勝手に言ってろ!的妄想論

興味があったら読んで下さい。毒にも薬にもなりません。

同時進行 アブナイ法律入門

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 さて、『安保法制の何が問題か』の中に、元内閣法制局長官であった宮崎礼壹(現・法政大学教授)の、今年の6月22日における衆議院平和安全特別委員会での参考陳述が掲載されておりまして、これが理路整然、きわめてわかりやすく問題点をあぶりだしているように思いました。




 で、この方、ちょっと調べてみましたら、そのその内閣法制局長時代、時の首相であった安倍首相から、集団自衛権に絡めた憲法解釈の変更を迫られたようですが、これに強く抵抗したとされ、まさに内閣府の法の番人であったとされます。





 そもそも、この内閣法制局、立法の適宜性を審査する機関でして、言うなれば不偏不党の中立機関でなくてはならないわけです。




 
 あえていえば、組織体における監査部署のようなものか。


 つまり、時の政府が憲法なら憲法に沿っていないような法案を呈示した時、この整合性をチェックするのであります。




 先に、安倍首相の姑息さと書きましたが、彼はこれが気に入らず、そもそもここの長官は次長がなるという慣例を破り、やはり言うことを聞かなかった(?)山本庸幸を最高裁判事に祭り上げ、国際法局から集団自衛権に前向きとされた小松一郎を引っ張って来て、言うことをきかせたとか。




 NHK、日銀もそうですが、本来なら中立的な人間を据えるべく所に、この方の意向に沿った(?)人間を配置する、というのは、どこか専制性の匂いすら感じられるという方もおりました。






 さて、安倍首相が「集団自衛権」は従来の政府の憲法解釈の立場に沿ったものという、はっきり言って「黒を白と言い換えるような」、それこそ「法的安定性」のない、主張の根拠としたものが「砂川判決」と「1972年の政府見解」だそうですが、
 





 これは、もう、あっしのよーなドシロートだって理解できるようなメチャクチャ論理の破綻したものでして、然るにこれが自民・公明の偉い政治家のセンセイ達に支持されたということは・・・、




 

 国政が信用できない!

 
 としか、言いようがないのであります。



 いや、これまでだって、あっしら好き勝手な政治批判を行ったりもしておりましたが、それはそれで、無知なるが故の見当違いであったりすれば反省することだってありますが、しかし、そもそも国民にその範を示すべきの、仮にも一国の首相が、





 テメーの好き勝手でやりたい放題やっている?



 のはねえ・・・。


 それこそ、




 立憲主義、国民をナメくさっているとしか思えない




 して、砂川判決の内容は、あくまで在日米軍が違憲かどうかが争われたもので、そこから何で「集団自衛権を最高裁が認めた」のか理解不能としか言いようがない。




 これについて言えば、この当時の内閣法制局長であった角田礼次郎のインタビュー記事がありまして、「どこからそんな結論が導き出されるのか」と批判していたのが印象的でした。





 

 一方の1972年の政府見解ですが、これはもう、はっきりと、

 

 集団自衛権は認められない




 と、言いきっております。


 
 ところが、この一文の途中にある「必要な自衛の措置」という文言には、





 
 実は(潜在的に?)「集団自衛権」も容認したのだよ




 としているのであります。



 確かに、この文言だけとれば、つまり、それこそ「拡大解釈」すれば、「個別」も「集団」も含むといえないこともないですが、前後の脈絡そして結論から、はっきり「ダメ!」としているものを、「いや、実はいいのだよ」とするのは、いくらなんでもひどすぎやしないか、と。





 
 こんなメチャクチャな論理がまかり通るなら、
 あっしが会社に出した領収書も必要経費で
 認めてくれ!




 ※ うちの会社の総務経理担当の方が、内閣法制局よりずっと厳しいぞ!






 −−−−−−−−−−−−−−−−−−




 くどいようですが、あっしには政治的な意図はありません。


 ひっ迫する国際情勢云々についても、これは次元の異なるものだと思っております。






 ここで問題としたいのは、キチンと国民に説明することもなく、数の論理でこれだけ重要な法案を強引に通してしまったことなのです。



 思うに、あっしも含めて多くの国民が、





 納得ゆかねー!


 と思っているはずです。


 あっしなんか、こうやって少しづつ調べてゆくうちに、猛然と腹が立ってきましたねえ。






 
 あのなー・・・、外回りやってりゃ喉も渇くんだよ
 たまにはクーラーの効いた喫茶店でなー
 
 んな、領収書は認められない・・・って、



 てめーは鬼か!?




 内閣法制局を見習え!
 既に、あれだけもめた安保法は国会で決まってしまいましたが、そして何をいまさら、とは言いますが、はっきり言って、




 何が何だったのかよくわからない



 のであります。





 「おまい、相当遅れてるなー」などと言われそうですが、なんせ複雑すぎて、あっしのよーな政治はおろか法律、それも憲法については、いっそドシロートの人間には荷が重すぎます。



 だから、これまで学んだことにおいて考えてゆきますが、「あのアホウ、わけのわからんことを!」なーんて言われると思います。




 そー言う意味では、詳しい方にご指導ご鞭撻を仰ぎたいと思っております。






 安倍首相は「今後も国民の理解を深めるための努力をしてゆく」と言っておりましたが、この「努力をしてゆく」って言葉を、不遜にも、それこそ安倍さん得意の憲法解釈に用いた「ウルトラテクニック」で解釈しますに、






 
 何もしねーよ、あほう!



