大き過ぎて、そこまでの考えが及ばなかったのかも知れません。同時に、三陸地方で発生した、って事は、私は緊急地震速報で予め知っていました(揺れを感じる前に確認)ので、揺れが続いてるうちに「やられた〜」って思いは否めませんでした。それまで東海トラフやら、東南海トラフやらばかり気にしていた自分がいましたから。そして、数日前にあった津波を伴った三陸地方の地震で「これは、予想されている三陸地震ではない。まだまだ、プレートの歪みは解放されていない」って報道を見ていたのに、こんなに直ぐに「本震」が来ると思っていなかったから。
 揺れが収まると同時に、各所に連絡を取って(都心にいなかったのが幸いしたかも知れません。多少の輻輳はありましたが、数回の電話で、繋がりました)、以後の予定をキャンセル。自宅に向かいました。都心にいた多くの方とは違い、日没までには自宅に戻っていました。
 そこからはTVを点けっぱなしにしていましたし、実はNHK Eテレの地学講座だったかを録画する為にセットしていた録画で、欠けていた部分のNHKの報道(自宅に帰るまでの放送録画)も全て、翌日終了時までには目にしています。ですので、報道されていたものについては、結構な情報量を目にしていました。

 でも…当日の福島第一原発の状況は、翌日になって水素爆発があるまで、よくは判らなかった。

福島第1原発で重大事象 発生!
http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/60417008.html
(2011年3月12日17:42UP)

への私の2011/3/12(土) 午後 7:43のコメントでは「何故、ディーゼル発電機を二重にしておかなかったのか?」なんて書いてます。その記事に追記した様に、2台はディーゼル発電機を備えていたのに、いずれもが津波を被(かぶ)って動作不能になってしまった、てのは、2011/3/12(土) 午後 9:13頃になって知った事。
 だが、こんなレベルの事は、航空自衛隊の中継画像を目にしていたならば、その場で理解出来た事だった筈なのです。

 これは首相官邸の「隠蔽」と評価していいものだと考えます(別に今判った事でも無いけどね)。首相官邸は、色々考えたんでしょうが、これを公表出来なかったのは、結局のところ、管直人と その周辺が「日本国民を信じ切れていなかったから」。パニックを恐れたんでしょう。
 管直人は、自ら発言を平気で左右する人。一貫した態度は望めません。この点、アルコール依存症だったと思われる中川昭一と同様。言を左右する事に於いては、管直人と中川昭一は、両巨頭でした。こうした人は、自分を信じ切れないからこそ、他人を信じられない。だからこそ、隠蔽し、自分は一生懸命やった積りかも知れないが、一部の人の知恵であったが故に、不十分な対応で終わった。

 ここまでは「よくある事」かも知れませんが(それでも、大きな失敗)、許せないのは、その当時の自分たちの行動を正当化する為か、事実の検証をきっちり行わず、当時の対応を引き継いだ事。例えば、20〜30km圏内の避難を呼び掛けたのはいいけれど、放射性物質の放射線量を測って、避難区域を見直すのは随分と遅れた。その圏内でも大丈夫な区域もあった訳ですが、逆に、放射線量の多かった地域もあったのですから、検証はすぐさま行うべきだった。

 今になって見れば、私が

福島第1原発で重大事象 発生!
http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/60417008.html
(2011年3月12日17:42UP)

で書いた事は、そのままで ほぼ今の現実に合って(もしくは沿って)いたけど、<追記1(当日)>は、嘘を付かれて、私は、その場では、そちらを信じた、って評価していいものだと思う。

 以上の事は、昨日2011年3月16日21:00〜NHK総合TVでNHKスペシャル「メルトダウン・シリーズ4『放射能’大量放出’の謎』」てな番組を見て、思い出したもの。
 なお、この番組でWSSPEEDIによるシミュレーションとあるものでは、柏市周辺に1万bq/m2の放射性物質が降下したのは、2011年3月21日10:00以降とされています。この値は、他の報道とは少し違っています。
 私は、東京大学 柏の葉キャンパスでの測定値修正が為された頃の2011年3月20日が実際の降下日だと思っていて、

