こんな人です

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なんかほしいものあるー?って大きくなった子供らが聞く。
「何もいらんよ、物は」と答える。

別に、これがほしー!ってものがない。これ本当に。
そりゃぁ、ご当地シリーズ四万十川のお魚フィギアとかほしいけど、
そーじゃなくて。(そんなこといったらいっぱい欲しいのあるぞ・・全種欲しいもん)

娘には「いらん」というと、怒るので 「やかん」といった。
うちにはアウトドア用の 小さいやかん しかないのです。ほほほ。

去年は欲しいものは?と聞かれたら「人脈」と答えてた。

今年は「あなたらしさをみせ付け」て欲しいと答えてる。・・難しい〜

自分の周囲の人、特に隣にいる人、前にいる人に
今よりもっと 自我を爆発してほしい。
自分らしさ、自分の持ち味、自分の才能をもっと魅せて欲しい。
ピカピカでガンガンでゴーゴーなとこ、みれたら嬉しいです。

考えただけでも、ワクワクする。
あなたは私の自慢で自信。
だから・お願い・・ね。いつでもいいから、ずっともらえるまで待ってるから。


*今日の画像:冷たい川。こんな川に手いれて岩持ち上げたら失神しちゃう。んきゃ〜

先週、12月にいらしたお客様から、新年のご挨拶のお電話をいただいた。
わざわざ、北海道からかけてくださっていて、
不義理者の横着な私といたしましては、恐縮いたすがぎりでございますです。

本人の許可いただきまして、ご紹介いたしますが、
多々ご事情があって、何度も自殺未遂を経験され、12月初めに絶食で死ぬ寸前だったところ
偶然、家の電気修理に来た方から、うちのことを聞いて、訪ねていらした。
そういう経緯だったです。

私にこっぴどく怒られまして、
(私はとても優しいいい子です。ホントだよー。怒りんぼじゃないよー。うるうる。)
気の毒なことしたかな〜ってくらい、怒られまして、お帰りになりました。
わざわざ、北海道から電車乗り継いできたのに、可哀想だなぁ(私がいうな=怒)

電話の様子ではお元気そうだったので、
よかったなーと思ったです。
良かった良かった。

その時、他の事も思い出した。
忘れているわけじゃなくて、いつも心の端っこから中央に分布してる事です。

私は3人、死なせてしまっている。

一人は島にいた頃。
私もまだウガン覚えたてで、ウガンサーの手を離れ、一人で拝みしていた頃だった。
私が勇気がないばっかりに、神の言葉を伝えられなかった。
長くなるので詳細は省くけど、あの時本当に逃げられないんだと覚悟した。

次はヤマトに戻ってきて半年のこと。
大切な教え子を亡くした。
私が島に残っていれば、あんな事故に合わせずにすんだのに。
これは改めて、書くです。
16歳の命。この子を犠牲にして、私は島を捨て内地に来た。

もう一人は内地にきてから会社勤めしていた頃。
生活のためにウガンサーをやらずに正社員で働いていた。
土日は家庭教師と塾をして、平日は残業11時までして、働いた。
何年も音沙汰のなかったお客さんから、急に電話がきて
どうしても、すぐ御願して欲しいという。
会社は休めない。
じゃ、4日待って、土曜日御願しようね。
そういって電話を切った。
この人は次の日、自殺してしまった。
私が見捨てたんだ。

それからしばらくウガンもやらなかったし、
ウガンサーなんかやりたくない。って何度も神棚にお願いした。

ウガンサーなんていいことないよ。
霊媒師に憧れる人、本当に辞めたほうがいいですよ。
私なんて、普通のおばちゃんなんだから、こんなオバちゃんに怒られたりしちゃ いかん。

色々な事が理由になって、内地に行くことに決めて、
離婚の話しをして、
慰謝料も養育費も財産分与も何もないから、別にさくさくっと判子おして
ちょいちょいと終わった。

