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■英の学者ら「日韓併合不法論」支持せず
韓国主張崩れる 【ソウル26日=黒田勝弘】日韓の歴史認識問題で大きな争点になっている 日韓併合条約(一九一〇年)について合法だったか不法だったかの問題を めぐり、このほど米ハーバード大で開かれた国際学術会議で第三者の 英国の学者などから合法論が強く出され、国際舞台で不法論を 確定させようとした韓国側の計画は失敗に終わったという。 会議参加者によると、合法論は国際法専門のJ・クロフォード 英ケンブリッジ大教授らから出され 「自分で生きていけない国について周辺の国が国際的秩序の観点から その国を取り込むということは当時よくあったことで、日韓併合条約は 国際法上は不法なものではなかった」と述べた。 また韓国側が不法論の根拠の一つにしている強制性の問題についても 「強制されたから不法という議論は第一次世界大戦(一九一四−一八年)以降の もので当時としては問題になるものではない」と主張した。 この学術会議は米ハーバード大アジア・センター主催で十六−十七日開かれた が、韓国政府傘下の国際交流財団が財政的に支援し韓国の学者の主導で 準備された。これまでハワイと東京で二回の討論会を開き、今回は韓日米の ほか英独の学者も加えいわば結論を出す総合学術会議だった。 日本からは海野福寿明治大教授や笹川紀勝・国際基督教大教授、原田環・ 広島女子大教授ら五人が参加したが、海野教授の「不当だが合法」論や 笹川教授の不法論など見解が分かれた。 韓国側は「条約に国王の署名がない」ことなどを理由に不法論を主導している 李泰鎮・ソウル大教授はじめ全員が不法論で、会議をリードしようとした。 しかし日本の原田教授は併合条約に先立ち日本が外交権を掌握し韓国を 保護国にした日韓保護条約(一九〇五年)について、皇帝(国王)の日記など 韓国側資料の「日省録」や「承政院日記」などを分析し、高宗皇帝は条約に 賛成し批判的だった大臣たちの意見を却下していた事実を紹介し注目された。 併合条約に国王の署名や批准がなかったことについても、国際法上必ずしも 必要なものではないとする見解が英国の学者らから出されたという。 日韓併合条約については韓国や北朝鮮からは いまなお執ように不法論が 出され謝罪や補償要求の根拠になってきた。 日韓国交正常化の際も激しく対立したが、合法・不法の結論は出さず 「今や無効」との表現で国交正常化(一九六五年)にこぎつけた経緯がある。 http://www.geocities.com/naverfan/Legality02/ <ダービー大学Anthony Carty教授> イギリス政府による一連の条約に対する理解と解釈を中心に報告。以前の会議から「そもそも国際法といえるものが存在したかどうかさえ疑わしい。帝国主義全盛の時代において、特定の条約の合法・違法を判断するに足る「法」を発見することは困難」と主張。最終会議では、条約に対する列強の見解を紹介することにより、当時の「法」が現実的な列強の「力」に対して、如何に劣等であったか、当時の国際社会が如何にその法そのものや、法的手続きを軽視していたかを示す。 <ケンブリッジ大学Crawford教授> そもそも当時の国際社会では、国際法は文明国相互の間にのみ適用される。この国際法を適用するまでの文明の成熟度を有さない国家には適用されない。言い換えるなら、文明国と非文明国の関係は、文明国相互においてと同様に国際法において規定されない。それ故、前者(文明国・非文明国間)においては後者(文明国間)で必要とされる手続きは必ずしも必要でない。極論すれば、文明国と非文明国との関係の一類系として登場する、植民地化する国と植民地化される国の最終段階では、必ず「条約」の形式を必要とするとさえ言えない。 当時において重要だったのは、特定の文明国と非文明国の関係が、「他の文明国にどのように受け止められるたか」である。単純化して言えば、植民地化において「法」が存在していたのは、その部分(他の文明国が受容したか?)のみである。この意味において、韓国併合は、それが米英を初めとする列強に認められている。仮にどのような大きな手続き的瑕疵があり、非文明国の意志に反していたとしても、当時の国際法慣行からすれば「無効」とは言えない |

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