 ということではないかと。



 
 それまでの国会論戦を見ていて思ったんですが、とある言語学者が、





 「解釈」というものは際限なく拡大して
 行く危険性がある



 などと、安倍さんの憲法解釈において言及していたの思い出しましたねえ。





 「解釈」はそれこそ「風船」みたいなもので、どんどん膨らますことができる。

 ただし、その結果、ついにはその膨らましたことに捉われてしまうようになる、などとも言っておりました。




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 全く関係がないと言えばないんですが・・・。


 あのイエスが磔刑になったことをして、パウロという方は、





 
 神がイエスという子をよこして、人間の贖罪をさせた




 なーんて勝手なことを(?)ほざいてましたが、イエスその人からすれば、


 
 『俺はそんなつもりじゃなかったんだが・・・』




 なーんて言いそうですが、今やそれこそがキリスト教の教義の一つになっております。


 他人の解釈は、その人自身の思想をも超える、ってことなんでしょう。




 ※ フランスの哲学者ルイ・アルセチュールという方が『資本論を読む』なんて本を書いたんですが、これはもはやマルクスの思想を超えたもの、アルセチュールによる解釈の産物(独自思想)だとされております。



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 あえて言えば「解釈」なんて、それを行う人間次第でどーにでもなってしまう。
 




 もっとも、そんなふーに、例えば憲法をその時の政治首脳、つまり内閣が勝手に、恣意的な解釈をしないように、様々なチェック機能を設けているとされます。三権分立で言えば、国会や裁判所もそうですが、そして最終的には国民もそうですが・・・、それ以前に、例えば内閣法制局なんてところがそーいった恣意的な解釈の妥当性をチェックしていた。




 ゆえに、憲法制定以来、こと第九条の解釈運用にあっては、政府内でも事細かな議論が繰り返され、これが国会でも揉まれて、あるいは学者の意見(学説)なども参考にして、





 一応、これが今の政府見解なんだけど



 というコモンセンスが作られてきたわけですねえ。




 して、自衛隊が違憲か否かも含めて、まだまだ結論が出てはおりませんが、それでも今回、問題になっていた「集団自衛権」というものについては、





 
 今の憲法ではそれは認められません



 というスタンスできたわけです。


 そして、これが、言うなれば国民に対して呈示されたものだった。







 ところが、安倍さんはこれをひっくり返してしまったから問題が生じた。





 いや、ひっくり返したっていけないわけではない。

 それこそ、世界情勢が変われば憲法だってそれに応じて変えてゆく必要があるのかもしれない。





 ただし、そのやり方が姑息というか、きちんとした説明ができていないのであります。


 して、そのまま強引に国会で法案を通して、「これから丁寧に説明してゆきます」なーんて言っているわけですねえ。






 あっしも、憲法の本を読んだり、新聞を読んだり、ネットで調べたり、ついには、



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 なーんて本まで買って、勉強しておりますが、







やっぱり、おかしいですよ



 あえて言っておきますに、あっしの立ち位置はレフトでもライトでも、ましてセンターでもなく・・・、あえて言えばベンチにいる人間(?)です。


 
 少なくとも政治的な問題ではなく、あっし自身少なからず憲法を勉強中の人間にとっても、今回のケースは、





 日本国憲法と国民をナメくさったもの
 としか言いようがない蛮行でしょう




 憲法学者のセンセの中には「クーデターだ!」なーんておっしゃっていた方もおりましたが。



 おいおい、あっしが勉強した範囲で、なぜあっしが「蛮行」とまで思ったことを書いて行こうと思っております。
 


 もっとも・・・、あっしのよーなドシロートがこんなことを書くこと自体が「蛮行」と言われたらそれまでですが。
 売られた喧嘩は買いますよ。売られた女も買いますよ



                                       永六輔『無名人の語録』より





 なーんとなく、この言葉が妙に頭の中に残っております。
 資本主義経済の行き着くところ、どんなものでも商品(?)になる。


 


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 フランス映画の名作『モロッコ』をイメージさせるようなこの「カスバの女」の3番の歌詞に、





 
 あなたも私も 買われた命 ♪



 この言葉にグッときますねえ。

 
 誰にも話せぬ過去を持ったような男と、わけあってパリから流れてきた踊り子のはかなくも悲しい出逢い。





 明日は中国、北朝鮮 

 泣いて手を振る後ろ影 海上自衛隊員の白い服?



