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とかく、
「自分は正しい、お前達は間違っている」
という主張が鼻につきます。
じゃあ、
その「正しい」と言い切る根拠は何か?
と問うと、どーも適当な答えしか返って来ない。
あるいは、自分の価値基準を絶対視して、他の視点、価値観を一切認めないのであります。
何度となく書いておりますが、このような価値基準、価値体系というのは、幾何学的に言うなら、そもそも任意の原点を設定した所から作りだす座標軸体系にも等しい。
原点をちょこっと上下左右にずらせば、全ては全く変わってしまう。
数学ついでに言えば、非ユークリッド幾何学がおもしろい。
球体に三角形を描いてみると、
その内角の和は180度を超えてしまいます!?
(※ 平面上の三角形の内角の和は180度)
じゃあ、この非ユークリッド幾何学の三角形はどーなるんだ?異端か、邪道なのか?
えーい、そんな三角形は認められん!
正しい三角形はこれだ!
いっそ、二等辺三角形も、よこしまな(?)三角形も異端だ、邪道だ!
よこしまな三角形って・・・。
して、どんな時代、どんな社会にも異端審問をしたがる方が少なくない。
例えば、集団自衛権で大モメしておりましたが、
安倍首相の判断は正しい。批判する奴は非国民!
まあ、別に安倍さんじゃなくたっていいわけですよ。
誰だって、何だっていいんです。
自分の主張は絶対に正しく、他は一切認めない
玄米
「正しい米の食べ方」というものとして、精米せずに玄米で食う、というものがありました。
確かに栄養価は精米するよりも遥かに高い!
しかし、味の方は今一つ劣ります。
栄養価は高いが拙い玄米 VS 栄養は劣るも味は優れる精米
すいません。あっしなら、邪道の精米の方がいいです。非国民です。
「正しい」シリーズ、続いては「正しい日本語」なるものであります。
言うまでもなく、一口に日本語と言っても地域ごとに様々な方言があります。東北弁など、よく、からかいの対象ともされたりもしますが、実はこういったローカル色豊かな方言の方が、本来の日本語、言い換えるなら原型に近いものもあるそうです。
「標準語」というのは「正しい日本語」という意味ではなく、誰でも使える、理解できる共通語ということに過ぎない。
まして、言葉なんて時代とともにどんどん変容しておりますから「古き良き正しい日本語が廃れて行くのが悲しい」などと、偉そうなことを言う知識人もおりますが、気にするこたーありません。
「古き良き正しい日本語」というのなら、いっそ平安時代の言葉を復活させますか?
さらには、これまた喧嘩になりそうなのが、
正しい美人
というものでしょう。
プラトンのおっさんは「真・善・美」の絶対性、永遠性を説きましたが、この美の基準、あえて言えば美人の基準なんてどんどん変わっております。
奈良時代の美女?
うーん・・・・・。どーなんでしょう?
「間違った美人」とは言いませんが・・・。現代の基準からしたらちょっとねえ。
次に「正しい法」というものはどうか?
ソクラテスは「悪法もまた法なり」と言っておりますねえ。
戦前の治安維持法も悪評が高かった。
江戸時代には、悪評高かった綱吉の生類憐みの法(令)がありました。
いろいろ言われております日本国憲法の評価も様々です。「アメリカが押し付けたもの」なんて言う方もおりますが、児島襄の「史録 日本国憲法」などを読みますに、そうとも言い切れない。
あっし個人としては、法とは人間が社会を作って生きて行く上に必要なルールだと思っておりますが、しかし、今ある法が完璧なものとは思ってはおりません。
そこに支障が出るなり、時代にそぐわなくなっているのなら変えればいい。
憲法だって絶対なんてことはない。改正可能なのであります。
しかし、それを、小手先だけの解釈で「その意味することを変えてしまえ」というのは・・・。
あっし的には変だと、いっそ「正しいとは思われない」のであります。かと言って、じゃあ、どーいうふーにするのが「正しい」のかと言われても困ってしまう。
エチケット、マナー、礼法、茶の作法といったことにも「正しい」なんてことが言われます。
然るに、その固苦しい振る舞いも、実はそれ相応の意味があって、きわめて合理的に考えだされたものなのかもしれない。
その結果として生まれた「型」のようなものが「作法」というものにして、学べば誰でも出来るようになるはずなんでしょう。
ただし、大事なことはその元々の意味ではないかと思います。
例えば、茶の作法というものも、つまりは客である相手をもてなす、ということでしょう。、まさに「おもてなし」であります。
型として作法にこだわり過ぎて、もてなしの心を忘れることはないのか?
仮に相手が無作法であれ、自分が立てた茶を美味しそうに飲んでくれたらそれでいいような気もします。
それを、
あんたの作法はなっていない!
なーんてやったら、そもそも、本来の茶を立てて出すことの意味を無視している?
−−−−−−−−−−−−−−−−−
「正しい日本の秋」、「正しい日本のお母さん」なんてものもある?
こーいうものが「日本の正しい秋」?
しかし、これが、「正しい日本のお母さん」ということになると・・・。
こんなんなんでしょうか?
いや、いや・・・、
基本的にエプロン、いや、かっぽう着に、姉さんかぶりの手ぬぐいで・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
それは、いくらなんでもちょっとアナグロ、時代錯誤すぎないか?
ならばいっそ、
・・・・・・・・・・・・・・・・。ええなー
いや、非国民です! |
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教授、コンニチワ!。
毎日、楽しく拝読させて頂いてます、感謝です。
会社の研修での、心の四っの窓・ジョハリの窓を思い出しました、
I am OK、You are OK、で
人生を過ごしたいものですね。 和楽美・拝。
2014/7/3(木) 午後 5:00 [ 和楽美 ]
「先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし」という川柳がありますが、教授なんて呼ばれると、何と言いますか、坂本龍一になったよーな・・・。
「もしかしたら、あっしは賢いのか!?」などと、誇大妄想に走りかねないので、煽らないでください。
「IamOK、You are OK」って、いいですねえ。
相手を尊重してこそ、自分もまた敬意を払われる。これなくしたら社会は成り立たない。
和楽美さん、こちらこそ勉強させて頂いてます。
2014/7/3(木) 午後 6:09 [ ねずみ男 ]
大事なこと
2018/10/25(木) 午前 8:29 [ こういうのはとても ]