虹色の落穂〜讃美歌集〜

旧約聖書のルツ記が大好きで、このタイトルにしました。

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(父なる神からの祝福を受けて)


(マタイによる福音書6章1節〜4節)

わたしたち人間は『ほめられたい、認められたい、愛されたい』という欲求を持っている生き物です。それは大人も子供も年齢、性別問わず、そのような気持ちで生きています。

ですが、イエス様はここでパリサイ人が、重要視していた律法の掟である『施し、断食』についてお話になりました。イエス様は『施し』自体を悪としたのではありません。』
イエス様は仰いました。『小さなものにすることは、わたしにするのと同じ事である』とイエス様の仰いたかったのは『施しをいかにすべきか』『断食をいかにすべきか』ということでした。

イエス様の答えはこうでした。『施しをするときも、断食をするときも、人に見られてはいけない』という答えでした。

最初に言った通り、人にはほめられたいという欲求ががあります。本来の施しの心の動機は『父なる神様のよろこびのため』であり、けっして、『人にほめられたい』という動機ではあってはならないのです。『自分の義を見られるために人の前で行わないようにしなさい』とイエス様は注意なさっているのです。

当時のパリサイ人達が会堂や町の中で施しをする様子を見て言われたのであります。大勢の人達の前でする施しは『人にほめられたい』という動機からのものであります。

『何のための施しなのか考えなさい』とイエス様は仰った。施しの行為ではなく、施しの動機に問題があったのです。
施しには、困っている人を物品で助けること、自分がその困っている人のために自分の時間を使って助けることなどがあります。

イエス様は仰います。『あなたは施しをする場合、右の手のすることを、左の手に知らせるな』と。これは、神様に、施しが出来たことを感謝することを意味しています。そうすることによって、隠れたことを見ておられるあなたの父は報いてくださるであろう。
施しは、その心の動機が正しければ、神様が報いてくださる。人からほめられるのではなく、神様の喜ばれる施しをしていきなさい。

わたしたちも天に報いがあることを信じて喜んで主に捧げていこうではありませんか。
自分の施しを告げるのではなく、イエス様の十字架を伝えていく歩みをさせていただこうではありませんか。


H22.2.21(日)

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この文面は、日常生活に、よくある内容かも知れませんね。。
『〜してやっている。』などと言う、傲慢さは、
私達の心の片隅に、いつも見え隠れしているモノですね。。
ここ最近、天変地異が、勃発しています…
人間に対する警告に、思えてなりませんね(゜-゜)

2010/3/2(火) 午後 6:56 [ - ]


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