 
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 以下、再び憲法のお勉強です。

 
 先回、憲法解釈は難しいと書きましたが、それというのも第九条ほど、時代の流れの中で多様に解釈が変更されてきた条文はないと言えるからであります。



 
 さて、日本国憲法成立当初、政府見解においては「戦力」は保持しないという立場から、軍隊はおろかそれに類する(?)ものは一切持たないとしておりました。


 しかし、1950年朝鮮戦争勃発を契機に、ここが重要なところですが日本国が主体的にというのではなく占領軍総司令部(※ アメリカが主導権を握っていた)から七万五千人からなる「警察予備隊」の創設を要求されます。




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 して、名称から「警察」とあるように、これは通常の警察機能を補うものであるから合憲であると政府は説明しております。しかし、小銃や戦車を有し、これはどー考えたって「軍隊」であったとされます。


 この政府解釈の前提となったものは憲法で言う「戦力」とは「警察力を超える実力部隊」というものであった。



 
 しかし、昭和27年、この警察予備隊は「保安隊」と「警備隊」に改組・増強され、ここでまた政府の解釈が変更されます。


 名称変更され、増強されたとはいえ「近代戦争遂行能力を持たない実力組織」であり、これはやはり「戦力」ではなく、従って合憲であるとしました。


 言うなれば警察力と戦力の中間に位置し、そのいずれにも属さないというのであります。






 もう、この辺りからわけがわからなくなってまいります。


 


 いや、君のことが嫌いになったとかそーいうことじゃなくって、もちろん、今も君を好きだよ。でも、まだお互いに若いし、いろんな経験を積んでさー。それぞれ別に好きになった相手がいても、それで別れてもいいし、最後はやぱりお互いのことが忘れられないというのならそれはそれでいいと思うんだ


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                       平成の適当男 高田純次



 騙されてる。ぜってー騙されてる!




 さらに、昭和29年、日米相互防衛援助協定(MSA協定)なるものが結ばれ、日本は防衛力増強の法的義務(!?)を負うことになり、これを受けて「自衛隊法」が制定され、保安隊・警備隊は自衛隊と名称変更します。



 ここで、自衛隊はもう軍隊ではないかと国会で議論されますが、政府はあくまで防衛を目的とした組織と突っぱねます。



 して、ここで政府はさらに積極的拡大解釈を推し進め、




 自衛権は国家固有の権利として、憲法9条の下でも否定されていない
 そして自衛権を行使するための実力を持つことは合憲である
 自衛のための必要最小限度の実力は「戦力」にはあたらない




 
 ここでやや引っ掛かるのは「自衛のための必要最小限度の実力」というものでしょう。
 必要最小たって、あーた、相手が核ミサイル持って脅かしてきたらどーなるのか?




 かつてのアメリカとソ連の軍備拡大競争を思い出しますねー。
 大陸間弾道核ミサイルはおろか、いまやバンバン人工衛星、スパイ衛星を打ち上げて、いざとなればその衛星から攻撃できる?


 (※ キラー衛星と言い、相手国のスパイ衛星を撃墜するものまであるとか)
 

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 今や、『スター・ウォーズ』の時代ですよ。


 

 それでも政府は、




 「他国に侵略的な脅威を与えるような攻撃的兵器の保持はできない」としております。



 先回も書きましたが、道具なんてもなーそれを用いる人間次第でどーにでもなるもの。

 核ミサイルだって、攻撃衛星だって、それが他国に「侵略的な脅威」を与えるかもしれないとしても、「あれはあくまで防衛目的のもの」と言えばそれで通る?




 
 して、このような議論がこれまで延々と繰り返されてきた。


 その一つが、まさに今書きましたように「攻撃兵器」と「防衛兵器」なるものの区別をどこでどーやって、何を基準として判断するかであります。






 アメリカでは銃も許可制で所有できますが、もちろんその目的はあくまで防衛用、護身用であります。


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 しかし、そーはいったって、使うのは人間ですから必ずしもその目的だけとは言えないことは、アメリカ社会におけるこれらの銃を用いた犯罪の多さを見ればわかります。




 次に「自衛権」なるものはどこまで及ぶのか、という問題がある。

 仮に、相手国が日本を攻撃してきた時に、他にやむ得ない措置として、相手国の軍事基地を攻撃することは許される?





 
 やめろって言ってるのにわかんねーな
 仕方がねえ。戦意喪失させてやる



 例えばの話、相手が殴りかかって来て防戦するも、いっこうにやめる気配がなく、空手の心得がある方が相手の急所を突く、とか。




 刑法で言えば、「正当防衛」と「過剰防衛」の中間点のようなものか?
 





 次に、自衛隊の海外出動という問題がある。


 これまた、従来の政府見解にあっては「自衛隊の任務は国土を防衛することに限定」として、海外出動はできないとしてきました。





 となると、国連軍というものには参加は認められない、ということになる。


 (※ 国連軍は戦闘、武力行使を任務)



 
 そして国連平和維持活動(PKO)にもまた、ここにも武力行使もありうるとし参加を認めず、経済的、文民参加(選挙監視団)ならば協力しましょう、と。





 しかし、90年以降、中東湾岸危機、湾岸戦争を契機に、「日本ももっと協力しろよ」ということを受け、92年に「国連平和維持活動等に対する協力法」(PKO協力法)を成立させ、自衛隊を海外派遣させました。



