倶知安教会には、私の尊敬する「文筆家?小説家?」
畠山英治郎氏がいる。
今は、いろいろあって、倶知安教会とは縁がない状態だが、畠山氏とは交わりが続いている。
そんな彼の影響からか、結構、本を読むことが増えた。
大概は文庫本だったり、映画に関連した物だったりするので、ここのブログでの紹介も、古い物ばかりになっているワケだ。
そのうちで、いくつか整理してみることにしてみます。
まず、「重松 清」さん
これは、「ポニーテール」という作品を、まず、読んだんです。
そして、ついさっき読み終えたのが「きみの友だち」、先だってが、「せんせい」という作品です。
なんか懐かしい。児童生徒の頃を思い出す。読みやすい表現、文章、そして内容。
でも、意外に重いテーマを扱ったりしているんですね。
学校、クラスという、狭く閉鎖的な(というと語弊はあるけど)社会の中でのいろいろな出来事。
考え方、受け取り方、対処法・・・・今の子は大変だね。昔の子はもっと単純だった。なんても言ってられない。
この方の本、さらに読み進めて行きたいですね。今度は何を選ぼうかしら。
次は「百田 尚樹」氏
他ならぬ「永遠の0」の方です。
これ以外の本、作品を読むこと、手に取ることは、まず無いでしょう。
詳しくは言いません、これを書評、人物評とします。
「湊 かなえ」さん
映画「告白」の原作本、「北のカナリヤたち」の原作「往復書簡」です。
私は、今、「往復書簡」を読んでます。
「告白」でもそうですが、この方の文章は、ちょっと疲れる。何がって「頭が」
裏の裏を、表・・と、思っていると、さにあらず、実は裏地付きの「合わせ」で、終いにゃ裏地の表でなくて裏地の裏に・・・・なんていうことをやってくれる。
しかし、これがまた良いんですよね。
同じ「笑っている人」でも、私はが笑っている意味と、隣の妻が笑っている意味が、実は違う。
それを、私の視点、私の基準で「書く」文章。逆に妻の視点、論点、基準から書くのとでは、自ずから違ってきます。それを、2点、3点の視点をもって、見せてくれる。そんな作品だと思うのです。
これも、読み終えたら、次がほしくなる。そんな気がします。
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