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内地は ウガンサーって何かわからん人99%強。
拝み屋さんですよ。っていうと あ〜スピリクチャル?っていわれること 60%。
・・・だいぶ 違うけど 一緒だっていわれれば一緒だよな。
沖縄で ユタっていうと 嫌われる確立80%。
だけど サーダカっていうと同情されるの90%。
サーダカ(精が高いと書く。霊感があるというような意味)は大変さーって言われる。
サーダカは いいけど 職業として ユタはダメってことでしょうね。
ユタ(ウガンサー)は公に口にしてはならない シークレットな仕事です。
頂いた質問です。
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ユタに相談したいけど、父が反対します。
近所の人に笑われるから ダメだと言うけど、母は内緒で相談に行っています。
電話帳にユタは載っていないので、どうやって捜せばいいですか?(省略)
また、ユタは何故いけないんですか?
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ご質問は 沖縄本島の南部の20代女性からいただきました。
ご家庭で行事を取り仕切るのは お父さんのようです。
まず
ユタには種類(専門分野)があることを ご存知でしょうか。
神事をやる人、占いをやる人、亡くなったばかりの人をやる人。
判断(鑑定)のみの人、グイス(祝詞)専門の人。どちらもやる人。
日常の簡単な相談ことは 大抵のユタができますが
何百年も前の 20代ウサチバン・オヤファーウジのサトイ とかっていうことになると
カミバンのユタじゃないと 無理です。
サンジンソーや ムヌシリといった 男ユタは
その人の地域の行事に詳しく、ウガンはしません。
内容によって ユタは選びわけすることになります。
それを知らずに 例えば グスー判のユタ(亡くなったばかりの霊専門)に
神ダーリーの(簡単にいえば、神様からの知らせ)原因解決を求めにいっても
あまり効果はなくて、気休めくらいにしかならない。
7判断という言葉があるように 7回判断とってもらう。
それで 正しい解決策を見出す。という事もあります。
私は ウサチハダカユーのウガンサーで あまりニーズのあるユタではないかと思います。
というのも
古い代の古代神専門で 判断もウガンしながら取るので
ぱっときて 鑑定して出来上がり。ではなくて
1日かけて 拝所廻りながら 教えていくやり方です。
サトイ(人の生き方の本質)やミチアケ(神人になるための修行)を教えるのが
役割です。これをウヤガンといいます。
なので、小難しいウガンになるため、一般的な相談に疎い?でもある(笑)
さて、
ユタにユタといっては いけないマナーは わかりますか?
17世紀、薩摩藩に侵略され、尚寧王は 無条件降伏して 日本に連れて行かれます。
それ以後、琉球は 日本(薩摩藩)と中国との板ばさみになりながら
強制的に 日本に搾取され続けていきます。
17C〜18C 江戸幕府・薩摩藩に取り入る政策の 羽地朝秀や蔡温が政治を握る時代があります。
当時の琉球は 中国との貿易儀礼の財政難に悩み 日本に巻き上げられる税に苦しみます。
そこで 羽地らは 琉球王国の節約に勤めます。
まず ノロの宗教儀礼を減らし、神人が政治に関与しないようにします。
古代的な 伝統文化を 削減し、日本の文化を取り入れようとします。
温和で欲のない琉球人の教育に 儒教を取り入れ
朱子学を奨めていた日本にならって 切磋琢磨の倫理感をうえつけます。
そして ユタ禁止の法令をだします。
ユタ信仰は邪宗である。ユタ行為禁止。ユタ買い禁止。
しかし どれも 肩透かしにおわります。
庶民も羽地の妻も母も ユタに頼っていたそうです。
自然環境の影響の強い琉球から 農耕儀礼や 祖先崇拝を取り上げるのは 無理なのです。
琉球処分という歴史があります。
江戸から 明治に変わり、強制的に 琉球王国は 日本に加えられてしまいます。
これは 台湾で宮古人が殺されるなどの 事件を解決したことから
なんとなーく、うまーく いつのまにか 日本にさせられてしまいます。
当時、中国に助けを求める動きもありました。
明治は「天皇は神」の名の下に 国民が軍事に参加させられる歴史の始まりです。
大正2年(1913年)2月 那覇に大火があり 400棟以上が焼失しました。
この時「不吉な予兆」とデマを流した罪で ユタを厳罰に処する事件があります。
ユタが 放火したわけでは ありません。
政府は 国家神道(天皇が神)を取り入れないユタを
懲らしめる機会を 狙っただけの 見せしめの厳罰です。
その頃から ユタ といったら 捕まる。
ユタに出入りしていれば 警察に尋問されるようになります。
そして ノロ制度も廃止。琉球王国ならではの特色も禁止されます。
いよいよ 戦争の色が強くなっていきます。
1600年の 尚真王時代に 刀を捨てた(刀狩り)琉球民族は 戦争で戦うことを
美意識にもたず、天皇の為に戦う意味も浸透しません。
1938年 特高警察による ユタ禁圧が開始されました。
天皇陛下を神にみとめない ユタは 検挙されます。
宗教政策、情報統制の 不法な検挙は 350人にのぼり ユタの多くが死にました。
多くのウタキが壊され
伝統行事が廃止されました。
戦時中も ユタという噂があれば 処刑されます。
アカ(阿嘉)という苗字も 名前だけで 連行されたため 皆改名したそうです。
戦後、アメリカになった沖縄は 方言禁止令がでます。
方言をつかったら 処罰されるのです。
勿論 ウガンやユタ買いなど もってのほか。
もし みつかったら 家族も勿論 親戚も被害が及びます。
このような 歴史の中で
ウガンも判断も ユタもノロも まだ生きついでいます。
しかし、火葬になって 仏教が入り
マスコミの影響から 変わった心霊主義が 沖縄にも入りこみました。
何が正しいのか 私には断言しませんが
沖縄の歴史の中で ユタが弾圧され、かかわりをもつことがシークレットになる意味が
わかってもらえたでしょうか?
今 明治から続く 天皇支配の 宗教政治。
それを見直す時期ではないかと 思っています。
沖縄には 沖縄のチムグクル(魂)があります。
ウガンサー達も もっとプライドをもって ウタキを守るべきだと思うのですが、
そんな事 私のような ケチョケチョ ウガンサーが いうことではないのです。
戦争を潜り抜け、苦労をしながら 沖縄の行事を守り続けたユタもいます。
ウガンサーは 口コミでしか 捜せません。
まして 「ユタ」という言葉は使いません。
いい縁が あって、必要な時には きっと いいウガンサー情報があるかと思います。
それまでは ヒヌカンとガンス(仏壇)にウートートーしててくださいね。
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