 しかし、もはやこの段階で自衛隊を「戦力」ではないという論理は相当に怪しくなってきます。

 
 国際協力もいいが、これはもういっそ憲法の一部改正を行って、時代に即したものとすべきではないかという意見もある。




 つまり、その場主義で適当に屁理屈をこねて、ごまかして(?)きていると、どこかでほころびが出る、辻褄が合わなくなる



 もうこうなったら9条の意味がおかしい


 
 

 おかしい、時代にそぐわない、非現実的・・・。



 だったら、改正論議をすればいい。


 

 えー?だって・・・
 めんどくせーもん


 というのが、どうも今日の状況のようです。



 「仏の顔も三度」という言葉がありますが、いくら温厚にして許容性を持った(?)九条もここに来て、ついに怒りの大魔神であります。

 


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 黙ってりゃいい気になりやがって、その都度解釈変更
 なんかしやがって・・・


 そんなに気にいらなきゃ男らしく(?)変えればいいだ
 ろうが。姑息な解釈改憲なんてたけたことを!




 と、不肖あっしが、畏れ多くも憲法九条になり替わりまして、その代弁を・・・。



 
 最後は、ついに「安保体制」であります。(※ テキストである芦部センセの『憲法 第五版』の初版本は2011年に出版されておりますから、その当時までの見解であります)





 まず、1952年サンフランスシスコ平和条約締結と同時に「日米安保条約」が締結されております。


 考え見れば日本は「連合国」に負けたといっても、そのほとんどは対米戦争でありました。




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 然るに、「昨日の敵は今日の友」、ギブミー・チョコレートですよ。


 二度も原子爆弾落とされようが、今日からは手と手を携えて憎っくき共産主義と闘おう、なーんて?



 

 というのも、ソ連をはじめ中国、そしてアジア一帯に共産主義思想が広がり、アメリカは日本もまたそのムードに流される(?)ことを懸念したのであります。


 当初、日本の共産主義者にも寛容であったアメリカは、これを恐れて日本政府に圧力をかける。
 そこにアメリカの諜報機関CIAが関与していたという噂もありましたが真相は闇の中でしょう。





 して、アメリカとすれば極東地域における、その先端防衛基地という位置づけに、日本をその傘下に組み込みたかったとされます。

 (ソ連に中国、北朝鮮、そしてさらベトナムをはじめとするアジア諸国がうっとおしかった)



 
 そして、防衛力増強を求めるMSA協定を経て、60年に新安保条約が締結されます。



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                    国会議事堂前の安保反対のデモ集団






 日本は戦争に負けたとはいえ独立国家
 何で、黙ってアメリカの言うことを聞く忠犬に
 ならにゃいかんの?



 高らかと平和国家の名を掲げ、世に言う「平和憲法」を打ち立てた日本がですよ、アメリカのご都合主義で再軍事化に走ってどーする?




 ということであったという話をきいたことがあります。


 つまるところ、敗戦国日本はアメリカに頭が上がらなかったのか?

 して、本来なら保守右翼はそーいう軟弱なる(?)日本政府に対し、毅然とした態度をとるかと思いきや、そーいうこともなかった?





 おまいら、神国日本をナメとんのか?

 



 いや、むしろアメリカと仲良くしてという、戦前であれば非国民、国賊的スタンスに走る?


 

 余談ですが、この時、それこそ反対する国民をナメくさってこの安保法案を強行採決したのが、誰あろう、今の日本の総理大臣のじい様、つまり祖父である岸信介であります。



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岸信介 



 
 して、この条約における相互防衛、あくまで「日本の施政下における武力攻撃」に限られ、また「アメリカ軍を日本国内に配備する権利」を認めております。




 これは相手国にすればやっかいなものではあります。仮に日本を攻撃してきた場合、そこにアメリカ軍の基地がある以上、それはアメリカに対しても喧嘩を売って来た事にもなる。


 それはつまり「日本がアメリカの傘の下に入る」ということではあります。同時にアメリカからすれば「極東における国際の平和と安全の維持」というこ名目をして、つまりこれはつまりアメリカの前線基地基地ということにもなり、アメリカ本土に害が及ばないようにするためともいえる。




 
 こうしてお互いに長所があればいいじゃないか、日本にもしものことがあったらアメリカが黙っちゃいないよ、ということをも意味する?





 しかし、事はそう簡単でもない。


 では、仮に相手国がピンポイント攻撃で日本におけるアメリカの基地を攻撃してきたらどうなるのか?

 その場合には、少なくとも「日本の領土侵犯」であり、これはまた「日本への攻撃」に他ならず、それに対し対処する行動は「個別的自衛権の行使」であると政府は説明してきた。

 
  
 
 
 とはいっても、例えば日本領海内におけるアメリカの戦艦が攻撃された場合はどうか?

 日本の自衛艦ならまだしも、アメリカの戦艦である以上、これにどう対処するかはアメリカが判断すること。



 
 つまり、日本領海内とはいっても、必ずしも日本に対し攻撃を仕掛けてきたわけではない以上、それに対する反撃というのはおかしくはないか?



