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あなたも、私も、
「あんたが、悪い!」「おまえのせいだ!」「あなたが、こうしてくれないから・・・」等々、
「他人(ひと)を指さす」ことありませんか?
その指、よく見てください。
親指は・・・・上、天を指してませんか?
要は、「神様!あんたが悪い!」と言ってませんか?
人差し指は、もちろん その先の誰か を指しています。
その指は、一本。
中指・薬指・小指・・・その他の指は?
3本は、自分を向いています。
そう、誰でもない。自分が3倍悪い。と、言う意味で考えて、他人を指さしましょう。ね?
と言う、メッセージを昔々、聞いた。
ここ最近 何かと、心に響いているのです。
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倶知安福音キリスト教会
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教会堂は乗っ取られましたが、「エクレシア」である交わりは、処を改めて、続いています。
偽コチャーチの事は、「裏口」に追いやりました。
偽コチャーチの事は、「裏口」に追いやりました。
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東京のアパートで 五歳児の女の子がネグレストの末に亡くなった、否!殺された事件。
日々新たな事実が報道される。そのたびに、「いたたまれない」気持ちで、心を痛めていたのは、私だけではないだろう。このように書き込もう。と思っても、心が重い。そんな・・・・私だけではあるまい。
最初に出てきたのは、「ごめんね」という手紙。・・・5才児がである。どのような気持ちで書いたのだろうと、・・・・
朝、4時起き?書き取りの「勉強」?・・・
それほどの要求をする「親」は、どれほどの学者さんレベルなんだ?
自分ができない自分のレベルを超えた要求がなぜ「子どもに」できるんだ?
自分を見れば、自分子のレベルは、トンビがタカを生まない限り、わかるだろう。
友人と話をした若い頃、結婚して女の子ができたら、「エステルとつける」と言い、
「自分の顔と相談しな!」と言われた。そんな事は無いのか?
当たり前のように?長期間の虐待のため、「免疫をつかさどる臓器」が5分の一に「萎縮」していたという。
寒い部屋、暗い部屋、親からの愛情はおろか、暴力を受けて・・・、
普通の「子ども」なら、暗いというだけで母を求めるだろうに。
「不法がはびこるので、多くの人たちの愛は冷たくなります。」マタイの福音書24:12
いたたまれない。心が凍り付く思いのする事件が、たしかに多くなっているのではないか?
親が子を「愛せない」ほどに、愛が冷え切っているのだろうか?
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ぺんてこすて・・・・って、知ってますか?
もちろん クリスチャンの方々は、知っているンですが。
今はやりの?児童虐待のことではないですよ。
昔々、私は、クリスチャンホームとかではなかったので、
キリスト教でわかるのは、「クリスマス」だけだった。
イースターという「ことば」は聞いたことはあったかもしれないが、
「ペンテコステ」に至っては、教会に行き始めて、初めて聞いた。
さらに言えば、当然のこと、その意味すらも知らなかった。
今、「教会」がいろいろなところにあり、「伝道」の働きがされているのだが、
実は、この最初の教会、最初の伝道メッセージのお話しが、
今日、ペンテコステ なのだ。(毎年、日付は変わるけどね)
十字架に架けられ、死んで葬られた「イエス・キリスト」は、復活され(よみがえられ)
よみがえりの姿を、弟子達に表され、
天に昇り、(昇天といます。)
かねてから約束されていた、「聖霊」をくだされた日なのです。
聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなた方は力を受けます。
そして、・・・・・地の果てにまで、私の証人となります。
と約束されたとおりに、初めての伝道メッセージをし、全世界に教会を建てあげていった。
そういう日なのです。
聖霊は、信じた者には、賜物として与えられています。
神からの知恵、力である、「聖霊」を です。
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私が、まだ 高校生の若々しかった頃・・・あったんだって!信じられないかもしれないけど。
当時、「北見」に若い人に好かれていた先生が居て、あるとき遊びに行ったんだけども、
そんな先生が、話してくれた、苦労話?笑い話。
その教会は、民家を改装して、二間続きの部屋を開放して一部屋で礼拝堂にしていた。
ある日の伝道会で、ある老婦人が話を聞いて感動したらしく前に出てきて、
なんと、講壇の後ろに張ってあった黒いカーテンの後ろに向かって手を合わせ始めた。
何で?と聞く牧師に、「そのカーテンの後ろに、神様がいらっしゃるんでしょ?」と言ったとか。
実はそのカーテンの後ろは、「押し入れ」だった。
中身は、先生の家財道具、などなど、・・・ぼろ隠しのカーテンだった。
さて、神様はどこにいるのだろうか?
「二十四のひとみ」の中で、「天皇陛下はどこにいらっしゃるか」という質問に、
子どもたちが、「押し入れに・・・」と答える場面がある。
現人神であられる「天皇陛下」の御影は、奉安殿が正解?でも、田舎の学校にはそんなものは無い。で、押し入れというわけ。
神様は、押し入れに居るのか?神棚には居るのか?神殿なら居るのか?
「この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手でこしらえた宮などにはお住みになりません。また、何かに不自由な事でもあるかのように、人の手によって仕えられる必要はありません。神は、すべての人に、いのちと息と万物とをお与えになった方だからです。」使徒の働き17章
神様は、そんなところには居ません。
では、神様はどこにいらっしゃるか?お近くの教会においでください。
もちろん「教会」で、協会や狂会でありません。お間違えなく。
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工藤公敏先生は、実は私の「ルーツ」なんです。
網走の教会の牧師であった頃に、私がちょうど「中学生」「高校生」のころ、
中学生の頃、私を伝道集会に誘ってくれた「T M」君、同級生の I 君・・・
今の網走の牧師 梶原師 みんなその頃の人々・・・・
その工藤先生の本、私は昨年、ヤフオクで見つけて 読みました。
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