もしもしカナよ

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今日の昼間に お電話でいただいた 質問です。
電話でお答えしましたが、良く聞かれる質問なので のせます。

神棚のお榊はいつ代えるんですか?

お答えします。
神棚・火の神・仏壇 にお花やお榊等の お供えされていると思います。
できれば 造花は避けてください。
綺麗なお花やサカキが あると 手を合わす生きてる人間側も気持ちのよいものです。

お仏壇は毎日手を合わすのに 神棚には毎月1日のみ という方も多いようです。
そんな場合は 1日にサカキを代え、神棚を綺麗にしてから 手を合わせるのがいいです。
1日・15日 に交換する家庭が多いそうです。
これはお花やさんが言ってました。

本当のことをいえば
いつ代えてもかまいません。
お気持ちなのです。

サカキや仏花は 神や仏に気持ちよく居ていただく おもてなしの心と考えてください。
それを「1日じゃないから」といって 枯れたままにしておく必要はありません。
人間どうしても マニュアルが欲しいようで
決めた日以外は 「余計な事」をしている気になるようです。

神棚も毎日 お水を代え、手を合わせるものです。
1日だけのものでは ありません。

ここで 是非養っていただきたい お気持ちは
「こうしなくてはならない」という義務感を捨て
「是非させていただきたい」という献身感に切り替えてほしいということです。

今日も神棚やお仏壇に 心通わせて 嬉しいわ
そういうお気持ちで 手を合わせてください。
そうすれば、サカキを交換する日など 気にしなくなります。

もともと
神棚とは 縄文時代より続く 家庭の祭り・行事の中心的場所です。
古事記には 御倉板挙之神がでてきます。
アマテラスが祖霊(ご先祖)からもらった お宝を安置した棚の神様です。

神棚がきちんと祭られ
家主が 毎日背筋をのばして 手を合わす姿は
生活の秩序に繋がります。
神やご先祖と 家族一同が向き合うことで 家庭円満になります。
大人が 神や仏に向かう姿勢を見て育つ子どもたちは 幸せです。
家族の結びつき効果の為にも 神棚や仏壇の果たす役割は 大きいと思います。

質問に答えるんだふだ

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はじめてメールします。家に神棚がありますが、神棚に何も入れてないので御札を買おうと思います。
どの神社に行けばいいのか・・・わかりません。祖母はお寺の御札をもっていますが、お寺のものでもいいのでしょうか?


ご質問ありがとうございます。
家に神棚があるということは、建てたときにつくったんでしょうか?
ご両親や先代が仕立てになったのでしょうか?

そもそも お守りや御札は 何のためにあるかといいますと
身につけることで 神のご加護をうけ 願いを叶え災いから逃れる為です。
ご加護を受ける 前提として 神様にお目通りして その印にいただいてくるものです。

もともとは 勾玉が お守りでした。
お守りというより 術のモチーフでしょうか。
遺跡などから 発掘される 勾玉の形は 古代人のイメージした魂の形です。
先が まがって細くなってることから
霊魂が 飛び回る姿を 描いたとわかります。
霊魂は 人体から 離れ 飛び回り どこかに行くと考えたのですね。

飛び回る霊魂は 祟りや奇怪な事件をおこすとして 恐れられます。
平安の世になると仏教が浸透していきます。
疫病や解明できないことは 霊魂の災いとされ

寺院では 呪符が配られます。
昔話の やまんばに投げた 三枚の御札も 和尚さんが坊主にあげています。
また、陰陽師が符咒を配ります。
御札は 災いを封じ込める技の 意味をもたせています。

鎌倉時代になると 戦いの祈願をする武士が現れます。
戦勝をお願いするだけではなく、武士として男として 
気をひきしめ決意を新たにする 参拝が 行われます。

この時代になって 神社も木や紙に 神名を記して 札を作るようになります。
それを持ち帰り 個人が奉るようになって
神への誓い・神との結びつきを確認し、心を通す役割をします。
また、持ち歩くことで、強い味方を得、気持ちのよりどころとしたわけです。

