こんな人です

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中学生まで「大きくなったら、家庭の主婦になりたい」と言っていた。
家族をしらないので、家庭にあこがれていたのだろう。

小学1年生の時、担任の三浦先生♀が、
「みなさーん目をつぶって。お母さんが好きじゃない人、手をあげて」といった。
お母さんをしらないので、嫌いという感情はないけれど好きという感情もないので
手をあげた。
「あらあら●ちゃんは大きくなったら、お母さんを許せるようになりますよ」
名前言ったら目つぶってる意味ないじゃないか。

高校のときは授業中は内職をして、夜はバイトして、バイトのない日は家の手伝いをしていた。
「大きくなったら自由になりたい」それしか考えてなかった。
だから将来のビジョンも職業のための受験もしなかった。
当時、宗教学・民俗学はそれ専門の大学生よりくわしかったし、大学に進学することは
「よそのこ」である以上許されないと理解していた。
しかし、神父さんになろう、自分で稼いで自分で学校行けばここから出られる。
そう思っていたのに、やっぱりお金がたりなかった。

18から昼も夜も働いて、土日も働いた。同時にいくつも仕事を掛け持ちした。
無一文で家出をして公園で寝ていたところからスタートだ。
「大きくなったら、屋根をかう」といって笑いとっていた。
今だに屋根も買えていない。

21で体を壊し、アパートを引き払って福島でスキー場で働いた。
温泉に浸かりながら、のんびりしようという魂胆だった。
「大きくなったら、結婚したい」
そんなことを思えたのは、精神的に余裕が生まれたからかもしれない。

福島の山奥で怪我をして、もう死にます。と医者に言われあとどのくらいか聞いたら、
あと2時間。その2時間のうちにヘリコプターがくれば何とか間に合うということだった。
ふーんそうか・・診療所に担ぎ込まれても、死んじゃうなら山で腐ったほうがよかったな・・
そう思っていたら、いつの間にか大きい病院の手術室だった。
「大きくなったら、目がみえるようになってもう一度色をみたい」
盲目になっても怖くはなかったし、悲観的にもならなかった。

沖縄にいってそのまま帰ってこなかった。
あのとき、片道しか航空券を買わなかったんだ。失敗だったかなぁ(笑)
沖縄にいって目も鼻も治り、オープンするホテルの準備室で働いた。
オープン1ヶ月で倒れ、スタッフに助けられ、そのまま居座った。

「大きくなったら、あの土地にコンドミニアムホテルをたてよう」
ビーチの目の前に土地をもつ、埼玉から島に流れ着いた人と結婚した。
バブルが崩壊し、ホテル建設は夢に消え、学習塾をはじめた。
学習塾といっても、勉強を教える塾じゃなく、一緒に勉強する教室だった。
「大きくなったら、大学生になる」と言ってたが、今だなれない。

子供を生むときに身体障害者になった。
足も腕も動かないので三角巾に生後1ヶ月の子供をくくりつけて、まるで有袋類のようだった。
那覇で一人で産んで、那覇で一人で病院をまわり、内地に運ばれたとき
子供は施設に入れられそうになった。
その時は息するのもやっとで、首は曲がったまま。
自分が乗った車椅子に子供を縛り付けて、落ちないようにしてもらい、
風呂に1ヶ月以上は入ってなかった。勿論生まれたばかりの赤ちゃんも。
「大きくなったら、子供だけでもおおきくなれればいい」
奇跡としかいいようがないと言われ、車椅子を返却できるまで回復した。

子供がうまれ、活動範囲が広がった。自然を見るようになった。
子供に海や川や森のことを教えてもらう。
虫やヘビや魚の家を案内してもらい、泥と赤土にまみれて温度を知り、砂で病気を治した。

離婚をして内地に来て、新しく夢をいだくようになった。
「大きくなったら、声優になりたい」
やっと自分の時間が来たのかもしれない。

歳とくつ

1年ぶりに教え子にあった。
この子は、早くから一人暮しをさせて那覇の学校に行かせた。
もう社会人で、私の誕生日と娘の誕生日に連絡をくれる。

「先生、もうすぐ誕生日くるさー。ヤナアーだね笑(嫌だね)」
だからよー・・・
「先生さー、1年たったらババアになってる。なんでね?」
1年分老けただけさ。フン。
「あらんよー(違うよ)、なんか急に歳食ってる。ははは」

