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最初にいっておくが、決して相撲のファンではない。
かといって、相撲を嫌いということも無い。
横綱の「日馬富士」関が、暴行したとして騒がれていた。
その決着として、彼の引退で幕を引くことと相成ったようだ。
決して彼を弁護しようということはない。間違いなく殴った事は、悪い。
ただ、・・・・・報道でしかわからないが、
殴られた方も、決して擁護はできない。
先輩であり、横綱である者の「叱責」を、「スマホを操作しながら」聞く。
それで、良いわけが無かろう。
何度も言う。「殴った事は悪い」だが、殴られる方も決して、良い事は無い。
忠告而以善道之、無自辱焉
忠告し善導すべきである。しかし、それが聞き入れられない時、自分を「おとしめない」ためにも、
それを見放す。見捨てる事は、されてしかるべきである。し、すべきと思うのだ。
忠告を「聞く耳の無い」者に、口が酸っぱくなるほどに言おうとも、
文字通り「馬の耳に、念仏」でしかないのなら、
失敗するまで、痛い目を見るまで、自分の身をもって知るまで、「心を鬼にして」見捨てる、見放す。
それも、ある意味 愛のある行為かもしれない。
私の場合は、完全に「見限った」んだけどね。
先輩を先輩として、
人を人として、考える事のない、自分しか目に映っていない、そんなのもいるんだよ。なかには・・・・。
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戦争は知らない
【作詞】寺山修司
【作曲】加藤ヒロシ 野に咲く花の名前は知らない
だけども野に咲く花が好き ぼうしにいっぱいつみゆけば なぜか涙が 涙が出るの 戦争の日を何も知らない だけど私に父はいない 父を想えば あヽ荒野に 赤い夕陽が夕陽が沈む いくさで死んだ悲しい父さん 私はあなたの娘です 二十年後のこの故郷で 明日お嫁にお嫁に行くの 見ていて下さいはるかな父さん いわし雲とぶ空の下 いくさ知らずに二十才になって 嫁いで母に母になるの あの頃、戦災孤児といわれる方々が、数多く作られた。
そのうち、何人の方々が、
あの「ほたるの墓」のように、のたれ死にと言われるような最後を迎えたんだろう。
また、何人の方々が、この詩のように
父はいない。
今日、お嫁に行くの・・・・
とりあえずは、幸せを見つけられたのだろう。
日本に限らずに、
世界では、今なおそのような子どもたちが、数多く作られている。
戦争のできる、「普通の国」
その国で、「戦災孤児」が作られること。すらも、「普通のこと」なのか?
自分の子どもが、自分の亡き後、ましてや それを避けることもできずに
野たれ死んで行く。
それが普通の国なのか?
たとい、人並みの「幸せ」を手にできたとして、心から「幸せ」なのか?
それを「普通の・・・」と、言い切るのは、「政治屋」だけだよ。
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ぼうごなつこさん・画 / 「 見よ!これがニッポンの首相だ」
2017年10月12日 のんきに介護
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私らは、ガキの頃から、
「自分のいやなことは、他人にもするな」とか、
「他人(ひと)の気持ちになって、言え。」とか、「自分が言われたら、どう思うか。考えろ」
とか、親からくどいほど言われてきた。
自分勝手 とか、利己主義 とか、だめ!だと言われ続けて来たんだ。
いつからなんだろう。
個人を過度に尊重し?自分が良ければ、他人なんかどうでも良い。
という風潮になってきたのは。
弱い者には、限りなく強く、「土下座」が当たり前。
自分が強い立場となると、「神様」にも匹敵するかのごとく、立ち居振る舞う。
自分が逆の立場になると、なんと、おとなしいことか。
それとても、理不尽なほどに、自己弁護、訴訟沙汰、・・・・で、「逆ギレ」さえも、ある。
やっぱり、日本は滅びる日が近いのではないのか?
人(ヒト科ホモサピエンス)がいなくなる、戦争で滅びるではなく、「人間(社会性を持った存在)」がいなくなる。
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あえて、何かを語ることはしない。事実だけを述べよう。
本日、19:51 (携帯のタイムスタンプより) 倶知安警察署より、私あての電話があった。
このブログの書き込みをやめろ。 という。
恥ずかしくないのか?もはや何も言わない。
莫迦は死ななきゃ直らない。
彼らが主の前で どう申し開きをするのか?見てみたい。
裁きは、主の手に委ねよう。
これは、別に警察だの裁判だのそう言うことではない。
要は「あきれ果てた」のだ。
部下にしても、友人にしても、なんにしても。。。
言って直るなら、言う意味があるなら 言いもする。しつこくでも言うだろう。
叱って直るなら、叱る意味があるのなら、叱りもするだろう。嫌われてでも。
良く、おこられてるうちは、望みがある。・・・という言い方をする。
「叱るだけの価値もない」 そういうことだよ。「いかることはしてもね」
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