いまも お寺さんは
除霊・魔よけ・難封じ・厄よけ の御札が多く
神社さんは
成長を願い(お宮参りや七五三)・祈願成就(絵馬など)が多いです。
勿論、それだけでは ないですけどね。

ちなみに 琉球神道には 御札はないです。
首里などで お守りを買うことができますが、真言宗の寺だったり
国家神道を導入した 神社などに かぎります。

さて、どんな御札をもつべきでしょうか。

氏神と産土神を御祭りされることを おすすめします。
得に 本家の ご長男は 氏神に 親戚一門の筆頭の扱いになりますので
どんなことをしても 氏神がメインです。

氏神とは 一門一族の守り神です。
江戸になってあやふやになり地域部落の神をも指すようになりました。
○家が 代々おまつりしている 氏神様を 分家も引き継ぐのが 普通です。
先祖から 生まれ枝分かれしていますので、
一族は同じ 氏神をもっています。

産土神とは 生まれ育った土地の神のことです。
山の神、海の神も含みます。地元の神様、今お住まいの土地の神はおわかりですか?
生まれ育った産土神から 離れて 他の土地に行った場合は
もともとの 産土神に 新しい地に行きますと報告され
新しい住所の 御札を貰い
新しい産土神に 神の土地に住む許しを得て 守っていただきます。

鎮守様という言葉を聞いたこともありますね。
童謡にも「村の鎮守の神様の今日はめでたいお祭り日」と歌われています。
鎮守神は 一定の土地を支配する神です。
古くは 山や湖や川や海といった自然が 神であり
土地は神の聖地でした。
沖縄でいえば ウタキが 鎮守にあたります。
鎮守様を 産土とする場合もありますし、村の役人だったりすると
鎮守様が 氏神である場合もあります。

中世以前は 親戚が集まって集落をつくっていました。
今のような交通もなければ 山や川を越える道もなかったので
人間の移動がなかったのです。
集落が 一門ですから
共通の氏族であり、共通の氏神を崇めています。
沖縄でいう ニーヤ・カミヤがそれです。

江戸になると 人の往来・移動がはじまります。
ふるさとで まつっていた神を 遠方に分社して 広げて行ったりします。
一門の集落にも 他の門中が 入り込んできます。
そうすると、氏神は氏(門中)の守護神から
一定の土地に住む 人々を守る 産土神としてとらえられるようになります。

もう〜そうなると
氏神と産土神の区別が 傍眼に わかりにくいことになります。
琉球神道のように
はっきりしてると やりやすいのですが、
日本の神道は 神社の名前まで代わってることが多く
まったく 不可解であります。

神社庁は 伊勢神宮をメインにして 天照大御神を真ん中に置くように支持しています。
天皇崇拝です。

話が長くなって 分け分からん!かもしれませんが、
結局は、
氏神が どちらなのか聞いて 氏神をもたれることと
地域の 産土神を おまつりすること をお奨めします。
一門の氏神が わからない方も 中にはおいでです。
それでしたら 産土神様を お仕立てください。

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質問:日本の宗教には、教典がないのは どうしてですか。

今日の頂いた質問は、長い文章の中から、この部分だけチョイスして引用しました。
前後がないので、変だけど、おゆるしください。


仏教には 経典が、キリスト教には 聖書が、・・世界の宗教の殆どになにか書物があります。
確かに 日本には 戒律や 聖典など 何もないですね。
神話や 神の国つくりなどは 古事記や日本書紀から 紐解くことが出来ます。
しかし、道徳倫理としての テキストはありません。

これ幸いに 5・6世紀に うまいこと日本書紀が編纂され、
天神地祇の精神が取り入れられます。
つまり、天の神が 地の神を支配する 構図が出来上がるわけです。

古来、縄文時代の平等だった頃の日本は
死後は 精霊になる → 土(山や森)に帰るとされていました。
そこに 儒教や道教が 渡来人によって導入されていく。
弥生時代は 農耕により 貧富の差が できます。
そして アマテラスに代表されるような 天が 地を 治める 支配図ができます。
天皇の正当性の確立です。