 
 何言ってんだよ。同じ仲間が攻撃を受けたんだから、反撃するとなったら加勢してくれるのが当然だろう

 
 


 と、これは集団自衛権というものになりますが、そうすると理屈的には直接攻撃にさらされていない相手に、こちらから先に宣戦布告することになってしまわないか?


 だいたい、これまで政府は「集団自衛権」なるものは認めてこなかったわけですが、ここにきて、いや憲法をよく読めばそれも許されることになっておるのだよ、なんて言い出した。






 領海侵犯があったじゃないか、とは言いますが、普通は「さっさと出て行きやがれ」ぐらいはしますが、攻撃までを仕掛けることはないはず。




 
 日本とアメリカお友達 同じ友達ならば、まさに「義を見てせざるは勇なきなりで
 これは、加勢し助けなきゃいかん



 ただ、その場合、相手国は「何だ、この野郎。おまえもやんのか、こら!おまえ、おれに喧嘩を売るのか?べつに、俺はお前にたいしてまで喧嘩を売ったつもりはねーんだけどなー」ということになる?




 
 いや、いや、「それもまた国土防衛」たって、それは日本の一方的主張でしかなく、相手が、世界がそう認めてくれるのか否か?



 
 日本は、平和憲法持ってるなんて偉そうにいっていたが、いざとなれば
 アメリカに尻尾を振って、自分から戦争を仕掛けてくるじゃないか
 それを「自衛戦争」というのは、かつてのドイツやソ連、アメリカの言っていたこと  と何ら変わらないじゃないか。口先だけだったんだな





 ということになりはしないか?



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 相手が何を言おうと構わない。天に照らして己の正しいと思った道を行く




 


 でも、例えば中国だってそう思って、いわゆる領土拡大政策(?)を実行しているわけでしょう。
 それに対し周辺諸国からは非難の嵐を受けてますが・・・。


 
 ちなみに、そういう政治を行っているのはあくまで中国政府であって、中国人全員がたとえ周辺国と最悪の場合は戦争になろうが領土拡大してゆけ、と望んでいるとも思われない。





 となると・・・。



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               赤旗と領土拡大帝国資本主義(?)とスモッグ抱えて







 独走、先走り?






 日本も同じ?



 
 いいから、黙って俺様について来い!


 一蓮托生、いざとなれば地獄まで?








 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。嫌だ!





 なんなら今すぐ洗礼してクリスチャンになってもいいから、他の誰もが地獄に落ちよーが、あっし一人だけでも天国に行くんだ!


 
 憲法を学んでいてつくづく思い知らされるのは、



 
 解釈が難しい!


 例えば、第九条。こんな短い文章、さらっと読めば「はい、わかりました」ということになるようなものですが、そうは簡単にゆかない。その解釈の変遷について一冊の本が書けそうなくらいの議論がある。





 その難しい(?)解釈の一つと思われるのが「戦力」という言葉の意味であります。教義の意味では「軍事力」というものとなるようでして、これには「武力」、「戦闘能力」、「防衛力」などという言い方もされる?




 何度となく書いておりますが「武器」は攻撃にも防衛にも用いられるもの。
 言い換えるならその武器がどんな意味を持つかは使い方次第ということになるでしょう。




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                           出刃包丁




 あるいは、言うまでもなくこの出刃包丁、魚をさばくときに使われる道具ですが、時と場合によってはほかならぬ人間を傷つけたり、殺しかねないものともなる。





 ある意味、潜在的な危険性を持ったものともいえるかもしれない。



 して、かつては「気ちがいに刃物」なんて言葉がありまして、



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 こーんなあんちゃんにミサイルを持たせるとあぶなくって仕方がない。





 また、本来ならそこに何ら危険性のない、いっそ無害なものが有害なものとなることもあります

 そこら辺に転がっている石ころだって、それを喧嘩に使おうとすると武器になる。



 

 言葉だってあーた、



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 ごめんなさいね。タイプじゃないの





 こーいう場合んなんか、謝罪(?)の言葉が相手にすれば胸にグサっと刺さるナイフのようですねえ。




 
 えー、くどくどと書いてまいりましたが、要は道具も言葉も使い方次第、解釈次第でいろんな意味が生じる、いっそ逆の意味すら生じかねない、ということであります。


 ※ 「侵略戦争」か、「防衛戦争」か?





 
 さて、ではこの九条における「戦力」とはいかなるものに解釈するのか、されているのか?


 以下、再び憲法学の大御所・芦部信喜センセの説くところに沿わせていただきます。(『憲法 第五版』 岩波書店)


 

 
 まず、これを厳しく解釈いたしますに「戦争に役立つ可能性のある一切の潜在能力」というものがあるそうです。


 これは軍需生産、航空機、港湾施設、核戦力研究、いっそ日本が世界に誇る大阪は堺の刃物すらも該当してくるかもしれない。




 言うなれば徹底した、いっそ極端な解釈であってこれではちょっと厳しすぎる。



 ※ 世の中には、こーいう方向に走る、あるいは思考する人々も少なくなく、変な喩えですがエホバの証人における独自な聖書解釈(輸血拒否)などがその例かも。





 して、そこはまあ、もう少し緩やかに解釈しましょうよ、ということになりまして、「軍隊および有事の際にそれに転化しうる程度の実力部隊」としておりまして、これが「通説」だそうです。



 そう言えばアメリカの州には「州兵」制度なるものがあり、その中には軍隊を除隊になった方や、一定期間の訓練を受けた方からなる予備役部隊だそうですが、それこそ有事の際は軍隊になる?






