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歴史を振り返る:
 間接的な原因で結果を浮かび上がらせる「春秋の筆法」的に1930年台を振り返れば日本の状勢は次のとおりです。
 1928年6月張作霖爆破事件、31年9月柳条湖事件と満州事変勃発、32年2月血盟団(民間組織)による政財界襲撃事件及び5・15事件(海軍士官)、陸軍内の新勢力ー皇道派(ソビエトを主敵)と統制派(中国を主敵)ーの対立激化、35年8月統制派No.1の陸軍省軍務局長永田鉄山少将を参謀本部で襲撃、36年2月2・26事件(皇道派陸軍士官)、37年7月日中戦争勃発、40年3月日独伊三国同盟、41年東条(統制派No.1を継承)内閣そして12月太平洋戦争勃発(〜45年8月)、47年3月農地改革と新憲法制定、52年4月サンフランシスコ平和条約(但し沖縄は米国施政下)発効で日本独立回復。
 さて、国外状勢は、1923年日英同盟失効と同年に関東大震災、24年米国の日本移民受け入れ全面禁止、29年世界経済の大恐慌、1930年ロンドン軍縮条約で日本海軍軍艦建造制限、38年独ソ不可侵条約、39年5月のノモンハンで日本陸軍とソビエトとの大激戦、39年9月ドイツはポーランド電撃侵攻、40年ドイツのフランス侵攻から約1か月でフランス降伏、41年4月日ソ中立条約(4条に相互不可侵の条文を規定)、41年6月ドイツのソビエト侵攻(ヨーロッパの戦い)〜45年5月ドイツ降伏、50年6月朝鮮戦争勃発(〜53年)。
 8月20日に公開された宮内庁初代長官田島道治氏の「拝謁記」にメモられた昭和天皇ご自身が戦前を総括するのに「春秋の筆法からすれば、、、」と語られた。「春秋」といえば孔子が編纂したといわれる帝記のひな形である「春秋左伝」を指している。陛下はすばらしい古典の教養の持ち主であると察せられる。「拝謁記」から「下剋上」というお言葉が何度も使用されている。軍部のみならず各界に対して使われている。「下剋上」は「孟子」で定義されている。国を亡ぼすのはその国の家老であり、またそれを亡ぼすのはその家老であるとしている。たしかに忠義なることこのうえもないはずの昭和の軍部(陸海軍)は、軍人勅諭とは別に、皇道派と統制派、満州派などと徒党を組んでー陸軍ならば陸軍大学とその下の陸軍士官学校の成績順位による出世。海軍も同じ)という新しいイデオロギーをもたった世代が明治以来の藩閥の外で台頭してきた。1930年台の数年おきに発生した5.15と2.16による士官によるクーデターは、この国の軍隊の統率はいったいどうなっているのかと考えさせられる。

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