タイ

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お菓子

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タイで買ってきた お菓子を細々とたべています。
なにしろガムは5バーツで 日本円で17円ぐらい。

タイのお菓子は ポテトチップに限ると決めています。
甘い系のお菓子は 極甘だから、甘いのが苦手な我が家には辛い。

画像のような 微妙な色具合のスイーツ(スイーツというのか・・)
をみてると つい10年前の沖縄を思い出します。
今も 沖縄にはあるねぇ。

ぞうさん

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ぞうさん と遊んだ。
遊んだっていうか お話した。
お話したっていうか まったりした。

ぞうさんは 乗り物としても 働き手としても
観光のめだまとしても
各地で見ることが出来る。

ぞうさん体験ツアーなんかが 旅行客には人気のようで
観光バスからずらずら降りたら
ぞうさんにのって 1分もたたずにおろされて
写真とられて、その写真をあとで日本円1000円くらいで買わされる。
そんな 光景を横目でみながら

ぞうさんと ぼってり座りながら
ぞうさんの尻尾の毛は黒くてふとい とおもいながら
まったり していました。

こんなに なにもかも知ってるような目の ぞうさんになれるなら
明日から
ぞうさんになっても いいな と思う。

ぞうさんは 体に白い毛を もしゃもしゃはやしている。
私が ぞうさんとまったりしている間
まりんちゃんは ぞうさんの毛をなんとか1本抜こうと考えたり
皮膚の硬さを 押してみたりしていた。

ぞうさんは しらんぷりで
鼻を寄せてきたりで
やっぱり 大人なのだよ。

ぞうさんも 牛も犬も鳥も やさしい。

タイの学生

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タイの学生さんたちと
少々ほんの少々でしたが
お話しました。

ベトナム同様 日本語を学ぶ意欲はすごい。
日本語を覚えたいです。勉強しています。
ってまりんちゃんより年下の子ども達が キラキラして言う。

そこにいた54歳のガイドさんも
「日本にいかずにタイで日本語を覚えました。
日本語を勉強したので息子を大学にいかせられました。」
といってました。

日本語を知ってる私も
日本語とやらを勉強したら こんなにいきいきするかも と思いました。

学生さんたちに
まりんちゃんは サインして〜といわれて
え・??
戸惑いながらサインしてました。
まりんちゃんが 英語で名前をかいたら
日本語で書いて欲しいのだそう。

日本語で書いたら
ほ〜〜〜
なんていわれて
ただ 日本語を書いただけなのに
こんなに ちやほやされていいのだろうか。

彼らは タイの文化もよく学んでいて
英語もよくできる。
私がうかつな怪しいタイ語をしゃべって 通じなくて
横からまりんちゃんが 英語で話したりすると
とてもスムーズに通じたりして
ちぇっ・つまんねーの。なんて グレたりするのでした。

船の上で インドネシアの青年から話しかけられた。
彼は普段はインドネシア語を使うらしいけど
流暢な英語で話しかけてくれる。
英語もまっとうに 使えない哀れな日本人の私を
「だいじょうぶ〜!」となぐさめてくれて
この後一緒に観光しようと誘われたのだけど
英語でしゃべるってことが チョウめんどくさいので
お断りした。

外国にいくと いつも せめてせめてせめて 英語くらいは
しゃべられねばならん。
英語を使わなくっちゃ。と思う。よ。

帰りの飛行機の中で
まりんちゃんに
「母さんの英語よ・・」と嘆かれたけど
まりんちゃんがいるから お母さんは英語をつかえなくても 便利ださー。

毎回
どんな国にいっても
「いくらですか?」と「高い」だけは
ちゃんと覚えます。それだけはすぐ学ぶ。

タイの勤勉な学生さんが
日本語をマスターして
タイの共通語が日本語になることを切に希望するです。

おかゆ

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朝は 宿の朝食もあったんだけど
やっぱり 屋台のおかゆが うまかった。

美味しかった じゃだめです。
「うまかった」が適切。

おかゆも同じく30バーツ(100円)
これは母と子で1杯を分けてたべて丁度いい量でした。

朝、屋台でおかゆたべて
道端で寝てる犬と まったりしてから出かけます。
朝は お坊さんが托鉢に廻るので
街中であっても タイっぽいお坊さんの姿も 見られますよ。

タムブン(お布施)する女性の姿も見られます。
タムブンは同情してするものではなく
お布施させてもらうことが ありがたいことなのです。
タムブンすると お坊さんが短い祈りをしてくれます。
そのとき、どんなに地べたがきたなくても
だれもが 道に座って祈ります。

そんな街に根付く宗教心を眺めながら
横着な母と子は おかゆをたべているのでありました。

タイで美味しかったものは〜?ときかれたら
一番は屋台のおかゆ。
2番は屋台のヌードル。
3番は屋台の焼き鳥。

あ・ぜんぶ屋台だった。

タイに行ったわけ

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今回タイに行ったのは
アユタヤの地理と昔の日本人街繁栄の因果関係を
みるためが 1番の理由です。
もっというと
日本的な歴史において
シャム貿易は 山田長政の時代に焦点があてられますが
琉球の南アジア貿易としては
それよりも300年ほどふるく
サット王もしくは奥間大親時代からと伝われています。

日本に組み込まれたあととなっては
琉球史というのはデスクワークしにくいという難点があります。
文献にたよった学問ができないということです。

塩田、水田、遺跡、建築技術、風土、地質、芸術、流通、経路
それらをふまえて
アユタヤから シャム貿易と琉球そして琉球から日本と
見地するには
期間が短すぎました。

10年以上文献だけで 追ってきた部分に
現場にたてた喜びはひとしおでしたが
解明されていないことが 沢山あることも知って
また出直しすることにしました。

結果
何が分かったのかというと
シャム貿易がシャムに留まる視点でみては危ないということと
分かってないことを分かることができる確かな確定がないこと
屋台で売ってた肉がねずみだったこと

アユタヤだけを調べにいったってわけじゃなく

タイの小乗仏教の現在
センという属にいえば「気」の考えの視察
お坊さんと庶民のかかわり方
寺院内の尼(正しくは尼といわないけども)の修行など

そんなことをしにいったわけです。

琉球の宗教感や民俗習慣、文化がいかにアジア諸国の影響を受けていたか
ひしひしかんじてきました。
琉球は ひっくるめて 「唐」というので
それは中国のこととおもわれがちですが
アジア全体の影響を広い範囲で「唐文化」と称していることがわかります。

小難しくなりました。すみません。
勉強になりました。はい。
また行きます。

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