 さらに余談ですが、これは都会の方には馴染みがないと思いますが、地方に行きますと自衛消防隊組織というものがあり、これを消防団などと呼んでおります。



 むろん、行政としての消防署もありますが、それだけではこと足りず、いざという時は普段はそれぞれに仕事を持った方が、例えばの話、床屋さんがお客の頭を刈っていようが、そのまま放り出して(?)特有の法被をまとって消防車に乗って出動なのであります。




 客の頭より、火事を消す方が最優先。

 となれば、お客だって黙っておとなしく待っているしかない。




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                        こちらは女性消防団




 
 して先に「軍隊」に転化しうる、とありましたその軍隊でありますが「外敵の攻撃に対し実力を持って対抗し、国土を防衛することを目的として設けられた、人的、物的集団の組織体」だそうです。



 警察というものもありますが、こちらは国内の治安維持のためのものということになる。





 
 然るに、今の日本における「自衛隊」はその人員、装備、編成等の実態に即して判断すれば、




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                  帝国海軍? いや、海上自衛隊であります







 はっきり言って「戦力」でしょう





 結論から言えば、今の自衛隊は憲法違反状態にある、とも言えます。


 だからどうだ、ということをここで議論するつもりはありません。あくまで現状の把握であります。




 
 国民の理解とすれば、暗黙の了解というムードも見えます。


 ここから、いっそ実情にそぐわない憲法そのものを改正してしまえ、という意見も出てくる。





 さて日本国憲法に即していたとしても、「自衛権」なるものが否定されているわけではない、とされます。早い話が、相手が攻撃を仕掛けてきたらこれを防ぐことまでいけない、ということではない。




 しかし、ここに「武力なき自衛権」という考え方もあるのだとか。



 やや理想的、理念的にも聞こえますが、外交交渉による侵害の未然回避、警察力による侵害の排除、さらには民衆が武器を持って対抗する群民蜂起(!?)だそうです。





 ある意味、すごい、としか言いようのない立場であります。

 


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                         戦時下の竹やり訓練
 





 例えばの話、相手国が最新式戦車なんかをして攻め込んできた場合にですよ、女性子供までがこーんなふーに竹やり持って向って行ったらねえ・・・。




 
 
 たとえ負けるとわかっていても・・・



 
 かつての旧日本軍の南方の島における玉砕のごときものですねえ。


 ※ 個人的な私情を挟みますと、あっしはこーいうのに弱い。
 


 
 ちなみに、こーいう時には、日本における宗教団体もまた一致団結し・・・、




 
 天よ怒れ、神風よ吹け!
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                             神風?






 普段は温厚な八百万の神様達だって
 黙っちゃーいない。やる時はやる!



 仏教団なんて、密教の仏軍団をして対抗でしょう。


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 やんのか。やんのか、こるらー!
 







 不肖、このあっしも、



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陰陽道いざなぎ流の呪訴を







 しかし、まあ・・・。



 どーなんでしょうねえ。もしかしたら、あまりの異様さ(!?)に攻撃を仕掛けてきた方も戦意喪失するかもしれない。


 

恐れ入ったか、日本のソフトパワーだ!


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 以前、尖閣諸島をめぐって日本と中国がヒートアップした時、中国の日本を貶める「日本鬼子」という罵倒に対し、日本のオタク達が変なふーに(?)反応し、上のようなキャラクターを作ってしまった、とか。




 
 これに対し、ネット上の中国人の一部が激しく(?)反応。


 なんだ、こいつら!?、・・・と。



 日本には敵わない。ある意味、負けた



 なーんてコメントまであった。





 しかし、これって・・・。


 「勝った、負けた」ではないような。それこそ、戦意喪失。なーんかアホらしくって・・・、ということ?

 
 これまた、以前にも書いた話ですが、とある未開の部族民同士の争いが起き、一方の部族の男たちが武装し、アドレナリンをバンバン分泌させ、血気盛んにもう一方の部族の村に押し入ると、



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 いらっしゃーい。あーら、いい男!
 ねえ、いっそ仲良くしましょうよ

 





 
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



 
 いや・・、あの、わしら、おたくらと戦争を・・・・・・・・


 
 そんなことより、もっといいことしましょうよ




 
 また、ねずみ男が嘘八百のホラ話を・・・、と思うかもしれませんが、これは実際にあった風習(?)だそうで、それこそこーやって「やられたらやり返す」的な抗争を続けているうちに、お互いの部族が疲労し、かつ損失も大きくなり、何とかこれをやめるべくに用いられた手法らしいです。


 


 まあ、確かに画期的な(?)平和友好戦略かもしれない。


 



