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先日来、10才の女の子の「虐待死」が報道されている。
いたたまれない思いで聞く日々なのだが、
虐待する者ども(あえてこの言い方を許してもらおう)が、一様に使うことば・・・・
「しつけだった。」
虐待と、しつけ と、どう違うの?と思いませんか?
もう一つ、
「なつかないから・・・・」
虐待するようなものに、心を許して そばに寄りますかいな!当たり前にだれだって。
考えて見たのだが、
しつけ・・・と言うとき、そこに本来ならば、「愛」があって「然るべき」ではないのか?
叱るべきではない、然るべきである。ましてや、怒るべきではない。
愛をもって語るべきであって、怒りをもって罰するモノではない。
もし、本当に叱らねばならないとして、
愛をもって叩くその手は、叩かれる以上に痛さを感じるはずだし、自分を叩くかのような、傷みを感じるはずだろう。
愛もなく、自分の支配欲だけの「しつけもどき」は、「お しつけ」でしかない。
なつかない。・・・・
なついてほしいなら、愛をもって接する事だろう。その愛をもって自分に対する愛を獲得するんだろう?
愛には、愛が。還って来る。
力で押しつける・・ことで、「なつく」道理がどこに有るのか?
力には、反発が、作用には反作用が。
暴力には暴力が、・・・・間違いなくそこに「愛」はない。
お しつけ や なつく と言う名の「支配欲」は、決して「愛」ではないし、愛に基づく行為ではない。
どのように言おうとも、失われた「いのち」は戻らない。
自分の責任転嫁に、キュウキュウとしている、周辺の「オトナ」達も、
愛をもって、行動すべきだね。決まりではなく、人のことばでなく、世間体でもなく、
自分の事のように、自分の子のように、「愛する」事で、
失われようとする「幼いいのち」を救うことに通じるのではないのか?
そのSOSに気づき、真実を見ることができるのではないのか?
還暦爺ぃのたわごと・・・でした。
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親が子供を殴るのは、単なる暴行罪です。しつけではありません。親が殴ることを教えたら、子供は殴ることで物事を解決できると思い込みます。
また教師が、児童や生徒を殴るのも、しつけではありません。単なる暴力です。
2019/2/10(日) 午後 1:46 [ htakabo622 ]
> htakabo622さん
殴る・・・ことは、「暴行」です。
私は
叩く」ことは、しつけの一環と思います。
その「叩く」と、「殴る」のグレーゾーンをどこに置くか?
結局は、同じと言ってしまえば、勝負は早いんですがね?
親として、子を(自分が、泣きながらでも)、叩かねばならない時は、あると思います。
あくまでも、「殴る」ことは、「叩く」とは、違うと考えております。
「親に叩かれたこともない」子供は、
本当によい子か、
よい子を演じているか?
いちばん かわいそうな子か?・・・
親の叱責が、暴力では無い ということではありませんが。
2019/2/12(火) 午前 11:19 [ take chan ]