柏市(柏の葉)での放射線量 測定値
http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/60435142.html
(2011年3月20日UP)

で書いた様に、修正こそが隠蔽だったと信じているんですが…(その記事の、2011/3/21(月) 午後 9:23のコメント参照。その日までは、ほぼリアルタイムで測定値が更新されていたのに、2011年3月20日に異常値を示した後、発表が中断。その後、修正され、測定値の発表が数時間後となり、かつ測定も毎時でなくなった。測定値の異常は、柏の葉だけでなく、つくばでも同日に見られた事)。  

 本日2013年2月25日16:23頃(私のケータイで受信した緊急地震速報のタイムスタンプは16:24:08)栃木県と群馬県の県境辺りで地震が発生しました(http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130225/t10015766971000.html )。丁度、白根山がある辺り。

 この地震では震源地は地下10kmとされていますが、速報値の地下10kmてのは、地下10km〜0kmをまとめての数値って聞いた事があります。M6.2とされてますが、距離からの震度の減衰の大きさを見ると、かなり浅い震源なんだろうと思われます。私は、東京周辺にいましたが、立っていたからか、全く地震を感じませんでした。東日本大震災の発生日に富士山山麓で地震が発生して、富士山の噴火が心配された事がありましたが、今回も白根山の噴火を心配してもいいのかも知れません。
 
 尤も、地震の波の解析なんかによっちゃ、火山性地震じゃないって事になるのかも知れません。それならそれでいいのですが、本州では白根山の北側には白根山より高い山はありません。白根山が高いって事は白根山が火山である事から大きく言えば、白根山がそれだけ長く噴火を繰り返して来た、って事でもあります。簡単に安心出来る状況ではないと考えます。

 但し、地震と噴火の時間的な差異って、簡単なもんじゃ ありません。今日明日(昨日は無いけど)噴火するって話じゃなく、2〜3年、下手したら10年後なんて事もあります。先ずは「注意」って事です。

<追記>

 この2013年2月25日の地震を受けての気象庁の記者会見では、今回の地震震源地周辺を震源とする地震は、東日本大震災の前にはほとんど無かったのに、東日本大震災以降に頻発している事がヒストクラム(棒グラフ)によって示されていました。これが即ち白根山の噴火を予期するものではありませんが、東日本大震災との因果関係を推測させるには充分なものではあります。まあ、そんな事はヒストグラムを示される前から素人目でも明らかなんですけどね(科学ってものは、そうした推測を一つ一つ検証して行くものでもあります)。

 朝日新聞2012年6月18日に、こんな記事が出ました。福島原発事故直後の米軍の放射能の実測調査を、政府内部で「適切に処理せず」放置した、ってもの。
イメージ 1
 この後、文部科学省などは「責任は果たした」とかの、悪しき役員根性、無責任体質むき出しのコメントを出してました。後に「謝罪」したみたいだけど。今回は、それを弾劾する為のものではなく、他の報道機関では、どこまで知っていたか、て事について。

 上の記事が出た後、朝日新聞の社説の下のコラムで、スクープを担当した記者が経緯について述べていたのを記憶しています(その紙面は、もう廃品回収に出していて、私の手元には無い)。

 この記事が出た後、私が気付いたのは、2012年4月29日22:00〜23:00にNHK Eテレ(NHK教育テレビ)で放送されたETV特集「世界から見た福島原発事故」で出ていた、次の画像。
イメージ 2
米国NRC(原子力規制委員会)が入手していた資料として報道されたもの。入手経路は不明とされていましたが、画像を見れば、米空軍 駐日航空司令部(横田基地)から出た1〜3機での実測数値と推定されます。これは、先の朝日新聞での画像と同じものと思われます。
 柏市民としちゃ、このときの柏市周辺には、まだ放射性物質の降下が無かったらしい事が確認出来るのが、注目点。