 ちなみに、ボノボと呼ばれる類人猿にあっては、雄同士が喧嘩を始めると、そこに雌が仲裁にはいり、それこそ「そんなことよりも、あたしと・・・」と交合に誘うそうです。

 
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 ※ しかし、あっしが思うに、その順番を巡って雄同士がもう一度喧嘩するような気も・・・。




 −−−−−−−−−−−−−−−−−




 現在にあっては、自衛隊の存在は確かに違憲状態ではありますが(※ 違憲ではないという説もあります)、保有可能な自衛権からして「最小防御力の域を出ない軍事力の保有は許される」というものが、現政府の立場だとか。



 しかし、ではこの「最小防御力の枠を出ない軍事力」とはいかなる場合までもいうのか、というと、これまた解釈が分かれる。



 なんたって今や日本の自衛隊は、それを軍隊と仮定するなら世界でもトップクラスなのだそうです。

 それを「軍隊」とは言わず「最小防御力の軍事力」と言うのはねえ・・・。





 もう、詭弁としかいようがない。


 今、参議院で議論されている安保法案もまた、その政府解釈をめぐって紛糾しておりますが、これまでの憲法論議の延長線上にあると言えるのでしょう。



 
 強引な拡大解釈をしてゆくから無理が生じる
 それを国民に押し付けるってのは・・・
 

 おめーら、頭わりーなー、と!?
 よく考えりゃ、わかるだろうが



 
 って、ことかい?



 という批判がありました。

 勝手な自分の解釈(いっそ詭弁)を理解不能だからって、それはお前ら国民の理解力のないせいだ、というのはどうかと思います。





 なーんて、あっしも偉そうに巷の憲法論議に参加しようと思うに・・・、




 


 こー見えても、あっしは即戦力になることが・・・



 ・・・・・・・えっ!?




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 お前が入ると、話がややこしくなる、変な方向に行ってしまう!?




 プロ野球じゃないんすから・・・。


 ※ あっしの職場での位置に似ておりますなー。

 引き続き、芦部センセの『憲法(第5版)』を読んで勉強中です。気分はもうホーガク部の初々しき(?)1年生であります。


 続きまして芦部センセは憲法9条2項前段における「戦力の不保持」について講義しております。





 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない




 ちなみに、この冒頭の「前項の目的を達するため」という一文が世に言う「芦田修正」というものでこれが後々言うところの「政府の拡大解釈」を産む素地を作りだしたとされるものであります。



 何気ない、いっそどーということのない一文にも見えますが、そして当時の芦田均もまた、それほど深い考えがあってということではなかったようですが、歴史というものはこーいう本人にとってしても何げない行為が後になって大きな波紋を産むこともあってなかなか楽しい。





 仮に、この修正が加わらなかったらどうなっていたか?



 これはもう明確に、完全に、何が何でも、とにもかくにも「戦力は保持せず」という意味になるはずです。




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 女性からの言葉ですと、完璧に拒絶であります。


 こーいう場合、あっしの経験上、男性としては・・・、




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 ああ、ダメだ!もう、立ち上がれない!






 

 つまり、この一文が加えらえた結果、「場合によっては」、「条件の許す限り」、「それなりの理由があれば」というニュアンスが生まれたとされます。




 


 ゆえに、「も、もしかしたら・・・」という淡い期待も抱くことができ、その希望を胸に生きてゆくことができる?





 ( 騙されてる。ぜってー騙されてる!)





 さて、この結果として言い換えるなら、例えば「侵略戦争」の目的のために戦力を持たないという意味にも解釈できるため、だったら「自衛」のためならいいではないか、ということになってゆく。




 しかし、先回も書きましたように、本来武器というものは攻撃にも防御のためのいずれにも用いられるものです。まして「攻撃は最大の防御」なんてことばもありますように、どこからどこが攻撃で、防御かなんてわからないこともある。「過剰防衛」なんてものもありますしねえ。






 ※ とある武道の達人は「喧嘩になりそうになったら逃げる」、って言っておりました。
 もし、自分が手を出せば相手がシロートなら絶対に怪我をさせてしまうから、そーならないためにもこれを避けるのだとか。





 
 さすがは達人!言うことが違う




 一方に、なまじっか腕に覚えがある、昔すこし、空手を習っていたなーんてシロートに毛の生えたようなアホウがとかく喧嘩をしたがるのだとか。




 どこかの国のボンクラ独裁者にミサイル持たせるよーなもの。


 なまじっかキリスト教を知っているからこそ、畏れ多くもキリスト教に喧嘩を売る奴、とか。








 何と言いますか、オモチャの武器を与えられたガキが嬉しくってそれを使いたがる心理、かと。




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                      ドラゴンクエスト 伝説の剣と楯







 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。






 
 メチャクチャ使いてー!





 おめーは、ガキか!?)




 さて、何かと問題となる「自衛権」ですが、これは「通常、外国からの急迫または違法な侵害に対して、自国を防衛するために必要な一定の実力を行使する権利」とされます。






 これは「正当防衛」のようなものか?