ところが、
内地に行って住むところがない。
今まで自営業だが、元主人の扶養扱いにしていたため
不動産が借りられない。
特に困ったのが、母子家庭だからダメって断られることだった。
理屈はわかるので、「は〜そうですね」としか言えない。
まして、身元保証人も親戚もいない。
離婚してから5ヶ月も元の家に住んだままだった。

当時、島に月2回のペースで通っていた知人がいて、
彼は奥さんと別れたばかりで、広いマンションで一人暮らしだった。
彼はそんな私達親子を見かねて、自分のマンションの一部屋を提供すると言ってくれた。
彼は沖縄本島に彼女がいたし(ひたすら隠していたが知っていた)
私はワラをもすがる思いで、とにかく部屋が見つかるまで居候させてもらうことにした。

彼はいいとこのおぼっちゃんで、親は画家。
まだ引越し準備を重ねている時、
絵がすきなうちの娘をどうしても、画家の父親に会わせたいと言われ
東京に仕事の打ち合わせをかねて、島から会いにいくことになった。

高級住宅地のその御宅には
ご立派な5月人形が飾られていた。
この家に5月人形を必須とする子供はいない。この長男(42歳)のためである。
家につくと、彼の母親の指示で、彼と娘は外に行かされ、
私と彼のご両親のみになった。

「うちの長男には用意したお嬢さんがいるんだ。そのお嬢さんは●●会社の令嬢で・・」
?あ、そうですか。

「お前のようなわけのわからない女がこの家に上がれるわけないんだぞ」
?あれ?・・話がちがうな?

「聞くところによると親がいないそうだが、その親は今どうしてるんだ」
・・よくわかりませんが、それぞれ家庭があるようです。

「だいたいそういう家庭の母親は離婚したあと、ふしだらで汚い生き方をするんだ」
・・?・・

「ようするに、君もうちの長男の金が目当てなのか?それとも旦那に相手されないから
 欲求不満だったのか?」
・・?・・

「親がいない人は頭がおかしいのが多い。うちの身内にもいるのでわかるんだ」
・・はぁ、そうでしょうか?

「君のみすぼらしさをみればよくわかる」
そうですね。

「それに、その顔が気に入らない。気持ち悪い目だ」
どうもすみません。

「その顔がこの家に入るのは許せない。ブスなことを恥じたことがないのか」
・・!すみません、私この家にはいらないですよ。

「何を格好つけているんだ。財産目当てでだましこんだんだろう」
別にプロポーズされたわけでもありませんし、離婚したばかりですから。

「ふん!まだ金が欲しいのか。結婚の挨拶にきたんだろう?金の無心か」

話が食い違う。
この会話は彼の父親となされている。その間、お茶すらでてこない。
母親はデジカメで何枚も私の写真を撮っている。もちろん断りもなく。
あとで、占い師にもっていくそうだ。

彼が娘と帰って来た。
娘は瞬間的に察知している。私は しまったと思った。
この日、何を言われても困らなかったが、娘がこの空気を察知したことが最も辛い場面になった。
娘は何も気がつかないふりを装う。小学5年生の忍耐。

娘は彼に連れられ、彼の父親の絵を見せてもらいに行った。

「これだけの本物に触れられるのは、子供にはいい影響だな」
はい、ありがとうございます。

「この子もいずれ、君のように他人にすがり付いて行く生き方をするんだろう」
そうかもしれません。

「親が離婚すると、子供も離婚するからな。うちの長男の子供を産まないでくれよ」
・・?なんであの人の子供産むんじゃ?・・

彼が私のことを結婚する相手だといって連れてきたことがようやく分かった。
そんな話何故私にしなかったのか?
彼は親から借金をしていた。すべて女と趣味に使っていたのだ。
私はこのとき初めて知った。

島に帰り、彼の母親から責めたてる電話を何べんももらう。
彼は勘当され、母親は私のせいで大切な息子と縁きりさせられたと騒ぐ。

彼に、彼の部屋を借りるのはやめるから、ご両親に謝ってください。と話す。
彼は、親を失ったのに、私達が来なくなったらそれこそ面子が立たないという。
私は彼に隠れて、不動産を捜す。相変わらず、借りれない。

