勝手に言ってろ!的妄想論

興味があったら読んで下さい。毒にも薬にもなりません。

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 「死出の旅立ち、あの世行き」などといいます。西方浄土、天国に向かって旅立つ、などとも言います。(まあ、中には地獄行き決定!なんて方もいらっしゃるでしょう。自分の胸に手を当てて、よーく考えてみましょう。えっ?胸がないからって・・・、いや、そういう問題じゃなくって)

 案外知られていませんが、この一直線、一方通行的な死生観はキリスト教的な考え方に沿ったものです。神による創世記から始まり、最後の審判で終わる。「一回完結、続きなし」という壮大なドラマであります。だから、これをして「人生は書き換えることの出来ない聖書である」などともいいます。

 これに対し、仏教をはじめその他の多くの宗教は、回帰循環を説きます。ニーチェなんかも「永劫回帰」なんて叫んでましたが、ありゃキリスト教以前の古代ギリシア思想に基づいたものです。(余談ですが、この古代ギリシア思想と、東洋思想はよく似ています)

 細かいことを言いますと、キリスト教には死んだイエスが甦る、復活するという話がありますが、あれはもちろんゾンビではなくして、キリスト教が邪教として排除した古代の西アジア宗教にあった循環思想を部分的に取り入れたものだと考えられます。
 

 さて、さて、「行く」、「行ってしまう」なら、それっきりでしょう。西方浄土でも、天国でも、地獄でも、あるいは冷たい墓石の下でも、そこで「いつまでも、いつまでも、末永く幸せに」永眠・・・ですかー?

 「ふざけるな!冗談じゃない」というのが、あの『千の風になって』でしょう。

 しかし、別に風にならなくたっていい、というか、生きとし生けるものは死して空や大地に戻ってゆくのは事実です。物理的にはカリウム、ナトリウム、マグネシウム、鉄・・・、などに基本的には分解され、ここがポイントですが、その「もともとあった所」に戻ってゆくと言うべきでしょう。

 その一部は、大地に、その一部は海に、その一部は空に(ひいては宇宙に・・・)、あるいはその一部は、めぐりめぐって新たな生命を誕生させるために使われるかもしれない。(※別に人間ということもありません。ナメクジかもしれないし、タヌキかもしれない・・・。因果応報というわけでもないんですが)


 これに対し、よくあるのが霊魂不滅思想であります。なかなか魅力的な考え方ではありますが、願望的推論以上のものではありません。(※いっそ、そう信じてしまえば別ですが・・・)


 
 さて、あえて物質レベルで話を進めてきましたが、「そのもともと在った所」とはこの広い世界、ひいては宇宙そのものであるともいえます。
 ただ実際は我々生命体は日々、新陳代謝をくり返し、その物質レベルでは毎日入れ替わっていることを考えるなら、その生死に関係なくして、既にそこに存在しているということでしょう。

 「生命」というプログラムに基づき、「生」というシステムを形作っている個々の「一現象」ということになりますか。現象とは一時的な顕現、つまり現れに過ぎない。ただ、一時的にそのような形として維持されつつあるもの。

 大きな存在の中に、多様な現象としての「形」として一時的に現れるもの?その形を維持してゆくための努力。これは結構大変なことです。

 『疲れたなー』
 『もういいよ、帰っておいで』

 (「帰りたくなったら、いつでも帰っておいで・・・」そりゃ、花嫁の父親の言葉だろう!)


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