 つまり…他の報道機関も、この時点では、米軍の実測値があった事、それが日本政府によって発表はされなかった事、までは公知の事実になっていた、と考えて構わないものと思います。要は、それが日本政府に通知されていたのか、通知されなかったとしたら理由は? また、通知されていたとしたら、どの様な経緯と判断とで、公表されず終いになっていたのか、って事です。
 この事を朝日新聞の記者が明らかにした訳です。改めて、敬意を表します。

 と同時に、役人の公益を考えない、自分の周囲の仕事だけを考える狭量な心と、他部署に確認を取らない余裕の無さ(まあ、事態を考えれば余裕の無いのは判りますが、文部科学省ですから、バックで少し退いて考えるべき部署)、そして、その後の隠蔽体質には、腹が立つばかり。
 この頃の文部科学省って、予想を安易に発表するな、とかって通告を大学側に行っていたりしていた訳ですから(この事は、当時、直ぐに報道されました)。そして、放射線の観測を、地震に伴って予算が足りなくなるとして止めさせようともしていたのです。それを救ったのは、森裕子(東日本大震災発生当時は、文部科学副大臣?)とされてます(朝日新聞朝刊連載コラム「プロメテウスの罠」から)が、役人をコントロールし切れていた訳でもないらしい。
 柏市に関連した事項としちゃ、2011年3月20日に、東京大学柏の葉キャンパスでの実測値リアルタイム発表値が、明らかな異常値を示した後、茨城県庁、つくば大学、等と共に発表が中断され、暫くしてから発表値が1桁少ない1/10の値に修正されました(http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/60435142.html の記事とコメント欄参照)。発表が再開されたのは、暫くしてからで、その観測値も途切れ(漏れ)がちでした。今では、この2011年3月20〜21日の雨が、柏市周辺に放射性物質を降下させたとされています。
 私は、今では、この当時、「上からの指示」による「隠蔽」が行われたのだ、と考えています。そして、実測値を政治的配慮により1/10に修正した。観測員は、それに心が折れたのか、上からの指示かで、担当を外れ、上の者が観測を担当する事になった → でも、上の者は、そうした地道な観測には馴れてもいず、また強い動機を持つ事もなく、観測が途切れがちになった、てな事情かと思ってます。

 当時の政府の様子を伝えた報道を見てみると、私たちの方が色んな方のコメントをTVなどで入手出来ていた事で、きちんと予想出来ていたのかも知れません。但し、政府は福島第1原発を津波が襲う様子のリアルタイム画像を航空自衛隊からの中継で見ていた筈なのに(この中継録画は、私は、後の報道で見ました)、状況を発表せずに、隠したのです。中継画像を見ていれば、ディーゼル発電機が2つとも津波で失われた事は明らかだった。で、その後の予想も立てられた筈なのです。政府は、情報を、確かに「隠した」のです。
 枝野幸男・内閣官房長官(当時)は、当時、「直ちに生命の危険は無い」と繰り返しましたが、その後、状況を精査する様努力したり、対応を現実的なものに修正する様、働きかけた形跡は見えません。私は枝野幸男を高く評価する者ですが、ここには、政治的な責任を感じて欲しい。 そして、原発再稼働について嫌悪感を示していた枝野が、翌日に態度を豹変させたのは、きっと野田首相からの明確な指示の所為だと考えるけれど、これに対し、明確な押し返しを出来なかったのは、それが単なる「嫌悪」のレベルに留まり、明確な政策として考え込まれていなかったからでしょう。
 
