|
(祈りの手本)
(マタイによる福音書6章8節〜15節) この個所は、祈りの手本としてイエス様が弟子たちに、そしてわたしたちに教えて下さった聖なる祈りであります。『主の祈り』と呼ばれるこの祈りは、日曜の礼拝の時、必ず、信徒の全員で唱和する祈りでもあります。わたしたちは、日曜ごとに必ず唱和して祈りますが、ただ形式的な祈りになっていないか注意が必要です。イエス様が教えて下さった『主の祈り』は主に対して、心を込めて祈って行くことがとても大事なことなのです。
『主の祈り』は誰に呼びかけて祈っているでしょうか。その呼びかけの言葉は『天におられるわたしたちの父よ』と呼びかけています。イエス様は弟子たちに、そしてわたしたちに、天の父はあなたがたの父であることをお示しになりました。天の父はわたしたちの霊的な父なのです。
『主の祈り』を一つずつ見ていきましょう。最初の三つは御名、御国、御心のことが書かれています。前半の三つは、神様のご計画がなされるための祈りであります。
『御名が崇められますように』これは、御名が汚されることなく聖くありますように、いつまでも人々に崇められますようにという祈りであります。
『御国が来ますように』これは、神のご支配が豊かにこの地上におよびますようにという祈りです。人間は自由意志を神様から与えられています。この世に悪がはびこることも、善なるものが支配することも、人間の自由意思に任されているのです。
『御心が天で行われるとおりに地にも行われますように』これは、神様が、わたしたちに神様の御心にかなうことを行うことを願っているのです。
『わたしたちの日毎の食物を今日もお与えください。』わたしたちには、食べ物だけではなく、住むところも、着るものも、医療や、教育や、福祉も必要です。しかし、命を支える食物が何よりも一番必要なものなのです。『わたしたちに今日も必要な物をお与えください。』食物=日毎のパンですが、イエス様はご自分のことを『命のパンである』と仰っています。この食物という言葉には、霊的な食物の事も表しているのです。
『わたしたちに負債のあるものを赦しましたように、わたしたちの負債をお赦し下さい』これは、神様がわたしたちの罪を赦して下さったので、同じ態度でわたしたちに罪を犯したものを赦しますという祈りです。
『わたしたちを試みに遭わせないで悪しきものからお救いください』バプテスマ(洗礼)を受けたから、誘惑が無くなるのではない。より悪しきものからの誘惑が強くなるのであります。なぜなら、自分の罪の姿がはっきりと見えてくるからです。
だから、天の父にお祈りするのです。『悪しきものからお救いください』と。 最後に、『主の祈り』の最大の特徴は、祈りの対象が『わたしたち』つまり、自分だけの祈りではなく、世界中の隣人のための祈りでもあるのです。
一人で祈るときであっても、『主の祈りは』世界のための祈りでもあるのです。
世界の平和のために、心を込めて主に向かって、『主の祈りを』祈る者となろうではありませんか。 H22.3.7(日)PM3:00 |
全体表示
[ リスト ]