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                           蒙古襲来





 
 侵略されてきて「はいそうですか、わかりました。おっしゃることに従いましょう」なーんてことがあるわけがない。




 とーぜん、こういう意味での「自衛権」なるもの、独立国家であれば当然有する権利とされます。


 ※ この「自衛権」すら日本国憲法には禁じられているという説もあるとか。





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 ここはオレのシマ(テリトリー)なんだよ、こら!
 なんだよ、やんのか、やんのか、おー!?






 
 して、この権利は国連憲章51条において「個別自衛権」として認められているそうです。




 日本だって、黙ってやられているほどお人好しのわけじゃない。まさに「降りかかる火の粉は払わねばならん」と。









 しかし、自衛権にはもう一つ「集団自衛権」なるものがあり、これがややこしい。




 
 他国に対する攻撃を、自国の実体的権利が侵されていなくとも、平和と安全に関する一般的利益に基づいて援助するために防衛行動をとる権利



 
 とされますが、日本国憲法の下では認められないというのが通説であり、政府もまたこの立場をとってきたとされます。




 
 然るに、戦後、アメリカとは日米安保条約の定める相互防衛の体制も「これは日本の個別的自衛権の範囲内のもの」と政府は主張してきた。







 さて、ここから先が問題となっておる次第でしょう。




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                           政府最新見解   







 ここで、先の集団自衛権において書かれた芦部センセの提示した定義と比較してみましょう。




 
 ・ 「自国の実体的権利が侵され」
 
 ・ 「日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」

 






 内容が明らかに緊迫化しております。

 

 しかし、仮に日本と友好的な関係にある国(※ アメリカ?)が他の国から攻撃されたことによって、「日本の存立が脅かされる〜」なんてことが現実に起こりうるのか?




 やや極端な被害妄想(?)、強迫観念的ではないのか?






 ※ このように他国からの脅威を煽って(?)自国内の結束を高めようとする政治手法(「仮想敵国」論?)は戦前の日本にも見られたものですし、アメリカなんかが得意(?)とした手法で、これでかつてのソ連に対抗し、ベトナム、アフガニスタン、中東にも積極的に軍事派遣しておりますねえ。


 





 そもそも、その国は日本そのものに攻撃を仕掛けてきたわけではないわけで、それを、




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 というのならともかく、




 
あの国がやられたら日本の未来はない
だったら、いっしょにやっちまえ!







 というのはどうなのか?





 例えば企業などの組織には派閥の対立なんてものがありますが、例えば専務派と常務派との仁義なき戦いが繰り広げられ、


 
 幹部会議で、この二人が対決した時、例えばその中立的な立場にいた、というかどっちかつーと専務派とされた営業部長が専務を応援したとしましょう。






 
 あの野郎、やっぱり専務派だったか!
 覚えてやがれ、この借りは倍にして返すぞ


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 「やられたらやり返す」ならともかく、「やられてはいないが、いっそ先にやっちまえ」という、まさに「攻撃は最大の防御」論にもなる?




 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



 あっしも、むかーし、当時いた会社の派閥争いに否応なしに巻き込まれたことがあります。
 
 

 然るに、確かにその時、勢力を持った派閥に加われば安泰が確保できたのかもしれないですが、なんとか中立的立場を固持しておりました。




 それというのも、「祇園精舎の鐘の音」の『平家物語』じゃありませんが、あっしは当時から妙に冷めた(?)ところがありまして、今でこそ「この世をば我が世とも思う望月の」の藤原道長のごとくにその勢力を持った者とていつかは陰りが出る、いっそ逆転される、なーんて思っておりました。



 

 して、そのいずれの派閥からの誘いも断り続け、いっそ孤高の永世中立国的立場にいたつもりですが・・・。






 評価としては・・・・・・・。

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 のごときでありまして、いっそ、どちらの派閥からも冷たくあしらわれておりました。




 しかし、実はこの会社、こーいう派閥争いが上部の方にもありまして、そして言うなれば明智光秀的な栄枯衰退が頻繁に起こり、ついには崩壊というか・・・、別の大手企業に吸収されてしまいました、はい。




 今でも時々思い出しますが、あの時、肩で風を切って歩いていた方々はどーしているのかと。


 風の噂に聞くことは、いずれも悲しい話ばかりで、今にして思うに、あっしの場合、



 


 さして得もなかったが、損もなかった



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                       ハイリスク・ハイリーターン





 「人間万事塞翁が馬」じゃありませんが、結果的にはこれでよかったあっしの、投資信託よりも安全確実郵便局の定額貯金人生?





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 「やられたらやり返す」のではなく、「やられたら守る」ことはあっても、自分からは「やり返さない」。


 そして、できれば仲良くする努力をする。

 
 




 ひきょう者だの、臆病者だのと言われようが、長い目で見ればこれが賢い方法ではないのかな、とあっし個人は思っております。


 あっしがよく引用する「ゲーム理論」という数学統計理論のコンピューター・シュミレーションにおいては、




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                       有名な「囚人のジレンマ」理論






 この「囚人のジレンマ」でもそうですが、お互いを信頼し合った時の方が、決して大きな利益は得られないものの、損失も少なくて済むのであります。





 甘っちょろい観念論、理想論と言われるかもしれませんが、それでつぶされるのなら仕方がないと思っております。
 

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