この子がそう感じることは、親心にとても嬉しく感じた。
やっと自立できたなあ。
1年間で、沢山苦労や成功を経験したのだろう。その分成長したのだね。
だから、先生が歳取ったと思えるわけですよ。

別れる駅で、この子の靴をみたら、磨り減った靴だった。

えーよー(おいおい)、あんたラブリーできんよ(お前は恋人できないぞ)
「はっし(げげげ)先生にだけは言われたくないね」
私は財布から1000円だして、押し付けて言った。
やー(お前)これで靴かってはきなさい
「えーよー(んもう〜)先生、1000円の靴なんてはけんよ。やなふなー(嫌だなあもうー)」
ふふふ、丁度いいやっし。(いいだろう)

帰宅すると、この子から画像つきのメールがきていた。

「先生がくれた1000円で、先生に靴かったけど、
 やっぱり自分が履く。そしたら営業頑張れる気がする。ありがとう!」

安い靴だけど、履いてすりへっていくごとに歩いた記録ができるだろう。
当たり前さー。1000円しかないからそれしか渡せなかったんじゃないよー・・汗
それも計算済みよ・・・汗

来年の今頃はもうちょっとマシな私になっておくさー。
子供らには負けないからね。ははは。

質問に答える素直な私

夕べいただいたメールの質問にここで回答させていただきます。
オープンにしてごめんね。いやはや的を得た質問です。はい。

 Q,離婚は娘さんがかわいそうです。子供を犠牲にして恥ずかしくないですか?

 A,片親なのはかわいそうですか?両親そろっていても可哀想な事もあるんでない?
  離婚しないほうがかわいそうだなーっって思ったので
  母「離婚するけど。」子「あ、そう。」でしたよ。
  別に修羅場もないし、我慢もないですねえ。
  男親の愛情はあったほうがいいだろうなあ〜と思うこともあるけど
  それがお父さんお母さんおじいちゃんおばあちゃんっていう枠組みである必要もない。
  慰謝料も養育費もないから母子家庭は金銭的不便もあるけど
  そんなことに執着していない分、気は楽。
  悲観的な気持ちもないねえ。
  そう思うのは親だけで、子供は可哀想って感じてるかもしれない。
  それは母さんには分からない子供の奥底だってあるはずだもん。
  でもね、「ふびんな思いさせてるわ・・」みたいなお涙的感情を母が抱いた時、
  子供に敏感につたわるでしょう?
  それは子供に対して不安材料でしかない。
  だったら、母ちゃんはドンと構えて「母子家庭って自由ねえ〜」なんて笑ってるほうが
  いいんでないかと思う。
  内心しんどい時も多々(多々X多々=大多々)ありますよ。
  でも、適当になっていくさー。

  なんくるないさ=成るように成る

  大きくなって、母ちゃんの大変さや無理が見えるようになった。
  「私のために離婚して、苦労している・・」って感じていることはすぐわかる。
  そこで母ちゃんがしてあげられることは
  母ちゃんは自分が楽しい事をしているんだよー、好きで親やってるだけですー。
  と表すだけです。「あなたのために働いているのよ・・」なんて事ないでしょう。
  お母さんでいられることは 有難いことです。
  餌じゃなく飯食わすのも、洋服着せるのも親やってて楽しいから。
  それでも子供は、「お母さん苦労かけてごめんね・・」って思う。
  そしたら、母さんは自由に遊んでくるからね〜楽しいねえ〜毎日。
  ってお気楽に生きてみせるだけでしょう。
  楽しんで生きてる。だれの犠牲にもなっていないよ。
  実は私、非常に家庭的である。(ふふ、自慢)
  でも、冷凍食品やお弁当で「わたしゃ遊んでくるからね、適当にやってくれ」
  といって出かける。
  このニュートラルな部分があるから子供も息がつまらないようだ。
 
  毎日だっこする。
  寝るときは本の読み聞かせもする。
  いい年こいて「え?」って思うかもしれない。なにしろ中学生だよ。
  いいじゃん、高校生になっても大学生になっても抱っこするよ。
  甘えられる時があるから、外で頑張れるときもある。
  勿論、反抗期もありますよ。
  「お願い。くそばばあ死ね!って言って」とお願いしたが
  「言う自分に恥ずかしい」と言っていわない。
  娘いわく、反抗期とは親に頼らず、自分の失敗も自分で解決し、弱音をはかないことなのだそうだ。
  ・・それは 親的にさびしいねえ。
  いつまでもオシメかえて、おっぱい飲ませていたいのにね。