私は離婚後の片付けと、仕事の整理、子供の精神不安定、内地での生活、
それにプラスして、彼のゴタゴタと彼の母親の攻撃を毎日受ける日々が続いた。

身体に支障をきたすのは時間の問題だった。
まず、娘が倒れ、那覇の病院まで飛行機で行き来するようになる。
私は鬱と嘔吐に苦しみ、胃潰瘍と十二指腸を痛めた。

それでも着実に引越しする日は近づく。
引越しのフェリーが出る前の晩まで、わたしの部屋探しは続いた。

フェリーで紙テープが投げられる。蛍の光がかかる。
誰にも言わなかったのに、沢山の見送りの人が来てくれた。
私は涙もでない。これからどこに行くのか、何をするのか。
とりあえず、子供は小学校に行かなければならないので、彼の部屋に仮住まいすることにした。

引越しの荷物の間に挟まって朝をむかえ、
娘はまず病院に行った。
その時、彼は言ったのだ。
「沖縄にかえれば?」
フェリーで島をでて、内地に着いた翌日のことだった。

毎日見る20年前の彼

沖縄の人気インディーズバンド、ビートリッパーズが解散したとの知らせ。
遠巻きに遠巻きに、関係者だったので なんか寂しい。
昨年夏までマネージャーだった女優のIしのさん(N巻きとかいうぐるぐるまきで有名俳優の奥さん)
が彼らを手放し、その後入院。もう元気になったのかなー?

「解散しました」って報告があったので、
「私が歌うからメンバー入れ替えでおじさんバンド再結成して」
と冗談でいったところ、翌日、練習課題曲がメールできてました。

「・・・?・・・」あれ?私が歌うっていってるのに
なんで 娘にあてたメールなんだーーーー!?
おじさんバンドはおばさんをメインボーカルにせず、中学生をギターとボーカルにするんかー!
木村カエラと高橋ユキヒデ状態。

ビートリッパーズは沖縄のHY・オレンジレンジ・モンゴル800につづく
目玉かな〜どうかな〜くらい実力派だっただけに残念です。
どんなに上手くたって 売れるかどうかは別だもんね。

最寄り駅前にある床屋さんに等身大のポスターが貼ってある。
古いポスターでそりゃ このモデルがこのくらいのときは20年くらい前ですがな。
この昔のアイドル、モデルからチョイわるアイドルで売り出し、俳優に転身、
10年前まではたまーに刑事役でTVもでてました。
●●たけ●●君です。

タケはそのころ私がバイトしてたレコード会社の人気アイドルで、
東北プロモーションの時は私が担当していました。
1ヶ月以上二人旅してレコード店廻りや、イベント、地方放送局まわってました。
ま、その前からタケの強引な吸引があって、無理無理担当にさせられたわけです。

半年くらい付き合ってましたが、遠距離だし、タケは売れっ子になっていったし、
なんとなくもう遠い人になるかな〜って頃
FMラジオの待ち時間、ファンがガラスの向こうにいるのに
タケは私をむんずと捕まえて、お膝にのせたんですねー(無茶なアイドル)

翌日、私は自宅アパートの1階でファンに殴るけるの暴行をうけ、骨折&打撲。
レコード会社はしばらく出入り禁止。
毎日タケから電話がガンガンになってたけど出なかった。

スタッフからタケがTVの歌番組すっぽかした(当時そういうタレント多かったです)
知らせがあって、まもなくタケが部屋にやってきた。
「仕事に責任もてない人は嫌い」といってすぐに、追い返してしまった。

それっきりになってしまった若き日の思い出だけど、
毎日、駅前のポスターをみて 恥ずかしい若い頃を思い出す。
タケのことは別に思い出さない(笑)けど、
若さゆえの恥ずかしい事、いっぱいあったなーと苦笑。

