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山梨県バレーボール 組織の拡充・躍進への時代(昭和41年から63年まで)
【『山梨県バレーボール協会史』(昭和編) 平成3年発行 山梨県バレーボール協会】
オリンピック東京大会以後日本のスポーツ界は活気を帯び、新しいトレーニング技術の開発やスポーツ施設の充実と相まって競技別の世界選手権大会など国際大会が開催されるようになった。こうした気運はまた、国内の地方スポーツ振興の活性剤的な役割を果たすものとなった。
本県のバレーボール界も、この頃から急速に倍及、躍進の道を歩むこととなる。昭和40年代初めの登録チーム数は凡そ、高等学校が男女合せて60余チーム、一般・企業チームが10チーム程度であった。しかし、各面町村のスポーツ施設の整備と共に、「健康で明るい町づくり]の方策の一つとして、バレーボールに町ぐるみ、村ぐるみで取り組む町付も現れ、バレーボールの輪は大きく広がって行った。
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