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みなさんは、福島第一原発が津波に襲われる様子を空から映したものを見ていますか? 航空自衛隊が空から撮影し、当時、総理官邸地下の災害対策本部に中継されていた映像です。 |
東北地方太平洋沖地震発生後
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本日2013年2月25日16:23頃(私のケータイで受信した緊急地震速報のタイムスタンプは16:24:08)栃木県と群馬県の県境辺りで地震が発生しました(http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130225/t10015766971000.html )。丁度、白根山がある辺り。 |
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朝日新聞2012年6月18日に、こんな記事が出ました。福島原発事故直後の米軍の放射能の実測調査を、政府内部で「適切に処理せず」放置した、ってもの。 この後、文部科学省などは「責任は果たした」とかの、悪しき役員根性、無責任体質むき出しのコメントを出してました。後に「謝罪」したみたいだけど。今回は、それを弾劾する為のものではなく、他の報道機関では、どこまで知っていたか、て事について。 上の記事が出た後、朝日新聞の社説の下のコラムで、スクープを担当した記者が経緯について述べていたのを記憶しています(その紙面は、もう廃品回収に出していて、私の手元には無い)。 この記事が出た後、私が気付いたのは、2012年4月29日22:00〜23:00にNHK Eテレ(NHK教育テレビ)で放送されたETV特集「世界から見た福島原発事故」で出ていた、次の画像。 米国NRC(原子力規制委員会)が入手していた資料として報道されたもの。入手経路は不明とされていましたが、画像を見れば、米空軍 駐日航空司令部(横田基地)から出た1〜3機での実測数値と推定されます。これは、先の朝日新聞での画像と同じものと思われます。 柏市民としちゃ、このときの柏市周辺には、まだ放射性物質の降下が無かったらしい事が確認出来るのが、注目点。 つまり…他の報道機関も、この時点では、米軍の実測値があった事、それが日本政府によって発表はされなかった事、までは公知の事実になっていた、と考えて構わないものと思います。要は、それが日本政府に通知されていたのか、通知されなかったとしたら理由は? また、通知されていたとしたら、どの様な経緯と判断とで、公表されず終いになっていたのか、って事です。 この事を朝日新聞の記者が明らかにした訳です。改めて、敬意を表します。 と同時に、役人の公益を考えない、自分の周囲の仕事だけを考える狭量な心と、他部署に確認を取らない余裕の無さ(まあ、事態を考えれば余裕の無いのは判りますが、文部科学省ですから、バックで少し退いて考えるべき部署)、そして、その後の隠蔽体質には、腹が立つばかり。 この頃の文部科学省って、予想を安易に発表するな、とかって通告を大学側に行っていたりしていた訳ですから(この事は、当時、直ぐに報道されました)。そして、放射線の観測を、地震に伴って予算が足りなくなるとして止めさせようともしていたのです。それを救ったのは、森裕子(東日本大震災発生当時は、文部科学副大臣?)とされてます(朝日新聞朝刊連載コラム「プロメテウスの罠」から)が、役人をコントロールし切れていた訳でもないらしい。 柏市に関連した事項としちゃ、2011年3月20日に、東京大学柏の葉キャンパスでの実測値リアルタイム発表値が、明らかな異常値を示した後、茨城県庁、つくば大学、等と共に発表が中断され、暫くしてから発表値が1桁少ない1/10の値に修正されました(http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/60435142.html の記事とコメント欄参照)。発表が再開されたのは、暫くしてからで、その観測値も途切れ(漏れ)がちでした。今では、この2011年3月20〜21日の雨が、柏市周辺に放射性物質を降下させたとされています。 私は、今では、この当時、「上からの指示」による「隠蔽」が行われたのだ、と考えています。そして、実測値を政治的配慮により1/10に修正した。観測員は、それに心が折れたのか、上からの指示かで、担当を外れ、上の者が観測を担当する事になった → でも、上の者は、そうした地道な観測には馴れてもいず、また強い動機を持つ事もなく、観測が途切れがちになった、てな事情かと思ってます。 当時の政府の様子を伝えた報道を見てみると、私たちの方が色んな方のコメントをTVなどで入手出来ていた事で、きちんと予想出来ていたのかも知れません。但し、政府は福島第1原発を津波が襲う様子のリアルタイム画像を航空自衛隊からの中継で見ていた筈なのに(この中継録画は、私は、後の報道で見ました)、状況を発表せずに、隠したのです。中継画像を見ていれば、ディーゼル発電機が2つとも津波で失われた事は明らかだった。で、その後の予想も立てられた筈なのです。政府は、情報を、確かに「隠した」のです。
枝野幸男・内閣官房長官(当時)は、当時、「直ちに生命の危険は無い」と繰り返しましたが、その後、状況を精査する様努力したり、対応を現実的なものに修正する様、働きかけた形跡は見えません。私は枝野幸男を高く評価する者ですが、ここには、政治的な責任を感じて欲しい。 そして、原発再稼働について嫌悪感を示していた枝野が、翌日に態度を豹変させたのは、きっと野田首相からの明確な指示の所為だと考えるけれど、これに対し、明確な押し返しを出来なかったのは、それが単なる「嫌悪」のレベルに留まり、明確な政策として考え込まれていなかったからでしょう。 なお、東日本大震災が発生してから、改めて、その慧眼に驚いた例としちゃ、次の記事なんかがありました。 今でこそ当たり前の事ばかり書いてある様に思いますが、記事は日本経済新聞か、日経産業新聞の記事で、日付は「2010年」3月19日(第2面)。東日本大震災の約1年前の記事です。これを大震災後に再発見して、どれだけ私が驚いた事か。「判ってはいたけど…」って云う、対応の遅れが、ここにもあったと思う他ありません。 |
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2011年3月11日の東日本大震災で被災したケーズデンキスタジアム水戸(旧・水戸市立競技場。被災状況は、http://www.mito-hollyhock.net/www/news/index.cgi?no=604 参照)ですが、2011年10月30日、完全復活し、「グランドオープン」(笑)したそうです。アフターゲームショーで言ってましたし、既にwikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E6%88%B8%E5%B8%82%E7%AB%8B%E7%AB%B6%E6%8A%80%E5%A0%B4 でも記載されてます。 |
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久しぶりの緊急地震速報(2011年7月31日03:54)のウィウィウィッ!ウィウィウィッ!の音で目が醒めた。それから暫くして、結構大きな地震。 |