以上、回答でした。
痛い質問でしょう?笑
質問下さった方も母子家庭。
お子さんのために罪悪感を感じるなら、ご自分がいきいきしてあげてください。


  

 

ターリから復帰せず

八ガ岳から帰って来たのが年末。
昼間は神地盤にお礼周り、夜は撮影のお手伝い。
その時は普通だったと思うんだけど

おそらく12月31日の夜からターリしたはず。はずというのはよく認識していないから。
ターリとはカミダーリのことで神がかりに似た状態。
ウマチー(豊年祭)などの祭りごとの時期や1日15日の節目などになることが多い。
神がかりというかイッチャッテルような状態なのだ。

若いころは本当にコントロールきかなくて、泡ふいて倒れたりおかしくなってしまったこともある。
ターリしてる時はバンバン当たるのでウガンサーによってはターリ状態をつくって判断とる方もいる。
いわゆる霊を降ろして半狂乱になったような「神のお告げが〜」みたいな霊媒師。

私の場合、当たるからいいウガンサーとは考えていないのと
ターリ状態とウブサー(障りがある霊障)とカカエモン(合図がかかっている)状態の区別が
つくので脱却して普通の状態に戻してウガンすることができる。

できるわけよ。普通。
ところが、すでに1月5日。いまだカミダーリしたままである。
元旦から4日まではうちに新年の参拝にお見えになる方がポロポロいるので
通常家に籠っている。
お客さんが参拝して帰られるまでは まったく異常なし。
一人になると とたんにカミダーリする。
カミダーリしきってしまえば意識もないし 何言ってるか覚えていないこともある。
それが、ほとんど普通の状態でありながらターリしているので
ただ辛いのだ。

どんな風にターリってるかというと
とにかく過敏である。過剰反応する。やけに熱くなってしまって青二才だ。
頭が重いままである。このぐらいは問題ない。
過去世と現世とどこかわからん所に行き来する。ほぼ同時に進行しているような感じ。
着物きていないのに着物の裾なおしていたり、ない刀みがいてたりする。
異常に寂しくなる。不安なんだと思う。これは普通の精神状態にもどれない不安からくるのだろう。
いらんことに気がつきすぎる。
聞かれてもいないことにウガンサーから口を出すのはタブーである。
それが逆に悩ませてしまう種になるからだ。
くちから出てしまうのだ。どんどんどんどん見えすぎて相手から色々でてきてしまう。
聞かれていないことをこちらから「あんたは00だねえ〜」なんて言ってはいかんのです。
あるまじき行為。
そしてパソコンから動かないこと。テレビの前から離れること。
パソコンを異常なほど打つのに(パソコンは嫌いなんだ。苦手なの)
テレビは画面をみるとすごく疲れる。
夜はほとんど寝ていない。合計2時間くらいは寝る。ちまちま起きてちまちま寝ている。

なんでかなあ??
何か不足があるのか、間違いをしでかしたのか。

こんな中で、大切で大好きで尊敬する人を傷つけてしまった。
嫌な思いしてるだろうなあ・・と気がついていたんだけど
とにかくありのままをみてもらうだけしかない。
ダメな私も「私」だし、それでも最も「その人」を必要としているのだから。
傷つけるというより、嫌われたんだなあ。仕方ないですよ。自業自得。
自分が不安でたまらない状態の時に、ただ抱え込んで欲しいと思うのが本心だけど
そんなこと言える立場じゃないので ありのままの酷い状況を見せるのみ。
それで嫌われたって 弁解できません。
自分の性格の悪さやいい加減さを ターリや不安のせいにするのも逃げだし。
そんでも 想う気持ちは変らない。一番分かって欲しい甘えたい人だから。
ごめんなさい。なんて言ったって済まない責任です。

しかーし。いつまでもターリしていられません。
今日は復活します。

ずっとずっと 言えなかったんですけど
できることなら あなたのお母さんになりたい。

あなたが 男でも女でも いい子でも暴れん坊さんでも
他の人のものになっていても
たとえ他のどこかに行ってしまっても 
私の知らない世界に生きていても
お母さんだったら ずっと消えないから。

すべてのものから 守ってあげることなんかできないから
無力でなさけないけれど
いつも胸に抱いていたい。

そばにいてくれてありがとう。
離れていても不安にならないように お母さんになりたい。

背中を押してもらうばかりで 何もお返しできないけど
ただただ あなたの幸せだけを願う。
それだけ。


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