そんな背景は その後の 仏教と融合して
皇族に便利な 宗教に 変化していきます。

歴史の 政治に 振り回されてきた 日本の神道は 
神仏融合から 神仏別離 国家神道へと 変化して 
自然崇拝から、現世利益の神へと 便利物になってしまいました。

もともと 自然の恵みに感謝して 人間の手にはおよばないものを
土地や自然の神として あがめ祀ったのが 神道です。
(琉球神道は 今もそのままの形です。)
日本は 豊富な食糧に恵まれたのでしょう。争いより和合をもって 祭りとします。

それゆえ、日本の神道は
よりよい社会、豊かな社会、誰もが幸せになれる人間関係を 重視します。
厳しい戒律で 世を制覇するのではなく

各自の 良心に ゆだねられています。

決まった祈祷・まじない ではなく 各自の言葉で 心で祈ることを 主とします。

そのことが 天皇制の存続につながっていくわけで
ちょっと 皮肉な感じも あるんですけど
それは ともかくとして

決められた 教えがないからこそ
皆の 良心が 重んじられた。
押さえつけられた 決まりごとに頼らずとも 人の繋がりを重視して
今日まで 継承してきたとは 誇り高い ことじゃ ありませんか。

質問に 答えてないような 気もするんですが、
マニュアルはなくても みんな正しく生きてて 良いね という回答でした。

質問に答えるシーme

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先生!質問です。昨年末、祖父が他界しました。今年はシーミーはしちゃいけないのでしょうか?母は何もしなくていいと言いますが、、、本当?



清明のピークは今週の土日ですね。
那覇はどこでも、道が混むでしょう。
こんな時、駐車違反で捕まえたおまわりさんは、市民にワジラレマス。(おこられます)

16日(ジュウロクニチ)や清明(シーミー)は
地域によって、考え方ややり方が異なります。
離島出身で、那覇在住であれば、通し念願も必要になり、
例えば、ミーグシク(三重城)などは通し念願で 大賑わいになります。
離島によっても、違うし、本島でも北部と南部では、また違います。

ミーサといって、身内に亡くなって1年以内の方がいる場合
シーミーは やります。
しかし、普段とは少々違います。

清明祭は、そもそもお墓ごとです。
祖霊に ご挨拶するのが、やる意味です。
亡くなったらお墓事と ガンス(仏壇)事は やるさーね。

シーミーは ウカミシーミー(御神清明)やムラシーミー(部落清明)などもあります。
そういった行事は、地域や門中(男性系統の血筋)によって内容が異なります。
勿論、やらないところもあります。

イチミバカ、イチミガンス(今・最近つかってるお墓や仏壇)の他
フルバカ(本家のお墓、古いお墓)、ヌールバカ(ノロのお墓)、
アジバカ(その土地を支配していた頭首のお墓)、などなども行きます。
正しくは、もっとあります。
ただし、だれもが適当にいけばいいってもんではなく、
門中(氏)の長老やムートゥヤ(本家)のモチスク(管理者)などが中心になります。

そういった、口伝えの仕来りを学ぶのも
シーミーの役割になります。
ですから、門中のおじぃは、ウートートーしたあと ウンチクを語らねばなりません。

先祖の話、氏の由来、直系家系の話、守るべき仕来りや作法、
この門中が拝むべき神屋、井、ヌンドゥンチ、グスクなどなど・・・
そういった場所で、文化の継承をします。

本題にもどりますが、
ミーサの場合は、ナガレシーミー(日を延ばしてにシーミーをすること)をせず、
午前中に お墓に身内だけで行きます。
重箱の中も、赤かまぼこは白かまぼこに、三枚肉は背を上向きにします。
盛大におこなわず、少しだけ口にして後は 仏壇の前でいただきます。

神行事や 村行事の ウガンには参加しません。
ムートゥーヤー(本家)のお墓の集まり等には 参加しません。
必ず、身を清めます。

しかし、この考えも 地域によって違うので お気をつけください。
親戚の年寄りで ウガンに精通している人に確認するのが、いいですよ。
お墓や仏壇の立場によっても ちがってくるし、
本当に沖縄の行事は 難しいんですよね。