 なお、東日本大震災が発生してから、改めて、その慧眼に驚いた例としちゃ、次の記事なんかがありました。
イメージ 3
今でこそ当たり前の事ばかり書いてある様に思いますが、記事は日本経済新聞か、日経産業新聞の記事で、日付は「2010年」3月19日(第2面)。東日本大震災の約1年前の記事です。これを大震災後に再発見して、どれだけ私が驚いた事か。「判ってはいたけど…」って云う、対応の遅れが、ここにもあったと思う他ありません。

 2011年3月11日の東日本大震災で被災したケーズデンキスタジアム水戸(旧・水戸市立競技場。被災状況は、http://www.mito-hollyhock.net/www/news/index.cgi?no=604 参照)ですが、2011年10月30日、完全復活し、「グランドオープン」(笑)したそうです。アフターゲームショーで言ってましたし、既にwikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E6%88%B8%E5%B8%82%E7%AB%8B%E7%AB%B6%E6%8A%80%E5%A0%B4 でも記載されてます。
 
 そして、この完全復活(「グランドオープン」)の日の試合で、ここを本拠地としている水戸ホーリーホックは、J2での通算500ゴールを達成しました(http://www.mito-hollyhock.net/www/news/index.cgi?no=1001 )!いやあ、メデタイ…まあ、めでたくない事としちゃ、吉原幸太が試合中に相手側ゴールキーパーと交錯した際、肋骨を3本骨折し、肺挫傷を負っちゃった(http://www.mito-hollyhock.net/www/news/index.cgi?no=1003 )、なんて事もあった訳だけど。

 東日本大震災からの再生の、単なる備忘録として記事にしてUPする次第(だったら、「非公開」でいい筈なんだけど、さ)。

 〜〜〜〜〜

 私が、被災者さんのブログでウォッチしているものとしちゃ、

http://blogs.yahoo.co.jp/pegattakun/ (仙台。自宅で被災しても、ベガルタの追いかけで元気!)
最近は、単に、ベガルタサポのブログとして読んでますが…。

http://blogs.yahoo.co.jp/rivage_1846 (石巻市と思われる)
記憶が薄れて行くのが感じられ、9月になってから震災のときの事を書き始めたもの。たまたま初期の記事を目にして、ファン登録。今、被災当時の事についちゃ、一休み中?

どちらも、最近では前向きな記事を目にする事が多く、嬉しい事です。却って、私の方が沈んだ気分で過ごしてるのかも(爆)。

 久しぶりの緊急地震速報(2011年7月31日03:54)のウィウィウィッ!ウィウィウィッ!の音で目が醒めた。それから暫くして、結構大きな地震。

 福島第1原発の沖を震源地として、福島県浜通りで震度5強、推定M6.4。津波の心配は無いらしいが…。

 どこかで過去書いたかも知れないけど、検索しても、その記事が見当たらないので、再度書く。大雨の後の地震て結構、被害を大きくする。それは、ただでさえ雨を含んで土砂災害を起こしやすくなっているところを揺さぶるから。この様な状況で地震の被害が大きくなった例として、2004年10月23日の新潟県中越地震がある。大雨が続いて地盤が緩くなっていたところに大地震発生で崖崩れや地盤崩壊などの被害を大きくした。また、川の水を堤防が辛うじて支えているところを地震が襲えば、堤防決壊を招く場合もある。
 それに、今回は大丈夫そうだが、停電になれば、排水機場が動かないところも出て来て、ディーゼルを備えた施設でも、燃料が保(も)つところまでが排水の限度で、燃料の補給に支障を生じれば、排水が出来なくなる。
 大雨の後の地震ほど、地震のリスクを増大させてくれるものはない。それに加えて、福島第1原発があんな状態では汚染水浄化施設がまた故障したり(配管が緩んだり)しかねない。

 まあ、学説の中には低気圧が地震を誘発する、なんて説もある。トンデモ学説…と思ったものだが、気圧変化による空気の総重量の変化を計算すると、月の引力による変化と同程度に達する場合もあるらしい。

 朝また目覚めたとき、驚く様なニュースが報道されていません様に…。


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