よく考えると21年前だなぁ・・
まだ可愛かったんだよー(きっと)
高校生のときから、芸能人に会えるミーハーな動機とギャラのよさで、
コンサート会社のケータリング(楽屋)、MC(司会)、レコード会社のプロモーター、
など掛け持ちしながら食いつないでいました。

高校2年生のとき、「ハイスクールプロモーションスタッフ・キャンディ」という
グループをつくり、高校生50名をただ働きさせる、悪い総元締めをやってました。
このキャンディって ださださな名前は、
横浜銀蝿の弟分、アイドルの矢吹薫君につけてもらいました。
チケットの手売りとか、番組観覧とか、リクエストはがき書き、などが仕事です。

ぁああぁ、若いって素晴らしい。怖いもの知らずね〜
いつの時代も女子高校生はパワーありますね。

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先日、新年会で
「梅華さん〜写真撮って〜。もっと近くにおいでよ=」
「梅華さん〜ヒメビフの産卵なんだけど・・シンジュサンの蛹が・・」と大賑わいのさなか
いつもの先生が、いつものように向こうからご挨拶にみえた。
静かにそーっと人をかきわけいらっしゃる。

こういう会の席で女性は少なく、何気になんでも答えられるので私の周りは
セクハラおじぃさんでいっぱいなのだ。(嬉しいかどうかは別)

「今年もご指導ねがいます」
あ〜も〜先生、頭下げないでくださいよ〜。私も下げないとならんですよ〜。

この大先生、85歳。某有名薬科大の名誉教授件、元理事長である。
沖縄がまだアメリカ統治下だったころ、教育の平等を訴えて
ほぼ私財で沖縄に私立中高を建て、内地大学の付属校ができた。

この先生は昆虫仲間であり、私と娘に「すみませんが、教えてください・・」と
低姿勢で聞きに来る。
何もそんなに低姿勢でなくてもいいんだけどなー。

この先生、会場までも運転手つきの黒いお車でお見えになっておいでだ。
属に、偉いといわれる先生だが、実れるほどに頭を垂れ なのですね。
そんな「偉い先生」にため口で
「やーだー先生、もっと飲めば〜ぎゃはは」なんて言ってる私。
「じじぃになっても走って採るんですか〜?」なんて言ってる私。

本当に偉い人とはこういう先生の事をいう。

私が尼にならないのも、禰宜にならないのも、理由が一応ある。
ノロ(琉球政府が認定した神女。政治も司る。現在も不動の地位を誇る)
にならないのも理由がある。

よりによってユタという、最悪に怪しいイメージの日陰の仕事を名乗る。
肩書きのないところに身を任せたいのだ。

なんとか寺のお坊さんというと なんとなく特別意識がある。
なんとか神社の神主さんというと 恐れ多い気がする。
尼やシスターはとくに、人生を神や仏に任せてなんだかしらんけどすごい人のイメージだ。
それだけで、もうよい身分になってしまい、本人はそう思ってなくても
周りは偉い人と なんでかしらないが思ってしまう。

その肩書きを持たずにいたいのである。
私の理想は「貧乏乞食」皆さんに施しされてようやく生きてる。
そうありたいと切に願う。

三角形のピラミッドがあるとして、
私は底辺の下から上を見上げて、両手で押し上げる人でいたい。

間違っても道しるべにならない。
一筋の光にもならない。
どんなに曲がった道をあなたが進んでも、後ろをずっと一緒に歩く。

どこに進むべきか、希望の光はなになのか
そんなことは自分でさがしなさい。
その位の覚悟と勇気をもちなさい。
それだけの力量があるのだから。大丈夫。

時々後ろに倒れてきたら、背中の空気穴から「ふ〜ふ〜」して膨らましてあげますよ。
膨らんで充電完了したら、いつまでも寄りかからずに歩きなさい。

そして早く後ろにいる私のことをわすれなさい。

私の希望は(これ、いつも言ってるんだけど)
誰にも知られず、誰の記憶にも残らず、この世にいた形跡も残さず。

*今日のお友達はペンギンさんと便乗者です。


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