このご質問いただいた方の、お墓の形体、今の現状にもよるので
決定はしずらいのですが、
もし、何もやらないことになったとして、なんとなく罪悪感を感じたら、
お墓の掃除だけでも してきてください。
シーミーに限らず、お墓に行ってもいいはず。

質問に答えるカルマ

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若いときから、たくさん苦労をしました。何故私だけがこんなに苦労しなければならないのか、人生をうらみました。スピリクチャルの本には、前世でおかした罪がこの世のカルマとなって表れる。前世の罪を浄化するためにこの世で苦労させられる。苦労をすることで修行になって、次の世で位の高い地位につける。と書いてありました。それを読んで、苦労してよかったと涙がでました。前世の罪を償うために頑張ります。どのくらい頑張れば、よい地位にいけるのでしょうか?


というメールを50代の女性からいただきました。
私に 聞いちゃっていいんでしょうか?ちょっと悩みます。
というのは、この方が本を読んで 感動されたなら もういいんじゃないかと思うからです。
ここで、私は気持ちよくさせるために いい話はしてあげられないのでは ないかな。

頂いた質問ですから、答えます。
でも、読まなくてもいいです。読まないほうがいいかもしれません。



よい地位にもつけないし、カルマの浄化にもなりません。
前世の罪の報いのために苦労しているなんて、そんな苦労はしなくて結構です。

人はだれしも 苦労を辛いと感じると 自分自身を責めます。
「私がいけないんだ」「私は不幸な人生だ」
自分の行動や思考が 間違った為に 苦労を背負うことになる。
この責任を自分自身を 責めるのは 辛いものです。

だからといって、なんでも前世のせいにして 逃げるのはどうでしょうか?
前世で悪い事をしたら、この世で悪いことがある。
そうよくいわれますが、
気休めにしか ならないのです。
気休め  とは 一旦は気がまぎれるけれど 根本的に解決していないことです。

もしかすると 本当に前世の報いをうけているかも しれません。
しかし、それを信じきって、前世の生き方の為に生きていくのなら
何の為の人生なんでしょうか。

たとえ、そうだとしても
そこに逃げ込むより、苦労とうまく付き合っていけばいいじゃないですか。

この世のカルマ?カルマでも達磨でも かまいませんが、
毎日毎日、生まれてから今の今まで
成長し、変化し、新しくなりながら 生きてきてるじゃないですか。

これが 修行です。

今日も1日 生きていた。それがあなたに課せられた役割です。
だったら、辛い〜いやだ〜といいながら 1日を送るのではなく
今日も1日 楽しく 元気で 面白かったです!
と胸をはって 過ごすことが、勤め上げた修行です。

そして 最も重要なことは 「見返りをもとめない」ことです。
苦労をのりこえたら、高い地位にいける。
これをやったら、何かもらえる。
そう思いながら生きていくなら 何も与えられません。

そもそも高い地位の基準がわかりません。
偉い人になるのでしょうか?あの世で神様に近くなるのでしょうか?
この世で苦労した分だけ、ポイントが溜まって、ゴールド会員になれるのですか?
そんな神様に 認められるの嫌だな。

偉い人ってなんでしょうか?金持ちだから幸せでしょうか?
不幸も幸せも どんな基準できめていますか?
「苦労」とは何でしょう。苦労を「苦労」という枠組みにはめたのは自分自身です。

同じ「苦労」でも
人によって感じ方が違います。
転んで泣く子もいれば、笑って立ち上がる子もいます。
その場でうずくまり 人の助けを求める子もいます。
転んだので、転び方をおぼえる子もいます。

「苦労」は自分で決めた基準です。
勿論、辛いこともあります。
それを 何かのせいにして、ごまかしても 何も変わらないのです。
折角「苦労」できるんですから
それを乗り越えて、賢くなればいいじゃない?
人より苦労が多いなら、人より勉強する機会が多かったことに 喜びましょう。

これまで、たくさん苦労していらしたのですね。
きっと、他の人の痛みも理解できる 心の広さを身につけられたことでしょう。
「苦労」を与えられたのは うらやましいことです。

あなただから、「苦労」のチャンスを掴み取れたんですよ。


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