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富岡製糸場が世界遺産にむかっている。
卵を貯蔵していた山の穴は 残雪に阻まれ、見られずにいる。 そろそろ再チャレンジしてもよいかも。 世界遺産登録についての賛否は あるだろうし 私の個人的意見をいえば 屋久島や沖縄が世界遺産登録後 「良い」方向に動いたと感じられずにいるので、ビミョーとしか言えない。 富岡製糸場の世界遺産登録に期待することもある。 養蚕技術の研究促進 養蚕と共にあった人の暮らしの価値観の再発見。 着物文化の見直し。 和産蚕の復活。 天然飼料の流通化。 ゆるキャラと、蔵のカフェと おきりこみと、シルク化粧品 とか、もうご馳走様。 世界遺産登録を契機に 周辺も活気づいてほしい。 あんまり人は行かないらしいが ここ、すごくいい🎵って場所が点在する地域である。 桐生や十日町あたりの影響も みながら、 遠巻きにみている。 次は、長崎かな。 |
可愛
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情報化が多様化し
人の能力は分散化した。 分散した断片をすべてに 決断して生きていく。 情報化が貧弱だったころは 前のめりで情報を掴みにいっていたし その情報の検証を吟味していた。 情報システムは 自分が取捨選択して、取り込むものである。 そもそも、なにが欲しかったのか。 そもそも、どの基準で選ぶのか。 それは、自分の中にある。 何がいいですか?と聞くひとがいる。 どうすればいいですか。であれば 選択肢もあるが 何がいいかの「何」がなかったり。「いい」がなかったり。 そもそものない選択は 情報化の利点を誤って使うことにもなる。良さそう。に踊らされるのは、生存危機だ。 生存危機にあって、保護され、弱いまま放流されていく人々に毎日会う。保護は死だ。 生存危機の現状から、育成して強靭にしていれば、自らから飛びだつ。そこには開拓がまつ。 保護を善意にしてる権力に触れ 生命活動の余地まで失った月曜日。 |
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キャリア支援のあり方、推進過程に疑問をもち、1年かけて、直面式の現状把握を行った。それは、調査対象をステージチェンジして、さらに1年行う。
現行の支援は、鉛筆削り機で尖らせたHB鉛筆のようだ。 その推進は、 シャープペンの大量生産か、芯を削る音の快適性のようなものである。 現状に疑問を持つ立場として 直接的な批判と提案はさける。 私は私の良いと思われる方法で 検証を続け、その成果を客観視続けることしかない。 規則的論証のための手法として、これまでの相談業務とは別の取り組みを始めた。4月からの平日の昼間は、それに時間を当てる。 これまでの相談は、平日の夜か、土日に集約することにした。 理系の研究者としてモノを考えることは 「自分らしさのための安定剤」である。 安定剤が欲しいほど弱っていないが笑 サプリメントは効果的に服用することで安心をもたらすものだ。 こうして、スマホから打ち込んでいる最中も、私の頭上50センチには、ヒヨドリ幼体2がいて、私をじっと見ている。 励ましと共感とは、このようなものだ。とヒヨドリをみて思う。 |
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嵐山からまりんちゃんが
戻ってきた。 様々報告を聞く。 神社さんでは、だいぶ可愛がってもらったようで、禰宜さんに長いことお世話いただいたようだ。 優れた方にお会いできる割合が高くなった。庭遊びを絶妙なバランスで親しめるのは、日本らしいと安堵する。 日本にいるなら、日本を満喫したい。 そういう発想なのは、日本を客観視しているからだろう。 まりんちゃんはヒアリングがうまくなった。見分け聞き分けが出来れば、 人は自立できる。 自律することに、周囲を気にしていてはならない。 大人になった我が子に 教えられることも多い。 京都で偶然知人にあったり 初めて会う人と、近年の地域性について語り合ったり、 ささっと着物をきて、ご挨拶に行ったり 美味しいものを美味しくいただき、 疲れを残さず、スケジュールが全うできる精神を維持できる。 視野は広く深く 同時進行してこそである。 新しい方向性を土産に 帰宅して 私が交替で出かけて行く。 満員電車には、なかなか慣れない。 |
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熊谷、本庄、榛名、赤城、前橋、妙義、横川を巡って
碓氷峠 に行った。 廃線のトンネルを歩く観光客が 切れ目なく訪れる。 鉄道好きな方々は、写真をおさめるのにいとまなく 老夫婦は階段を上るごとに 気遣い合う。 メガネ橋の下でレンガのカーブを 見ながら、溜息がもれる。 人の知恵と芸術性がレンガの数だけ重なり合う。 溜息は、メガネ橋の迫力とそれに対して 枯葉 のよう自身を嘆いてのものだ。 下仁田の牧場で子牛を愛でる。 子牛は成長して、乳を出すのだろう。 牛として産まれた技量を 最大限に活かすのだろう。 |






